IS学園特命係   作:ミッツ

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Short story2
亀山薫の災難


 残暑のせいで秋の気配をなかなか肌で感じることのできない9月中頃、杉下右京と織斑千冬は朝のSHRの前に教官室で授業のカリキュラムについて話し合っていた。本来ならこの場にはもう一人の男性教師である亀山もいるはずだったのだが、珍しく彼は遅刻してきている。待っているのも時間がもったいないので二人は先に話を始めることにしたのだった。

 IS学園は前期後期の二学期制を採用しており、今日の話し合いは後期が始まって一週間が経ち、夏休みを経て生徒たちに何か変化が起きていないかを確認する意味合いがある。お互いに気づいたことを報告し合うのが主となるため、たいして時間もかからずに杉下と千冬は話を終えた。そして、ちょうど二人が話を終えたその時、部屋の扉が開かれる音がした。

 

「おはようございます亀山君。せめて、連絡の一つくらいしてほしかったですねえ。仮にとはいえ、今の僕たちは人にものを教える立場にあります。可能な限り、生徒の見本になるべきだと…何があったのですか、その格好は?」

 

 杉下は途中まで言いかけた説教を止め、亀山に問いかけた。亀山の姿を一言で表すならば、ずばり濡れ鼠。亀山は頭から水をかぶったような状態で、髪の毛の先からは水滴がしたたり落ちていた。お気に入りのフライトジャケットも見事に水浸しだ。

 

「……ぶつけられたんすよ。水風船を。」

 

 そう話す亀山の口調はいつになく厳しい。普段はどこか人懐っこさを感じる表情も険しくなっている。恐らく、誰がどう見ても亀山が怒っていることはハッキリと分かるだろう。

 

「…とりあえず、そのままの格好では風邪をひいてしまいます。まずは服を着替えてから。何があったのか話してもらえますか?」

 

 杉下の言葉に亀山は黙って頷いた。

 

 

 

 亀山の話によると、今朝亀山が学園につき車を降りて教官室に向かってる途中、突然背後から水風船がぶつけられたそうだ。状況から見て、誰かが故意に亀山に投げつけたと考えて間違いないのだが、犯人は亀山が混乱している間に現場を去ってしまったらしい。そして、あとに残されたのは濡れ鼠状態の亀山だけという事だ。

 

「全く、いったい誰がこんなことを…。一応これでも俺は教師なんだぞ。」

 

 亀山は現在ジャージに着替えているが、いまだ怒りは治まらないらしい。

 

「普通に考えれば生徒の仕業だとは思いますが…。」

 

「やっぱりそうっすよねぇ…。はぁ、結構うまくやってきたと思ってたんだけどなあ。」

 

 千冬の考えを聞いて、亀山は一転肩を落とした。IS学園にきてもうすぐ半年。その間、大きな事件も起きたが、亀山と生徒たちとの関係は良好なものと言ってよかった。当初は男性であるが故に生徒から軽く見られることも危惧されていたが、共に1年1組を担当する織斑千冬の存在、そして何より楯無が積極的に絡んできてくれたおかげで、生徒から嫌がらせを受けるという事態はここまでなかった。それだけに、今になってこのような悪戯とも言えないような真似をされたことが、亀山の心をいたく傷つけたのだ。

 

「兎も角まずは、このような真似をした者を見つけなければなりません。場合によっては厳しい罰を与える必要があります。」

 

 そう言った千冬の瞳には怒りの色が見える。男性だからと言って教師を粗悪に扱うことは、彼女にとって到底認められない事だ。教師として以前に、人としての問題である。ただ、こういった風潮が世間では一般的になりつつあることも事実である。

 

「しかし、なぜ今になって嫌がらせを受けるようになったのでしょうか?それも、僕ではなく亀山君に…。」

 

 そう言って杉下は手を後ろで組み考え事を始めた。そして暫く経つと、何か気づいたかのように顔を上げた。

 

「亀山君、君が今授業で担当している生徒の名簿を見せてもらってもいいですか?」

 

「名簿ですか?あ、はい、わかりました。」

 

 杉下から促され、亀山は机の引き出しから担当クラスの名簿を取り出した。杉下はそれを開くと、再度亀山に質問する。

 

「亀山君、この名簿の中で君が気になる生徒はいますか?」

 

「気になる生徒ですか?」

 

「ええ、具体的には少し授業についていけてない子などです。」

 

「と言われても…。あっ!そういえば、この子なんですけど少し授業に対して覇気が無いていうか、委縮してるというか…」

 

「なるほど、この子ですか…。」

 

「でもこの子が人に物をぶつけるようなことをするなんて俺は思えないんすよ…。どちらかというと大人しい印象の子ですし…。」

 

「ええ、そうでしょう。だからこそ、彼女は亀山君に水風船をぶつけたんだと思いますよ。」

 

 そう言って杉下は唖然とする亀山に向かって意味ありげに笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、杉下と亀山は行きつけの小料理屋である花の里へと足を運んでいた。店の中には杉下たち以外に客はいない。

 

「じゃあやっぱり、その大人しい感じの子が犯人だったんですか?」

 

 亀山に料理を出しつつそう聞くのは、この店の女主人である宮部たまきだ。たまきの質問に対し、亀山は渋面を作る。

 

「まあ、そうなんすけど。なんつうか、その子にも事情があったんすよ。というのも、その子、ちょっと男性恐怖症の気があったんすよね。」

 

「男性恐怖症?」

 

「はい。今までずっと女子校に通っていたせいで家族以外の男性と接する機会があまりなかったみたいで…。面と向かって話をしようとすると緊張しちゃうんです。」

 

「でも、それだと逆にわざと男の人を怒らせるような真似をするとは思えませんけど…」

 

 たまきの疑問は尤もだ。しかし、今回の場合は学園内のある特殊な事情が絡んでいた。

 

 IS学園は二学期制を採用している。そのため、体育の授業では前期と後期でクラスごとに普通の体育と武術に分かれるのだ。つまり、前期では1組と2組が体育を行い、3組と4組が武術の授業を行う。そして、後期では1組と2組が武術を行い、3組と4組が体育を行うのだ。

 

「体育の授業は僕が、武術の授業は亀山君が担当しています。件の生徒は2組に在籍しているため、後期になって初めて亀山君の授業を受けることになります。」

 

「そのせいでかなりストレスを感じていたみたいなんです。どうも俺の方が右京さんより体がでかいせいか怖く見えたみたいで…。」

 

 その生徒からすれば体が大きな男が、これまた大きな声で指導してくる。元々気の弱かったこともあって武術の授業の日は気が滅入って仕方がなかったらしい。ついには体調にも影響が出てきたが、武術の授業は必須であり何度も休むわけにはいかない。悩みぬいた末に、彼女は2組のクラス代表を務める生徒に相談した。するとそのクラス代表は次のようなアドバイスをしたそうだ。

 

『うーん、私は別に亀山先生のことを怖いとは思わないわね。寧ろすごくイジリ甲斐のある先生だと思うわよ。ちょっとからかっただけでとてもいいリアクションをしてくれるし。もし信じられないようだったら、ちょっとした悪戯をしてみたらどうかしら。きっと、面白い反応をしてくれるわよ。』

 

 そのアドバイスを受け、女生徒は亀山に対する苦手意識を克服するために悪戯を仕掛けることにした。

 

「ところが、その生徒は今まで真面目な生活をして来たが為にいったいどんな悪戯をすれば良いのか分からなかったそうです。そうこうしているうちに次の武術の授業の日になってしまい、切羽詰まった彼女は自分が思いつく限りの悪戯をすることにした。しかし、慌てていたせいで亀山君の反応を見る前にその場から去ってしまったようです。」

 

「それはまた…。亀山さん、災難でしたね。」

 

「ええ、まあそうなんですけど。ただ、本当なら俺がもっと早くその生徒が悩んでいることに気付いてやらなくちゃいけなかったんですよね。」

 

 亀山達がその生徒に会いに行ったとき、彼女は気を失ってもおかしくないほど顔を青くした。もしその時、杉下と千冬がいなかったら、亀山にあらぬ疑いを掛けられていたかもしれない。亀山としては、自分が知らず知らずのうちに生徒に心労をかけ、そのことに気づかなかったことが一番ショックであった。

 

「今後のことを考えると、彼女にとっては男性恐怖症を克服するいい機会になったのではないでしょうか?君が怒ってないと伝えたとき、僕には彼女が安心したような顔をしていた気がしますよ。君が自分のことを過度に攻める必要はありません。」

 

「…そういうもんすかねえ。」

 

「でもやっぱり、その生徒さんは罰則を受けなければいけないんでしょ?」

 

 たまきが心配そうな声で杉下に聞いた。

 

「ええ。彼女のやったことは罰を受けてしかるべき行いです。しかし、事情が事情ですので今回は大目に見るようですよ。その分、いらぬことを彼女に吹き込んだ生徒には然るべき罰則を受けてもらうことになりましたが。」

 

 そう言って杉下はたまきの出した料理に舌鼓を打つのだった。

 

 

 

 

 

 

 IS学園のとある一室。そこでは一人の罪人が鬼の監視のもと反省文と格闘していた。

 

「どうして私がこんな目に…。」

 

「いいから黙って手を動かせ。」

 

 鬼の金棒ならぬ出席簿アタックを受け、罪人は惨めな悲鳴を上げる。

 更識家当主による反省の一夜は長い。




次回からepisode3「世界最強の弟」が始まります。
次からはまた1章が長くなりそうですが、何とか完結できるように頑張ります!

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