IS学園特命係   作:ミッツ

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今回初めてまともな戦闘シーンを描いた気がします。それでも短いですが。


想定外の被害者

 突如としてアリーナの天井を閃光が貫き、轟音が響く。光の柱を受けたグラウンドには土煙が舞いあがった。

 

「な、なんだなんだ!?いったい何が起きてるんだ!?」

 

「わかりません。しかし、只ならぬことが起きているのは確かのようです!」

 

 先ほどの閃光は一夏や鈴の攻撃によるものとは思えない。つまり、何者かによる襲撃が行われたとみるべきであろう。そんな、杉下の考えを肯定するかのように真耶が叫び声に近い声で報告をする。

 

「所属不明のIS反応あり!そんな!シールドバリアーを破壊するだなんて!」

 

「すぐに試合を中止!教員は教員用ISを装着し現場に急行。専用機持ち達は客席の生徒たちの避難誘導をせよ。」

 

 真耶からの報告を受けた千冬は即座に周囲に指示を出し事態の鎮圧に向かう。しかし、事態は千冬の想定を上回る形で悪化していた。

 

「駄目です!アリーナ内の出入り口の遮断シールドがレベル4にロックされています。ロックを解除しない限り、会場内にはいる事は出来ません!」

 

「なんだと!復旧までどのくらいかかる?」

 

「今すぐ専門のスタッフを送ったとしても10分ほどは…」

 

 10分。その間、所属不明のISが大人しくしているとは思えない。つまり、最低でも10分はアリーナ内の生徒たちが危険にさらされるという事だ。IS学園の遮断シールドさえ破壊してしまうほどの武装を持ったISの危険に…

 

 誰もが平静を失う緊急事態の中、千冬はすぐ様に思考を切り替えるとグラウンドにいる一夏達へ指示を出した。

 

「織斑、凰、試合は中止だ。ピットに帰還しろ。」

 

『待ってくれ千冬姉!それは出来ない!』

 

「なに…どうしてだ?」

 

『さっきからあのIS、俺に攻撃をロックしてるんだ。たぶん、あいつの狙いは俺だ。もし、俺がここを離れたりしたら…』

 

 その瞬間、所属不明のISの手からビームが放たれる。それはアリーナの遮断シールドを破壊したものと同じだった。一夏はビームを紙一重で躱し切ったが、もしこれが人に向かって放たれたなら、容易に多数の人間の生命を刈り取るだろう。

 

「どうやら、観客席の生徒たちは人質のようですねえ。一夏君が逃げる素振りを見せると、生徒に対して攻撃する危険性があります。」

 

「冷静に分析してる場合じゃないっすよ、右京さん!急いで助けに行かないと!」

 

「落ち着いてください亀山君。これはれっきとした人質籠城事件と言っても構わないでしょう。こういった事件の時には慎重かつ迅速な行動が何よりも大切です。山田先生、遮断シールドの解放には10分ほどかかるのでしたね?」

 

「は、はい!最低でもそのくらいは…」

 

「僭越ながら、僕はこうした立てこもり事件に経験則があります。今回の事件に関しても多少なりとも考えがあるのですが、述べさせていただいてもよろしいですか?」

 

 そう言って杉下は千冬に対して確認を取る。いくら特命係が学園内で起きた事件に対する捜査権を持つとはいえ、こうした襲撃事件の場合、指揮を執るのは学園の警備責任者である千冬である。勝手を知る仲とはいえ、相手の領分を侵害しないように杉下は配慮した。

 杉下の申し出を千冬は無言で頷いて了承する。

 

「ではまず、一夏君と凰さんは所属不明のISと対峙し、教師がアリーナ内に突入できるまでの時間を稼いでください。ただし、必要以上の攻撃は控えてください。下手に相手を追い詰めると、何をするかわかりませんので。あくまで君たちの目的は時間稼ぎです。なので、一夏君は消費エネルギーの多い『零落白夜』の使用も慎んで、防御と回避に徹してください。」

 

『『了解!』』

 

「二人が時間を稼いでる間、僕と亀山君はアリーナ内に潜入し、生徒たちの避難誘導を行いましょう。アリーナの観客席の床の下には配線や配水管の点検のために通路が通っていて、外部ともつながっていたはずです。そこを通れば、会場内に潜入できます。」

 

 そう言うと、杉下は端末を開いてアリーナの見取り図を出す。そこには確かに会場内と外部を繋ぐ点検用の通路が記されていた。それを見て、亀山が驚きの声を上げる。

 

「点検用の通路って…右京さん、よくそんなの憶えてましたね。」

 

「去年の4月の事件の時にチェックしていたので。頭の片隅に置いておいて正解でした。生徒たちが会場から避難したら、すぐにIS装着した教師を会場に突入させましょう。あのISの鎮圧は教師が行います。」

 

「杉下さん、私もお手伝い致しますわ!ブルー・ティアーズならば遠距離からの攻撃もできます。」

 

「…分かりました。でしたらセシリアさんは僕たちと共にアリーナ内に潜入し、狙撃できる場所まで移動して待機していてください。教員が突入するタイミングで狙撃を行い、あのISを牽制してください。」

 

「了解しましたわ!」

 

「織斑先生と山田先生はここに残って全体の指示をお願いします。生徒の避難誘導が終わり次第連絡をしますので、一夏君たちの抗戦の状況を見ながら突入のタイミングを知らせてください。突入の際はまず最初にセシリアさんが狙撃を行い、侵入者の気を引いた隙に教員を突入させましょう。それと同時に一夏君たちをピットに帰還させてください。あと、館内放送の使用は控えるように。侵入者を刺激することになりますので。」

 

「なるほど。問題ありません。織斑、凰、聞いたな。本作戦は杉下さんが提案したとおりに行う。決して無茶はせず、教員が突入するまで耐えて見せろ。」

 

『わかったよ、千冬姉。必ず耐えてみせるさ!』

 

「織斑先生だ。馬鹿者め…」

 

 そう弟を叱り付ける千冬の顔には僅かなりに余裕が戻っていた。

 

「では僕たちはアリーナの方へ向かいます。亀山君、セシリアさん、気を引き締めていきましょう。」

 

「はい、任せてください!」

 

「ええ、必ず全員無事で帰ってきますわ!」

 

 杉下の言葉を亀山とセシリアは威勢よく返すと、三人は走ってモニタールームを後にした。彼らの後姿に迷いはなかった。

 

 この時ほど、千冬は杉下がいてよかったと思ったことはなかった。

 千冬がIS学園の警備責任者に任命されたのは彼女自身のネームバリュー以外にもキチンとした理由がある。千冬はISが開発された当初からISに関わり続け、操縦者としてなら間違いなく世界で最もISを理解している人間と言ってよいだろう。国家代表としても数々の修羅場を経験してきた。

 しかしながら、現場を離れた指揮官としての経験はまだまだ浅く、緊急時の作戦立案に関しては専門外と言ってもよかった。その事は千冬も重々承知している。

 だからこそ、こういった現場の経験が豊富でISの特性にも精通している杉下の存在は非常に頼もしかった。あまり頼りすぎるのもよくないと自分を戒めつつも、杉下がいなければ自分は弟の危機を前に冷静さを失っていただろうと千冬は自己分析する。

 

 だがしかし、外部からの襲撃というIS学園史上初の緊急事態を前にして、やはり千冬は平静さを失っていた。それは杉下でさえも同様であった。なぜなら、この時は誰もモニタールームから一人の少女が姿を消したことに気づいていなかったのだから…

 

 

 

 

 

 杉下、亀山、セシリアの三人はモニタールームを出ると即座に点検用通路の入り口があるという場所に向かった。地図に示された場所にたどり着くと、床の一部に床と同じ材質で作られた蓋がしてあった。

 

「これが点検用通路の入り口です。亀山君、手伝ってもらってもいいですか?」

 

「わかりました。せーのっ!」

 

 亀山と杉下の二人が協力して蓋を持ち上げると、床にぽっかり人一人が入れるだけの穴が開き、そこには梯子が備え付けられてあった。

 

「先に僕がもぐります。安全を確認次第合図を送りますので、亀山君たちはその後に続いてください。」

 

 そう言うと、杉下は梯子を伝って穴に入っていった。それから暫くして穴の中から「いいですよ。」という声が聞こえて来たので亀山とセシリアは同じように梯子を下りて行く。

 穴の中は天井は腰を屈めなければいけないほど低かったが横幅は思いのほか広く、三人位ならば横に広がっても進められそうである。

 しかしながら、光源は曇りガラス越しに降ってくる廊下の明かりしかなく、足元には闇が広がっていた。それでも慎重な足取りで通路を進んでいるとは言ってきた時と同じような梯子にたどり着き、その上には例の御徳蓋がしてあった。杉下は梯子を上ると蓋を押し上げる。途端に群集の声とISが戦闘をしていると思わしき音が喧騒となって通路内に響いた。

 

「ここから出して!早くしないとあのISが!」

 

「もうやだ!このままじゃ死んじゃう!」

 

「なんで誰も助けに来ないの!ねえどうして!」

 

 どうやら所属不明のISの襲撃を前にして生徒たちは完全にパニックに陥っているらしい。遮断シールドが下りて外部と行き来できなくなっているのもそれに拍車をかけているのだろう。

 杉下は開かない扉に喚き散らしている生徒たちに近づくと深く息を吸い込んだ。

 

「皆さん!落ち着いてください!今助けに来ましたので、我々の話を聞いてください。」

 

 杉下の口から鋭い声が飛び、生徒たちは一斉に杉下達の方を見る。生徒たちは杉下と亀山、そしてセシリアの三人がなぜアリーナ内にいるのかわからなかったが、代表候補生であるセシリアがこの場に現れたことで多少は冷静さを取り戻したようだ。

 

「あ、あの、他の先生方はいらっしゃらないんですか?」

 

「ほかの先生方も間もなくこちらに到着します。それよりもまずはあなたがの避難が優先です。こちらに来てください、外に出られる通路があります。しかし、通路は暗く、あまり広くも無いので避難する際は慎重に、慌てず走らずでお願いします。」

 

 そう注意すると杉下は生徒たちを通路の前まで誘導し、一人ずつ梯子を下らせ避難をさせ始めた。今のところ、避難誘導は順調に進んでいるといってよいだろう。

 

「では、私は狙撃ポイントまで移動します。右京さん、ここは任せましたわ。」

 

「あ、じゃあ俺は取り残された生徒がいないか客席を回ってきます。」

 

「了解しました。お二人とも、くれぐれも無理はなさらず、気を付けて行って下さい。」

 

「「はい!」」

 

 返事をすると亀山とセシリアは走ってその場を後にした。その後、杉下は特に妨害設けることなく生徒の避難を進めることが出来た。グラウンドの方に目をやると一夏達がうまい具合に所属不明機の攻撃を受け流している。

 と、そこで杉下の懐で端末が震えた。

 

「はい、杉下です。」

 

『あ、杉下さん。山田です。間もなく遮断シールドの復旧が完了します。鎮圧部隊もすでに配置済みです。』

 

「わかりました。こちらも間もなく避難が完了します。後の事はどうぞよろしくお願いします。」

 

 杉下は電話をいったん切ると、今度は亀山の携帯番号をダイヤルした。

 

「亀山君、こちら杉下です。」

 

『ああ、右京さん。一通り客席を見て回ったんっすけど、取り残された生徒はいないみたいです。』

 

「了解しました。では君もこちらに戻ってきて避難の準備を」

 

『一夏ああああああああああああああああああああああ!!!』

 

 突然、杉下の頭上のスピーカーから大音量の叫び声が鳴り響き、杉下は思わず手に持った端末を取り落しそうになった。そしてそれは、杉下が立案した計画を灰燼と化すものであった。

 

 

 

 

 

「な、なんだ!?これ篠ノ之の声か?」

 

 一夏の名を呼ぶ叫びに困惑したのは亀山も同様であった。声のした方へ眼を向けると、どうやら音の出所は館内に備え付けられたスピーカーのようだ。事前に杉下が侵入者を刺激するため使用を控えるように言っていたそれが、今まさに使用されていた。

 

『男ならば…男なら、それぐらいの敵に勝てずになんとするっ!」

 

 それは、大切な人の身を心配し、何とか頑張って欲しいと思う心から出た叱咤激励のエールだったのだろう。箒の行動に悪意はなく、想い人への純粋で不器用な思いが彼女を突き動かしたのだ。

 だが今回ばかりは、その行動はあまりにも悪手だったと言う他がない。所属不明のISは声の出所を探り、それが館内放送をするための放送室だと確認すると、そちらに向けて右手を伸ばした。

 そして、放送室のあるのは杉下が避難誘導をしている場所の真上である。

 

「クソがっ!!」

 

 亀山は所属不明機が次にやろうとしていることを察すると、携帯を握り締めたまま観客席の最前列をめがけ階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

「箒…あいつ何やってんだ!」

 

 スピーカーから幼馴染の声が響いた瞬間、一夏は箒の行動に呆然としてしまった。そして、その行動がどういった結果を招くかに思い至り、顔を蒼くしハッと所属不明機の方へ眼を向ける。

 所属不明機は箒が居るであろう放送室に向けて、ビームの発射口のある右腕を伸ばしていた。

 

「バカッ!そこに居たらやられるわよ!」

 

「箒!逃げろ!」

 

 開放回線(オープンチャンネル)で鈴と一夏が呼びかけるが時すでに遅し。ビームの発射口に光が収束し、今まさに破壊の一撃が放送室に向かって放たれようとしていた。一夏は悪態をつき、剣を振り上げビームの発射を阻止しようと敵に向かって行こうとする。

 

 その時である。

 

 何かが所属不明機の頭部に当たり、カコーンッ!という小気味のいい音が響いた。所属不明機の足元には一夏が見慣れた携帯が落ちていた。どうやら客席から投げ込まれたもののようだ。

 

「おいコラ!このクロ達磨がっ!うちの学校の生徒に手を出してんじゃねえぞ!」

 

 それは観客席の最前列から澪乗り出す亀山の声だった。その声が聞こえたのかは定かではないが、所属不明機は放送室に向けていた腕を亀山の方へ向けると躊躇なくビームを発射した。

 

「薫さん!」

 

 一夏が叫ぶが、ビームは避ける間もなく観客席に着弾し轟音と爆発を生んだ。破壊された客席の跡に人の姿は見えない。

 

「…てめええええええええええええええ!!」

 

「バカッ!一夏、そんな真っ直ぐに相手に突っ込んじゃ!」

 

 亀山を攻撃された怒りに任せ一夏は所属不明機に突撃していく。しかし、鈴が言ったようにフェイントもなしに突っ込んだ為、相手に攻撃の軌道を完全に読まれてしまっていた。所属不明機は真正面から向ってくる一夏に向け腕を伸ばす。今度は一夏にビームを打ち込むために。

 しかし次の瞬間、伸ばされた所属不明機の腕を閃光が貫き、ビームの発射口は爆砕した。その隙に一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気の距離を詰める。

 

「おりゃあああああああああああああ!!!」

 

 気合の入った咆哮と共に一夏は『零落白夜』を発動させる。

 

 『零落白夜』 

 

 あらゆるエネルギー兵器を無効化し、エネルギーシールドを無き物にする必殺の一撃が所属不明機の機体を切り裂く。それと同時に所属不明機は機能を停止させ、人の切れた操り人形のようにがっくりとその場に倒れ伏した。

 

 それから間もなく、ISを装着した教員たちが遮断シールドを復旧させアリーナ内に突入した。彼らは機能を停止させた所属不明機を回収するとともに、会場内に残っていた生徒と職員の保護行った。

 

 この『クラス対抗戦襲撃事件』におけるIS学園の損害は第3アリーナの天井と一部客席の破壊、それに伴うアリーナの一時的な使用禁止。そして、重傷者1名。死者は奇跡的に0名であった。




次回、episode6ラスト、ブチ切れ右京さんと戦後処理です。

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