少し遅くなってしまったけど、だんだんときな臭くなってくる第五話です。
「き、君はいったい?」
突如として現れた更識と名乗る少女に亀山は混乱していた。一方、杉下は更識の名に聞き覚えがあったのか驚いたように彼女を見た。
「更識というとまさかあなたは…。」
「そうです、私の実家はあの更識家です。流石杉下警部ですね。お噂どうりよくものを知っているようで。亀山薫は少し爪が甘い。これも報告通りね。」
「あ、そうだ!さっきの話!俺の推理が間違いってどういうことだい。なんかIS反応がどうとか言ってたけど…。」
亀山は先程否定された自分の推理について説明を求めた。すると、隣に立っていた杉下が参考書を手に取り、ページを開きながら説明し始めた。
「IS反応とは起動時にISがどこにあるかを示す反応である。ISコア自体がまだ解析が進んでいないためどういった原理なのかはわかりませんが。」
「ISの運用は許可がない限り国際条約で禁止されてるから、もし学外を飛び出してIS反応が感知されでもしたら、さすがにIS委員会が調査に乗り出します。勝手にISを起動した者を処罰するためにね。」
「で、でも、もしかしたら犯人がそのISコアを弄くってIS反応が出ないようにしたとか。」
「先ほども言いましたがISコアはいまだ解析が進んでおらず、完全にブラックボックスの状態です。これを改造しIS反応を出ないようにすることができるものがいるとしたら、開発者である篠ノ之博士くらいでしょう。」
二人からの明快な反論を聞いて亀山はがっくりとうなだれた。本人としてはかなり自信のあった推理だったらしい。
「でもISを密室のトリックに利用するなんて面白い発想ね。今度小説を書くときに参考にするわ。」
「おや、あなたは小説をお書きになるので?」
「もう、こういうのは言っておかなきゃいけないお約束というやつですよ。ミステリーとかでは特に。」
「そうでしたか、僕もまだまだ勉強が足りないようで。」
そんな感じで亀山を置いてけぼりにして杉下と楯無は和やかに会話を楽しんでいる。この二人、周囲の人間を振り回すあたり、根が似た者同士なのか自然と気が合うようだ。亀山にとっては一人でも厄介な人間が二人になったようなもので気が重くなるばかりである。そうしていると、やがて楯無は時計の方を見ていった。
「あら、もうこんな時間。もっとお話ししていたいんですけど、急がないと授業が始まっちゃう。そういう訳ですので、今日はこれで失礼します。」
「おや、もうそんな時間でしたか思っていたより話し込んでいてしまったようですねえ。ところで更識さん。」
「たっちゃんて呼んでって言ったじゃないですか。更識だと実家と交っちゃってややこしいんです。」
「それでは楯無さん。あなたは何か僕たちに用があったのではないですか?」
楯無は杉下がたっちゃんと呼んでくれなかったのが不満だったのか少し顔を膨らませたが、直後に見た人を魅了する明るい笑顔に表情を変えた。
「いいえ、今回は本当に顔見せ程度ですよ。噂の特命係がどんなものか見てみたかったのもありますし。おかげでとても面白い話を聞けました。それでは、杉下先生、亀山先生。また今度。」
そういうと楯無は静かに部屋を出ていった。あとに残された二人の間に微妙な空気が流れた。やがて亀山が口を開く。
「なんか不思議な子でしたよね。大人みたいな雰囲気があるかと思ったら子供っぽいしぐさもするし。結局、彼女の実家って何なんですか。右京さんは知っているみたいですけど。」
「…彼女の実家である更識というのは、おそらく対暗部用暗部の『更識家』のことでしょう。」
「なんですか、その対暗部用暗部っていうのは?」
「言葉の通り暗部、つまり工作員やスパイなどに対応し、国益と国民を守るために活動している組織だと聞いています。何でも、元は忍者につながる組織だとか。」
「工作員って…。まさか、公安がらみのやつですか。俺たちを監視しに来たとか。」
亀山は心配そうに聞いた。特命係は以前にも何度か国家公安委員会とかち合うことがあったのが、あまり友好的だった記憶はない。むしろ、何かと組織にたてつく特命係は敵視されていてもおかしくないのだ。亀山の心配も当然といえよう。
「現段階では判断材料が少なく何とも言えませんねえ。しかし、彼女が僕たちの味方であれ、敵であれ、あまり表だって動くことはないでしょう。更識はそういう組織です。」
そうは言ったものの、杉下は亀山の考えがあながち間違えではないと思っていた。もし、更識家が公安につながりがあった場合、その裏には小野田官房長が控えている可能性が高い。小野田は元々、公安畑で活躍していた人間だ。自分たちの動きを監視するために更識の人間を生徒として潜入させるというのはあの人ならやりかねない。杉下はそう考える。
「楯無さんについてはいったんおいておきましょう。まずは事件について調べるのが先決です。現場の状況についてですが、今日の放課後にでも行って実際に密室が成り立つのか確かめてみましょう。それともう一つ気になることがあります。」
そういうと杉下は被害者の個人情報の部分を示した。
「君はこの被害者のことをどう思いますか?」
「えっと、そうですね。すごく模範的な生徒って気がしますね。文武両道のお嬢様って感じの。友達も多かったみたいですし。」
「はいそうです。ここにある情報によれば、彼女はとても素晴らしい生徒だったことになります。欠点が何一つ無いどころか、周りから不興を受けたことすら無いくらいの。」
それこそ、杉下にとってある意味現場の状況以上に不自然な部分だった。
普通このくらいの年の子供は多かれ少なかれ周囲の大人や友人たちに不満を持つものだ。それは、子供から大人へと成長している真っ最中の思春期の若者たちが人間関係を構築する上で仕方のないことだと杉下は思っている。そうしたものが、高原詩織について書かれたこの資料からは感じられない。まるで判で押したように皆、被害者のことを素晴らしい人間だ、亡くなって本当に残念だといっているのだ。親も、教師も、友人も、普段あまり関わり合いのない他のクラスの生徒までもだ。誰かが彼女を妬んで陰口をたたいていたり、喧嘩をした相手がいるくらいの事はあったのではないかと思っていたがそれすらもなかった。杉下には被害者の人物像に違和感を感じると同時に、まるで彼女の周りの人間が彼女の欠点を無理やり覆い隠しているような異常性を感じた。
「確かにこれはおかしいですよ。こんな報告書見たこと無いっすよ。」
杉下の説明を聞いて、亀山もこの異常性に気がついた。殺人事件などで被害者のことを、「人から恨まれるような人物では無かった。」という証言はよく聞くが、調べていけば何かしら被害に遭う切っ掛けになるような話はどこからか出てくるものである。
「正直言って、僕はこの被害者についての報告はすべてを信用するわけにはいかないと判断します。なので、ここで証言を得られていない別の人物から被害者について聞いてみる必要があります。」
「別の人物って。右京さん誰か当てがあるんですか?」
杉下はわずかにほほ笑むとその質問に答えた。
「ええ、それもこの学園に。」
「あれ?杉下先生に亀山先生。どうしたんですか?二人そろってここに来るなんて。」
そう言って二人を出迎えたのはIS学園の教師である榊原菜月だった。放課後、二人が出向いたのは普段二人がいる部屋の隣にある職員室だった。そして、この教師こそ杉下が求めている当てだった。
「いえ、少し榊原先生にお聞きしたいことがありまして。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「私にですか?まあ、大丈夫ですけど…」
榊原は不安げに答える。それに対し杉下は安心させるように微笑む。
「ありがとうございます。実は本年度の新入生の入学試験なんですが、先生から見て優秀な受験生はどれ程いたでしょうか?今後の指導方針のためにぜひとも教えていただきたいのですが。」
その質問に榊原は目を丸くする。
「どうして杉下先生が私が試験官だったことを知ってるんですか?」
「ここに来る間何人かの生徒に聞いたんです。そうしたら、試験の時に榊原先生にこっぴどくやられたと。」
杉下が悪戯っぽく言うと、榊原は思わず苦笑してしまう。
「ああ、そうだったんですか。それにしても優秀な受験生ですか。うーん。」
しばらくの間、目を伏せて、考えるそぶりをしていたがやがて顔を上げた。
「やっぱり、今年首席で入学した更識さんですかね。」
「え!あの子首席で入学してたんですか!」
亀山は昼休みにあった少女のことを思い出し声を上げた。榊原はそれを見てくすくすと笑っている。
「ええ、そうなんですよ。変わった子だったでしょ。あれでも将来は国家代表になれるだけの才能を秘めてるんですから。今はまだ候補生どまりですけど。」
「なるほど、では他に有望そうな受験生はいましたか?」
そう聞かれ、榊原は他国からの留学生などの名前を数人あげていたが、やがて何か思い出したかのように声を上げた。
「そうだ、確かここに入学する前に亡くなった子が一人いたんだった。その子がいたら学年主席は更識さんじゃなくてその子が成ってる位の。」
「それってもしかして、高原詩織さんのことですか。」
「は、はい。そうですけど。」
杉下と亀山は榊原に高原詩織はどんな受験生だったかと榊原に聞いた。榊原の話によると、高原詩織は先の資料にあったように非常に優秀な学生で、ISについても更識以上の才能を秘めていたとのことだった。しかし、杉下が高原の合格は確実かと聞いた時、わずかに榊原の顔が曇ったのを二人は見逃さなかった。
「何か、高原さんに問題があったんですか?」
杉下の質問に対し榊原は非常に言いにくそうにしている。どうやら、あまり人に話すような内容ではないらしい。それでも根気よく説得した結果、榊原はようやく話す決心がついたようだ。
「このことはオフレコでお願いします。高原さんの出身中学である名成中学なんですけど、ここではあまり評判がよくないんです。」
「名成中学がですか?でも名成中学と言ったら結構有名な進学校じゃないですか。」
亀山にとって榊原の答えは予想外のものだった。名成中といえば都内でも有数の名門校で、IS学園にも毎年合格者を出している進学校だ。そこが、IS学園ではあまり評判がよくないとはあまり想像できないものだが。
「はい。名成中学は他校に先駆け、いち早くカリキュラムにISの授業を組み込んだこともあって、IS学園にも毎年合格者を出しています。だけど近年、新しく就任した校長の方針もあって生徒や教師に女尊男卑の考えが広がってるんです。」
女尊男卑
それは、ISが世に広まるにつれて社会に広がった考え方の一つである。曰く、ISは女性にしか使えない物だ。そして、今の世界の中心はISだ。ゆえに、今世界を動かせるのは女性だ。そんな、小学生でもおかしいと思える思想は確実に世界に浸透している。街では道行く女性が見知らぬ男性をパシリに使い、政治や経済の表舞台に立つのは常に女性だ。それが今の時代のスタンダードであり、世の男性を悩ませる問題の一つなのだ。
「うちの学校は留学生も多いんで面接であまりにも考え方がひどいと判断されれば成績に関わらずはじく場合もあるんです。下手すれば国際問題になりますからね。にも拘らず、名成中では露骨に教師が男女で生徒を差別してたりするらしいんです。女性としての正しい姿を形成するためって方便らしいですけど男子にしたらたまったもんじゃないですよ。そのせいで男子の受験希望者は年々減ってるとか。受け持つ側としてもそういった考え方をする生徒はあまり面白くありませんしね。」
最後に榊原は、絶対に誰にも言わないでくださいね、と二人に念を押して話を締めた。
本作中の男尊女卑の考え方については作者が独自に解釈したことが含まれます。原作であるISとは違っているところもあるかもしれませんが、ご了承ください。