IS学園特命係   作:ミッツ

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 今回はIS成分がとても少なくなっております。完全に説明回です。
 また、時事ネタが含まれていますが、この作品はフィクションであり、実際の国や組織、事件とは関係ありませんのでご了承ください。



日露の事情

 先日のホテルでの騒動から三日後。亀山は杉下とともに警視庁に呼び出されていた。例によって、二人を待ち構えていたのは小野田官房長。そしてその脇に控えるのは警視庁刑事部長の内村完爾と警視庁刑事部参事官の中園照生である。

 

「とても面倒なことになったよ。」

 

 二人が部屋に入ってくるのを確認すると、小野田は難しい顔をしながらそう言った。彼がこのような顔をするのは珍しいことだ。

 

「面倒というのは、都内ホテルで起きたロシアIS委員会会長殺人事件のことですか?」

 

「そう、それなんだよ。」

 

 杉下の質問に小野田は頷いてみせる。

 亀山が危うく警察のお世話になりかけたあの場面で、突如として起こった事件は日本とロシアの間で大きな話題となっている。

 ロシアでは初の外国から来た代表候補生のお披露目パーティー。そのまっただ中で起きた殺人事件。さらに、殺害されたのがロシアIS委員会のトップとくれば、注目されない方がおかしい。事実、事件翌日から連日のように報道各社を賑わせている。世間の注目を集めるだけに、警察も事件の早期解決に向けて意気込んでいるのだが、現在に至るまで犯人逮捕につながる有力な情報は得られていないとのことである。

 

「表向きはそういうことになってるけど、実は捜査線上にある人物が容疑者として上がっているんだよね。」

 

「なるほど。察するに、その人物というのが官房長が頭を悩ませている種というところですね。」

 

「ま、そういう事だよ。」

 

 そう言って、小野田は懐から一枚の写真を取り出した。

 

「この写真の彼女が事件の重要参考人だよ。」

 

 その写真を見た瞬間、亀山は思わず声を上げた。

 

「あ!この子は!」

 

「どうかしましたか、亀山君?」

 

「右京さん!俺この子を事件当日現場で見てます!」

 

 そう。写真に写る少女は事件当夜、亀山がトイレの前でぶつかった金髪の少女であった。顔を見られた後の反応が怪しかったので印象に残っていたが、殺人事件の重要参考人だとすれば納得である。亀山は自分が知らず知らずのうちに事件関係者にニアミスしていたことに歯噛みした。あの時、少々強引でも職務質問をしておけば事件の早期解決に手を貸せていたかもしれないと。

 

「というよりも、君が事件現場にいたこと自体初耳なんだけど?」

 

「……え?」

 

 実を言うと、亀山は事件があった日、現場にいたことを誰にも言ってなかったのだ。日露の高官が集まるパーティーにジーンズとフライトジャケットで行ったこと、そして痴漢に間違われてしまったことを知られるのを恐れて言えなかったのである。己の失言に気づき亀山はダラダラと汗をかく。

 そんな亀山に対し、四方から厳しい視線が飛ぶ。

 

「亀山君、君には少し聞かなければならないことがあるようです。できれば、事件のあった日に君がどこで何をしていたのか詳しく話してくれませんか?」

 

「………はい。」

 

 亀山は観念して、すべてを吐くしかなかった。

 

 

 

「この、バカモン!」

 

 警視庁の一室に内村刑事部長の雷が落ちた。

 

「警察官が現場の近くにいながら事件を未然に防げなかったとは何事だ!おまけに容疑者を目撃しながら見逃してしまっただと!マスコミに知られたらどうするつもりだ!」

 

「まあ、内村君。事態は急を要するんだから今は抑えてね。」

 

 いまだ怒りが収まらない内村を小野田が宥めている。その間、杉下は興味深そうに写真に写る人物を眺めている。

 

「ふむ、彼女が事件の重要参考人ですか…。確かにこれは少々面倒なことになりますねえ。」

 

「え!右京さんこの子のことを知ってるんですか!」

 

 亀山が驚きつつもそう聞くと、杉下ではなく内村が亀山の問いに答えた・

 

「その写真の女性はマリア・シミュノヴァ。ロシアの現国家間代表だ。」

 

「おや、刑事部長はご存じなんですか?」

 

 杉下が意外とでも言うようにそう聞くと、内村は胸を逸らせながらドヤ顔を決めた。

 

「孫がIS競技のファンでな。その付き合いでよくテレビで見るんだ。これでも、各国の代表や代表候補にはかなり詳しいぞ。」

 

「またミーハーな趣味を…。」

 

「何か言ったか中園?」

 

「いえ、何も!」

 

 そう言えばどこかで見たことがあるな…。おそらくテレビのスポーツコーナーか、新聞のスポーツ欄で見たのだろう。普段IS協議を見ない亀山がそんな風に思っていると、横から杉下が口をはさむ。

 

「一応言っておきますが、彼女は現役のIS学園生でもあるんですよ。」

 

「へー、IS学園の……って!マジですか!」

 

 大げさに驚く亀山を呆れたように見ながら、杉下はさらに続ける。

 

「シミュノヴァさんは学園でもかなりの有名人ですよ。なんといっても、彼女はロシアの国家間代表であると同時に、IS学園の生徒会長なのですから。」

 

 

 

 杉下に知らされた事実に、亀山はあんぐりと口を開け呆然とするしかなかった。

 

「ま、そういう事だからさ。今回も僕たちは手が出せないわけ。」

 

 IS学園は表向きいかなる国家や企業の干渉を受けないことになっている。公僕たる警察も例外ではなく、よほどの事情がなければIS学園の敷地内にさえ入れない。学園を通し、要請があった場合にのみ警察が介入できるのだ。

 

「つまり、有力な証拠がない現状では、IS学園内にシミュノヴァさんがいる以上警察は彼女に手出しができない。そこで、僕たちに彼女の周辺を捜査させ有力な証拠を掴み学園側に告発、警察の介入を要請させるという筋書きですね。」

 

 杉下がそう分析すると、内村は忌々しそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。貴様らを動かすというのは不服だが、現段階では学園内部に捜査員を派遣するには至らないからな。だが勘違いするな。下手にロシアを刺激すれば国際問題にもなりえるのだからな。貴様らの首だけでは済まないことを十分に理解しておけ。特に亀山!貴様は既に問題を起こしているのだからくれぐれも気を付けろ!」

 

 この言葉が保身から来るものでなければ、上司からの評価も少しは上がるのだが。こういった器の小ささが上層部に嫌われ、なかなか出世できないことを内村は知らない。

 

「言いたいことは内村君が言ってくれたから特にないけど、冗談ではなくロシアを刺激するような真似は謹んでよね。今、日露関係は重要な局面を迎えてるんだからさ。」

 

 小野田は杉下に捜査資料を手渡しながら、最後にそう付け加えるのであった。

 

 

 

 IS学園へと向かう車内の中、杉下は運転する亀山の隣で捜査資料を読んでいた。

 事件が起こったのは三日前の午後8時ごろ。パーティー会場に隣接する倉庫の中から金髪の女性が出てくるのをホテルのスタッフが目撃。不審に思ったスタッフが女性を呼び止めようとしたが、女性はスタッフの声を無視しその場を立ち去った。もしや物取りでは、そう思ったスタッフは窃盗されたものがないか調べるため倉庫の中に入った。するとそこで頭から血を流している女性を発見し、慌てて警備員を呼びに走ったという。亀山達の間に割って入ったスタッフが第一発見者というわけだ。

 女性はすぐに近くの病院へ搬送されたが、死亡が確認された。

 被害者はロシアIS委員会の委員長を務めるタチヤーナ・マトーリン女史、36歳。今回は楯無の代表候補生入りに際し行われたパーティーに参加するべく来日していた。死因は頭部をバーベルの様なもので殴られたことによる脳挫傷。凶器はまだ発見されていない。周囲にいた者たちの話によると、日本のIS関係者と歓談している途中トイレに行くといって会場を後にし、その後の行方が分からなくなっていたという。彼女が会場を出たのは午後7時50分頃であるとの証言があるため、被害者は会場を出てすぐに現場まで行き、そこで犯人に殺害されたものと考えられる。なお、事件現場とトイレの位置は正反対であった。以上のことから、捜査本部は被害者は犯人とあらかじめ現場で落ち合うことを約束していた可能性が高く、被害者と犯人は顔見知りの可能性が高い。また、現場から出てきたという金髪の女性についても捜査を進める必要がある。

 

「その結果、捜査線上に浮上したのがIS学園の生徒会長ってわけですね。」

 

 杉下の説明を聞き、亀山はそうまとめた。はっきり言って、亀山は気が重くなっていた。これから、自分たちが勤める学校の生徒を疑ってかからなければならないといけないのだから当然と言えば当然のことだ。本職が警察官とはいえ、IS学園の生徒たちにも愛着が湧いてきている。できることなら、無関係であってほしい。そう思わずにはいられなかったのだ。

 

「そういえば、小野田さんが言ってましたけど、日本とロシアが重要な局面にあるってどうゆう事なんすかね?」

 

「たぶんあれは、ISに関わる世界事情のことでしょう。」

 

「ISに関わる世界事情?」

 

「ええ、そうです。亀山君、日本がISを作ったことで最も影響を受けたのはどこだと思いますか?」

 

「えっと…。確か、各国の軍とか兵器を開発していた企業でしたっけ?」

 

 亀山が杉下から以前受けた講義の内容を思い出しながら答えると、杉下はそれを肯定するように頷いた。

 

「その通りです。しかし、世界にはISが軍の主流になった後も、旧来の軍を維持している国々があるのです。」

 

「…いったいそれはどこなんすか?」

 

「中東を中心としたイスラム圏の国々です。」

 

 その答えを聞いて亀山は納得した。女性は家にいて男性に守られるもの、そういった意識が強いイスラムの人々にとっては、女性にしか扱えないISは受け入れられないものだ。さらに、体のラインが極端に出るISスーツはイスラム教徒からすれば、とてもふしだらな恰好と捉えられるのだ。そのため、イスラム圏の国々でアラスカ条約に批准している国は皆無と言ってよい。

 

「でも、それが日本とロシアとどう関係しているんすか?」

 

「ISは現段階で世界最強の兵器となりえる機体です。自分たちに扱えないものが世界の主流となっているのですから、近年イスラム諸国の欧米諸国に対する軍事的警戒心は一様に高くなっています。過去に因縁のある国は特にです。そして、その原因を作ったのは日本。いろいろと思うところがあるようですよ。」

 

 杉下はそこでいったん言葉を区切った。どうやら亀山が理解できているかを確認しているようだ。亀山が分かってますよ、とでもいうように頷いて見せると杉下は言葉をつづけた。

 

「日本が恐れているのは中東を発端として戦争が起こることです。そうなれば、中東からの日本に対する石油輸出は停止し、震災以降エネルギー生産の大部分を火力に頼る日本は経済的に大打撃を受けるかもしれません。そうならないための保険を日本政府は欲しているのです。」

 

「その保険がロシアだと?」

 

「はい。ロシアもウクライナでの軍事衝突以降、他のヨーロッパ諸国との関係が冷え切っています。日本はロシアと他国との関係改善の仲裁を買って出ることを条件に、北海道根室半島沖合にある海底資源の共同採掘をロシアに申し出ていると聞いたことがあります。そしてその手始めとして、日本の優秀なIS操縦者を代表候補としてロシアに派遣し、日ロ間の友好を内外に示しているのかもしれませんねえ。」

 

「……なんだかそれ、楯無が交渉の道具にされているみたいすね。」

 

「あながち間違いではないですねえ。外交の場においてヒトやモノ、時には他国の領土でさえ交渉の道具になりえるのですから。」

 

 杉下の言葉を聞き、亀山は表情を険しくした。ハンドルを握る手にも自然と強くなり、どこか運転にも荒々しいものが生まれていた。


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