IS学園特命係   作:ミッツ

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今回からIS本編に話が入ってきます。このエピソードの主役はタイトルから予想できるようにイギリス出身のあの子です。

今年最後の投稿となりますが、来年もどうぞ作品ともどもよろしくお願いします。


episode5 蒼い涙
たった一人の男子生徒


 4月某日。この日は日本全国、多くの高等学校において新学期が始まる日である。国立専門学校、IS学園も例外ではない。

 IS学園には毎年120人の新入生が入学する。彼女らは倍率百万倍という狭き門を潜り抜けてきたエリートなのであるが、彼女らが皆期待と不安を胸に宿し、新たな学び舎となった教室で始まりの時を待ち続けているというのは一般的な高校と何ら変わらない、毎年恒例の風景である。

 しかし、この年は少しばかり勝手が違った。IS学園1年1組。そこに本来存在しないはずのイレギュラーが紛れ込んでいる。

IS学園はその名の通りISに関する専門的な分野を学ぶ学校であり、世界で唯一ISの操縦法を学べる教育機関である。そのため、ここに通う学生は皆一様に女性のはずだ。

 だが1年1組の最前列のちょうど真ん中に座るその人は身長は日本人女性の平均を大きく、細身ながら意外と筋肉のあるがっしりした体つきを持ち、多少中性的ながら聡明さを残した凛々しい顔立ちをした、早い話が明らかに男性なのだ。

 もはや読者には説明する必要はないかもしれないが、この少年こそ、男でありながら女の園であるIS学園に通うことになった唯一無二の存在、織斑一夏である。

 

 彼は今、背中に無数の視線を受け、非常に居心地が悪そうに下を向いている。思春期の男子を女しかいない空間に放り込むなど、一般的な感性を持ち得る人間には苦行以外の何物でもない。

 だが、一夏が必死に苦行に耐える時間はそう長くはならなかった。

 

「皆さん、入学おめでとうございます。私はこのクラスの副担任の山田真耶です。これから一年、どうぞよろしくお願いします。」

 

 教室のドアから入ってきた真耶はそう言って自己紹介をする。真耶は数か月の研修を終え、今年度から1年1組の副担任としてクラスを受け持つことになった新米教師である。

 おそらく、真耶は生徒とのファーストコンタクトを入念にシュミレーションしてきたのであろう。模範的な自己紹介文はその賜物と言える。しかしながら、元気よく『よろしくお願いします!』と返してもらえると思っていた真耶の予想を裏切られる。

 男子生徒の存在という異常事態を前にした女子たちに元気よく挨拶する余裕などなく、教室はむなしい沈黙に包まれた。涙目になる真耶はなぜか一夏に向かって助けを求めるような視線を向けるが、当の一夏もまた自分の事で精一杯で真耶を助ける余裕などない。

 

 この気まずい空気の中でHRを行わなくてはいけないのか…

 

 真耶の胸中に絶望にも似た感情が渦巻き始める。だがその時、重苦しい空気を吹き飛ばすような快活な男性の声が教室に響いた。

 

「おいおい、せっかく山田先生が挨拶したんだから少しくらい反応してやれよ。入学初日からそんな感じじゃ、これからやってけねえぞ。」

 

 その声に聞き覚えがあり、一夏は机に向けていた視線をはっと教壇へと上げる。その視線の先にいた男性は、肌は浅黒く、髪は短く刈られており、男性的な顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべていた。そして服装はというと、黒いTシャツの上にアメリカ空軍から降ろされた特徴的なパイロットスーツを羽織り、そこにジーンズを合わせたものだ。人付き合いは多い方だと自負する一夏でも、このような特徴を兼ね揃えた人間は一人しか知らない。

 

「薫さん!どうしてここに!?」

 

 思わず席から立ち上がって声を上げる一夏に対し、男性は嬉しそうに笑みを浮かべると軽く手を上げてそれに答えた。

 

「よっ!久しぶりだな一夏。これから一年よろしくな!」

 

 織斑一夏と亀山薫、約一か月ぶりの再会であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 亀山薫と彼の上司が突如IS学園への出向を命じられたのは一年前の事である。彼らはもともと警視庁も特命係という部署に所属していたのだが、その一件に合わせ特命係は解散させられたのであった。それからというもの、彼らはIS学園の教師として働いて居ている。しかしながら、彼らの巻き込まれ体質故か、IS学園に来てからも彼らの周りに平穏というに文字は存在せず。日々、忙しい毎日を過ごしていたのであった。

 そんな彼らの立場に変化が訪れたのが約一か月前。俗にいう『IS二月革命』と言われる一連の政変によって、亀山達は教師としての立場をいったん返上し、IS学園に通うことになった男子生徒のサポート役、および学園内で問題が起きた際の解決を担う役職、IS学園特命係に任命されたのだ。

 奇しくも一年ぶりに特命係を名乗ることになった二人だったが、教職の返上に伴いそれまで受け持っていた仕事もやる必要がなくなり、呼び出しがなければ仕事のない暇な立場へと逆戻りしてしまったのだった。

 ではなぜ、現在亀山が教壇に立っているかというと、会議のためHRに遅れる担任の代打を頼まれたからである。1年1組の担任は男子生徒の存在でクラスが気まずい雰囲気になる事を予想していたのか、後輩の新米教師をフォローしてほしいと亀山に依頼したのだ。閑話休題

 

 

 場面は再び1年1組の教室に戻る。どうして亀山がIS学園にいるのかを聞きたがる素振を一夏が見せるが、亀山はそれを適当にあしらい、空気を切り替えるようにパンっ!、と手を打った。

 

「よしっ!それじゃ、先ずはこれから1年間を共に暮らす仲間たちの事を少しでも知るために、軽く自己紹介でもしようか。ねっ、山田先生?」

 

「えっ?あ、はい!じゃあ、出席番号が若い人からお願いします。」

 

 そうして始まった自己紹介であったが、実に和やかな雰囲気で進行していった。亀山は生徒一人一人に自己紹介の時に言った趣味や特技に関する質問をし、その返答のたびに感心したり驚いて見せたりとリアクションを示したのだ。そのおかげで生徒たちも話しやすくなったのか、皆一様に自分の事を楽しげに話し、先ほどまでクラスに蔓延していた気まずいムードは完全に払しょくされていた。

 実はこれには亀山の刑事としての経験が生きている。ふつう警察を相手に話すとなると、一般人は自分は何もやっていないはずなのに緊張しがちになってしまうものだ。相手が警戒心を抱いたままだと、警察も聞き取りや事情聴取の際に苦労する。そのため警察官は相手の緊張を和らげ、話しやすい雰囲気を作るテクニックを有している。亀山は生徒たちの話に応じ表情を交えて適度な相槌を打ち、話題を掘り下げ、興味を持ったふうに反応してみせる。こうすることで生徒は自然に自分のことについて話しやすくなるのだ。これには亀山自身の人の好さも関係しているのだろう。

 

 そうこうしていくうちに出席番号は進み、ついに一夏の番が回ってきた。

 

「それじゃあ次は「お」だから織斑君ですね。織斑君お願いします。」

 

「は、はい。」

 

 真耶に促され一夏は席を立つ。軽く息を吐き後ろを向くと、クラス全員の視線が体を射ぬく。一瞬その視線に怖気づきそうになるが、後ろに亀山がいることを思い出すと何となく安心した。こういった時、信頼できる知り合いがいると心持が随分と変わるものだ。一夏は覚悟を決めると口を開いた。

 

「織斑一夏です。知ってると思うけど、男なのにISを動かせるってことでこの学校に通うことになりました。えーと、趣味は運動とゲーム。特技は料理とか家事全般。これからよろしくお願いします。」

 

「はい、よろしく。一夏の料理は本当に旨いからな。機会があったら作らせてみたらいいぞ。家庭料理の域を軽く超えてるからな。」

 

「大袈裟ですよ薫さん。俺の料理なんてそんなに大したもんじゃないですから。普通の家庭レベルですよ。」

 

「お前の料理が大したものじゃないんなら、俺の女房の料理はどうなるんだって話だよ。」

 

「そ、それは…美和子さんだって前よりかは上達してますし…」

 

「そんなこと言って、この前なんか緑色の味噌汁が出て来たんだぞ。いったいどうやったら味噌から緑色の色素を抽出できるっていうんだよ…」

 

 そう言って亀山が力なく項垂れると、くすくすといった笑いが女子たちから起こった。これには一夏も苦笑いを浮かべるほかない。しかし、女子たちはまだ一夏から話を聞きたいのか期待に、満ちた視線を一夏に向ける。それを受け、一夏が困惑した様子を見せているのを察した亀山は、再び手を叩いて注意を自分に向けさせた。

 

「はい、お前たちも織斑にはいろいろ聞きたいことがあると思うけど、それはまたあとで聞いてやってくれ。後ろが詰まってるしな。」

 

 亀山の言葉に、期待で目を煌めかせていた女生徒たちは目に見えて残念そうな顔をし、一夏は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。すると教室のドアが開き、黒いスーツ姿の女性が入ってきた。

 

「ほう、どうやら自己紹介くらいは真面にできたようだな。」

 

「ち、千冬姉!なんで千冬姉がここに、イテッ!?」

 

「織斑先生と呼べ、ここは学校だぞ。馬鹿者め。」

 

 一夏は千冬の顔を見ると驚き、つい家での呼び方で名前を呼んでしまうが、千冬は出席簿で一夏の頭を叩き、それを訂正させる。

 

「あ、織斑先生、もう会議は終わったんですか?」

 

「ああ、山田先生。SHRを押し付けてしまい申し訳ない。亀山先生もありがとうございます。急に代わっていただいて。」

 

「いやいや構いませんよ。俺に出来る事なんてこういった事ぐらいしかありませんから。」

 

 三人の教師は親しげに言葉を交わす。一方で一夏は涙目になりながら頭をさすっていた。

 

「いてて…先生って、まさか!」

 

 一夏は気づいてしまった。自分の姉が先生と呼ばれている理由を。姉がこの教室にいる理由を。

 千冬は黒板を背にし、机に両手をつくと言った。 

 

「諸君、私がこの1年1組の担任の織斑千冬だ。私の仕事は1年間でお前たちに最低限の技術を身につけさせると同時に、ISを扱う資格のある人間にお前たちを教育する事だ。私の言うことをよく聞き、理解しろ。出来ない者には出来るまで指導する。勿論逆らってもいいが、それ相応の覚悟を見せてもらう。以上だ。」

 

 まさしく鬼教官、あるいは独裁者と言ってもよい。普通の学校であれば間違いなく問題発言ととられるものであったが、このIS学園は普通の学校ではない。当然、そこに通う学生も普通ではないわけで…

 

「キャー!!千冬様よ!!本物の千冬様よ!!」

 

「私、千冬様に会うためにここに来たんです!北九州から!」

 

「千冬お姉さまの為なら死んでもいいです!」

 

 女子は三人寄れば姦しいという。それが29人も集まったのだから騒音レベルの喧しさを持つのも必定だろう。飛び交う黄色い声に亀山と一夏は思わず手で耳を塞ぎ、千冬は顔に手を置き、がっくりと肩を落とす。

 

「まったく、よくもまあ今年もこれほど馬鹿者が集まったものだ…まさか、私のクラスだけバカを集中させてるんじゃないだろうな?」

 

 そんなことはない、と亀山がすぐに訂正できなかったのは、あの人の良さそうな表面をした腹黒用務員の一端を知っているからだろう。あの影の学園理事長なら問題児ばかりを集めて千冬に全て丸投げするという事もしかねない。

 

 とまあ、途中多少のごたごたはあったものの1年1組の最初のSHRは滞りなく進んでいき、最後の生徒が自己紹介を終えたところでチャイムが鳴ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい亀山君。どうでしたか、クラスの様子は?」

 

 亀山が教室から特命係の仕事部屋に戻ってくると、上司である杉下右京が紅茶を入れながら聞いてきた。その際杉下は高い位置でポットを傾け、手に持ったティーカップに紅茶を注ぐと云うかなり独特な方法で紅茶を入れていた。

 

「お疲れ様っす右京さん。まあ、初日ですからみんな少し緊張した感じでしたね。でも、自己紹介を始めた頃にはだいぶ良い雰囲気になってましたよ。一夏も思ってた程きつそうにしてませんでしたからね。」

 

 亀山は自分の椅子に腰を下ろしながら答える。実際には亀山の働きが大きかったのだが、態々その事を吹聴したりはしない。杉下もそのあたりのことは承知している。杉下は入れたて紅茶を一口啜り、満足げな様子で頷く。

 

「それは大変結構なことです。現在の僕たちの主な仕事は一夏君が不自由なく学生生活を送れるようにサポートすることです。もし彼が女性ばかりの環境に耐えられないとなれば、僕たちも何かしらの対策を講じなければなりませんからねえ。」

 

「でも、異性ばかりの環境が全く気にならないってわけではなさそうでしたよ。俺が教室に入るまでは割と辛そうな感じでしたし。」

 

「つまり、一夏君はIS学園に知り合いの男性がいて安堵したというわけですね。それだけでも僕たちが今もこの学園にいることに意味があるのでしょう。」

 

 相変わらず小難しい考え方をするんですね、と亀山は思う。思うだけで口には出さないが。

 とはいえ、自分たちがいる事で一夏が抱えるストレスが少なくなるのは良い事だ。何かしら問題は起きるかもしれないが、その時は大人の自分たちが全力でサポートしよう。亀山は心中でそう誓った。

 

「おっと、そういえば。」

 

 椅子に座って紅茶を楽しんでいた杉下が、ふと何か思い出したかのように立ち上がった。そして、そのまま亀山の方に歩いてくると右手を亀山の前に差し出す。

 

「君とこうしてIS学園に務めるのも二年目になりました。これから一年、改めてどうぞよろしく。」

 

「…そりゃあもちろん!俺の方こそ一年間、よろしくお願いします!」

 

 亀山は差し出された右京の手を力強く握り返すとそう宣言した。

 

 こうして、特命係にとってIS学園での二度目の春が始まった。

 この時、彼らは知らなかった。これから始まる一年がIS誕生以来、最も波乱に満ちた一年になる事を…

 そして彼らは知ることになる。IS誕生の陰で人生を捻じ曲げられた人々の存在を…




主役とかいって、セシリアさんは出てきませんでしたね。申し訳ありません!
作者はセシリアの事は結構好きなんですけどね…
次回で出せたらいいなあ…

それでは皆様、よいお年を!

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