IS学園特命係   作:ミッツ

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今回はかなり個人的な解釈を詰め込んだ内容となっております。
ラウラの現状を語るうえで、どうしても必要だと思ったからです。


銀色の過去

 この日の1年1組の1,2時限の科目は2組との合同実習である。IS学園に入学した生徒は約2か月間、座学を通しISの基礎、および基礎的な法令を叩きこまれる。そして6月中ごろに行われる中間テストが行われたのち、初めて授業でISを動かすことが出来るのだ。

 専用機持ちを除いた1年生は、多くの場合がこの日が入試試験以来の実技となる。ただIS学園とはいえすべての生徒にISを供給することはできないため、授業ではいくつかの班に分けて交代でISに搭乗する。その際、専用機持ちがそれぞれの班の班長となり基本的なISの動作をサポートする事となっている。これには専用機持ち達に他の生徒の指導をさせることで自身の基礎的な動作について見つめなおさせるという狙いがある。

 現在、グラウンドでは一夏、セシリア、シャルル、ラウラ、鈴がそれぞれ自分に振り分けられた生徒たちに打鉄の操作方法を指導していた。その様子を杉下は少し離れた位置から見ている。すると、杉下の元へ亀山が駆け足で近づいてきた。

 

「右京さん、例の名刺、楯無に渡してきました。ただ、指紋だけで個人を特定するのは骨が折れるみたいで、少し時間がかかるそうです。一応、デュノア社の周囲の人間に絞って調べてみるみたいなんっすけど…」

 

「そうですか。あとで僕の方からもお礼を言っておきましょう。」

 

「…正直、生徒の事を最初から疑ってかかるのは気分がよくないっすね。確かにデュノアの周囲は怪しいですけど、あいつ自身は見たところ良い奴そうですし…」

 

「もし仮にデュノア君自身が善良な人間でデュノア社やその周囲の人間に振り回されているだけだとしても、今こうして彼、いえ彼女が男性の振りをして周囲の人間をだましているのは事実です。例え本人に悪意がなくとも褒められる行為ではないと僕は思うんですがねえ。ただ、シャルル君の言動を見てると、どうも本気で周囲の人間をだまそうとしているように見えないんですよ。」

 

 杉下がこの時間までに見たシャルルの言動は正直、お前本当に男装する気あるのか?と言うものであった。一夏に更衣室の事を指摘され動揺する。一夏に手を握られて顔を赤らめる。さらに言えば、歩き方や立ち方などが完全に女性のそれであった。

 おそらく、男性としてふるまう訓練は何一つ受けていないのであろう。そのような人材を態々日本へ送り付けてくるデュノア社の意図がよくわからない。ただ亀山の言う通り、当初想定していたよりもシャルルの危険度は低いように感じられたのは杉下も同じであった。

 

「むしろ危ういのはボーデヴィッヒさんの方だとは僕も予想外でした。」

 

「え?ボーデヴィッヒがどうかしたんですか?」

 

「あれを見てください。」

 

 先ほども述べたようにグラウンドでは専用機持ち達が他の生徒たちにISの基本動作をレクチャーしている。しかし、杉下が示したところでは何人かの生徒が集まっているだけで、ISに乗る事すらしていない。そこから少し離れたところではラウラが何も指示を出さず、無言で腕を組んでいる。

 その様子を見かねたのか、千冬がラウラの元まで行き何やら囁くと、漸くラウラは指示をし始めた。

 

「HRで見た限り、どうも彼女はIS学園の生徒にあまりいい感情を抱いていないようです。ボーデヴィッヒさんが他の生徒に向ける感情には見下したようなものが見受けられます。そのうえ、HRでまさかあのような事をするとは…」

 

「あのような事って言いうと?」

 

 杉下はラウラがHRで行った蛮行についてかいつまんで説明した。それを聞いた亀山は驚き、戸惑ったような表情を浮かべる。

 

「いきなり一夏を引っ叩いたって…でも、なんで…」

 

「おや?君の事なんでもう少し怒るものかと思っていましたが。」

 

「いや、腹立たしいと思うには思うんっすけど、なんで彼女がそんなことをしたのかが気になって…」

 

「それは多分、ドイツでの事件が原因でしょう。」

 

「あっ!織斑先生。」

 

 生徒たちの様子をチェックしていた千冬が杉下たちの元へ歩いてくる。どうやら授業の方は真耶に任せているようだ。

 

「ドイツでの事件と言うと、一夏君が誘拐された件でしょうか?」

 

「ええ、あの事件がきっかけで私はモンド・グロッソの決勝戦を辞退し、選手として引退しました。そして、誘拐された一夏の捜索に協力したドイツ軍へ対価として、1年間ドイツ軍で指導を行うことになったんです。その時に指導した一人がボーデヴィッヒでした。」

 

「やはり、彼女は軍に所属する人間でしたか…ですが何故それがラウラさんが一夏君に敵対的な理由になるのでしょうか?」

 

「あいつは私の事を尊敬しているようなのですが、織斑が誘拐されたせいで私が決勝戦を辞退に追い込まれ、私の経歴に泥を塗ってしまったと思っているんです。」

 

「はぁ!そんな、誘拐されたのは一夏のせいじゃないじゃないっすか!そもそも、あの事件自体ドイツ軍が…あれ?」

 

 ふとそこで、亀山は千冬との会話に違和感を感じた。それはISに関するとても基本的な事だったので、亀山も意識するまでは全く気が付かない事だった。

 

「織斑先生、先生はドイツ軍で1年間ボーデヴィッヒたちを指導していたんですよね?」

 

「ええ、そうです。」

 

「それは当然、ISに関してですよね?」

 

「はい、そうですがそれが何か?」

 

「いやだって、アラスカ条約でISを軍事的に利用するのは禁止されていたはずっすよね?それなのに、ボーデヴィッヒは軍人みたいですし、専用機を持ってるみたいですし。っていうか、子供を軍に入れるのって条約かなんかで禁止されていませんでしたっけ?」

 

「『児童の権利に関する条約』ですね。確かにその中には、15歳未満の児童の軍隊への採用を禁止する事が記されています。また、『国際刑事裁判所規程』でも18歳未満の児童の自国軍隊への徴募及び敵対行為への直接的参加のための利用を戦争犯罪として規定しています。どちらもドイツは批准していたはずです。この辺りについては僕も非常に気になっていたのですが、ボーデヴィッヒさんはどういった経緯でドイツ軍に所属したんでしょうか?」

 

 杉下が亀山の質問に同意を示すと、千冬の表情が一瞬陰る。こうした千冬の様子はなかなかに珍しい。

 

「…あいつが軍に所属することになったのには、少々複雑な事情があるんです。ラウラ・ボーデヴィッヒの正式な所属先はドイツ生命科学研究所。あいつはそこで生まれたんです。」

 

「えっ?研究所で生まれたって…」

 

「あいつは優秀な遺伝子から相性のいいものを選び出し、さらに遺伝子操作を加えて人工的に強い兵士を生み出そうとした実験の産物、いわゆる試験管ベビーと言うやつなんです。あいつの髪の色や眼の色が特殊なのも、その影響です。」

 

 千冬の答えは亀山達の予想を斜め上に突きぬけたものであった。あの杉下でさえ驚愕から言葉を失っている。千冬は尚も言葉を続ける。

 

「実験の内容が内容だっただけに、あいつは生まれた頃から軍の中で軍人として育成されました。ただ亀山さんが述べられたような問題もあったので、あくまでも所属は研究所、ボーデヴィッヒはそこから研究の為に軍に預けられているという扱いでした。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!強い軍人に作るために遺伝子操作をして、生まれたときから軍で生活させるなんて許されるんですか!?明らかに人権侵害でしょう!」

 

「実際にドイツ本国でも倫理的な問題が指摘され、随分前に実験自体は中止させられています。ですが、生まれた頃から軍で生活してきた彼女らに他に居場所はなく、現在も表向きは研究所から出向してきた形で軍に所属しています。」

 

「そんな事って…」

 

「亀山君、君がショックを受ける気持ちは分かりますが今はその事について置いておきましょう。織斑先生の話から察するにボーデヴィッヒさんの正式な所属は研究所。そのため、軍事的にISを利用することを禁じたアラスカ条約や少年兵に関する諸条約には接触しないと?」

 

「ええ。まったくの屁理屈ですがISの戦闘力を軍事的に研究に用いるための策だと思います。軍に忠実で、いざという時に切り捨てやすいボーデヴィッヒたちは都合がよかったのでしょう…」

 

「畜生…根性が腐ってやがる!」

 

 亀山は激しい憤りを見せる。亀山にとって子供と言うのは社会全体で守ってやらなければいけない国の宝である。その子供を自分たちの都合のいいように利用しようとする大人たちのやり方には嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

「私がボーデヴィッヒと出会ったと初めて出会った時、あいつは軍が行った強化手術の副作用で落ちこぼれていました。それががあまりにも見ていられなかったので私も熱心にあいつを指導しました。結果、あいつは代表候補になるまでに力を付けましたが、その事が私への執着へつながったのでしょう。」

 

「あるいは織斑先生を敬愛するあまり、一夏君に嫉妬しているのかもしれませんねえ。いずれにしろ、表向きはどうあれ彼女は紛れもなくドイツ軍の人間です。それだけに彼女の行いはあまりにも軽率でした。」

 

「ええ、私もまさかボーデヴィッヒがあのような行動をとるとは予想できていませんでした。完全に私の油断です。」

 

 あの後すぐにHR終了のチャイムが鳴ったので結局話は有耶無耶となり、ラウラに対する注意も中途半端なものになってしまったのであった。出来れば授業が遅れようともあの時に話を付けておくべきだったと思い返し、杉下と千冬はそろってため息をついた。その様子を見て亀山は不審げに聞く。

 

「あの、右京さん。ボーデヴィッヒが一夏を殴ったのって、そんなにまずい事なんですか?」

 

「…考えてもみてください亀山君。『他国の』『軍人から』『日本人の』『少年が』『日本国内で』『不当に』『暴力を受けた』。果たしてこの事実が外部に漏れたらどうなるでしょうか?」

 

「…うわぁ。」

 

 亀山の口から思わずうめき声が漏れる。こんなことが世間に漏れたら、ラウラ一人でどうこうなる問題ではない。普通に国際問題だ。まず間違いなくドイツ軍は世界中から非難を集めることになるだろう。

 

「おまけにボーデヴィッヒさんは代表候補生。候補とはいえ国を代表する立場にあります。その彼女が現状では世界で唯一の男性IS適性者である一夏君に暴力を振るったとなれば、ドイツは男性のIS適性者を認めないと解釈される恐れがあります。」

 

「ボーデヴィッヒの行動は軍人として、国の代表としての意識に欠く行為だと断言できます。最悪あいつだけではなく、ドイツ軍上層部の責任問題にもなります。そうなれば当然あいつは学園にも軍にも居られなくなるでしょう。」

 

「そ、それは流石に…」

 

「ええ、僕も今回ばかりはあまり事を大きくしない方がいいように思います。確かにボーデヴィッヒさんの行為は罰を受けて然るべき行いですが、あまり大きすぎる罰と言うのも考え物です。意識を変えさせてあげる事こそ、今後の彼女の為になるでしょう。」

 

 以前セシリアがクラス代表を決める折に男性や日本を侮辱する発言をしたが、のちにそれを知った英国IS委員会はセシリアに対し厳重注意を行っている。しかし、ラウラの場合は注意を受けてそれで終わりとはいかない。

 同じ代表候補生であっても軍人と一般人では背負うべき責任に大きな差が生まれるのだ。

 

「一先ず学園としてはボーデヴィッヒさんに注意を与えるとともに、ドイツと日本の両政府に対し報告を行い穏便に収めるのが賢明でしょう。無論、生徒たちの噂の種になるかもしれませんが緘口令を敷くと逆に事を大きくしてしまうかもしれません。なのでボーデヴィッヒさんと一夏君に注意しつつ、自然と騒ぎが収まるのが待つのがいいかもしれません。」

 

「そうですね。今のところそれが最良の選択だと思います。それと杉下先生。ボーデヴィッヒの事は私に一任させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「織斑先生にですか?」

 

「はい。今思い返してみるとドイツにいた時、私はボーデヴィッヒにISの技術を教えるより先にあいつの視野を広げてやるべきだったのかもしれません。軍の中だけがお前の世界の全てではない。力を付けるよりも必要なことがあると。最近になってようやく教育者としての己の未熟さを自覚しました。」

 

 千冬はそう言って憂い、思い悩むような表情を見せる。そうしているとかつて世界最強と言われたIS学園の鬼教官ではなく、年相応の若い女性のようである。千冬はその表情をいったん引っ込めると、決意を秘めた顔つきになる。

 

「もう一度、ボーデヴィッヒと正面から向き合いたいと思います。恐らくこれは私がやらなくてはいけない事でしょう。1年間に渡ってあいつを指導した、私の責任です。」

 

「…そこまで言われると、お任せするほかありませんねえ。しかし、焦って正面からぶつかりすぎるのは禁物です。教育とはよく言ったもので、教える事は簡単でも育てるのには根気と時間が必要ですから。」

 

「…深い言葉ですね。」

 

「僕もそう思います。もっとも、生徒から借りた漫画にあった言葉ですが。」

 

 そう言って杉下は悪戯っぽく笑った。千冬がそれにつられて笑ってしまったのを、遠くで銀髪の少女が見ていた。




子供が軍にいる理由、ドイツ軍でISが理由について原作を読んだ時から疑問だったのでこじ付けてみました。
ちなみに日本で自衛隊がISを使ってる理由は『自衛隊は防衛組織であって軍でない。ゆえにアラスカ条約で定められている軍事的利用には接触しない。』と、勝手に想像したりしています。たぶんこの世界では自衛隊の自衛軍への移行は棚上げされているんだろうなあ…

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