IS学園特命係   作:ミッツ

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今回はすごい難産でした。
やはり、クライマックスになるにしたがって展開のさせ方が難しくなるものですね。


贖罪

楯無は右頬に感じる固く、冷たい感触で目を覚ました。ゆっくりと瞼を開くと、薄暗く、じめじめした楯無の見覚えのない空間が広がっていた。

 

「ここは…?」

 

 混濁した意識と鈍痛を感じる痛みの中、楯無は必死に現状を理解しようと努めた。

 昨夜、楯無は杉下に諭される形で一旦寮に戻ったものの、結局隙を見て部屋を抜け出し芝浦を見つけるべく散策たを開始した。校内では杉下たちが捜索を続けている。だったら私はアリーナやその周辺を、と思い約2時間ほど体育館やアリーナの周りを捜索したのだが芝浦の居場所を示す手掛かりは見つからなかった。そして、諦めて部屋に戻ろうかと考え始めた時、僅かにではあるが金属の器が床に落ちたような音が聞こえた。瞬時に身をひそめ音の出所を探ったところ、アリーナの建物の陰になっているところにまるでトンネルのようにぽっかりと口を開いた空間があるではないか。

 こんな場所学園の地図にあっただろうか?

 そう思いながらその穴に近づいて見ると鉄柵で入口は塞がれているものの、やろうと思えば鉄柵を乗り越えて中に入れなくもない。楯無は慎重に音を立てないよう鉄柵を乗り越えると忍び足で穴の中を進んでいった。十分ほど歩いたところで前方に光源が見えた。見つからないように身をかがめ光源のほうに近づいていくと誰かが端末をいじっている。顔を確認するとそれが芝浦だと分かった。芝浦の顔には表情がなく、ただ黙々と手元の端末を操作している。楯無は何とか隙をついて芝浦を取り押さえられないものかと意識を芝浦の方へ集中させていた。故に気が付かなかったのだ。彼女の背後に忍び寄る人影があったことを。そして、楯無は後頭部に衝撃を受け、前のめりにコンクリートの床に倒れると、その意識を闇の中に沈めていくしかなかった。

 

(そうだ、私は突然後ろから殴られて、それで意識を失って…。)

 

「あら、目を覚ましたかしら?」

 

 その声に楯無は弾かれたように身を上げようとするがうまくいかない。この時になって、楯無は初めて自分の手首と足首が縄で縛られていることに気が付いた。声のした方に目を向けると案の定、そこには芝浦真紀子が立っていた。

 

「芝浦、真紀子…。」

 

「ごめんなさい更識さん…。悪いけどあなたのことは拘束させてもらったわ。」

 

 そう言って芝浦は楯無に向かって自嘲気味に笑って見せた。楯無とは目を合わせようとせず、どこか疲れたような雰囲気をまとわせた彼女に楯無は矛盾を感じた。

 この人は本当に私に対し、すまないと思っているようだ。だが、それでは今の自分の状況と一致しない。

 楯無は意を決して芝浦に質問した。

 

「芝浦…先生。あなたがISを使って高原詩織を殺害したんですか?」

 

「…ええ、そうよ。私があの子を殺したの。」

 

 その答えは楯無が想定していた物だった。重要なのはここから。楯無は続けて質問した。

 

「じゃあ、芝浦先生は何をしようとしているんですか?目的が純一君の復讐ならもう終わっているはずですよね。だったらなぜ逃げずにこんなところに居るんですか?まさか、私のことを人質にしようと…。」

 

「君のことを人質にしようとは思っていないよ。というより、僕たちにはもう逃亡するっていう選択肢はないんだ。」

 

 突如として楯無の質問に割り込んでくる男の声に楯無は驚き、身を固める。やがて、頬こけた白髪交じりの短髪の男性が楯無の視界に現れた。

 

「あなたは…。」

 

「どうも、初めまして。更識楯無さんだよね?昨日は後ろから殴ったりしてごめんよ。血は出ていなかったから、たぶん大丈夫だと思うけど…。」

 

「…もしかして、柳原和美さんですか?」

 

 楯無の問いに男性は僅かに微笑み、首を縦に振って答える。そして、彼と目があった瞬間、楯無は声にならない悲鳴を上げてしまう。柳原和美の目は真っ赤に充血しており、そこに光はなく空虚な闇を湛えている。この目はただひたすら己だけを見ている者の瞳だ。眼だけは楯無に向けているものの、そこに楯無の姿は映っていない。

 この人は狂ってしまっているんじゃないか。楯無はそう思わずにはいられなかった。そして、芝浦は尋常ならざる様子の夫を悲しそうに見つめるだけであった。

 そんな二人の様子を意に介さず、柳原は語り始める。

 

「僕たちがここにいる理由はね、復讐だとかそんなんじゃないんだ。僕たちはね、責任を取らなくちゃいけないんだ。こんな世界を作ってしまった責任をね。」

 

 柳原は芝浦が浮かべたものと全く違う、狂気じみた満面の笑みを作るとなおも楯無に語る。

 

「だからみんなに教えるんだ。こんな世界のせいで苦しんでいる者がいることを世界中の人に。そして世界を変えるんだ。それが僕たちが純一にできる贖罪なんだよ…。」

 

 

 

 

「だからこの学園を吹き飛ばす…。」

 

 

 

 

 

 同時刻、IS学園の職員室は大変な騒ぎであった。

 いきなり、全職員に対し即時集合の連絡が届き、訳も分からぬまま職員室に行ってみれば生徒が一人いなくなったと学園長がいう。それだけならまだしも、長年IS学園に務めてきた芝浦教諭に殺人の疑いがかかっており、今も学園のどこかに潜んでいると伝えられ一気にざわつきが大きくなった。そしてさらに、芝浦教諭は爆弾を所持しており、すでに学園内に仕掛けられた可能性が高いとのことが知らされると職員室は怒号の渦巻く場となった。

 

「いったいどういうことですか!説明を求めます!」

 

「芝浦先生が殺人なんて…。理事長は把握していたんですか!」

 

「そんなことよりも生徒の避難指示はどうすればよいのでしょう…。」

 

「そもそもの話、杉下先生たちの話が本当だという証拠はあるんですか!」

 

 収拾がつかない。まさしくその一言で表すことのできる現状がそこにあった。必死に場を鎮めようと亀山が声を張り上げるが一向に静まる気配がない。そんな状況を治めたのは、またもや織斑千冬であった。

 

「今すぐ席について黙ってください!杉下先生の言っている事が本当であれ嘘であれ、今は問題にすべきはそこではない。重要なのは、実際に生徒の行方が分からなくなっていて、芝浦先生も行方を眩ませていることだ。至急、彼女たちの行方を捜すとともに生徒の安全確認も同時に進める必要があります。学内の監視カメラを確認し芝浦先生たちを探すとともに、専用機持ちと生徒会に連絡し生徒たちの避難誘導を進めてください。ISの着用も認めます。責任はすべて私が持ちます。何か異論は?」

 

 世界最強の戦乙女がこうまで言ってそれに従わないものがいるだろうか?少なくともIS学園内にはいなかったようで、千冬の言葉が終わるや否や、教師たちは慌てて席を立つと己のやるべき仕事に向かっていった。その様子を眺めつつ、杉下は千冬に向かって頭を下げる。

 

「織斑先生、ありがとうございます。おかげで助かりました。僕たちが何を言ったところでこうも上手くはいかなかったでしょう。」

 

「いえ、当然のことを言ったまでです。しかし、本当に芝浦先生が学園に爆弾を?」

 

「ええ、おそらく間違いないかと…。」

 

「信じられん…。あの人はこんなことをするはずが…。」

 

 眉にしわを作りそうつぶやく千冬の姿を見て、杉下は今朝の亀山とのやり取りを思い出した。

 

 虚に他の教師にも楯無がいなくなったことを知らせるように指示した後、杉下は亀山がたどり着いた言う推理を聞くべく亀山を促した。

 

『右京さん、これから話すことは俺の想像です。たぶん芝浦先生と柳原和美は行動を共にしています。高原詩織の殺害。その時、右京さんはモノレールがくる時間を読んで芝浦先生はISで空に飛んだって言ってましたけど、そんなことしないで彼女はあらかじめ柳原に高原詩織を尾行させてたんです。そうすれば彼女のいる位置をより正確に判断することができるから、カメラの死角に彼女が入る瞬間を逃す可能性もぐっと低くなります。そうして芝浦たちは高原詩織を殺害した。そこで彼らの復讐はいったん終了したんです。彼らの真の目的はここIS学園なんすよ。たぶん、あの人たちは自分たちの息子を殺したのは女尊男卑の思想だと考えたんだと思います。だから、芝浦先生は復讐を終えても学園に残ったんです。世界で最も多くのISがあって、世界中からISの操縦士の卵を集めるこの学園を破壊するために。なぜなら、女性至上主義者からすればISこそ女性の力の象徴だから…。』

 

 もし、亀山の考えが正しいとするならば、なんとしても芝浦達と爆弾を見つけなければならない。この学園には生徒教師合わせて400人以上の人がいるのだ。爆弾の場所が分からない以上、常に彼女らの命が脅かされ続けることになる。杉下は壁に立てかけられた時計に目をやった。現在の時刻は午前7時45分。もし、芝浦たちが学園の生徒たちに危害を加えようとするならば、生徒たちが校舎に移動しSHRが始まる8時30分に爆弾を起爆させるだろう。多く見積もっても残り45分以内に爆弾を見つけなければならない。杉下は職員室を出ようとしていた榊原の姿を見つけると呼び止めた。

 

「榊原先生。この学園の詳しい地図はありませんか?」

 

「地図ですか?ええと、確かそこの書類棚のどこかにあったと…」

 

「ありがとうございます。ではっ!」

 

 そういうと杉下は書類棚の中身を全部まとめて一気に引きずり出した。 

 

「ちょ、ちょっと杉下先生!何やってるんですか!」

 

「緊急事態ですのでお許しください。亀山君、君も探してください!」

 

「わかりました!」

 

 床に散らばったものの中から学園の見取り図を見つけ出すと二人は漁り始めた。その様子を見て居た榊原は少し呆れたように言った。

 

「あのー、そんなことしなくても端末を使えば学園の見取り図とかならすぐに出せると思うんですけど…。」

 

「……そうですか、ではお願いします。」

 

 榊原に学園の見取り図を出させると杉下は手の空いた教師に指示を出し始めた。

 

「今僕が示しているこの場所。昨日亀山君と一緒に見て回った場所です。捜索する際はここ以外の場所を重点的に探してください。それと、相手は爆弾以外にも凶器を所持している危険性があります。絶対に一人で行動しようとせず、見つけてもすぐに職員室に連絡をするようにしてください。」

 

「右京さん、俺も楯無を探しに行ってもいいですか?」

 

「…解りました。くれぐれも無理をしないように。」

 

「はい、了解っす!」

 

 しかし、IS教師人たちの懸命な捜索にもかかわらず芝浦たちの姿は発見されずいたずらに時間だけが過ぎていった。杉下の顔にも焦りの色が見える。ふと杉下の脳裏にある推論を浮かんだ。杉下は先程から床にほったらかしになっている書類の山を再び漁りだすと一枚の書類を手に取った。一見すると、先ほど端末に出された学園の見取り図と全く同じものが書かれた書類ではあったが、杉下はある一点に目を止めるとすぐに亀山の携帯に電話をかけた。

 

「亀山君、芝浦先生たちの居場所がわかりました。至急、僕の言う場所に向かってください。」




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