IS学園特命係   作:ミッツ

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大変更新が遅くなりました。1週間ほど旅行に行っていたんです。
今後はある程度時間に余裕が出来るので、更新速度は早く成ると思うのですが…


見逃せない犯罪

 IS学園緊急事態対応訓練は大きな問題もなく無事終了した日から二日後、IS学園の職員室には真新しい制服に身を包んだ二人の生徒が経っていた。一人は緊張したように顔を引きつらせ、もう一人は一切の感情を感じさせない無表情を貫いている。二人の目の前にはスーツ姿の千冬が出席簿を片手に腕を組み、仁王立ちで無言の圧力を放っているので無理もない。千冬の後ろには杉下と亀山、そして真耶の三人が控えている。

 二人の内で顔を引きつらせていた方は意を決したように前に進み出て金髪の頭を下げた。

 

「は、初めまして。フランスから来たシャルル・デュノアです。今日からこちらでお世話になります。」

 

 若干噛み気味ではあるがフランスからの留学生、シャルル・デュノアは自己紹介をした。それに対し、千冬は小さく頷き反応を示す。

 

「織斑千冬だ。君がこれから行くクラスの担任を務めている。色々と肩身が狭い思いはするかもしれないが、こちらにも事情があるのでな。多少の我慢は強いるかもしれないが、何かあれば教員に言ってくれるといい。最善を尽くそう。」

 

「は、はい!ありがとうございます。」

 

 感謝の言葉を述べると、シャルルは安心したように大きく息をつく。すると今度は、その隣に控えていた眼帯をした銀髪の少女が千冬の前に出た。

 

「お久しぶりです教官。お変わりないようで。」

 

「ああ、お前も相変わらずのようだな、ボーデヴィッヒ。しかし、ここでは教官ではなく先生だ。以後、気を付けるように。」

 

「はっ!了解しました。」

 

 千冬の注意を受け、銀髪の少女は背筋を伸ばしハキハキとした声でそれに答える。その動作一つをとっても洗練された物があり、彼女が何かしらの訓練を受けた人間であることが窺える。

 

「教室へ移動する前に紹介しておこう。こちらはお前たちのクラスの副担任を務める山田真耶先生。そしてその隣が我が学園で男子生徒の生活をサポートしている特命係のお二人だ。デュノア、お前のサポートもこのお二人がやってくれる。わからない事があれば、杉下さんたちに聞くと言い。」

 

「初めましてシャルル・デュノア君。特命係の杉下です。」

 

「同じく、亀山薫。これからよろしくな!」

 

「は、はい。よろしくお願いします。」

 

「何かあれば、遠慮せずにご相談ください。これは僕の名刺です。携帯の番号も書いてありますのでどうぞ。」

 

「は、はあ…」

 

 杉下が名刺を差し出すとシャルルは困惑したように名刺を受け取った。当然ながら、フランスには名刺交換の文化はなく、シャルルは杉下に渡す名刺を持ちえない。シャルルは杉下から渡された名刺を珍しげに眺めていた。

 すると、その様子を見ていた亀山がアッと声を上げる。

 

「右京さん、この名刺間違ってますよ。これ、警視庁の方の名刺じゃないですか!」

 

 亀山の言う通り、シャルルに渡された名刺には「生活安全課 特命係 杉下右京」と書かれてある。これはIS学園に来る以前に杉下が使用していた名刺だ。

 

「おっと、僕とした事が。どうやら慌てていて古い方の名刺を持ってきてしまったようです。デュノア君、申し訳ありませんがそちらの名刺を返していただいてもよろしいですか?」

 

「あ、はい。って、杉下さん警察の方だったんですか!?」

 

「ええ。とは言いましても、昨年からこちらの学園に出向中の身ですので今は警察官と言うわけではありませんが。ちなみに、亀山君も僕と同じく警視庁から出向してきている警察官です。」

 

「……そうですか。」

 

 素直に名刺を杉下に返したシャルルであったが、その瞳には俄かに警戒の色が浮かぶ。無論、警察官が近くにいると分かると疚しい事がなくとも落ち着かなくなる人は少なくないので、これでシャルルに疑いを持つというわけではないが、隣にいるラウラが無表情なこともあって余計にシャルルの反応が目立つのであった。

 一方で名刺を返してもらった杉下は何事もなかったかのように脇にある机の上に名刺を置くと、すまし顔を浮かべている。

 

「この後デュノアさんは1年1組の教室に向かうわけですが、初日ですので本日は僕も教室までご同行させていただきます。お困りの際には気兼ねなく申し上げてください。僕からは以上です。」

 

「では早速だが教室に向かうとしよう。デュノア、ボーデヴィッヒ、ついて来い。」

 

 そう言うと千冬は踵を返し、職員室の出口へと向かって行く。ラウラとシャルルはその後ろを慌てた様子で追いかけていき、二人の後を真耶と杉下がついていった。亀山はそのまま職員室に残っている。

 残された亀山は彼らが職員室から出て行ったことを確認すると、懐からピンセットとチャック付のビニール袋を取り出す。亀山はピンセットでシャルルの指紋が付いた名刺をつまむと、指紋を消してしまわないように注意しながらビニール袋の中へと入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 教室の前まで来ると、千冬はいったん立ち止まり後ろを振り向いた。

 

「では先に我々が教室に入る。デュノアとボーデヴィッヒは呼ばれたら入ってくるように。」

 

 簡潔に支持を済ませると千冬は教室のドアを平足を踏み入れた。ラウラとシャルルを残し、杉下と真耶がその後に続く。

 

「席に着け、HRを始める。」

 

「あれ?千冬ねぇ…じゃなかった、織斑先生。今日は何で右京さんがいるんですか?」

 

 姉が出席簿を振り上げたのを見て一夏は慌てて言い直しつつ質問した。杉下と亀山はIS学園でも数少ない男性職員として1年生の間でも其れなりに知られていたが、こうして教室まで姿を現すのは珍しい事だ。クラス内でも興味深げに杉下に視線を向ける生徒がちらほらと見受けられる。一方で決まりが悪そうに杉下から視線を逸らせる生徒もいた。

 一夏の質問に答えたのは真耶だ。

 

「えーとですね、今日は転校生が来ているんです。杉下さんはその付き添いです。」

 

「転校生?」

 

「はい。ではデュノアさん、ボーデヴィッヒさん、入ってきてください。」

 

 真耶が声をかけると、失礼します、という声とともに教室のドアが開きシャルルとラウラが入ってくる。急な転校生という事でざわついていた生徒たちであったが、シャルルの姿を見てピタっとざわつきは止まった。シャルルの制服が一夏のと同じ男子用のものであったからだろう。

 

「お、おとこ?」

 

 誰かがそう呟いた。

 杉下や亀山は写真からでも男性用の服を着たシャルルの違和感を感じられた。しかし、それは人の嘘と悪意に触れる機会の多い職種につき、そこで磨かれた一種の感性があったからである。当然ながら、一般人として生活してきた生徒たちにそう言った感性はない。彼らの反応を見る限り、男子生徒が教室に入ってきたこと自体に驚きは感じながらも、シャルルが男なのかを疑う気配はない。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入しました。日本はまだ不慣れなことも多いと思いますが、みなさんよろしくお願いします。」

 

 シャルル・デュノアはにこやかに告げる。簡単な自己紹介ではあったが、短い言葉や節々の仕草に気品があり育ちの良さを感じさせる。加えて、中性的な顔立ちは一般的基準からすればかなり整ったものと言えよう。杉下は以上の要素から次におこりえる事象を予想し、両手で耳を塞ぐ。

 次の瞬間、女子たちの黄色い歓声が爆発した。

 

「「「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」

 

「男子よ!二人目の男子よ!」

 

「しかもまたうちのクラス!」

 

「織斑君とは違った可愛い系の男子!これは今年も夏が厚くなるわあああああ!」

 

 IS学園は一人の生徒を除いて生徒のほとんどが女子である。ゆえに男子との接触はかなり限られたものとなっている。一応職員に男性は3人いるが、彼らはいずれも中年を超えた年齢であり、その内二人は妻帯者のため10代の生徒から異性の対象として見られていない。(ただし、一部の枯れ専やNTR願望を持つ生徒や女性職員が彼らの事を密かに狙っている。)

 ざっくばらんに言ってしまうと、彼女たちは男に飢えているのだ。無論、それは決していやらしい意味ではない。だが彼女らとて花も恥じらう乙女なのだ。世間一般の少女たちと同じく異性に興味を持ち、ロマンティックな恋愛にあこがれる。しかし悲しいかな、ここは男子禁制の乙女の花園。同年代の男子との出会いなどまずあり得ない。放課後デートなど夢のまた夢である。

 だがそこに現れた一筋の光。織斑一夏の次に現れた二人目の男子はまさしく彼女たちの彼氏になりえる男性。灰色の独り身生活に点された希望の灯である。若干オーバーな表現かもしれないが実際そうなのだから仕方がない。

 

 そんな生徒たちの様子を見て、杉下は生徒たちも年頃の女の子なのだと割と呑気に構えていた。千冬などは生徒たちの反応に頭を抱え溜息をついているが、杉下からすればいくらエリートとはいえ彼女たちも人の子。異性に興味を持ちはしゃいでしまうのは寧ろ健全な事だと考えていた。そこまで考えが至りながら、一部の生徒が一夏に向ける好意に気づかないのは謎だが……

 

 と、その時。杉下は視界に気になるものをとらえた。生徒たちの歓声に困惑した様子を見せるシャルル。その隣でラウラ・ボーデヴィッヒはイラつきを滲ませた視線を歓声を上げる生徒たちに向けていた。

 

 

 

 

 私、ラウラ・ボーデヴィッヒは失望した。日本にあるISの操作技術を学ぶ専門機関、IS学園に留学生として向かうことが決まった当初、私は恩師である教官の指導を再び受けられることに歓喜し、期待に胸を膨らませていた。教官は絶望の淵にあった私を再び高みへと導いてくれたお方だ。日本に来て教官が受け持つクラスに配属される聞かされた時には、日頃はあまり縁のない神に感謝せざるおえなかった。

 それに、私は純粋にIS学園の生徒にも興味があったのだ。私は軍で生まれ、軍の中で育った。ゆえに外の世界と関わる機会は限られており、同年代には私同じ様な境遇の者しかいなかった。今回の留学は私にとって外部のIS操縦者と交流する初めての機会であり、この留学を通して他国の代表候補の実力を計っておくのは今後の為にもなると考えていた。

 だがこの有様はどうだ!いくら男のIS適正者が珍しいとはいえ、発情した雌のように嬌声を上げ騒ぎ立てる者たちを見て私は不快感を抱かずにいられなかった。貴様たちはいったい何のためにここにいるのだ!ISは兵器であり、扱う者にはそれ相応の責任と覚悟を要すると私は軍で散々教えられてきた。このクラスにいる者たちは根本的にそれを理解していないと私は感じた。何より、敬愛する教官が疲れた様に頭を抱えるのを見て、教官がこのような者たちに苦労させられている事が腹立たしくてならない!ISをお遊びか何かと勘違いしているこいつらに!

 

「ボーデヴィッヒ、自己紹介をしろ。」

 

「…はっ、教官。」

 

「ここでは教官ではなく先生と呼べと指導したはずだが?」

 

「…失礼しました。以後注意します。」

 

 私は教官に促され一歩前にすると、威圧するように見渡した。

 

「…ラウラ・ボーデヴィッヒだ。」

 

 それ以上、掛ける言葉などなかった。こいつらと下手に関わると自分まで堕落してしまう。私は強くなければならない。勘違いした奴らと交わす言葉など私には持ち得なかった。

 だが、私の視線は一人の人間に釘付けとなった。そいつの容姿と事前に聞いていた情報からそいつが何者なのかは瞬時に理解できた。その瞬間、私の我慢は限界を超えた。

 

「貴様が!」

 

 私は真っ直ぐにそいつに近づくと、有無を言わせずそいつの頬を平手打ちした。決して小さくない打撃音が教室に響く。

 

「何しやがんだてめえ!」

 

 一瞬呆けた表情を見せたが、そいつは自分が何をされたのかを理解すると怒りに顔を染め勢い良く立ち上がった。しかし、そいつが何を言おうが私には関係なかった。私はそいつ以上に怒っていたのだから。

 

「私は認めない!貴様があの人の弟などと、認めるものか!」

 

 こいつは教官の経歴に泥を塗った。そのうえ、力もないくせにいまだに教官の心の大部分を占めている。こいつはあの人の隣にいるべきではない!

 

「…あなたが一夏君を認めるかどうかは個人の見解ですが、僕としては何故あなたが一夏君に暴力を振るったのか、非常に気になりますねえ。」

 

 突然背後から声を掛けられた。振り返ると、男子生徒のサポートをしているとかいう杉下と言う男がいた。

 

「………」

 

 この男に話すことなどない。これは私と教官の問題だ。部外者は黙ってみていればいい。私は男の言葉を無視した。

 

「……あなたには黙秘する権利があります。ですので、このまま黙って僕の話を聞いていただくだけで結構です。はっきりと申し上げますが、あなたの行動は軍人として逸脱したものです。軍の存在意義は市民の生命と生活を守る事です。一般市民を傷つけるあなたの行動は軍人として、とても許されるものではありません。」

 

「…なんだと。」

 

 聞き捨てならないセリフだ。軍で生まれ、軍人として育てられた私が軍人として逸脱してるだと?笑えない冗談だ。私は殺気を込めた視線を男に向ける。だが男は私の視線に意を介さず、変わりない様子で私に語り掛けた。

 

「そして何より、正当な理由もなしに人の頬を張るという行為は刑法第208条、暴行罪に接触します。立派な犯罪です。ボーデヴィッヒさん、僕は目の前で犯罪が行われた以上、何も調べず黙って見過ごすことはできないんですよ。」

 

 一見穏やかな様子でそう告げる男だったが、なぜかその立ち姿が怒りを覚えた教官と重なって見えた。


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