IS学園特命係   作:ミッツ

58 / 67
今回の話は本編とは直接の関係はありません。本来なら一つに纏めるはずだった話を切りのいいところで区切った形になりました。いつもの半分くらいしかありません。

なんか、自分で書いてて千冬さんの性格が原作と離れすぎたなあ、なんて思いながら書いた話です。

感想の方をお待ちしております。


迷い子たちの道しるべ

「なんでそんなことを言うのですかっ!」

 

 亀山がその叫び声を聞いたのはタッグトーナメントに関する書類のコピーを終え、特命係の部屋へと戻っていた途中である。 

 まるで癇癪を起こしたようなそれは紛れもなくラウラのものであった。声のした方をちらりと覗き見ると、興奮した様子のラウラと対面する千冬がいる。

 

「教官、私がこの国へ来たのは再び教官の指導を受け、より自分の力を磨くためです。お遊びでISを勉強するんじゃないんです!」

 

「落ち着けボーデヴィッヒ。今のお前は根を詰めすぎている。もっとほかの事にも興味を持ち、心に余裕を持たせるためにも暫く訓練を休んだらどうだと提案しているんだ。」

 

「教官は私にこの学園の生徒のように腑抜けになれと言うのですか!私はそんなのは嫌です!教官、私はあなたのようになりたい。あなたのように、強くなりたいんです!大体何なんですか、ここの訓練は!まるで以前と変わっている!」

 

 強い口調で叫ぶラウラに流石の千冬もすぐに言葉が出てこない。一方で亀山は何となくラウラが心に抱えるものを垣間見たような気がした。

 

 去年までの千冬の訓練と言えば放任主義、端的に言ってしまうと課題だけ与えあとは放って置くようなものであった。

 無論そこには生徒自身が自分で考え課題に取り組み、自分の力で困難を乗り越えていく力を養うという千冬なりの考えがあり、生徒が間違った方法で課題に取り組んでいればそこを指摘し矯正することも行っていた。また、専用機持ちとそうでない生徒では訓練を分ける場合も多かった。

 

 それが今年からはグル-プ単位で行う訓練が多くなり、専用機持ちや代表候補生には一般の生徒アドバイスを行うように指示する場面もある。

 千冬本人も離れた場所から生徒を能力だけで見るのではなく、生徒の間を行き来し、どのような考えで課題に取り組んでいるのかを理解しようとしている。 

 

 恐らくドイツ軍にいた頃の千冬は去年までの指導方針を行い、ラウラもその指導を受けていた。落ちこぼれていた自分を厳しく指導し、再び現場に立てる様にしてくれた千冬はラウラにとって理想の教官であり、今の千冬はラウラの目から見て温く感じるのであろう。

 そのドイツにいた頃の理想の千冬とIS学園にいる現在の千冬のギャップがラウラの心を激しく揺り動かし、混乱させているのだ。

 

「教官…ドイツへ帰りましょう。あなたはこんなぬるま湯のような環境に居ていい人ではありません。どうか私と一緒にドイツへ…そしてもう一度…」

 

 強い口調から一変、ラウラはそれまでの彼女とは思えないほどの弱弱しい声で千冬に懇願する。それを受け千冬はわずかに目を見開いたが、瞼を閉じると黙って首を振った。

 

「悪いがそれは出来ない。今私がいるべき場所はここだ。私はここで、やらなければならない事がある。」

 

「…教官、以前あなたに言った言葉を訂正します。あなたは変わられた。ドイツにいた頃のあなたなら私に一喝して問答無用に黙らせていたはずです。それに、あんな風に誰かと話すことも…」

 

 あんな風に?

 

 ラウラが何について話しかけているのか見当がつかず、亀山が頭に疑問符を付けているとラウラは奥歯を噛み締め、その場から走り去ってしまった。彼女の眼もとからは光の粒が見えていた。

 

「……もう、出てきても大丈夫ですよ。亀山さん。」

 

「あ、ばれてました?すみません、盗み聞きするつもりはなかったんっすけど…」

 

「いえ、構いません。それと、そっちで隠れてるのも出てこい。」

 

 千冬がそう呼びかけると、亀山の反対側の廊下の陰から一夏がおずおずと顔を出す。

 

「…なあ、千冬姉…さっきの話って…」

 

「織斑先生だ馬鹿者。」

 

「いてっ!」

 

 家での呼び方で姉を呼んでしまったが為に一夏は出席簿による一撃を受けてしまう。だが普段なら悶絶必死の一撃が今日ばかりは心なしか威力不足のように感じられた。

 

「…織斑、これは私とボーデヴィッヒとの問題だ。この件についてお前が出張ってくる資格はない。」

 

 千冬はそれだけを告げると、スッと目を伏せる。

 

「…ちふ、織斑先生、俺にはあいつと先生の間に何があったのかは知りません。先生があいつとどんな風に接していたのかも、どんな指導をしていたのかも…」

 

 そう、一夏は去年まで千冬がどのような指導方針であったのかを知らない。それどころか実の姉がISの指導者をしていた事さえ知らなかったのだ。

 姉である千冬は弟に極力ISと関わらないように配慮していたからだ。

 ゆえにいま言うべきなのは弟してではなく、IS学園1年1組担任織斑千冬の教え子としての言葉だ。

 一夏は真っ直ぐに千冬の顔を見ると、はっきりとした口調で告げる。

 

「俺は織斑先生の今の指導は間違っていないと思います!今度のトーナメント、俺がボーデヴィッヒに勝ってそれを証明します!」

 

 清々しいまでの勝利宣言であった。その言葉には一切の迷いはなく、一人の少年の奥底から発せられたゆるぎない決意が感じられる。

 惜しむなら、この決意表明を聞いた観衆が二人しかいなかったことであろう。だが、効果は抜群であった。

 

 弟の勝利宣言に目を丸くする千冬であったが、すぐに表情を引き締めると一夏に二発目の出席簿クラッシュを見舞う。今度の一撃は完璧なものだったらしく、一夏は蹲ると涙目で叩かれたところを押さえた。

 

「随分と大言壮語な事を云うものだな。言っておくが今のお前がボーデヴィッヒに挑んだところで勝てる見込みなど万に一つもない。」

 

「うぐぐ…」

 

「だがまあ、これからタッグトーナメントまでの間、頭を使って死ぬ気で訓練をすれば多少なりとも勝つ可能性はあるかもしれんがな。」

 

 一夏がハッとして上を仰ぎ見ると、そこには普段は見せない濃い笑みを浮かべた担任の姿があった。その笑顔には喜色の他に僅かな挑発が含まれている。まるで、自分の作った壁を超えてみろとでもいうような…

 

「どうした、何を呆けている。寮の門限まではまだ時間があるぞ。そんなところでじっとしている暇はあるのか?」

 

「…分かったよ織斑先生。ちょっとやることが出来たんで失礼します!ありがとうございました!」

 

 最後に礼をすると、一夏は晴れやかな表情で廊下を掛けていった。廊下を走るな等と野暮なことを言うものは誰もいない。

 廊下を曲がって一夏の姿が見えなくなると、亀山はふっと息を漏らすようにつぶやいた。

 

「子供ってすごいっすねえ。大人が思ってる以上の速さで成長するんですから。」

 

「そうですね。ですがまだまだ未熟です。あいつも私も…」

 

 そう言うと千冬は気合を入れなおすように自分の両頬を叩く。すっきりと、迷いなき光が彼女の目には宿っていた。

 

「亀山さん、申し訳ありませんが私もやる事があるんで失礼します。」

 

「了解っす。ちなみにどちらから行くんっすか?」

 

「まずはボーデヴィッヒともう一度話してみようと思います。すぐには納得できんでしょうが、納得するまで何度でも話します。」

 

「それがいいっすね。なんてったって、織斑先生はあいつらの先生なんですから。」

 

 6月の半ば、まだ梅雨明けには程遠い日の一幕である。

 だがしかし、亀山には夏らしいカラッとした日差しをほんの少しだけ垣間見た気がした。願わくば、その光が迷い子たちの道しるべにならんことを…

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。