IS学園特命係   作:ミッツ

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この作品内ではIS本編で起こる重要なイベントをまるきりカットしてしまう事もあります。原作での出来事をそのままなぞっても仕方がないと思うからです。
その代わり、原作の裏であったことなどを描いて行こうと思っています。


人に七癖

 亀山と杉下が所属する『IS学園特命係』、正式名称『IS学園特殊事例命令管轄係』の主な仕事は織斑一夏の学園生活をサポートする事である。周りが全員異性という状況下で一夏がストレスなく生活し、問題が起きた際には迅速に解決するのが特命係の使命だ。

 そして今、特命係は新学期一日目にして一つの大きな問題に直面していた。

 

「うーん、やっぱこれは拙いんじゃねえかなあ…」

 

 亀山は眉間に皺を寄せながら右手に持った紙面に目を走らせる。紙面に書いてある内容、それは放課後も織斑一夏をIS学園内で生活させることを要請するものであった。差出人は日本政府。

 現在、織斑一夏は世界で最も注目を集める男性と言ってもよい。いったいなぜ彼だけがISを動かせるのか。その解明は全世界共通の急務とされ、各国は一様に一夏のデータを求め、その動向に各国が目を光らせている。最悪の場合、誘拐と言った強硬手段をとる国が現れるかもしれない。それでなくても男がISを動かすのを認めない女性至上主義者の襲撃や、一夏を担ぎ出そうとする反女性主義者の接触も考えられる。とてもではないがIS学園外で生活させることはできないというのが日本政府の判断であった。

 

 かといって、IS学園内で昼夜を生活させるというのも問題であろう。IS学園内で生活するのは殆どが女性だ。その中に思春期真っ盛りの10代の男子を投入する意味を日本政府は分かっているのだろうか?

 更にIS学園内で居住設備がある場所と言えば生徒寮しかない。当然生活しているのは全員女子だ。しかも一夏の編入は急な出来事であった為、一人部屋が確保できず、一夏が寮で生活する場合は女子生徒と二人部屋をシェアするほかないのだ。

 無論、亀山も一夏が女子生徒を襲い不埒な行為に及ぶような男とは考えていない。しかし、万が一何かの間違いで一線を越えてしまう様な事があれば学園側の管理責任が問われる。何より、一生モノの傷を負ってしまうのは子供たちなのだ。簡単に決断できることではない。

 

「やっぱり俺は、寮に入れるのはやめた方がいいと思うんすけどねえ…右京さんはどう思います?」

 

「そうですねえ。確かに亀山君が危惧するように、一夏君を生徒寮に入れるというのは多少ならずともリスクがあります。、女子生徒からの反発も予想されます。」

 

「て事は右京さんも一夏を寮に入れるのは反対なんですか?」

 

「しかし、警護の問題を考えると、IS学園ほど一夏君が住むに相応しい場所は日本のどこを探してもないでしょうねえ。」

 

「じゃあ結局右京さんはどうするのがベストだと思うんですか?」

 

 煮え切らない杉下の返答に亀山が若干苛ついている。それを気にするふうはなく、杉下は紅茶を啜るとその答えを出した。

 

「僕の意見としては、織斑先生の部屋に一夏君を同居させるというのが一番いいのではないかと思います。」

 

「織斑先生の部屋に?」

 

「ええ。織斑先生は生徒寮の寮監を務めており、寮の中に自室を持ってそこで生活しています。噂で聞いた限り、この学園の寮の部屋はかなり広いそうなので、寮監の部屋でも兄弟二人ならば何の問題もなく生活できるのではないでしょうか。姉弟ですので情操教育上の問題もありません。」

 

「なるほど。それなら織斑先生が監視役にもなりますし、警護上の問題にもかなりメリットがあるわけっすね。」

 

 考えれば考えるほど一夏を千冬と同居させる旨みがあるように亀山には思えた。時計を確認すると時刻は丁度午前の授業が終わったくらいの時間だ。

 

「わかりました右京さん!すぐに織斑先生の方に確認を取って部屋を同じにしてもらうように頼んできます。今なら織斑先生も職員室に居るっすからね。」

 

 言うが早いか、亀山は善は急げとばかりに席を立つと、止める間もなく駆け足で部屋を出ていった。杉下はその後姿を黙って見つめるのみである。

 

「………とは言っても、生徒と教師の部屋を一緒にするのは、それはそれで問題なんですがねえ。」

 

 やれやれと言った様子の杉下から、そんなつぶやきが零れる。無論、それを聞いたものは誰もいない。

 

 

 

 

 亀山が職員室に着くと、それと同時に終業のチャイムが鳴った。教室のある方角が俄かに騒がしくなり、暫くすると教師たちがぞろぞろと職員室に帰ってくる。亀山はその中に千冬の姿を見つけると足早に近づいて行った。

 

「お疲れ様です織斑先生。ちょっと話したいことが…って、何かあったんですか。」

 

 さっそく一夏の部屋について話をしようとした亀山だったが、千冬の眉間に深い皺が出来ているのに気付き、心配そうに聞いた。千冬の後ろでは真耶が僅かに顔を蒼くしオロオロとしている。その様子を見て、亀山は1年1組で何かがあったことを悟った。

 

「お疲れ様です亀山先生。何、大した事じゃありませんよ。」

 

「大した事じゃないって…あの、一応どうしてそんな不機嫌そうにしているのか聞かせてもらってもいいですか?」

 

「……不機嫌そうに見えましたか?」

 

「ええ。眉間にくっきりと皺が寄ってましたよ。」

 

 しばし亀山と千冬の視線が忠で交わる。時間にして約5秒ほど二人はお互いの目を見つめ続けていた。すると、千冬の方が先に視線を外し、大きくため息をついた。眉間の皺が少し減っている。

 

「亀山先生たちには話していた方がいいでしょう。実は、1組のクラス代表を選ぶときにひと悶着があったんです。」

 

「……いったい何があったんです?」

 

「クラスの女子たちが織斑を代表に推薦したんです。しかし、その選出にイギリスの代表候補であるセシリア・オルコットが異議を唱えたんですが、主張が段々と男性や日本を侮辱するものに移っていって、それに織斑が反発しお互い引けぬ状況になったんです。」

 

「オルコットっていうと、金髪をロールさせてた白人の娘っすよね?」

 

 亀山は朝のSHRを思い出す。確か、自信満々にイギリスの代表候補であることを自己紹介で言ってた生徒がいた。名作テニス漫画に出てくる某夫人を彷彿させる髪型と、なぜか自分の方を睨み付けていたことが印象的だったのを覚えている。

 亀山の言葉に千冬は顔を縦に振る。

 

「ええそうです。織斑とオルコットには一週間後にISの試合で決着を付けさせることにさせました。亀山先生たちには事後報告になってしまい申し訳ありません。」

 

「ああいや。別に俺たちに気を遣ってもらわなくても大丈夫ですよ。1年1組の担任は織斑先生なんですし。織斑先生ん決定に口を挟む様なことはしませんよ。」

 

「そう言ってもらえると助かります。」

 

 千冬は亀山に向かって頭を下げる。話を聞く限り、先にオルコットの方が日本や男性を侮辱したのが事の発端のようだ。一夏の性格からして黙って聞き過ごせなかったのだろう。柔和な顔立ちをして、熱いハートが一夏の胸に宿っていることを亀山は知っている。

 ともすれば、千冬が職員室に入ってきた時に不機嫌な表情をしていた事にも合点が行った。恐らく、彼女もオルコットの発言に思う事があったのだろう。千冬は元日本代表であり、唯一の家族は男性だ。この二つを愚弄され、心中穏やかでいられない気持ちはよく分かる。そう考えると一見似ていないような気がして、やはり千冬と一夏は姉弟なんだな、と実感でき、亀山は微笑ましい気分になった。

 

「…どうされました亀山先生?顔がにやけてますけど。」

 

「いや、姉弟だけあって、やっぱり似てるんだなと思って。」

 

「…私はからかわれるのが嫌いです。」

 

 そう言って再び眉間に皺を寄せるが、頬がほんのり赤くなっているのを見るに、どうやら恥ずかしがっているようだ。流石にその事を指摘するほど亀山は子供ではない。だが、こうして見ると織斑先生も年相応に可愛いところがあるんだなと思っていた。

 

「あ、織斑先生、顔が赤くなってますよ。一夏君と似ていると言われて嬉しいんですね、ってあ痛たたたたたたたたたたたた!!!!!」

 

「山田先生。たった今、私はからかわれるのが嫌いだと言ったばかりですが。人の嫌がる事はしていけないと、山田先生は教わらなかったんですか?」

 

「すみません!すみません!もう二度とからかわないんで許して下さあああああああああああああ!!!!!!」

 

 …………どうやら口に出さなくて大正解だったようだ。

 一通り真耶への制裁を終えると千冬は亀山に向き直る。その足元には先ほどまで泣き叫んでいた真耶が真っ白になって崩れ落ちていた。

 

「そういえば亀山先生、私に何か話があったんじゃないですか?」

 

「え?あ、ああ、そうだった。実は一夏をIS学園の寮に入れることに関してなんですけど…」

 

 亀山は日本政府が一夏をできる限りIS学園内で生活させるように要請している事、現状では生徒寮にしか一夏が住める場所がない事、倫理的に千冬の部屋に一夏を入れることが望ましい事を千冬に話した。

 しかし、話を聞き終えた千冬の反応はあまり芳しいものでは無かった。

 

「日本政府が織斑をIS学園内で生活させるように要請していることは私にも伝わっています。しかし、私の部屋で織斑を預かる事は正直言って難しいです。」

 

「え!?どうしてですか?」

 

「私は1年の生活指導や寮監以外にも学園の防衛に関する責任者を務めています。なので、そういったものに関する書類が部屋にあるんで身内と言えど、おいそれと生徒を部屋に入れるわけにはいかないんです。」

 

「ああ、そう云えばそうでしたね。」

 

 千冬から指摘され亀山は漸くその事に思い至った。もちろん、杉下は始めからそれに気づいていたが、それを教える前に亀山が勝手に部屋を出て行った為に伝えることが出来なかったのだ。完全に亀山の勇み足と言えるだろう。

 

「でも、それだと一夏は女子生徒と同居することになるんですけど…」

 

「それに関しては私の方も対策を打っています。織斑と同居する生徒なんですが、奴と幼馴染の生徒がいたんで、その生徒を織斑と同室にしました。」

 

「確かに、お互い顔なじみなら変に気を使い合うことも無いかもしれないですけど…けれどいいんですか?言いにくいですけど、その、若い男女が同じ部屋で生活するわけですから…」

 

 何時の間にか復活している真耶が亀山の言わんとしていることを察し顔を赤くする。一方で千冬は顔色を変えず、こう断言する。

 

「大丈夫です亀山先生。亀山先生が危惧するようなことは恐らく起きないでしょう。」

 

「いや、でも織斑先生…」

 

「まず間違いなく大丈夫です。そもそもここで一線を越えるような奴だったら、あいつの周りはあれほど苦労しなかったでしょうから…」

 

 そう言う千冬の顔はどうしようもない悲しみを抱いているようであった。この時、亀山はなぜ千冬がこうも問題無いと断言でき、悲しそうな顔をするのか理解できなかった。亀山が一夏のある特性を知り、千冬の言葉の意味を悟るのは、もう少し後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室を出て自分たちの部屋に戻った亀山は杉下に千冬との話し合いに関する報告をした。杉下は亀山の報告に耳を傾けながらいくつかの書類に目を通している。

 

「そうですか。一夏君は幼馴染の生徒と同室になるわけですね。万が一という事態も考えられますが、織斑先生がそうまで言うのですから何かしら事情があるのでしょう。」

 

「ええ。一応一か月後には使っていない倉庫を改造して一人部屋にできるみたいですし、一夏にはそれまで我慢してもうしかないっすね。いろんな意味で。」

 

 ここまで来たら一夏の善性に期待するほかない。自分たちにできる事と言えば、一夏の若さが暴走しないようにフォローしてやる事ぐらいだ。亀山は性教育の必要性について割と本気で悩んでいた。

 

「あ、そういえば、なんか一夏が代表候補生とISで試合することになったみたいですよ。」

 

「はい?それはまたどうしてでしょう?」

 

 亀山は一夏がクラス代表を掛けて試合をする経緯について杉下に話した。話を聞き終えると杉下は呆れたように頭を振る。

 

「なるほど。そのようなことがあったんですね。僕たちの立場からすれば、一夏君にはあまり迂闊なことはしてほしくないんですがねえ。」

 

「まあ、今回の事は一夏の方が一方的に悪い訳じゃないですし。むしろ最初に仕掛けてきたのは相手の方ですよ。」

 

「そこで相手と同じ土俵に立っても仕方ないでしょうに。それで、一夏君の相手になったのはどこの国の、なんという代表候補生なんでしょうか?」

 

「えーと、イギリスの代表候補生のセシリア・オルコットって生徒です。試合は一週間後ですね。」

 

 亀山がオルコットの名前の瞬間、杉下は一瞬動きを止め視線を書類から話し亀山の方を向く。

 

「オルコット…一夏君の相手はイギリス人のオルコットさんというんですか?」

 

「ええ、そうですけど。もしかして、知り合いでしたか?」

 

「いえ。僕の知り合いに女子高生のオルコットさんはいません。しかし、女子高生くらいの年頃の娘さんを持つオルコットさんはいました。」

 

「てことは、1組のオルコットは右京さんのお知り合いの娘さんってことですか?」

 

「その可能性は十分にありますねえ。ふむ。」

 

 杉下は立ち上がり、椅子に掛けてあったスーツの上着を取り、袖を通す。

 

「少し気になる事が出来ました。調べ物をしてくるので後をお願いします。」

 

 そう言うと杉下は亀山を部屋に残しさっさと部屋を出て行った。

 その後姿を見送りながら亀山はつぶやく。

 

「………また右京さんの悪い癖が出ちゃったよ。」

 

 気になる事が出来ると、いてもたってもいられなくなる。それが杉下右京の悪い癖である。

 

 

 

 


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