IS学園特命係   作:ミッツ

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原作では千冬さんが目上の人と話したり、敬語になったりするシーンが少ないため、特命係との会話が結構難しかったりします。どうしてもラウラみたいな口調になってしまいます…。


告白

杉下たちがIS学園に帰ってくると、時刻は既に12時を過ぎていた。午前の授業はすべて終わっており、食堂からは生徒たちのやたら騒がしい声が聞こえてくる。

 杉下と亀山は事件の捜査状況をまとめるため、一旦教官室に戻ることにした。そうして、自分たちの部屋へと戻ってきた二人だったが、部屋の中から何やら人の気配がする。二人が部屋に入ると、そこで思わぬ人物と出会うことになる。

 

「あれ?織斑先生じゃないですか。」

 

 そう。部屋の中にいたのは杉下と亀山が副担任を務める1年1組の担任である織斑千冬だ。彼女は4月の事件以降、不在となった1年1組の担任に就任し、多忙な日々を送っている。教員免許を得るための過程で専門的な講義や教育実習を受けていないという千冬であったが、『第一回モンド・グロッソ』優勝者の威光か、それとも元から教師が天職だったのか、今はクラスをうまくまとめており副担任の二人が出る幕もないほどである。

 一方で、仕事以外での千冬の行動は『孤高』の一言で表される。職員室で他の教師とほとんど会話らしきものをしていない。あるとすれば必要最低限のやり取りだけ。誰かと親しいというのが千冬には全くなく、はっきり言って職員たちの中で織斑千冬は浮いていた。杉下たちとも仕事の内容を相談することはあるが、それ以外での会話はほとんどない。こうして、教官室を訪ねてくるのも二人が初めてIS学園に来た時以来である。

 

「申し訳ありません杉下先生、亀山先生。勝手に失礼させていただいてます。」

 

「いえ、別にかまいませんよ。しかし、なぜ織斑先生がここに来られたのでしょうか?」

 

「実は学園長からお二人の捜査に同行するようとの辞令を受けました。その間、うちのクラスの雑務はほかの先生方がやっていただけるそうです。」

 

 そう言って千冬が一瞬苦虫を噛み潰したような表情をしたのを、杉下は見逃さなかった。

 

「捜査の同行…という事は、織斑先生や学園長はロシアIS委員会会長殺しの事を…。」

 

「はい、聞いています。マリア・シミュノヴァが事件の重要参考人であることも…。」

 

 千冬の返答を聞いて、杉下と亀山は思わずお互いの顔を見合わせてしまった。普段は冷静沈着という言葉を張り付けている杉下の顔にも驚いたような表情が見受けられる。

 しかし、杉下はすぐに表情を引き締めると千冬が自分たちに同行することになった経緯を推測する。学園長や日本政府からの差し金という線の可能性は低い。すでに更識家を学園の警護に付けている以上、わざわざ織斑千冬を差し向ける必要はないはずだ。だとしたら他の組織、おそらく国際IS委員会あたりであろう。自分たちは前回の事件でIS委員会にとって不都合な真実を探り当ててしまった。彼らはそういった真実が世間に公表されることを極端に嫌う傾向にある。しかし、IS学園が表向きは外部からの干渉が禁じられているため、派手な動きはできない。という事は、織斑千冬は唯の捜査協力者というよりも、IS委員会が学園長を通じて遣わした監視役という立場だろう。たぶん、捜査の進歩状況などを逐一報告させ、場合によっては介入させるつもりなのだ。

 だが、先ほどの千冬の表情を見るに彼女はあまり乗り気ではないらしい。ただ単に自分が駒のように扱われるのが気に食わないのか、それとも他に理由があるのか、現段階では判断ができないものの、彼女がIS委員会の命令に対し良い感情を抱いてはいない可能性が高い。

 わずか数秒の内に杉下は頭をフル回転させると考えをまとめた。

 

「わかりました。では、放課後になりましたらもう一度この部屋まで来てください。それまでに我々の方も準備を済ませておきますので、織斑先生も学園長へよろしくお伝えください。」

 

 その言葉を聞き、千冬は今度こそはっきりと苦り切った顔をした。

 

 

 

 

 放課後になり、教官室には杉下と亀山、そして千冬の三人が集まっている。HRが終わってすでに30分が立っているため、先ほどまで生徒たちで騒がしかった校舎も随分と静かになった。代わりに、遠くの方からはISの自主練習をしている音が聞こえてくる。部屋の中では杉下と亀山がそれぞれ紅茶とコーヒーを飲んでおり、千冬は亀山の入れたブラックコーヒーを飲んでいる。暫くの間、各々で自分の飲み物を黙って飲んでいた三名であったが、千冬がカップの中身を半分ほど残して机に置くと口を開いた。

 

「杉下先生。いったいどうやって捜査を進めるのか教えていただいてもよろしいですか?」

 

「…何かご不明な点がありましたか?」

 

「いや、そういうわけではないのですが…。ただ、こうしてのんびりとしてていいのかと思いまして…。」

 

 千冬はHRが終わってまっすぐにこの部屋へときたのだが、これまでのところ三人は何をするまでもなく、ただお茶をしているだけであった。これには、千冬も肩透かしを食らったような心境に陥っていた。

 

「調査の方でしたら間もなく始めます。というのも、シミュノヴァさんの担任の先生に頼んで、放課後になったら教官室に来るようにと伝えてありますので。」

 

「直接当事者に話を聞くんですか?」

 

 杉下の言葉を聞いて、千冬が驚いたように聞き返した。

 

「ええ、そのつもりですが…。何か問題がありましたか?」

 

「いえ、問題と言いますか…。少し意外だったものですから。もっと慎重に捜査するものだと。」

 

「確かに学生が犯罪、それも殺人事件に関わっているとなると現段階で当事者に話を聞くのは時期尚早かもしれません。しかし、今回の事件は被害者とシミュノヴァさんの間にある因縁があります。」

 

「因縁ですか…?」

 

「そうです。彼女が捜査線上に上がったのは現場で姿を目撃されたこと以外にも理由があったんです。」

 

 そう言って杉下は机の中から紙の束を取り出した。それは午前中に小野田から渡された捜査資料だ。

 

「これによりますと、殺害されたタチヤーナ・マトーリンさんは嘗てシミュノヴァさんの父親の秘書をやっていたそうです。シミュノヴァさんの父親、アンドレイ・シミュノヴァ氏はロシアでも屈指の実業家であり、政治家でした。マトーリンさんは十年間にわたって氏の秘書を務めていたそうで、氏からも多大な信頼を受けていたそうです。しかし二年前、アンドレイさんが急病を患いこの世を去ると、彼女はアンドレイさんとの間に結婚関係があったとして自身の遺産の取り分を要求し、これを手に入れました。その後、その遺産を元手に国政に参加すると、わずか1年半の間でロシアIS界のトップへと上り詰め、次期大統領候補とまで呼ばれるようになりました。

 一方シミュノヴァさんからすると、父親が亡くなった時点で代表候補生になっていたこともあり自身の立場は保証されていましたが、遺産の大部分をマトーリンさんに取られる形となり、父親が築いてきた政治的基盤も彼女に奪われる形となり一族は没落の一途をたどっているとあります。シミュノヴァさんがマトーリンさんを憎んでいてもおかしくない状況が出来上がっていたんです。」

 

 当初、警察が被害者に恨みを抱いている者はいないかを関係者に聞き取りを行ったところ、真っ先に上がったのがマリア・シミュノヴァの名前だった。彼らからしてみれば、ロシアIS委員会会長と国家間代表の間にある確執は有名な話であったのだ。さらに捜査を進めると、事件現場で話に出た人物とよく似た人物が目撃されたというではないか。動機と目撃証言の二つが合わさったとなれば、マリア・シミュノヴァが事件の最重要人物に上がるのは必然である。

 

「以上のことは警察の捜査で初期に判明したことです。いずれマスコミ各社も気付くことでしょう。そうなった場合、一部のマスコミが有る事無い事を好き勝手掻き立てる可能性もあります。どんな結果になろうとも、下手に時間をかけて捜査するよりかは、できるだけ早く事件を解決するように努めた方が生徒たちへの影響を最小限にとどめることが出来る。そう思って、今回は直接当事者から話を聞く事にした次第です。」

 

「……随分と生徒のことを考えているんですね。」

 

「まあ、俺たちも一応この学園の教師ですから。教師であれば生徒のことを第一に考えるのは当然っすよ。」

 

 亀山がそう言い終えると、教官室の扉がノックされた。

 

「おや、どうやら噂を何とやらという事らしいですねえ。どうぞ、入ってください。」

 

 杉下の声に呼応し、扉の外から「失礼します。」という声が聞こえた。扉が開かれると、そこには美しい金髪をした小柄な少女が立っている。

 亀山は彼女を見て、間違いなく三日前にホテルでぶつかった少女だと確信した。

 

「3年3組のマリア・シミュノヴァです。ご指示通り参上いたしました。」

 

 

 

 

 

 

 杉下たちはマリアが来ると部屋を移動した。教官室では防諜に不安が残るためである。移動したのは職員室から少し離れた所にある部屋だ。形式上、生徒指導室と呼ばれている部屋ではあるが、片側の壁にはマジック・ミラーが張られており、部屋の中央には机といすが置いてある。指導部屋と呼ぶよりかは取調室と呼ぶ方がしっくりとくる内装だ。

 杉下はマリアを扉側の椅子に座らせると、彼女を安心させるように柔らかな笑みを浮かべ声をかけた。

 

「のどは乾いていませんか?紅茶の様なものならすぐに用意できますが。」

 

「いえ、大丈夫です。お構いなく。」

 

 杉下の問いに対し、マリアは突っぱねるかのように返答した。部屋の中は何とも重苦しい空気が漂っている。

 

「シミュノヴァさん」

 

「マリアと呼んでください。この国の人には私のファミリー・ネームは言いにくいようですから。」

 

「分かりました。では、マリアさん。今日あなたをお呼び立てしたのは先日起きたロシアIS委員会会長殺人事件について話を聞くためです。事件のことは知っていますか?」

 

「…知っています。」

 

「そうですか。その日、あなたは外出許可を受けていますねえ。できれば三日前の午後8時ごろ、どこにいたか教えていただけますか。」

 

 杉下の後ろで二人の会話を聞いていた亀山は思わず声をあげそうになった。事件について、杉下がかなり突っ込んだ質問をすることは予想していたが、まさかいきなり事件当日のアリバイを聞くというのは予想外であった。横にいる千冬もいつものポーカーフェイスを崩し呆気にとられている。だが、杉下に対するマリアは二人の様子に気づかないのか淡々と質問に答えていく。

 

「その時間、私はタチヤーナ・マトーリンに会いに彼女が泊まっているホテルを訪れていました。」

 

「そのホテルというのは事件が起こったホテルですね。」

 

「はい、そうです。」

 

「わかりました。では、マトーリンさんには会えたのですか?」

 

「はい、会えました。」

 

「…いったいその時、どのような話をしたのか教えて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「特に会話はしていません。私は彼女を呼び出して殺しただけですから。」

 

「………………………………………はい?」

 

 部屋の時間が止まった。あの杉下でさえも17歳の少女の放った言葉に一瞬思考が停止してしまったようだ。

 

「あの日、タチヤーナ・マトーリンを殺したのは私です。」

 

 少女が口にした言葉、それは己の罪の告白だった。


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