IS学園特命係   作:ミッツ

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思ったよりも筆が乗ったので最近ではかなり早く投稿することが出来ました。
このまま一気にラストスパートをかけていきたいと思います。


抜け落ちた記事

 時間は少々遡る。亀山達が事件のあった現場に向かっている間、杉下と千冬の二人も捜査を開始していた。

 場所は杉下たちの教官室である。まず初めに、二人は意識不明の重体となった蜷川美玲のクラスの担任である町田久子を呼び出し、美玲の普段の様子を聞き取り始めた。

 

「蜷川さんは特に変わったとこのない生徒でしたね。成績はそれほど飛び抜けている訳ではありませんでしたけど、何か問題を起こすようなこともありませんでした。」

 

 元はIS関連企業で研究員を務めていたという町田は、その見た目も非常に知的な印象を杉下たちに抱かせた。生まれ持った素材は整っているにもかかわらず、分厚い眼鏡に色気も減ったくれもない白衣という如何にも研究者といったような彼女のファッションスタイルは美女ぞろいのIS学園内でもなかなかに際立っている。だが杉下たちは町田の衣服などには気にも留めず質問を続ける。

 

「それならば、蜷川さんの友人関係はどうでしたか?近頃トラブルになっていた生徒などは?」

 

「いいえ。私が見た限り友人関係には問題はありませんでしたし、誰かとトラブルになった様子はありませんでしたよ。ああ、でも…」

 

 目線を下げ考えるそぶりを見せていた町田は何かを思い出したのか、片手で眼鏡を上げると杉下の方に顔を向ける。

 

「数日前からですかね…蜷川さんがの様子が少しおかしくなっていましたね…」

 

「と、言いますと?」

 

「何か思い悩んでるようでした。授業中もかなり苦しそうな表情をしていたんで一回保健室に行くように勧めたんです。でも、大丈夫だからって言って断られたんですよ。私が気付いた限りではそれくらいですかね。」

 

「わかりました。では、蜷川さんと仲の良かった生徒を何人か教えてもらってもよろしいですか?」

 

「ええ、かまいませんけど…杉下先生。蜷川さんは誤って階段から落ちてしまったんですよね?なのに何でこんな警察が事件を調べるようなことを?」

 

 町田は訝しむ様な目で杉下のことを見る。すると、杉下の後ろに控えている千冬が杉下の前に出た。

 

「町田先生、今回は生徒が被害にあっています。それも、いまだ予断が許されない状況という事もあって事故の原因を徹底的に調べ、再発防止に努める必要があるんです。特に今年は4月からいろいろなことがありましたから。」

 

 実際のところ千冬の言っている事に間違いはない。生徒の一人が学校の中で大けがを負ったという事があれば、普通の学校ならその原因を調査し再発防止に努めるのは当たり前のことである。

 さらに、IS学園ではこの1年の間様々な事件が起きている。現職の教職員による学園爆破未遂に始まり、生徒会長のスキャンダル。表沙汰にはなっていないが教師の家族が某国のスパイによって誘拐されかけるという事件も起きている。

 以上のような事情があり、学園側は今回の件を徹底的に貯砂するつもりだという事を千冬は暗に語っているのだ。町田もそのことを理解できたらしい。納得したように頷き姿勢を正した。

 

「わかりました。蜷川さんが親しくしていたとなると彼女が所属していた新聞部の生徒になりますね。2組の黛さんとかともよく話していたみたいですよ。」

 

「おや、蜷川さんは新聞部の部員だったんですか?」

 

「ええ。なかなかに優秀な部員だったらしくて、1年生ながら自由に部室の備品を使ってもよい許可まで貰ってたみたいですよ。とても面白い記事を書いていて、将来は黛さんと新聞部の二本柱になることを期待されてるとか。」

 

「それはそれは。大変参考になるご意見でした。町田先生、どうもありがとうございます。」

 

 町田が教官室を出ていくと千冬が杉下に声をかけた。

 

「さて、次はどうしますか。黛たちを呼んで話を聞きますか?」

 

「そうですねえ。それもありますが、今は先にやっておきたいことがあります。」

 

「先にやっておきたいことですか?」

 

 千冬が疑問の声を上げると杉下は自嘲気味な笑みを浮かべ、申し訳なさげに答える。

 

「はい。蜷川さんが使っている寮の部屋を調べてみたいのですが…織斑先生、一緒についてきていただけますか?なにぶん、女性の部屋という事ですので僕だけで調査するのは少々まずいかと。出来れば蜷川さんと部屋を共有している方も立ち会っていただけるよう手配していただけませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 蜷川のルームメイトはブラジルから留学してきているステラ・アルバンという名の1年生だ。杉下たちが部屋の捜索を依頼すると彼女はあっさりとそれを許可した。流石にステラ自身が傍に立っていることと、ステラの私物には一切手を出さないことを条件として出されたが、杉下たちにとってはあまり関係のないことである。

 

「ここが私と美玲の部屋です。それじゃあ、開けますね。」

 

 ステラは鍵を使い部屋の中に入ると、杉下と千冬の二人もその後に続いて部屋に入った。蜷川とステラの部屋はお世辞にも片付いているとは言えない状況にあった。流石にごみが散乱しているしているとは言わないものの、教材や参考書が乱雑に積み重ねられており、女の子らしい小物も至る所に無造作に置かれている。早い話、目につくところにものが多すぎて散らかった印象を受けるのだ。

 本来であれば教師として生徒の生活態度には注意の一つでもしておくべきであろうが、杉下と千冬は部屋の事には一切触れずにいる。杉下は蜷川が使っているであろう机に目に入れると、白い手袋をはめながら机に近づいていく。机の上にはいくつかの新聞が積み重ねられており、杉下はそのうちの一つを手に取った。

 

「ステラさん、蜷川さんはよく新聞を読んでいらしたのでしょうか?」

 

「はい。毎日購買で買ってきて部屋でよく読んでましたよ。なんか部活動のための勉強とか言ってました。」

 

 

「そのようですねえ。帝都、毎朝、日の出、日本財政、大手と呼ばれる新聞社のものは全てそろっていますし、中には英字新聞も含まれています。」

 

「アルバン、蜷川が読んでいたという新聞はここにあるのが全部か?」

 

「はい、織斑先生。美玲は気になった記事をスクラップしといてから、毎週日曜日に1週間分の新聞をまとめてゴミに出していました。」

 

「つまり、今が金曜日ですのでここにあるのは今週の月曜日から今日までの分という事ですね。それにしては随分と量が少ないような気がしますが…。」

 

 確かに新聞の種類は豊富にあれど、よくよく見ればいずれの新聞も1部ずつしか存在しないのだ。ステラは目を閉じ何やら思い出そうとしている。

 

「えーと、たぶん今週の月曜日だったかな?美玲が新聞を読んでたら急に顔色を悪くしたんです。あまりにも様子が変だったからどうしたの?って声かけたら何でもないって…その次の日から新しく新聞を買ってこなくなったんです。」

 

「という事は、ここにあるのは月曜日の新聞のみという事ですね?」

 

「はい、そう思います。」

 

 ステラの返答を聞き杉下は考える。町田の話によれば蜷川の様子がおかしくなったのは数日前。月曜日に新聞を読んでいて様子がおかしくなったというステラの証言とも合致する。目の前に積み重なった新聞のどこかに、蜷川が傍目から見ても豹変する何かが書いてあった考えて間違いないだろう。

 

「織斑先生、ここにある新聞の中身を確認していただいてもよろしいでしょうか?きっとこの中に蜷川さんの様子がおかしくなった原因があるはずです。」

 

「はい、私も今そうしようとしていたところです。」

 

 言うが早いか、杉下と千冬は手近なところにあった新聞を手に取ると記事に目を通し始めた。蚊帳の外に放り出されたステラは唖然とするばかりである。それからしばらくの間、杉下と千冬は無言のまま新聞に目を走らせていく。

 

「うん?」

 

 千冬が違和感に気がついたのは3部目の新聞を手に取ってすぐだった。千冬はいったんその新聞の隅々を確かめてみたがやはりその違和感は存在した。

 

「何かありましたか織斑先生?」

 

 千冬の様子に気が付いた杉下が声をかける。

 

「杉下先生、みてください。この新聞1枚だけ抜け落ちています。」

 

 千冬は新聞を開きそのページ数を示す。1面の裏にある2面の隣、そこには当然なら3面があるはずが紙面の左上隅に書かれている数字は5。3面と4面が抜け落ちているのだ。

 裏も同様だ。3面と4面に対をなす33,34面がなくなっている。つまるところ、テレビ欄を含め36面ある新聞のうち、1枚丸々抜き取られているのだ。杉下は1面にある新聞の名を確認する。そこには『帝都新聞』と書かれていた。

 

 

 

 

 その後、杉下たちはステラの許可を得たうえで部屋の中を捜索したが抜け落ちたページは発見できず、ちょうどその時亀山達から連絡を受けたこともあって一旦捜査を中断、亀山達と合流することになった。

 

 

 

 

 4人は教官室で落ち合うと、まず初めにそれぞれが得た情報を共有し合った。(ちなみに矢木も捜査の同行を希望し、IS学園までついてきたが学園の敷地内に入ろうとしたところを警備員に止められ、学園から締め出された。)

 

「それでは、その矢木って探偵に芝浦の捜索を依頼していた記者っていうのは亡くなったのですか?」

 

「はい。今朝方、同居している家族が自室で首を吊っているのを発見したみたいですよ。」

 

 千冬の疑問に対し亀山が答える。

 

「亡くなったのは帝都新聞社会部記者の前田由紀。死因は頸部圧迫による窒息死みたいっすね。一応米沢さんの方にも確かめてみたんですけど、自殺とみて間違いないそうです。ああ、でも遺書の類はまだ見つかっていません。」

 

「亀山君、その前田由紀という方はどんな人なりだったんでしょうか?」

 

「美和子の話じゃ若手のエースだったみたいですよ。行動力と粘り強さ、そして何より正義感が強くて美和子も期待してたみたいっす。けど、犯罪被害者への入れ込みが過ぎることもあって、一度それでトラブルになったみたいっすね。それと、ガイシャが自殺する前の日明け方、ひどく憔悴した様子で朝帰りしてきたのを彼女の母親が目撃しています。そのまま部屋に閉じこもって丸一日出てこなかったそうです。それで、今日の朝になっても出てこないから家族が部屋を確認したらすでに事切れてたってわけです。」

 

 報告し終わると亀山は疲れたように大きくため息をついた。実際のところ、今の亀山は精神的にだいぶ堪えている。ようやくたどり着いた手がかりとなるかもしれない人物が、ほんの数時間前に自ら死を選んでいたのだ。目の前にあったはずの鍵が手元から立ち消え、亀山の胸中には何とも言えないやるせなさに包まれていた。

 

「……柳原純一の死を中心として不幸が連鎖してますね…こんなことは言いたくないんですけど、まるで呪われてるんじゃないかって思えてきますよ。」

 

「しかし、実際に手がかりがある以上、僕たちが相手にしているのは間違いなく人間です。亀山君が呪いを信じていたとは思っていませんでしたが、今は現実に即した捜査をするべきですよ。」

 

「いや、別に俺は本気で呪いのせいだと思ってるわけじゃあ…」

 

「それはそうと杉下先生。蜷川さんの部屋から無くなってたっていう紙面は分かったんですか?」

 

 亀山の言葉を遮る形で楯無が質問をする。会話を途中で中断させられた亀山は少し不満げな様子であるが、誰もそのことを気にしていない。

 

「ええ、幸いこの学園の図書館でも帝都新聞は保管されていましたので、抜き取られたページにどのようなことが書いてあったのかはすぐに解りました。」

 

「そうですか。でもいったい誰がそのページを抜き取ったのかしら?たぶんそこに書いてあったことが蜷川さんの様子がおかしくなった原因でしょうけど…」

 

 すると楯無の疑問に呼応するように杉下は右手の人差指をピンと立てた。

 

「それなんですが、部屋から記事を持ち出したのは蜷川さん自身ではないでしょうか?」

 

「蜷川さん自身が?」

 

「はい。これを見てください。」

 

 そう言って杉下は携帯を操作し一枚の画像を3人に見せた。

 そこにあったのは倒れている蜷川を写真に写したものである。杉下は画面を動かし蜷川の指先を中心に据えると、そこを拡大した。

 

「あれ?なんか指の先が黒く汚れてますね。」

 

 亀山が写真を見て気づいたことを口に出す。確かに倒れている蜷川の写真からは彼女の右手人差し指と中指が煤で汚れているのが分かる。別の角度から撮られた者からは右手の親指も黒くなっていた。いずれも汚れているのは指の腹の部分である。

 

「おそらく、この汚れは新聞紙のインクです。蜷川さんは事件当日、件の新聞の記事が載ったページを抜き取り、待ち合わせ相手のいる校舎に向かった。その際、新聞紙を強く握りしめていたか、あるいは緊張のために手に汗をかいていた為に彼女の右手の指に新聞のインクで汚れてしまったでしょう。年頃の女性が朝起きて身なりを整えないまま誰かと会うというのは考えにくいですからねえ。実際現場で発見した蜷川さんは服装に乱れこそありましたが最低限の身だしなみはきちんとしてました。指先だけ気を使わなかったとは考えにくいですし、指の汚れはまず間違いなく彼女が朝起きて、僕たちが現場で発見するまでの間についたものです。」

 

「という事は、現場にその新聞紙がなかったのは犯人が持ち去ったからですね。」

 

「犯人にとってもその記事は見逃すことが出来ないものだったか、現場に残っていてはまずいものだったのでしょう。」

 

「でも、その抜き取られたページにどんな記事が書いてあったかはもう分かってるんすよね?ってことはもしかして…」

 

「はい、すでに誰が蜷川を階段から突き落としたのかは見当がついています。ただ、私たちの予想が正しかった場合少々厄介なことになりそうです。主に、柳原純一がらみで…」

 

 そう言う千冬の眉間には深い皺が作られている。

 事件が柳原純一に絡んでくるとなるとIS委員会が絡んでくる可能性が高いだろう。最悪この事件までも隠蔽される恐れもあるのだから今後の動きは慎重を期さなければならない。

 

「ですが犯人がだれかわかっている以上、これを放っておくことはできません。できれば今日中に蹴りを付けたいと思います。もしかすると、犯人はまだ決定的な証拠を残しているかもしれません。」

 

「決定的な証拠ですか?」

 

「ええ。なのでこの後織斑先生と一緒に…」

 

 と、その時、教官室のドアがノックされる。それに続きゆっくりと扉が開かれた。

 

「失礼します…あの~、ここに更識さんは…あっ、ここにいたんですね。よかった~。」

 

 入ってきたのは山田真耶であった。彼女は楯無の姿を見つけると安心したようにほっと息をつく。

 

「どうしたんですか山田先生?更識に何か用でも?」

 

「あっ、先輩もこちらにいらしてって!きゃっ!」

 

「山田先生、学園内では先輩ではなく先生と呼ぶように言いましたよね。」

 

「ふぁい…すいません…」

 

 真耶は千冬がどこからともなく取り出した首席簿で頭をはたかれ、涙目になりながら謝罪する。

 どうやら千冬は相手が後輩であっても指導にはスパルタで挑んでいくらしい。いや、後輩だからこそと言った方がよいだろう。

 

「それで、何か私に用があったんじゃないですか山田先生?」

 

「え、あ、はい。そうでした。更識さん、あなたにお客様が来ていますよ。」

 

「お客様?」

 

 ピンと来ないのか楯無は真耶の言った言葉を繰り返す。

 今、このタイミングで誰が訪ねてくるというのだろうか?実家の関係者ならわざわざ出向かなくてもそれ用の連絡経路があるし、依頼人関係者ならこのような目立つマネはせず、というよりさせず必ず虚を経由して話が来るようになっているはずだ。だとしたら、ロシアのIS関連だろうか?

 そんな風に楯無が考えを巡らせていると、彼女の横から杉下が真耶に声をかけた。

 

「山田先生、そのお客様のお名前は聞いていますか?」

 

「はい。小倉啓二さんっていう男の人です。」

 

「とのことですが楯無さん、小倉啓二さんのお名前に聞き覚えは?」

 

「うーん、ありませんね…山田先生、その人はいったいどんな人なんですか?」

 

「あ、はい、えーとですね。40代くらいで、とても体の大きな人です。あと、聖ミカエル病院という所で看護師をしているって話してて…」

 

 その瞬間、亀山と楯無が弾かれたように立ち上がる。

 

「聖ミカエル病院の看護師って!右京さん!」

 

「どうやら、手掛かりは向こうから来てくれたようですねえ。この機会、決して逃すことはできません。」

 

 

 ここへきて、芝浦真紀子に直接関係があるかもしれない人物が杉下たちの前に現れた。

 果たして、小倉という男は何を知っているのだろうか?

 

 

 事件は終幕に向けて加速する。




マーロウさんがログアウトしました。

右京さんと千冬さんの組み合わせは思いの他しっくりきます。

ただ脳内で構想を立てている間、千冬さんの声が天海祐希さんの声で再生されていました。

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