IS学園特命係   作:ミッツ

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気づけば最後の投稿から二週間・・・・。たいへん長らくお待たせいたしました!
episode3 最終話です!


始動

 ララの独白によって、取調室内の空気はさらに重くなった。

 織斑一夏が母を死に至らしめた、彼女の口から語られた事実は被害者家族である彼女が語ることでより真実味を増す。

 

「…その口ぶりからすると、あなたは一夏君が車内で抵抗したことを確信しているようですが。」

 

「ええ、もちろん。彼に渡したデータは私が軍から持出した物の、ほんの一部にすぎません。実行犯の任務報告書には『現場から離れる途中、織斑一夏が急に暴れだしたためハンドル操作を誤り、対向車線の車と接触した』と、はっきり書かれていました。」

 

「…なるほど。それを見たあなたは織斑一夏を今回の騒動に巻き込もうと計画したのですね。」

 

「ええ、そうです。でも、何も死なせてやろうとか、大けがを負わせてやろうとかは考えていませんでしたよ。ただ少し、辛い思いをさせてやろうと思った、嫌がらせみたいなものです。」

 

「…もし、二度までも誘拐されることになっていれば、一夏君は心に大きな傷を抱えることになっていたでしょう。そのことについて、あなたはどう思っているのですか?」

 

「さあ?死ぬよりかはましだと思いますけど。」

 

 先ほどまでの態度と打って変わって、開き直った様子でララは杉下の質問に答える。その態度に我慢の限界が来たのか、亀山は机に拳を振り落すとララに強い口調で詰めよった。

 

「なんでそんな風に言えるんっすか!確かに一夏が抵抗したせいで事故が起きたのかもしれないけれど…。けど、それは必死に逃げようとして、仕方なくそうなったからじゃないっすか!あいつだって被害者なんっすよ!」

 

「………本気でそう思っているんですか?」

 

 今までにない低い声色でララは亀山に聞く。彼女の顔からは一切の表情が抜け落ち、その両眼には、やり場の無い強い怒りが込められている。数々の修羅場を超えてきた亀山でさえ、ララの剣幕に押され、身をたじろがされてしまう。

 

「確かに織斑一夏は被害者です。彼の境遇には同情しますし、我が国の行いには失望さえします。…でも、あなたの言うように、私の母の死が『仕方のないこと』だったとは、どうしても思えないんです。だってそうでしょ?織斑一夏が無駄な抵抗などせず、大人しくしてさえいれば誰も傷つくことはなく、母も死ぬことはなかったのかもしれないんですよ!」

 

 話していくうちにララの声量は徐々に大きくなっていき、最後の方には叫び声に近いものとなっていた。亀山はそれに答えることが出来ない。

 

「自分でもわかっています。私のやっていることが正義じゃないって…。けど、私が行動を起こさなければ誘拐事件の真相は闇に葬られ、織斑一夏は何も知らないまま日常を過ごしていくことになるんです。母の死も、まるで無かった事のように扱われて…。肉親の死を粗末に扱われる気持ちが、あなたには分かるんですか!」

 

「………。そうっすね…。俺は母親を亡くされたあなたの気持ちを考えていませんでした。本当に申し訳ありません。至らない言葉であなたを傷つけてしまいました。でも…。」 

 

 そう言うと亀山は真剣な表情でララを正面から見つめた。

 

「やっぱり俺は、あなたのやった事は間違いだと思います。あなたに一夏を傷つける意図がなかったとしても、一歩間違えればあいつは一生モノの傷を抱えていたかもしれないんです。それに、お母さんの死を無駄にしたくないんだったら、他にも方法は幾らでも有ったはずです。その方法を取らなかった以上、俺はあなたの行いを間違っていると断言します。じゃないと、あなたのお母さんもきっと悲しむ。そんな気がするんです。」

 

 亀山の真摯な言葉にララは悲痛に顔を歪ませる。亀山の表情を見れば、彼の言葉が心からのものだとララには理解できた。

 彼女自身、亀山の言うことはとうの昔に悟っている。自分の行いが八つ当たりじみたことだという事も。

 ララは本来、真面目で正義感の強い人間だ。それは彼女が軍に所属していることからもうかがえる。しかし、身内の不幸と、それにかかわる諸事によって彼女の心は黒い靄に覆われてしまっていたのだ。そして、その靄は亀山によって取り払われようとしていた。

 その動揺を悟り、杉下はララに語り掛ける。

 

「……ところでフェリーニさん、数日前に織斑家に入ったという空き巣について、あなたは心当たりがおありでしょうか?」

 

 実のところ、杉下は空き巣の犯人は目の前にいるララであると半ば確信していた。あれだけ部屋を荒らしつつ、金目の物には一切手を付けないなど本物の空き巣であればまずあり得ない。だがドイツの諜報員がデータを探して荒らしたと考えると、やり方があまりにもお粗末だと言わざるを得ない。データを持ち出すのであれば、もう少し慎重に動き盗まれたことさえ悟られないようにするべきであるし、仮に空き巣の犯行に見せかけるのであれば通帳の一つでも盗んでおくべきであろう。

 ならばあの空き巣もどきの目的は何か?杉下の導き出した答えは『織斑一夏に精神的負荷をかけるため』であった。

 空き巣の被害者というのは、周囲の人間が思っている以上に精神的ショックを受けているのだ。自分たちが最も安心して過ごすことのできる空間を悪意を持った他人によって汚される。それを経験した被害者は、犯人が触ったとされる物に不快感を抱き、それらを全て捨ててしまうこともあるし、場合によっては住んでいた場所を引き払ってしまうこともざらなのだ。

 一夏が亀山家に来たその日、亀山夫婦から受け入れられ一夏は人目を憚らず涙を流した。そこには単純に亀山夫婦の好意が嬉しかったこともあるが、わが家を荒らされたことによる不安が幾分か和らげられ、それまでの緊張の糸が切れてしまったのであった。

 世界最強を姉に持つとはいえ彼はまだ15歳の少年。未成熟の少年の心に今回の空き巣がどれほどの負荷を掛けたかは想像し難くない。

 杉下の質問を受け、ララは顔を俯かせる。

 

「そ、それは…。」

 

 もし、ここでララが空き巣だと認めれば、彼女は不法侵入などの容疑で逮捕されるかもしれない。ほんの少し前の彼女ならば、証拠がないことを理由に杉下に対して否定を示したであろう。しかし、亀山の言葉を受け、ララの胸中は複雑なものとなっていた。彼女にとって、犯行を認めることは自身の計画が間違ったものだと認めることとなる。だが、このまま罪を認めないことは、国と人を守る職務に就くことを喜んでくれた母の思いを踏みにじることになるのではないか?そのような考えがララの脳裏によぎる。

 

「わ、私は、あ、あの日、」

 

「失礼するよ。」

 

 何か言葉を紡ごうとしたララを遮るように取調室のドアが開かれ、感情のない声が響く。その声に聞き覚えのある杉下と亀山は反射的に立ち上がり、声のした方を振り返った。果たしてそこにいたのは、小野田官房室長、その人である。

 

「官房長、これは一体どういうことですか?」

 

「どうもこうもないでしょ。お前の方もどういう料簡があって、こんな勝手なことをしてくれてるの?警視庁の取り調べ室を使う権限なんて、IS学園の教師には与えられてなかったはずだけど。」

 

「申し訳ありません。どうしても緊急を要する件だと判断したため、仕方なく勝手の知っている警視庁を利用させてもらいました。ここならば、何者からの襲撃にも対応できると。」

 

「あっそう。別にその事に関してとやかく言うつもりは無いからいいけど。僕が用があるのはこちらのお嬢さんだから。」

 

 そう言って小野田は茫然としているララの方を指した。

 

「彼女の身柄は僕たちが預かるから、お前たちはIS学園に戻ってもらえるかな。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。まだ彼女から聞かなきゃいけないことが残ってるんっすよ!そんな急に帰れって言われても!」

 

「それを聞いてどうなるっていうんだい。お前たちは所詮学校の先生だろ?この人が何か重要な真実を知っていたとして、お前たちは何ができるっていうの?」

 

「…官房長、事の経緯から言って、われわれは決して部外者というわけではありません。亀山君と、こちらにいる更識さんはそれぞれ別の立場で今回の事件と関わっています。事の真相を追及する権利は僕たちにもあると思うんですがねえ。」

 

「真相を追及する権利がどうとか言ってるんじゃないよ。真相を知ってどうするのか?と言ってるんだ。大体、大方のことはもう解ってるんだろ。だったらここから先は政治だ。そのためにも、彼女の存在は重要なんだよ。今後、ドイツと良い関係でいられる様にするためにね。」

 

「……分かりました。後の事は、全て官房長にお任せします。」

 

「右京さん!」

 

「亀山君、落ち着いてください。現状では僕たちに一連の事件を終わらせる術がなく、官房長にはその術があるのは事実。速やかな幕引きを求めるならば、僕たちはここで手を引くのも、また一つの選択です。」

 

 そう言われれば亀山も口を閉ざすほか無い。亀山は恨みがましそうに小野田のことを睨んでいるが、小野田にそれを気にする素振りはない。

 一方楯無はというと、小野田が部屋に入ってきてから一切言葉を挟んでこない。それどころか気配を可能な限り消し、不気味に沈黙を保っている。

 

「ところで官房長、手を引く代わりと言っては何ですが、ひとつ僕の方からお願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「…内容によるとしか言えないけど、取り敢えず言ってみたら。」

 

 小野田が促すと杉下はその『お願い』を口にした。それを聞き、小野田は面倒くさいことを、とでもいうようにため息を吐いた。

 

「またお前は…。ばれたらただじゃ済まないと思うのだけど。」

 

「そこは一つ、官房長にも協力していただければと思いまして。」

 

「僕を共犯にしようってわけね…。うん、でもまあいいよ。どうせ、大した意味は無いことだし、どうせいつかは分かることだしね。」

 

「ありがとうございます。では、僕たちはこれで。フェリーニさんのこと、どうぞよろしくお願いします。」

 

 そう言って頭を下げると、杉下たちは順番に取調室の外へと出ていく。だが、楯無が小野田の横を抜けようとしたその時、小野田は楯無に聞こえるように小声で語りかけた。

 

「ずいぶんと勝手な動きをしたそうだね。そのおかげで織斑一夏は無事だったみたいだけど。でも、裏組織が自分の意思で動くことを嫌がる人たちもいるからさ、今後はもう少し気を付けた方がいいよ。更識のお嬢ちゃん。」

 

「……ご忠告痛み入ります。でもご安心ください。私も含め、更識家の面々は自分の身の程くらい、きちんと把握していますので。では、さようなら、小野田官房室長。」

 

 楯無は仏頂面の小野田に微笑を向けると、後ろ手にドアノブを持ち、静かに扉を閉めた。

 

 

 

 

 それから一週間後、織斑家の片付けが済んだこともあり、一夏はいったん家に帰宅することとなった。ただ、まだ一人でいることに不安があるのか、亀山に今後も遊びに来てもいいかと聞き、亀山は喜んでそれを了承した。そういうわけで、その後もしばらくの間は、一夏が亀山家に夕飯をごちそうになりに来たり、作りに来たり、そのまま泊まっていくなど、亀山家と一夏の交流は続いていくのであった。

 また、それとほぼ時を同じくして千冬が帰国する。杉下と亀山は千冬が帰国した翌日に彼女を呼び出すと、今回の事件の顛末について包み隠さず報告した。この『千冬に二年前の事件のすべてを知らせる』事こそ、杉下が小野田にした『お願い』であった。おそらく、日本政府は織斑姉弟に事件のことを積極的に教える気はないだろうと判断した杉下は、小野田に彼らに知る権利があると説き伏せ、自分たちが織斑兄弟に事件の詳細を教えることを黙認するように承諾させたのである。

 

「そうですか…そんな事が…」

 

 杉下の話を黙って聞いていた千冬は、話が終わるとそう小さく呟いた。

 普段と違い、どことなく疲れた様子を醸し出す千冬に亀山は同情めいた視線を向ける。どうやらIS委員会の呼び出しはドイツがIS委員会に要請したものだったらしく、その目的は千冬がドイツで指導したIS部隊の現状報告というものだったそうだが、真の目的が彼女を日本から引き離すことだったのは今となっては誰にでも分かることである。千冬もまた、国や政治に振り回された被害者の一人であるといっても過言ではないのだ。

 

「ところで杉下先生、今回の件について一夏には…」

 

「それについてですが、一夏君に関しては全て織斑先生にお任せしようと思います。」

 

 杉下の返答に織斑は眉をひそめる。二年前の事件はともかく、今回の件について千冬はほとんど関わっておらず、事件の顛末もこの場で杉下に教えられ知ったばかりである。事件の詳細を教えるならば、千冬より杉下か亀山が適任と言う他ない。しかし、杉下はあえてその役目を受けようとはせず、すべて千冬の裁量に任せようというのだ。これは事前に亀山や更識と話し合って決めたことであった。

 

「二年前の事件の真実と、その裏で起きた悲劇。いずれも中学生の一夏君が抱え込むには、あまりにも重すぎる事案です。例え教えたところで、今の一夏君には受け止めがたいことでしょう。ですので、今はまだ事件の真相は伏せ、一夏君がすべてを受け止められるだけ成長した時、肉親である織斑先生の口から語ってもらうのがベストだと僕たちは判断しました。」

 

 然るべきタイミングを見極め、真実を余すことなく伝える。それができるのは唯一の肉親にして、一夏のことを誰よりも理解している千冬にこそ相応しい。勿論、千冬が一夏のことを想い、事件の事を全く教えないことも考えられるが、その場合彼女が代わりに全てを背負い込むことになるのだ。その時、千冬は何かしらの手を使い事故の被害者に懺悔をするはずだと、ここ数か月で千冬の人間性を見てきた杉下は考えた。 

 杉下の意図に気づき、千冬は深々と頭を下げる。

 

「本当に、何から何までありがとうございます。弟にはいずれ必ず私の口から…。」

 

「ええ、どうぞよろしくお願いします。」

 

 杉下が答えると、千冬はどこか吹っ切れたような表情で教官室のドアを開けると、最後にもう一度深く礼をして部屋を出ていく。そして部屋には、男が二人残された。

 

「一応、これで一件落着って事っすかね?」

 

「そうですねえ。ひとまず、僕たちがやるべき事はやったと言ってよいでしょう。あとは日本政府が真相を解明するかどうかです。」

 

「大丈夫っすかね?またいつかみたいに事件自体をもみ消されるんじゃ…。」

 

「さすがにここまでコケにされて日本政府機関が黙っているとは思えません。今回ばかりは、本気で真相解明に挑むと思いますよ。」

 

 そういうと杉下は、いつの間にやら用意していた紅茶を優雅なしぐさで口に含んだ。おそらく、すでに日本政府は何かしらの手でドイツに対し揺さぶりをかけているのだろう。ドイツはしらばくれるだろうが、決定的な証拠が日本にある以上、いつまでも知らぬ存ぜぬは通らない。

 

「もしかすると、案外時間を置かずして決着がつくかもしれませんねえ。」

 

 この時、杉下は珍しく事態を楽観的に見てしまっていた。彼の予想は最悪の形で裏切られることになる。

 

 

 

 『ドイツIS委員会ビル爆破テロ』

 後にそう呼ばれることになる事件によって、ドイツIS委員会の主だった幹部、またISに関わりの深いドイツ軍上層部は軒並み爆風に消し飛ばされることとなった。事件はISに反感を持つ組織によるものだとされているが、これにより二年前の誘拐事件の追跡調査は事実上不可能となり、事件の真相は迷宮入りと言ってもよい状態となる。

 当然、ドイツ自身が受けた損失も計り知れないものだった。それまで国内におけるISのかじ取りを担っていた人材のほとんどが死亡するか、再起不能になってしまったためにドイツのISを取り巻く環境は大混乱に陥った。このことが、翌年にIS学園へ派遣する留学生の選定に時間をかけることとなってしまい、結果としてドイツからの留学生は途中編入という形でIS学園へ入学することとなる。

 ともかく、この爆破テロは日独両国に大きな影響を与えることになり、一部の人間にはISの抱える闇の深さを改めて痛感させる事件となった。

 

 爆破テロの知らせを初めて聞いた時、杉下はいつになく顔を強張らせ、亀山も当初は茫然としていたが事の重大さを認識するに至り、顔面を蒼白させた。唯一幸いと言ってもよかったのは、要人保護プログラムを受け、その身を日本政府に保護されているというララが無事であるとの情報を更識家の情報筋から得られたことであろう。

 しかしながら、最悪の結末を迎えたといってもよい現状に、流石の杉下も力なく嘆息するほかなかった。

 

 それと時を同じくして、太平洋上に浮かぶ一見小島のように見える研究施設の中で、一人の天災がパソコンを操作しつつ呟いていた。

 

「まったく、面白くないなあ。ホント、全然面白くないよ。」

 

 彼女が操るパソコンの画面には、ドイツでの爆破テロを知らせる文面が写っていた。天災の表情は余すことなく嫌悪感におおわれている。

 

「どいつもこいつも好き勝手してさ。一度、ISが誰の物かはっきりわからせた方がいいかもね。うん。」

 

 そう言って彼女は僅かに口元を上げた。その姿は無邪気な天使にも、凄惨な悪魔にも見える。

 

 天災が動き始める。

 

 

episode3 end.


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