IS学園特命係   作:ミッツ

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今回より原作2巻に入ります

今回は2巻の前日譚に当たる話です


episode7 偽りの子供
疑惑の転校生


 早いもので、一夏達がIS学園に入学して1か月が経った。その間、1組のクラス代表を掛けた模擬戦やクラス対抗戦での所属不明機襲撃事件など、それこそ小説一冊が書けそうな程の事件が起きている。

 これも全て、男子生徒が入学してきたからだという噂が実しやかに囁かれてはいるが、襲撃事件以後はこれと言って大きなトラブルは起きておらず、学園は表面上は平穏な日常が戻ってきていた。しかしながら、襲撃事件の首謀者はいまだ捕まっておらず、有力な手掛かりが見つかったという方も入ってきていない。襲撃事件での唯一の被害者である亀山などは、このまま犯人が逮捕されなければ再び襲撃を仕掛けてくるのではないかと危機感を募らせていた。

 無論、学園側も対策をとっている。シールドバリアの強化に始まり、襲撃を想定した教員の訓練。更には、近日行われる学年別トーナメントを一対一の方式から二対二のタッグマッチ形式にし、緊急時に生徒同士が協力し合い問題に対処できるようにした。これは、クラス対抗戦で一夏と鈴が協力し合って時間を稼いだことが影響している。生徒であれど、的確な指示と冷静な判断力さえあれば教師が現場に突入するまでの時間は稼ぐことが出来ると判断されたからだ。

 また、学年別トーナメントでは例年各国のIS関係者やIS企業の重役などの人々が観戦に訪れるため、警備には万全を期し、緊急時の避難誘導や事前の危険物チェック方法には、先の襲撃事件の際に烈椀を振るった杉下が監修に着くことになった。

 そして現在、IS学園教員会議室では近日おこなれるタッグトーナメントの警備対策会議が行われていた。今回の議題は週末に行われる教員を対象とした緊急時対応訓練についてだ。会議に先立ち、学園の警備責任者である千冬が会議の意義について語る。

 

「本日の議題は今週末に行われる緊急時対応訓練の目的にと詳細についてです。本訓練は試合中に武装ISの襲撃を受けた場合を想定しています。訓練の目的は迅速な避難誘導、および鎮圧部隊の突入に関する教員の連携を確認する事です。実際に戦闘するわけではありませんが、訓練は出来る限りを実戦を意識したものになります。教員一同、訓練だからとは侮らず、気を引き締めて事にあたる事を望みます。では山田先生、詳細の説明をお願いします。」

 

 千冬に促されて真耶が立ち上がると訓練の流れについて説明を始めた。それが終わると今度は人員の配置や兵装などに関する細かな説明に移り、その後は質疑応答へと移っていった。会議は約1時間ほどで終わった。最後に千冬が締めの挨拶を行うと、教員たちは皆それぞれ資料を抱え、会議室を後にした。

 そんな中、千冬と真耶へ近づくの人影があった。ご存じ、特命係の杉下である。彼らもまた、今回の会議に参加していたのだ。

 

「お疲れ様です、織斑先生、山田先生。」

 

「ああ、お疲れ様です。杉下さん。お二人の助言のおかげで有意義な会議を行うことが出来ました。本当にありがとうございます。」

 

 ねぎらいの言葉を千冬達に掛ける杉下に対し、千冬は感謝の言葉を口にする。今回の会議を行うにあたり、千冬達は杉下から訓練内容について少なからぬアドバイスを受けていたのだ。

 

「いえいえ、僕の助言など些細なものです。訓練に関する資料は殆ど織斑先生たちが用意したものではありませんか。」

 

「ご謙遜を。」

 

 あくまでも自分の手柄を誇ろうとしない杉下の様子に、千冬は思わず自嘲気味の笑みを浮かべてしまう。しかし、その笑みを瞬時に打ち消し真剣な表情を浮かべると、僅かに杉下に顔を近づけ低い調子の声で言葉をかけた。

 

「少し、この後お時間をいただけませんか?特命係に相談したい事柄があるのですが…」

 

 真剣みを帯びた千冬の声に杉下の目が鋭くなる。梅雨時のIS学園を揺るがす二つの事件はこうして始まった。

 

 

 

 

 込み入った話になる事を示唆した千冬は場所を移すことを提案し、2人は特命係の仕事部屋へと移動した。部屋には亀山が待機していたが千冬は亀山にも聞いてほしいと希望し、彼も同席する運びとなった。

 杉下が手早く用意した紅茶に一口付けると、千冬は静かに口を開いた。 

 

「実は来週、新たに1年に二人の生徒が留学してくることになりました。いずれの生徒も私のクラスに編入されます。」

 

「編入…今この時期にですか?」

 

「ええ。留学してくるのはドイツとフランスの人間です。ドイツの方は例の爆破テロの影響のようです。」

 

 千冬の説明を聞き、杉下は納得した。昨年の10月、ドイツIS委員会ビルを狙った爆破テロが起こり、多くの犠牲者が出ている。この事件でドイツIS委員会の幹部級の人員がほとんど死亡するか再起不能になってしまったため、一時的にドイツIS委員会はその機能を停止した。その影響は今も続いており、今回の留学生派遣の遅れもその一つだ。ゆえに、ドイツの留学生がこの時期になって編入してくるのは仕方のない事だが、もう一方のフランスからの留学生には見当がつかない。

 

「織斑先生。なぜフランス政府は今になって留学生を送ってくるのでしょうか?フランスからの留学生は4月の時点ですでに受け入れられてたはずですが。」

 

 IS学園には一般入試とは別に、アラスカ条約に批准する21の国と地域が推薦して留学してきた生徒がいる。セシリアや鈴などがこれに当たり、いずれもが国家代表候補かそれに比する実力を持った猛者だ。そして杉下の言うように、今年度もフランスは既に代表候補生を一人留学させている。今更新たに留学生を送ってくる理由など、本来ならないはずなのだが…

 

「その留学生と言うのがですね…資料によると、どうやら男子のようなんです。」

 

「はい?」

 

「はあ!?」

 

 ハトが豆鉄砲を喰らったような顔とは、まさにこれの事を云うのだろう。完全に予想の範疇を超えた回答に、亀山だけでなく杉下までも呆気にとられてしまった。そして、ある推測が二人の脳裏によぎった。

 

「あ、あの、織斑先生。そのフランスから留学生って、もしかして、一夏みたいにISを動かせる男ってことですか?」

 

「…はい。私も今朝報告を受け、大変戸惑ったのですが…詳細についてはこの資料に乗っています。」

 

 そう言うと千冬は2人の前に神の束を差し出した。二人はそれを受け取ると中身を確認する。内容はある少年の個人情報であった。ある程度それを読んだ杉下の視線は俄かに険しいものになっていた。

 

「シュルル・デュノア…デュノアと言うと、もしやこの方はフランスのデュノア社の関係者でしょうか?」

 

「ええ。どうやら現デュノア社社長のアルベール・デュノア氏の息子に当たる人物のようで、資料にも書かれてありますが、社内で極秘に行われた適性テストでIS適性がある事が分かったそうです。」

 

「なるほど。一夏君がIS動かせると分かってからというもの、各国は血眼になって他にも適正者がいないか探しましたからねえ。彼はその捜索の中で見つかった一人と言うわけですか。」

 

「一夏以外にもISを動かせる男がいたなんて…でも、それなら納得っすよ。一夏の例に倣うなら、IS学園以上に安全な場所はないっすから…ん?」

 

 感想を言いつつ、資料を捲っていた亀山の手がピタリと止まる。その視線は今まさに彼が読んでいた資料の、シャルル・デュノアの全身写真が載っているページを凝視していた。

 

「……織斑先生。この写真なんですけど、別人の物ってことはないっすか?」

 

「いえ、間違いなくシャルル・デュノア本人のものだそうです。」

 

「いや、でもだって…」

 

「亀山君。君の言いたいことはよくわかります。シャルル・デュノア、僕にも彼の装いは、いえ、彼女の装いは明らかに男装をした女性の物に見えます。」

 

 杉下は断言するようにシャルル・デュノアの写真を指差した。確かに服装自体は男性のそれであるし、上半身にも女性的な丸みはない。しかし、腰から足にかけてのラインは、とても普段から男性として過ごしているものとは思えない女性らしさがあった。人の怪しい点を見るのが仕事ともいえる警察官からすれば、シャルルの装いは明らかに無理をしている感がある。

 亀山達は以前、男性としての過去を捨て尼僧として過ごしていた男性と会ったことがあるが、彼の異装と比べるとシャルル・デュノアの異装はあまりにもお粗末と言わざるを得なかった。

 実際に有ったらまた違うのかもしれないが、写真で見る限り亀山達はシャルルが男性と言うには違和感を感じずにはいられなかった。

 

「でもなんでわざわざ男装をしてまでIS学園に編入しようとしてくるんすかねえ?こんなの、ばれたら一大事じゃないですか。」

 

「…理由はいくつか考えられます。まず大前提として、デュノアさんが男装をしているのは彼女の意思ではないと考えられます。」

 

「デュノアの意思じゃない?それってつまり、この子は誰かに言われてこんな格好をさせられてるってことですか?」

 

「そうです。いくら何でも、個人が男性の振りをしてIS学園に入学しようとするのはリスクが高すぎますし、現実的ではありませんからねえ。そうなると、今回の編入について強い要望を出しているのはフランスIS委員会とデュノア社であると感じられます。」

 

「フランスとデュノア社ですか…」

 

「はい、デュノア社は第二世代型IS、ラファール・リヴァイで世界シェア3位を獲得する世界的なISメーカーではありますが、第3世代型ISの開発に遅れているという噂を聞いたことがあります。」

 事実、イギリス、ドイツ、イタリア、ロシアとヨーロッパのIS強国では続々と第三世代の試作品が発表される中でフランスはいまだに発表できずにいた。このことから、デュノア社が第3世代型の開発に苦戦していることが窺える。

 

「このままではフランスはIS分野で他国の後塵を拝すことになります。フランス政府はデュノア社にIS開発のライセンス剥奪をチラつかせプレッシャーを掛けてるようですが、国内にはデュノア社の他にISの開発に長けた企業はありません。結局のところ、国と企業がともに手詰まりな状況なんです。」

 

「そこに来て、世界初の男性IS操縦者と第3世代型としては規格外のスペックを誇る『白式』の登場です。この二つのデータはフランスでなくとも喉から手が出るほど欲しい物でしょう。」

 

「ってことはもしかして、男の振りをして入学してくる生徒ってのはまさか!」

 

「ええ、一夏君と『白式』のデータを奪いに来たスパイの可能性があります。」

 

 杉下が提示した可能性。その事の重大さに亀山は閉口してしまう。杉下の推測が事実だとすれば、一夏の身に危険が及ぶ恐れがある。最悪の場合、誘拐と言う手を使ってくるかもしれない。と、そこで、亀山は一つの疑問を覚えた。

 

「あの、右京さん。この事は国際IS委員会は気づいてると思いますか?俺達でも違和感を覚えたんだから、委員会が気付いていないとは思えないんすけど…」

 

 先ほども上げたように、IS学園に入学する方法は一般入試を合格する事と、各国の代表候補生となり推薦を受ける事の二通りがある。推薦を受けて入学する場合、各国は留学予定者のデータを国際IS委員会とIS学園に送らなければならない。つまり、国際IS委員会の手元には、今亀山達が持っているのと同じようなシャルル・デュノアのデータがあるはずなのだ。(なお、推薦を受けたものは途中編入組を除いて、その時点での実力を図るために一般入試組が試験時に受けたものと同様の筆記テストと実技テストを受ける事になっている。)

 

「…これは完全に僕の想像になるのですが、おそらく国際IS委員会はデュノアさんが女性である可能性に気づいています。その上で、その事実を無視しているのでしょう。」

 

「えっ!どういうことっすか?」

 

「日本IS委員会は3月に起きた芝浦真紀子殺人事件の際、片山雛子を主導とした大規模な粛清が行われました。この大型人事は国際IS委員会の意向を無視するもので、日本IS委員会は国際IS委員会の影響下から脱し、日本政府の意向を強く反映できるようになったんです。

 当然、国際IS委員会としては面白くありません。もし、デュノアさんがフランス政府からのスパイであり、何かしらの問題をIS学園内で起こしたとしても、学園を運営する日本政府を糾弾する材料を得ることが出来ます。」

 

「なんすかそれ。そんな理由でスパイを見逃すんですか!」

 

「もしかすると、国際IS委員会内部には一夏君の身に危険が及ぶことを歓迎している輩がいるのかもしれません。女性至上主義者から見れば、一夏君の存在は自分たちの特権を奪う存在になるのかもしれないのですから。」

 

 ISを動かせると分かってから、一夏は一躍世界中から注目される存在になった。彼がなぜISを動かせる理由を解明することは、女尊男卑を生きる男性たちにとって過去の栄華を取り戻すための希望となっているのだ。

 当然それを危険視し、一夏の身に不幸がある事を願う女性もいるだろう。

 

「亀山さん、ちなみ国際IS委員会からは男子同士、寮では同じ部屋で生活するようにと通達がありました。無論、その結果何があってもこちらに責任を着せるつもりでしょうが。」

 

「そこまで露骨だと逆に怒りが湧いてきませんね…」

 

 むしろ感心さえしてしまうほど本音が見え透いた建前と言えるだろう。国際IS委員会は一夏に同室となったデュノアと問題行為を起こしてほしいと願っている。だがしかし、最近の一夏とその周辺の女性関係を見ていると、一夏を女子生徒と同室にしたところで問題行為にはとてもではないが及びそうにないと思う。信頼とはまた違う安心感を亀山は一夏に抱いていた。

 

「しかしそうなると、このシャルル・デュノアさんが何者かが非常に気になりますねえ。恐らくデュノア社と全くの無関係と言うわけではないでしょうが…楯無さんに頼んで調べてもらいましょう。織斑先生、よろしいですか?」

 

「ええ。私からもお願いします。」

 

「わかりました。では、デュノアさんの身元調査は楯無さんにお任せするとして、デュノアさん本人と一夏君に関しては僕たちで対処しましょう。編入時期は来週という事ですので、その日は何かと理由を付けて二人の近くにいるようにしましょう。流石に初日から何かしてくるとは思えませんが。」

 

「すみません何から何まで。最近どうも杉下さんたちを頼り過ぎてるようで…」

 

「別に良いっすよ。どうせ俺たち、普段は暇ですから。一夏の事も任せてください。絶対に危険には更しません。」

 

 自信満々に亀山が言うと、千冬の口許にも微笑が零れる。すると、千冬は何かを思い出したかのように顔を上げた。

 

「ああ、そうだ。もう片方のドイツからの留学生なんですが、こいつは私の教え子なんです。」

 

「教え子と言うと、織斑先生がドイツにいた頃に指導していたのですか?」

 

「そうです。基本的には真面目な奴ではあるんですが、少々常識外れと言いますか…もしかすると、こっちの方が問題を起こすかもしれませんが…」


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