IS学園特命係   作:ミッツ

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好々爺

 IS学園の職員室前は奇妙な喧噪に包まれていた。

 少女が倒れていたとされる場所の周りには、口々にささやき合っている生徒たちがいる。

 教師たちはそれを追い払おうとしているようだがあまり効果は出ていないようだ。

 その生徒たちの人垣を割ってあわただしく亀山が駆けてくる。まだ状況が理解できていないからなのだろうか、事情を知ってそうな人を探し首を左右に回している。

 

「亀山君。」

 

 すると彼の背後から声をかけてくる人間がいる。亀山が振り返ると、そこには当然のように杉下がいた。

 

「右京さん、いったい何ですかこの騒ぎは?なんか生徒がけがをしたって聞こえたんっすけど…」

 

「ええ、その情報は正しいものです。今朝、女子生徒の一人が職員室前の階段下で倒れているのを僕と山田さんが発見しました。状況からみて、階段から落ちたとみて間違いないでしょう。」

 

「えっ!その子は大丈夫だったんすか?」

 

「今はまだ何とも…。発見が早かったのはよかったんですが、頭を強く打ち付けているようでして今も意識を失っています。医務室の方によれば、暫くの間は予断を許さない状況だそうです。」

 

「なんてこったい…」

 

 芝浦真紀子の事件を捜査しようとした矢先にこの事故である。殺人事件の犯人逮捕に最も大切なのは初動捜査であることは言うまでもない。杉下と亀山もそのことを加味し、今日にでも芝浦が殺害された現場に向かい、捜査を開始しようとしていたのだ。しかし、生徒の一人が意識不明の重体という状況で学園の仕事をほっぽりだし、私的な依頼を優先させるというのは亀山の性格からすれば抵抗がある。

 そんなことを亀山が考えていると、二人の後ろから近づいてくる影があった。

 

「杉下先生、亀山先生。今暇ですかですか?」

 

 二人に声をかけたのは更識楯無である。元特命の二人が深刻な顔で今後のことを考えているにもかかわらず、彼女は普段と同じく人を引き付ける笑みで二人に接してきた。その様相に亀山は思わず拍子抜けしてしまう。

 しかし、すぐに気を取り直すといつもより少し厳しめの声で楯無を諭しはじめた。

 

「悪いが楯無、今ちょっと手が離せないんだ。お前の相手をするのはもう少し後にしてもらえないか。」

 

「私は別にそれでもかまいませんよ。私はただ、お二人を呼んでくるように頼まれただけですから。」

 

 そう言って盾内は不敵に笑ってみせる。それにいち早く反応したのは杉下だった。

 

「楯無さん、それはつまりあなた以外の誰かが僕たちと話したがっているという事でしょうか?」

 

「ええ、そういうことです。」

 

「そしてその人物というのは、もしやあなた方を『更識家』として頼みごとをできる人物ではないでしょうか?」

 

「そう考えてもらって問題ないです。」

 

「右京さん、それってもしかして…」

 

 ようやく楯無が何を言わんとしようとしているのかを察し、亀山はそれを口に仕掛ける。楯無は亀山の顔の前に手のひらを出しそれを制すると、何時になく真剣な表情を二人にだけ見えるようにあらわした。

 

「とりあえずここは人がいるので場所を移しましょう。依頼人のもとまで案内します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人をお連れしました。」

 

 ノックをしドアを開けると、楯無はそう声を掛けながら部屋の中に入っていった。杉下は躊躇なくその後についていくが、亀山は部屋の前で立ち止まったままだ。

 

「どうしました亀山君?早く入ってきたらどうです。」

 

「いやでも右京さん…。これはちょっと…。」

 

 亀山は一歩後ろに下がると扉の横にある表札を確認した。そこには『用務員室』と書かれている。

 楯無は自分たちをからかおうとしているのだろうか…。いやしかし、さすがの楯無も生徒が意識不明な重体の時にたちの悪い悪戯をするようなことはないともうが…。

 そんな亀山の心配を冊子ってか、楯無は小さな笑みを浮かべながら告げる。

 

「安心してください亀山先生。すぐに事情は分かりますから。」

 

そこまで言われた以上、亀山に入らないという選択はできなかった。意を決して用務員室に入ると、そこには杉下と楯無以外に織斑千冬、そしてこの部屋の主である轡木十蔵がいた。

 轡木は三人が入ってくるのを確認すると朗らかな笑みを浮かべて三人を出迎えた。

 

「杉下先生、亀山先生、御側路していただき本当にありがとうございます。更識さんもお二人を連れてきてくれてありがとう。」

 

「いえいえ、轡木さんの頼みを無碍にするわけにもいきませんから。」

 

 そういうと楯無は『依頼遂行』と書かれた扇子を広げてみせる。靴脇と楯無のやり取りを観察し、杉下は納得した様子で頷いた。

 

「なるほど、その様子からして更識家にIS学園の警護を依頼したのはあなただったのですね、轡木さん。」

 

「……流石杉下君。小野田君が認めただけはあるね。」

 

 杉下の指摘に轡木は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべそれを肯定した。訳が分からないのは亀山である。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください右京さん!轡木さんが楯無に依頼をしたって…もうわけがわかりませんよ。」

 

「……亀山君、君は轡木十蔵航空幕僚長の名を聞いたことがありますか?」

 

「轡木十蔵航空幕僚長?」

 

「その様子ではどうやら知らないようですねえ…」

 

「いや、ちょっと待ってください。航空幕僚長って、航空自衛隊のトップじゃないっすか!」

 

「そのとうりです。つまり轡木さんはかつて航空自衛隊のトップに立った人物であり、IS学園の裏の運営者であり、更識家の雇主であるという事です。」

 

 杉下から告げられた事実に亀山はあんぐりと口を開ける。亀山の知る轡木と言えば、各教室を見回って備品を補充したり、校舎の周りの草を刈ったり、たまに茶菓子を持ち寄って世間話をしている気のいい老人だ。普段は茶飲み友達と言ってよいこの壮年の男が、日本の防空の要を担っていたなどとは到底信じられなかった。

 

「ちなみに杉下先生たちをIS学園に派遣できるように根回ししたのも轡木さんみたいよ。」

 

「…はあ、もう何を言われようが驚かねえよ。」

 

 亀山が疲れたようにつぶやくのを見て轡木は苦笑する。

 

「はは、まあ確かにこの学園の運営者みたいなことはやってますけど、そう畏まらないでください。学園長の名義は私の妻ですし、航空幕僚長ってのも昔のことなので。ところで…」

 

 轡木は椅子に座ると膝の上で指を組んだ。

 

「君たちは今朝起きたことをどう思います?」

 

 とても軽い口調、世間話をしているのと全く変わらない調子で轡木は杉下たちに尋ねる。しかし、その眼は彼らを試すかのように二人を見据えている。

 

「……どう思うかと問われれば、ただの転落事故とは思えない、というのが僕の率直な考えですねえ。」

 

「ほう、それはいったいどうしてです?」

 

「三つほど気になる点あります。一つ目はあの時間に生徒が校舎にいたという事です。まだ朝のSHRにはかなり時間があったというにも拘らず彼女は校舎内に入っていました。それには何かしらの事情があったと考えます。そう、不意に他の生徒と遭う可能性のある寮ではなく、まだ誰もいないであろう校舎に行かなくてはいけない事情が。」

 

「忘れ物を取りに行っただけとは考えられませんか?」

 

「それは二つ目の点に関わってきます。二つ目は彼女が職員室側の階段で倒れていたという点です。ご存じのとおりIS学園の校舎には生徒用の入り口と職員用の入り口があります。当然普段生徒が利用するのは寮棟からも近い生徒用の入り口です。にも拘らず、件の生徒は職員用の入り口に近い職員室前の階段で倒れていました。忘れ物を取りに来ただけが理由だとすれば非常に不可解です。そう言う理由ならば、生徒用の入り口を利用した方がよいのは明白ですから。」

 

「ふむ、そうですね。生徒用の入り口は開いていたというから、わざわざ生徒が職員用の入り口を利用する理由はない。」

 

 轡木は杉下の推理を笑みを浮かべながら何度もうなずいている。

 

「最後に三つ目ですが、件の生徒が身に着けていたと思われる制服のリボンが階段の踊り場部分に落ちていた点です。現場の状況からみて、彼女が階段のかなり高い所から落ちたのは明白。しかし、彼女が身につけていたであろうリボンは階段の踊り場に落ちていた。つまり、このリボンは彼女が階段から落下する前、あるいは落下するのと同時に制服からとれたものだと考えられます。それと彼女の制服にわずかな乱れがあったことを考えると、もみ合いの末に突き落とされたという可能性を考慮しなければなりません。」

 

「それはつまり、今回の出来事は事故ではなく傷害事件だと?」

 

「その可能性は高いと僕は思います。」

 

「ふむ。では杉下先生、以上の三点を踏まえ、あなたは今朝あの生徒に何があったと想像しますか?」

 

 轡木の問いに対し杉下はわずかに間を置いた。そして、すっと小さく息を吸い込むと静かに語り始める。

 

「おそらく、けがを負った生徒はあらかじめ校舎内の部屋で誰かと待ち合わせをしていたと考えられます。何の目的があって待ち合わせをしていたのかはわかりませんが、早朝の校舎という人気のない場所を選んでいることから、あまり人に聞かれたくない類の話だったのかもしれません。しかし、その話し合いは不調に終わったか、あるいは予想外のことが起き、被害者はその場を立ち去ろうとし職員室側の階段へと向かったのでしょう。そして、その場にいたもう一人の人物はその後を追ったと思われます。」

 

「ん?しかしそれなら被害者はわざわざ職員室側に逃げる必要はなかったんじゃないですか?生徒用の入り口を抜け、寮棟にに向かった方が人もいることですし、助けを呼ぶには都合がいいように思えますが?」

 

「それはおそらく、僕か山田先生が校舎に向かって来たのを確認できたからでしょう。あの時間はまだ日が昇っていなかったので校舎の窓からも車のライトがはっきりと分かったはずです。また、朝方という事もあって非常に静かでした。エンジン音も聞こえたのではないでしょうか。学園に車で来る者となると十中八九、教職員と言って差し支えません。身に危険を感じた被害者が職員室に向かっているであろう教職員に助けを求めるため、職員室側の階段を利用したのは十分に考えられることではないでしょうか?」

 

「そうして君たちに助けを求めようと階段を降りていた途中で捕まり、もみ合いの末に突き落とされた。リボンはその時、踊り場のところに落ちたということですか…」

 

「あくまで僕の想像の範囲内ですが…」

 

 いつの間にか轡木は笑顔を消し、じっと杉下の顔を見つめる。その姿は普段亀山達が見慣れた好々爺ではなく、長年にわたりこの国の防衛の最前線に立って着た歴戦の勇士を思わせた。

 ほかの三人はそれぞれの面持で事の成り行きを見守っていた。

 亀山は驚きながらも固唾を飲まず真剣な表情で、楯無はどこか楽しげな表情で、唯一千冬だけが亀山達が部屋に入ってきたときから変わらず無表情を貫いている。

 

「この短時間でそこまで考えが及ぶとは…噂にたがわぬ名推理ぶりですね。」

 

「いえ、細かいことが気になるのは僕の悪い癖でして。」

 

「はは、その悪い癖のおかげで今までいくつもの事件を解決してきたそうじゃないですか。」

 

 そういうと轡期は元の朗らかな笑みに表情を戻し、改めて二人に向き直る。先ほどまで醸し出していた戦士としての面影は既になかった。

 

「さて、じゃあ時間もないことだしさっそく本題に入ろうとしましょうか。先ほど杉下先生が言ったように今朝の出来事は事故ではなく、傷害事件の可能性があるわけです。そうなると、学園としては事の経緯をIS委員会に報告する義務があるわけです。そこで杉下先生と亀山先生の捜査能力を見込んでお二人に今回の事件を解決していただきたいんです。」

 

「……それはIS学園の裏の運営者としてのご命令でしょうか?」

 

「いえいえ、あくまでも学園の平和を願う一用務員からの私的な依頼と考えていただいて結構です。」

 

 何とも曖昧な言葉である。

 杉下はすぐには返答せず、腕を後ろに組み轡木の言葉を吟味していた。どうやら轡木は表だって動ける立場にはないらしい。だからこそ、学園としてではなく個人として自分たちを動かそうとしているのだろう。つまり、彼自身はIS委員会とはまた別の思惑で動いている可能性が高いという事だ。そして今までの言動からするに、裏で小野田とつながっているとみて間違いない。今回の依頼が小野田の思惑とどれ程関係があるかはわからないが…

 

 そのように杉下が頭を回転させていると、ここまで完全に蚊帳の外であった亀山がおずおずといった様子で手を上げた。

 

「あのぅ、俺個人としては轡木さんの依頼はまぁ受けてもいいかと思うんすけど、実は今俺たち別の案件を請け負ってて…」

 

「ああ、知っていますよ。瀬戸内議員からの依頼ですね。実はその話もしようと思っていたんですよ。」

 

 轡木は思い出したというように手を打つ。そして、楯無と千冬の二人に目をやった。

 

「今回は瀬戸内議員からの依頼と今朝の事件を同時進行で捜査していただきたいと思ってましてね。」

 

「同時進行ですか?」

 

「はい。しかしそうなると、杉下先生と亀山先生だけでは人手が足らず、どうしても荷が重くなるでしょう。なので織斑先生と更識さんを調査に同行させようと考えています。いわば、合同捜査といったところですかね。」

 

「少々お待ちを。いきなり合同捜査と言われましても、こちらは何も準備は…」

 

 あまりにも急な展開に流石の杉下も慌てて轡木の言葉を制止させようとする。だが、轡期はそれを無視し、特大の爆弾を亀山と杉下の前で起爆させた。

 

「それに、瀬戸内産の依頼と今朝の出来事は無関係では無いかもしれませんからね。階段から落ちた1年3組の蜷川美玲さん。かのじょはですね・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去年IS学園の近くで起きた殺人事件の被害者、高原詩織さんと同じ中学に通っていた同級生。つまり、芝浦真紀子の息子さんである柳原純一の同級生だったんですよ。」

 

 

 

 


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