IS学園特命係   作:ミッツ

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今回は作者が相棒のゲストキャラの中で特に大好きな人が登場します。
皆さんはこの人のことを覚えているでしょうか?


不認可なる探索者たち

 都心から少し離れた場所にある新緑地、そこにその病院は立っていた。

 

 『聖ミカエル精神病院』

 

 その敷地内で芝浦真紀子は殺害された。

 

 轡木が取り寄せたという資料によると、死因は胸を刃物のようなもので刺されたことによる失血性ショック死だそうだ。

 死亡推定時刻は前日の夜10時から深夜2時までの間。第一発見者は芝浦の世話をしていた40代の男性職員。彼は朝の6時ごろに芝浦の部屋の中をのぞいたが部屋の中に芝浦がいない事に気が付いた。ほかの職員にも事情を話し病院内を捜索したところ、中庭にある掃除用具入れの陰で血を流して倒れている芝浦を発見したらしい。凶器はその場には残されていなかった。

 

 状況から見て彼女の死は他殺で間違いないと思われるが、IS委員会は彼女が過去に起こした事件と、その動機となった出来事を隠ぺいするために事件を変死として処理しようとしているらしい。

 

「絶対にそんなことはさせねえ…」

 

 亀山は目の前に立つ灰色の建物に目をやりながら小さく、しかし強い意志を込めて呟いた。例え犯罪者であろうとも、死の真相を捻じ曲げられ、無かったことにされていい理由は存在しない。

 

 必ずこの事件の真相を明らかにする。

 

 それこそ芝浦、そして彼女の息子に対する最大限の供養となるだろう。

 

「で、結局どこから手を付けるんですか?とりあえず事件現場に来てみた感じですけど。」

 

 そういうと楯無は亀山の横に並んで病院の建物に目を向ける。

 本来、亀山と杉下が瀬戸内から受けた依頼は亀山と楯無によって捜査が進められることとなった。轡木から押し切られる形で合同捜査をすることになった4人がまず行ったのが捜査の振り分けであったが、これは驚くほどあっさりと解決した。校内で起きた事件の第一発見者である杉下、そして実質一年生の生活指導を行っている千冬が転落事件の捜査を担当することがほぼ決定事項だったからだ。

 亀山としては杉下とのコンビを解散し、別々の事件を追うことに多少の不安はあったものの、二つの事件に何らかの関係性がある可能性がある以上、事件の全容解明に必要なことだと己を納得させた。

 こうして亀山は芝浦真紀子が死亡した事件を楯無を相棒に据えて捜査することになったのだ。

 

 さて、気合を入れて捜査を開始した亀山達ではあるが、実のところ明確な捜査プランがあって現場を訪れたのではない。そもそも普段であれば頭脳労働は杉下の担当であり、亀山はそれに付き従っていくのが常なのだ。

 だが、全くの無策かと言えばそうではない。亀山とて警察官。捜査のイロハは今までの刑事人生の中で嫌というほど叩き込まれてきた。こうした事件の場合どこから捜査を開始すればいいのか、なんとなくではあるが分かっているのだ。

 

「まあ、そうだな。まずは芝浦が倒れていた場所ってのを見に行こうか。現場百回、まだ見つかってない手がかりがあるかもしれないしな。」

 

「いきなり押しかけて、そう簡単に入れてもらえるかしら?」

 

「行ってみない事にはわからないさ。」

 

 二人が病院の門のところまで向かっていくと、そこで何やら言い争いをしている現場を出くわした。一方は病院の警備員らしき制服を着た男性。もう一人はコートを羽織ったスーツ姿の強面の男性である。どうやらスーツの男性が警備員に詰め寄っているようだ。そして亀山達はスーツの男に見覚えがあった。警視庁捜査一課の伊丹刑事である。

 

「だからなんでお前らに追っ払われなけりゃならないんだよ!俺はただ病院の方を見てただけじゃねえか!」

 

「上からの命令なんです。あなた方を病院の敷地には近づけるなと。ここは精神的に弱っている人が多いんですから、あなたのように騒がしい人は近くにいるだけで害になるんです。」

 

「なんだと。こちとら殺人事件の捜査をしてるんだよ!」

 

「だったら礼状をもってきてください。礼状さえあればご自由に中に入って捜査してもらっても構いませんので。」

 

 そう言われ伊丹は悔しそうに奥歯をかみしめた。悪態を吐きつつ警備員に背を見せ病院の入り口から離れていくと、亀山達の姿に気が付き更に表情を渋くさせた。

 

 亀山は何となく事情を察すると、出来る限り穏便に話をしようと軽く手を上げ伊丹に声をかけた。

 

「よっ、いったいどうしたんだこんなところで?」

 

「どうしたもこうしたもねえよ。大体なんでお前は警部殿じゃなくてクソガキを連れてこんなとこに来てんだよ。いよいよ警部殿からも見限られたのか?」

 

「残念ながらそう言ったわけではないんです、伊丹巡査部長。多分私たちがやろうとしている事はあなたがやろうとしていた事と同じでしょうけど、どうですか?」

 

 楯無がそう言うと伊丹は大きく舌打ちをした。

 

「お前らはまた厄介ごとに首を突っ込みやがって…言っとくが俺からお前らに教えることは何一つないからな。」

 

「ふん!最初からお前の事なんざ頼ろうと思ってねえよ。」

 

「…なんというか、大人がそんな風に言い合うのは少しみっともないと思いますよ。ところで伊丹刑事、あなたの相方の人はどこにいるんですか?警察の捜査なら二人一組での捜査が基本ですよね。」

 

 楯無の言葉に痛みは顔を暗くする。すると、タイミングを見計らったように三人の前に黒塗りの高級車が現れる。車は三人の横で止まると後部座席の窓ガラスが下ろされた。

 

「あら、どこかで見たお顔と思ったらやっぱり亀山さんでしたのね。それと、後ろにいる方は…えーと…伊丹さんでしたっけ?」

 

 窓ガラスの奥から現れたのはいかにも高級そうな服で身を包んだ女性である。女性は古い馴染みにあったような口調で亀山と痛みに話しかけたが、その声の主を見て二人は驚愕した。

 

「「あっー!!あなたはッ!!」」

 

 亀山と伊丹の声がシンクロする。それを見て女性は吹き出してしまい、亀山と伊丹は気まずそうにお互いに視線を下に向ける。その様子を楯無は興味深げに観察していた。

 それに気付いた女性は一瞬楯無の方に目を向けるが、気を取り直すように亀山達に向き直る。

 

「どうもお久しぶりです、亀山さん。杉下さんはお元気ですか?」

 

 その女性、片山雛子は親しみやすい笑顔を浮かべながら三人に挨拶した。

 

 

 

 

 

 

 特命係にとって片山議員は因縁深い相手、ある種の宿敵と言ってもよい人物である。特命係が片山議員と関わった事件の真相には常に彼女の影が見え隠れしていた。しかし、彼女は今まで一度もその尻尾を掴ませたはなく、杉下をして追求しきれなかった数少ない人物である。その狡猾さと用心深さを亀山も身をもって体験してきた。絶対に油断をしてはいけない相手。それが亀山と杉下の片山議員に対する共通認識である。

 

 そして今、亀山は片山議員を前にして必死に考えを巡らせていた。

 

(何でここに片山議員が!)

 この女が意味もなくこのような辺鄙な場所に来るとは思えない。だとしたら、その目的とは…。

 その瞬間、亀山の脳裏に最悪のシナリオがよぎった。

 

「片山先生、そちらの方は?」

 

 亀山が自身の考えに愕然としていると、片山議員の奥に座っている女性が片山に問うた。女性は片山と同じくらいの年齢だろうか。片山と同じく一目で高級品だと思われる衣服に身を包み、細渕の眼鏡をかけている。彼女の視線は亀山と伊丹に向けられているが、そこに侮蔑に似た感情がある事を亀山はありありと感じられた。

 

「以前からお付き合いのある警視庁の刑事さんです。こう見えて結構優秀な方ですのよ。」

 

「警視庁…なんでそんな人間がここにいるのかしら?」

 

「さあ…近くで事件でも起きたんじゃないですか?で、どうして亀山さんたちはここへ?捜査に支障をきたさない範囲で教えていただけませんか。」

 

「いやまあ、捜査と言いますか、なんといいますか…」

 

「まさか、聖ミカエル病院での事件を捜査しているんじゃないでしょうね?」

 

 そう言うと片山議員の奥に座っていた女性は目を細め口元を軽く釣り上げた。それはまるで亀山達を嘲るような笑みである。

 

「あの事件は変死として処理されたはずですよ。あなた達がもう調べる必要なんてない出来事。こんなところで油売ってる位なら、さっさと警視庁に戻って雑用でもしてた方が…」

 

「変死じゃありません。あれは立派な殺人事件です!」

 

 静かに、しかし明確な意思をもって伊丹が女性の話を遮る。その眼は怒りに染まっており、両手は固く握られ小刻みに震えている。

 だが、女性は伊丹の剣幕にひるむことなく、逆に冷たい視線を彼に向けた。

 

「……伊丹って言ったわね。あなたの名前はしっかりと覚えておくわ。」

 

「曾根崎先生、そろそろ行かないと時間が…。」

 

「…そうでしたわね。じゃあ刑事さんたち、次合う機会があるなら精々自分の身の振り方をよく考えておいてくださいね。」

 

最後にそう言い残し、片山議員たちの乗った車は病院の中へと消えていった。伊丹はその後をじっと睨みつけている。

 

「あーあ、やっちまったな。これであえなく議員先生に目をつけられたわけだ。」

 

「うるせえ邪魔亀。大体なんなんだあの女は!片山議員と親しかったみたいだったが、なんであの女が病院の事件を持ち出してくるんだ?」

 

「…今の人、確か女性至上主義派の政治団体『暁の党』の代表の曾根崎育江議員ですね。」

 

「暁の党?」

 

「ええ。元は戦後まもなく発足した女性の人権上昇をうたった市民団体が源流で、男女雇用機会均等法やセクハラ防止法の立案に寄与したそうです。それがISの登場に際して現在の名称となり、女性の権利復興を主張する政治団体の急先鋒となったわけです。」

 

「なるほど。『原始、女性は太陽だった』を復活させようとしているわけか…」

 

 亀山は戦前から戦後にわたり活躍した女性活動家の言葉を思い出し、暁の党の名の由来を推測した。

 女は男に奉仕するのが当たり前とされていた時代、そんな世の流れに反発し命をかけて女性の人権を守ろうとしたあの偉人が現在の女性の姿を見たら、はたしてどう思うだろうか…

 

「結構過激な女尊男卑思想を掲げてるんですが、昨今の世間の風潮を追い風にしてかなり力を強めてるみたいですよ。IS委員会とも強いコネがあるとか。更識でもそれとなく警戒しているんです。」

 

「でもなんでそんな政治団体と片山議員が…」

 

「これはあくまでも噂なんですが、今の政府は実質IS委員会を制御できない状態にあるらしいんです。なので少しでもIS委員会内に影響力を与えるために、IS委員会とつながりのある暁の党と連立しようとしているとか。」

 

「その交渉役を任されたのが片山議員ってわけか。」

 

「たぶんそんなとこじゃないかですか。」

 

 だとしたら片山議員たちがここにいたのは、やはり芝浦真紀子の死を隠ぺいするための打ち合わせといったところだろう。

 亀山は顔をしかめ頭をガシガシと掻く。かなり厄介なことになった。もとからIS委員会が事件の隠ぺいを図っていることは覚悟していたが日本政府、それも片山議員のような大物が出てくることは想定外であった。これはいったん杉下に相談する必要があるだろう。

 が、その前に亀山には確認しなければならないことがあった。

 

「なあ伊丹。いったい警察で何があった?なんでお前が一人で捜査するようになったんだ?」

 

「……芝浦真紀子の死が変死事件として処理されようとしているのは知ってるな。それに伴い昨日捜査本部が解散させられた。もうこの事件には関わるなって部長からお言葉をいただいたよ。」

 

「おいおいそれは…」

 

「しかも、証拠となりそうな物件は根こそぎ徴収されるっていうおまけつきだ。今の警視庁内には芝浦真紀子に関する物は何一つ残されていねえんだよ。」

 

「それでも諦めきれなかった伊丹刑事は一人で事件の捜査をしようとしたわけですね。」

 

「……この山は間違いなく殺人だ。今もどこかで星はのうのうと暮らしてるんだ。そんなの許せるわけねえだろ。」

 

 楯無の言葉を受け伊丹は忌々しそうに答える。伊丹という男は特命係が現場の捜査に加わることを良しとせず、亀山とは犬猿の仲と言ってよい間柄である。しかし、それでも彼は刑事だ。殺害された被害者を思うやさしさと犯罪に対する怒りにも似た正義感を持ち合わせている。だからこそ、IS委員会がやろうとしている幕引きを到底認めることが出来ないのだ。

 

「でもせめて三浦刑事の手を借りるくらいは…」

 

「三浦さんはもうすぐ定年だし、芹沢はまだ若い。俺の勝手に付き合わせるわけにはいかないんだよ。」

 

「その分お前は身軽ってわけだ。女房もいないしな。」

 

「余計なこと言ってんじゃねえよ亀。とにかく、俺はまだこの山を諦めるわけにはいかねえんだ。お前らも捜査するんなら勝手にやっとけ。」

 

「はいはい、云われなくてもそうしますよ。じゃあ俺たちは捜査があるんでこれで。」

 

「ふん、精々がんばれや。」

 

 吐き捨てるに言い残すと伊丹は亀山と楯無に背を向け去っていった。

 その後姿を眺めながら、楯無は亀山の耳元に口を寄せる。

 

「ねえ、亀山先生。もしかして伊丹刑事ってツンデレですか?」

 

「勘弁してくれよ。あんな中年のツンデレなんて気持ち悪いだけだろ。」

 

「案外そうでもないかもしれないですよ。ああいうのが陰で女性人気を集めるもんなんですから。で、この後はどうするんです?あの様子じゃ、病院内に入るのも難しそうですけど。」

 

「うーん、どうすっかなあ…片山議員まで関わってきてるし、ここは一度右京さんに相談した方が…」

 

「あのー、もしかして刑事さんですか?」

 

 突如二人の背後から男性の声が聞こえてきた。亀山が振り向くと亀山の顔を確認した男性は嬉しそうに笑っている。

 

「ああ、やっぱり刑事さんだ。今日はもう一人の方はいないんですね。」

 

「あ、あんたは!」

 

「亀山先生、お知り合いですか?」

 

 その男性とても特徴的な恰好をしていた。トレンチコートに山高帽というアメリカの古い映画に出てくるマフィアのようなコーディネートをしているものの、それを着こなしている当の本人が実に冴えない容姿をした中年男性なのだ。このようなアンバランスな組み合わせの人間を亀山は一人しか知らない。

 亀山は直感的に、この男の登場により事態は更に面倒くさい展開になることを予想し憂鬱な気分になった。そんな亀山の憂鬱など知ったこっちゃないとばかりに男は満面の笑みを浮かべて近づいてくる。

 

「本当にお久しぶりです。また刑事さんたちに会えるなんて、なんかいい事がありそうな気がしてきますね。」

 

「……そうっすね。」

 

 男の名は矢木明。またの名をマーロウ矢木。チャンドラー探偵社の所長にして唯一の所員である、『名探偵』だ。




マーロウはやっぱいいわあ…
マーロウでスピンオフのドラマとか深夜枠で作ってくれないかなあ…

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