IS学園特命係   作:ミッツ

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エピローグ 誰も知らない真実

 ソフィア・グラノゾフの逮捕から数日がたったある日、IS学園の男性教官室では杉下、亀山、楯無という何時もの面々が昼休みのひと時を過ごしていた。その話題は自然と事件の事へと向かう。

 

「じゃあマリア先輩とそのソフィアさんは恋人関係にあったんですか?」

 

 そう杉下に聞いたのは楯無だ。彼女は今回の事件でマリアの監視とIS学園内外の警備にかかりきりだったために、事件の詳しい経過を知らない。

 

「ええ、警視庁の知り合いから聞いた話によると、どうやらそのように供述しているようです。」

 

「ふーん、マリア先輩とソフィアさんがねえ…。」

 

「なんだ楯無、お前あの人のことを知っているのか?」

 

 亀山がそう聞くと、楯無は頷きながら話し始める。

 

「ソフィア・グラノゾフと言えば、数年前までロシア代表候補でマリア先輩と代表の座を争っていた人物としてロシアでは有名です。ただ、不幸な事故があって選手としてのキャリアを諦めなければならなくなった。それでも、ISと関わり続けることを望んで、猛勉強の末に代表チームの整備士にまでなったっていう人なんです。たぶん、そのことも事件に影響しているんじゃないかしら?」

 

 何やら楯無は知ってそうだ。杉下と亀山の興味深そうな視線を受け、楯無は話を続ける。

 

「これは聞いた話なんですけど、ソフィアさんが事故に遭った時と前後して、マリア先輩と同年代の代表候補生が何人か事故や不祥事で選手生命を絶たれてるんです。どうもその裏にはマリア先輩の父親の影があったみたいで…。」

 

「なるほど。マリアさんはずっとそのことを気にしていた。だから、自らその罪を被ろうとしたというわけですね。」

 

 ソフィアが警察によって逮捕されたことを聞いたマリアは、最初こそ錯乱し自分が犯人だと喚いていたが、ソフィアが全てを吐いたことを悟ると魂が抜けたように放心した。今は憔悴しきった様子であるものの、此方からの問いかけに対して素直に答えている。

それによると、やはりマリアは事件現場でソフィアを目撃していたらしい。マトーリンを探していたマリアは倉庫の中から金髪姿の女性が出てくるのを目撃し、瞬時にそれがソフィアであると看破した。不審に思い倉庫の中に入ってみると、マトーリンが血を流して死んでいる。ソフィアが殺したのだと直感したマリアは慌てて部屋を出た。その際、ホテルのスタッフらしき男性から呼び止められたが、無視してその場を後にし学園へと戻ってきたという。

 どうしてソフィアがあんなことを…。マリアが思い当たると節と言えば、知り合いの記者から聞かされたある噂だった。その記者によると、マリアとその専属整備員がレズビアンの関係にあるという投書が報道各社に送られて来たらしい。当初はゴシップの類かと思われていたが、近々IS委員会から公式な発表があるという。以前からマリアと親しくしていた記者の心配に対し、マリアは心配しなくとも自分はノーマルだと笑いとばした。しかし、内心ではひどく動揺していた。ソフィアに相談すると、下手に動けば奴らの思う壺だと忠告を受け、そのようにしようとしていたものの、新代表候補生のお披露目パーティーにマトーリンが来日すると聞き、彼女に真意を聞くべく、マリアはマトーリンと会って話をすることにした。そして目撃してしまった。殺人を犯した直後の恋人を…。そして悟ってしまった。彼女が自分のために殺人を犯したことを…。

 

 

 

 

「でも皮肉っすね。ソフィアはスキャンダルからマリアを守ろうとして人を殺して、マリアはマリアで警察の手からソフィアを守るためにウソの自供をした。ところが、結局それがソフィアの自供を引き出すことになったんすから…。」

 

 今回の事件では物的証拠が何一つ得られなかったことから、あのように犯人を追いつめ自供させるしかなかった。もし、マリアが自分がやった言わなければ…。もしかすると、事件は迷宮入りしていたかもしれない。

 

「グラノゾフさんの供述どおりの場所から凶器と変装に使ったかつらが見つかったそうですから、検察も間もなく正式に彼女を起訴する事でしょう。あとのことは、裁判を通して解明できると思いますよ。」

 

「…まあ、そうなんすっけどねえ。」

 

 亀山の胸中には拭いきれない靄が渦巻いていた。いったいどうやってマトーリンはマリアたちの秘密を知ったのだろう…。話に聞く限りマリアたちのことは当人たち以外は知らなかったらしい。いくらスキャンダルを探していたとはいえ、そう簡単に同性愛の証拠が出てくるものだろうか…。

 亀山がそのようなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。

 

「失礼します。お二人に報告したいことが…。ん?更識、なぜお前がここにいる?」

 

 扉を開けて教官室に入ってきたのは千冬である。楯無は千冬の姿を視界にとらえると、次の授業の準備があると言って質問に答えないまま部屋を後にした。

 

「…織斑先生、もしかして楯無と何かありましたか?」

 

「いや、扱いづらい生徒だとは思いますが、それ以外にはなにも…」

 

 亀山の質問に答えると、千冬は気を取り直すように咳払いをし、口を開いた。

 

「先ほど、ロシアIS委員会からシミュノヴァを国家代表から除外する旨の発表がありました。それに伴い、シミュノヴァの本国への送還とIS学園の退学が決まりました。」

 

「…そうですか。思っていたより早かったですね。」

 

 マリアが学園を去ることは杉下がある程度予測していたことであり、亀山も事前に聞かされていた。だからと言って、ショックが無かったわけではない。

 ソフィアが逮捕され、続々と新情報が報道される中で彼女とマリアの関係が明らかにされるのは当然の岐路と言ってもよかった。その結果、しばらくの間、IS学園にはロシア語での問い合わせが複数きている。

 

「ロシアIS委員会は今も蜂の巣をつついた騒ぎのようです。会長と国家代表がほぼ同時にいなくなったのですから仕方ないのですが…。お二人には感謝します。おかげで学園内の混乱は最小限にとどめることが出来ました。」

 

「とはいっても、全く影響が無かったわけじゃないっすからねえ。生徒会長の姿が見えなくなってから、生徒たちも不安がってますし…。」

 

 亀山はそう言うと渋い顔を作った。今後、ロシアの国家代表とIS学園の生徒会長の後継選びは混迷を極めることになるだろう。おそらく、ロシアの代表候補であり、IS学園でも屈指の実力者である楯無もそれに巻き込まれることになる。願わくば、楯無の身にマリアのような事が降りかからないでほしい。亀山はそう思わずにいられなかった。

 

「兎も角、今回の殺人事件に関しては一先ず解決したといってもいいでしょう。マリアさんが学園を去らなくてはならなくなったのは残念なことですが、犯人を庇おうとした罪から考えると仕方の無いことだと言えなくもありません。それよりも、亀山君の言うように今回の事件から不安を抱える生徒もいる事でしょう。我々教師がまず最初にしなければならないのは、そういった生徒のメンタルケアではないでしょうか?」

 

「…確かにそうっすね。いつまでも先生である俺たちが立ち止ってる訳にもいかないっすもんね。分かりました!じゃあ早速、生徒たちから話を聞いてきます!」

 

「亀山君、少し待ってください。もう一つ、君に伝えなければならないことがもう一つあります。」

 

 今にも駆け出していきそうな亀山を引き留めると、杉下は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「実は昨日、花の里から連絡がありましてねえ。随分と長い間顔を見せてなかったものですから、心配して電話をかけてきたそうです。」

 

「たまきさんがですか?」

 

 考えてみれば、IS学園に赴任してからというもの、通常の業務に加え各行事の対応に追われて花の里を訪れる機会がなかった。かれこれ三か月ほど、顔を出していないことになる。

 

「折角の機会ですし、今日あたり飲みに行くというのはどうですか?宜しければ、織斑先生もご一緒に。」

 

「わ、私もですか!」

 

 杉下から飲みに誘われたのがよほど意外だったのか、千冬は思わず聞き返してしまった。

 

「ええ。思えば、担任と副担任として1年1組を教えるようになってからというもの、織斑先生とじっくりお話しする機会というのはありませんでしたので、放課後僕たちと飲みに行くというのはいかがですか?」

 

「あ、それいいすねえ。俺も前から織斑先生も話を聞いてみたいと思ってたんすよ。折角ですし行きましょうよ。」

 

 男性からこのように誘われた経験が少ないためか、千冬はひどく困惑している。だがそこは元日本代表。腹を決めると顔を引き締め、口を開いた。

 

「わかりました。ではその、花の里、っていう飲み屋ですか?酒は大丈夫なんで放課後は御一緒させていただきます。」

 

「ありがとうございます。小さな小料理屋ですが静かで落ち着いた雰囲気の店です。きっと織斑先生も気にいると思いますよ。」

 

 

 

 

 

 IS学園の校舎の中を更識楯無は早足で進んでいく。その周囲には人の気配はなく、まるで彼女を中心に人払いが掛けられているだ。実際に彼女は更識家のそういった術を使っている。楯無は廊下の中心まで進むと足を止めた。

 

「虚ちゃんいる。」

 

「はい、ここに。」

 

 楯無の呼びかけに対し、布仏虚がどこからともなく表れる。

 

「万事うまくいってるわよね?」

 

「はい、更識家とロシアIS委員会会長を繋げるものはすべて排除しました。」

 

 虚ろの答えを聞き、楯無は満足そうにうなずく。

 

「思えば、かなり厄介な依頼だったわね。国家代表の弱みとなる証拠を見つけてこいなんて。」

 

 その分魅力的な取引材料を提示されたが。自由国籍の手配、専用機、おまけに現在研究中のロシア第三世代ISのデータは更識家、そして楯無個人にとっても無視できないものであった。

 3か月前、楯無はかつてない屈辱と、自分の力の無さを思い知らされた。二度とあのような思いをしないために、そして自分の大切な人を守るために楯無は暴力や権力に負けない力を欲する。

 それを最短ルートとして提示されたのがマトーリンとの取引であり、楯無は即座にその取引に乗った。結果として、当初想定していなかった事態が起こったが、目的のものはすでに自分の手の内にある。考えようによっては口を滑らす物が居なくなってよかったとも言える。だが、

 

「こんなやり方、あの人たちは認めないかもね…。」

 

 人の弱みを握り、他者を蹴落とそうとした者に手を貸したことを…。重要な情報を持ちながら自己保身のためにそれを打ち明けなかったことを…。

 あのまっすぐな正義を持った教師は決して認めようとしないだろう。もう一人も思い悩むだろうが、おそらく最後は相棒を選ぶだろう。彼らはそう言った人たちだ。

 

「もしかしたら、いずれ私はあの二人と戦わなければいけないかもしれないわね。」

 

 出来る事なら、そうなって欲しくない。最後の言葉を、楯無は己の胸の内でつぶやいた。

 

 

episode2 end.

 




次回は再び短編です。
 episode3では漸くあの主人公が出てくる予定なのでもう少しお待ちください。

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