艦これ妄想戦記 軽巡五十鈴作戦開始です   作:唯朱

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幽霊船の怪 上

 助けて。

 それは彷徨う魂の叫び。

 助けて、助けて。

 ただひたすらに救いを求める囚われ人の末路。

 助けて、助けて、助けて。

 眩い紅蓮の炎に身を焼かれ、暗き深海の淀みへと沈み行くその身を呪う、怨嗟の声。

 そして今日も、彼女はその身を裂かれ散らすのだ。

 

艦これ妄想戦記 幽霊船の怪

 

「幽霊船?」

 

 うららかな春の陽気が射し込む室内に、明朗な少女の声が響く。

 五十鈴は高い位置で結ばれたツインテールを揺らしながら、訝しげに首を傾げた。

 

「そう、幽霊船」

 

 答えたのは二十代後半の青年。高級そうな執務椅子に腰かけ、どうにも掴みどころのないやんわりとした笑顔を浮かべている。

 

 ここは佐世保鎮守府。日本近海を鎮護する日本海軍の要所。そのひとつである。

 かつての旧海軍鎮守府と言えば巨大な軍港を備え多くの船舶、特に軍艦を主力として運用する一大拠点であった。しかし深海棲艦と呼ばれる人類共通の天敵が出現し海洋を占拠した現在は、鎮守府で主に戦力とされるのは艦娘と呼ばれる少女たちであった。

 彼女達は艤装と呼ばれる武装を用い、水上を船舶と何ら変わらない速度で航行する。一般的な現代兵器が一切通用しない深海棲艦に太刀打ちが出来る唯一の希望として日夜任務に勤しんでいた。

 五十鈴はその艦娘で、青年は鎮守府を束ね、艦娘たちを管理する立場。提督である。

 つまりは目の前の提督はこの佐世保鎮守府に配属されている五十鈴にとっての一番の上司ということになる。

 にも関わらず、五十鈴は腰に手を当て、敬意の欠片も見せない居住まいで提督の前に立っていた。

 特段侮っているという訳ではなく、これは一種の慣例のようなものであった。

 この佐世保鎮守府は秘書官と呼ばれる提督を補佐し艦娘を統括する、言わば艦娘の親分のような存在の影響が非常に大きい。それこそ艦娘たちは並んで居たら提督よりもその秘書官に向け敬礼をするのではないかという程である。

 理由は色々とあるのだが、秘書官が百戦錬磨で殊勲をいくつも受けた歴戦の艦娘であることと、提督が士官学校を出たばかりで出世コースの足掛かりとしてこの地に配属されている青年将校であるのが主だった要因となっていた。

 提督自身も自分の微妙な立場はよく理解しているようで、秘書官の手前もあり、あまり艦娘に対して重度の礼節を強要することを嫌っているようである。

 今の五十鈴のように、例え提督の執務室に呼び出されようと部屋に入るときに一通りの礼節をこなせば後は好きに相好を崩す艦娘が殆どである。

 それは提督からの無言のお願いなんだというのが艦娘たちの共通認識であった。

 もちろん基本他の鎮守府では提督が名実共に一番偉く、このような振る舞いをすれば拳が飛んできても文句は言えないし、運が悪ければ重い厳罰が与えられる。

 将校の威厳と軍組織の規律を守るための常識であり、それは五十鈴たちも理解する所である。

 しかし、肩肘をあまり張らなくていいと言うのは、何はなくとも楽なのである。心の隅でやっぱり悪いかなとは思いつつも、結局五十鈴はいつもの調子で提督に接する。

 

「幽霊船ってあの幽霊船よね?うらめしやーな」

「うん、その幽霊船。と言ってもまだ本当に幽霊船だと決まった訳じゃないんだけどね。ただ現状そういう噂になりつつあるからそう呼称しているだけで。一体全体ソレが何なのかっていうのは誰にもまだ分からない」

「随分とはっきりしない話ね」

「そう、その通り。はっきりしない話なんだ。だから五十鈴に是非ともはっきりとさせて欲しいと思ってね」

 

 提督のその言葉と変わらぬ胡散臭い笑みに、五十鈴は自分の顔が渋面になるのを感じた。

 五十鈴の表情に気付いてか、提督は続けて口を開く。

 

「おおまかな概要を説明するとね、事の起こりは三週間前に遡るんだ。ちょうど丑三つ時くらいかな。鎮守府庁舎の無線室に救難信号と同時に無線が入ったんだ。不鮮明で聞き取れない部分が殆どだったらしいけど女性の声で船舶の名を名乗り、助けを求めていたらしい。救難信号の場所はこの鎮守府正面海域より内陸寄り。すぐに救援活動が開始された。深夜は夜戦の得意な艦娘を動員して。早朝からは捜索機を飛ばしてもらった。でも結局発見には至らなかった」

「沈んじゃったわけ?深海棲艦の仕業?」

 

 ほぼ確信を持って五十鈴は聞く。

 深海棲艦の被害は昨今留まる事を知らない。

 しかも奴らは無差別で無慈悲だ。一時間前には元気に浮かんでいた大型船舶が深海棲艦に襲われるや否や、痕跡すら残さず海の底に引きずり込まれていたなんてことなど珍しくない。五十鈴も救難に立ち会った事は数え切れないほどあるが、艦娘の庇護を受けていなかった船の生存率は目を逸らしたくなるほど低い。

 

「確かに深海棲艦だろう。そうだろうということになって、捜索は二日後に打ち切られたんだ。ただひとつおかしなところがあってね」

「おかしなところ?」

「うん、その救難信号の送り主。マリー・セレスト号という日本国籍の客船を名乗ったんだけどね」

 

 なんだか聞いた事のある名前だなと五十鈴は黙考する。

 

「一年前に沈んでるんだよ」

「え?」

 

 僅かばかり驚きを見せた五十鈴に、提督は肩を竦めた。

 

「沈んだって、深海棲艦にやられたってこと?」

「そう、その時は確認がしっかり取れてる。海外から内地へ航行している所をやられた。安全な航路だからと護衛や出迎えは付けていなかった。同じく夜に救難信号を受信して、助けに行ったらそこには興奮した深海棲艦しかいなかった。乗組員は誰一人発見されていない」

 

 いたましい話だよ。と頭を振る提督に同意しつつ、五十鈴は首を傾げた。

 

「でもそれじゃあ辻褄が合わないじゃない。というか話が見えないわ。そもそも三週間前に沈んだその船が一年前に沈んだマリーなんちゃら号だって確証も無いんだし。第一それだけで五十鈴が呼び出されるはずないもの」

「鋭いね。流石五十鈴」

「当然よ」

 

 高飛車に振る舞う五十鈴に気分を害した様子も無く、提督は再び笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「方々調べてみてね、結局その救難信号が送られてきた時間に付近を航行していた船は居ないという結論に落ち着いたんだ。じゃあマリー・セレスト号と名乗ったその無線の相手は何者だという話になって、手の込んだ悪戯か、あるいは届出の無い漁船じゃないかという風にみんな納得しかけたんだけどね……」

「――けど?」

 

 含みを持たせるように語尾を下げ、たっぷりと間を取る提督。しびれを切らし五十鈴は先を促す。

 

「ほどなくしてね、また同じ時刻、救難信号が送られてきたんだよ。そのマリー・セレスト号を騙る女性から。それも一回じゃない。それぞれしばらくの日を開けて二回、三回と。その都度捜索隊を出したけど、結局成果は無い。無線室の職員たちは不気味がって夜の当直を嫌がるようになってね。だって、それじゃあまるで――」

「まるで幽霊船ね」

 

 提督の言葉を引き継いで五十鈴は呆れたように言葉を吐いた。

 

「なるほどね。で結局それが何者なのかを五十鈴に調べろって?」

「理解が早くて助かる。そういうこと。別に悪戯や誤報ならそれでもいいし、なんだったら幽霊船だという結論でもいい。とにかく真相を解き明かして欲しいんだ」

 

 幽霊船などと随分と眉唾物な話だ。

 艦娘や深海棲艦だって超常の部類に足を突っ込んではいるのだが、今回のそれは輪を掛けて絵空事。質の悪い噂話、怪談に過ぎない。

 しっかりと調べればきっと何かしらの原因や理由が存在していると分かるはずだし、そういった点において五十鈴は現実主義者だ。

 

「でも何で五十鈴に頼むのよ?探せばいくらでも暇そうなのがいるんじゃない?」

 

 佐世保は他の横須賀や呉などに比べて比較的小規模な鎮守府だ。それでも艦娘は相当数所属している。わざわざ五十鈴に振る理由を聞きたかった。

 

「まず調査に適した観察力とか知性とかそういう点を考慮して数人候補を上げたんだけど。いやね、今回の件、正規の作戦ではないから人員を多く割くわけにはいかないんだけど、ただわざわざ調べて貰うからには手隙の駆逐艦をいくらか部下として当てようと思うんだけどね。それを考えると指揮能力に定評のある五十鈴が適任かなと」

「え、いいわよ、わざわざ駆逐艦を用意するとか。やるとしたら自分の水雷戦隊を使うわ」

 

 軽巡洋艦として水雷戦隊の旗艦と嚮導を務める五十鈴には、既に部下として多くの駆逐艦がいる。わざわざ知らない駆逐艦娘を借りるよりは気心知れた自分の駆逐隊から数名指名する方が効率的だ。

 

 と、五十鈴の申し出を聞いた途端に提督の顔が申し訳なさそうな半笑いになった。

 

「そのことなんだけどね、しばらく五十鈴の水雷戦隊は全て長良に預けて欲しいんだけど」

「――な!?」

 

 提督のその言葉が終わるより早く、五十鈴は提督の執務机にまで詰め寄っていた。

 

「ど、どういうことよそれ?!五十鈴に暇を出すっていうのっ?!」

 

 今にも掴みかからんといった勢いの五十鈴に提督は急いで首を横に振る。

 

「まあ、五十鈴落ち着いて」

「落ち着ける訳ないでしょ!あの子たちは五十鈴が手塩に掛けて育ててきた精鋭よ!対潜任務ではどんな水雷戦隊にも負けないわ!それを五十鈴から取り上げるって事は同時に五十鈴の仕事を取り上げるって事だわ!」

 

 いま五十鈴が持つふたつの駆逐隊は基礎訓練から面倒を見てきた大切な娘たちだ。様々な苦楽を共にし、全土でも屈指の対潜掃討部隊として名を馳せるまでになった。他人に預けろと言われて早々納得できるものではない。

 そんな五十鈴の心中を知ってか知らずか、提督はなだめるように両手を前に出しながら、真面目な顔を作る。

 

「もちろん、五十鈴が自分の水雷戦隊を大切に思っている。それは分かってるよ。でも僕は同時に、彼女達が五十鈴のおかげでどんな状況でも決して揺るがない精強な駆逐艦になったという事も分かっている。五十鈴を戦線から離すだけでも断腸の思いなのに、そんな強力な戦力となる水雷戦隊を丸々休ませる訳にはいかないんだ。それに何もずっと指揮を離れろと言ってる訳じゃないよ。一時的に、調査任務に就いてる間だけ長良に任せて欲しいというだけさ。それに、長良なら五十鈴も安心できるだろ?」

「それは、そうだけど……」

 

 長良は長良型軽巡洋艦の一番艦。五十鈴は長良型の二番艦であるから同型艦になる。

 非常に優秀な軽巡洋艦娘で、砲雷撃戦の練度においては五十鈴も一目置いている存在である。性格は人当たりもよく、少々単純で熱血が過ぎる所はあるが、艦隊の指揮を任せられる器量を持っているとの評価もしている。

 しかし、いくら長良と言えど自分の戦隊をポンと任せてしまえるかと聞かれれば、やはり躊躇うというのが本音であった。

 

「頼むよ五十鈴。この任務を任せられるのは君しかいないんだ!」

 

 ついには拝むように掌を合わせ始めた提督に、五十鈴は押し黙った。

 普通ここまでして艦娘に物を頼む提督などいない。否応なしに命令してしまえば済む話である。

 ごねて見せはしたが、軍属である以上どんな理不尽な命令だろうと従う覚悟は既に持っている。

 艦娘の扱いが上手いんだか下手なんだか、よく分からない男性だと五十鈴はため息を吐いた。

 

「……分かったわ。やるわよ。戦隊も長良に預けるわ」

「本当かい?いやー助かるよ。詳しい資料はこの封筒に入っているし、一緒に調査に当たる駆逐艦たちは鎮守府庁舎の第三会議室に集めてあるから。ああ、あそこしばらく使用申請が無いから調査のための基地にしていいよ」

 

 安心したように胸を撫で下ろしたのもつかの間次々と話を進める提督に、五十鈴はやられたと頭を抱えたくなった。

 経験も無ければ押しが弱いし威厳も感じられないが、どうして無能じゃないのがこの提督の困ったところである。

 掌の上で転がされたような気がして、五十鈴はどうにも不愉快だった。

 それでも、

 

「それじゃあ改めて、軽巡洋艦五十鈴。君に幽霊船騒ぎの調査任務を命じる。五十鈴ならきっと解決してくれると信じているよ」

 

 と真面目な顔で言われたら、

 

「――当たり前じゃない。五十鈴にお任せよ」

 

 そう答えるしかなかった。

 

***

 

 提督の執務室を退室した五十鈴は第三会議室には向かわず、まず鎮守府庁舎を後にする

 既に部下となる駆逐艦たちを集めてしまっているとの事だったが、五十鈴にも準備というものがある。悪いが少し待ってもらう他ない。

 外の陽気は春そのものと言った感じで、敷地内には淡い桜の花弁が所狭しと舞い散っている。特に正面ゲートにある桜並木は見事な物で、ここが軍事施設だということを忘れてしまいそうになる。

 それにしても、まだ慣れないな。と五十鈴は視界いっぱいの桜を眺めながら感じた。

 艦娘になる前はずっと関東に住んでいた五十鈴にとって、佐世保の桜の開花時期は少々忙しなく感じられた。一、二週間程度の違いではあるがもう少し冬の名残というものが欲しい。

 少しだけ昔の事を思い出し、感傷に浸り始めた頃には目的地に到着していた。

 鎮守府敷地内で最も海から遠い区画。艦娘たちが日々の寝起きをする艦娘寮である。五十鈴が住まうのは一際大きな駆逐艦寮――といっても人数の関係上すし詰め状態ではあるのだが――の隣に併設された軽巡洋艦寮であった。

 外観は白壁一色の普通のマンションのような外観だが、中は艦娘たちが持ち込む艤装置場があったりと普通とはかけ離れている。

 すれ違う同僚たちに軽い挨拶をしながら急ぎ早に自室に向かう。

 艦娘寮は軽巡洋艦から一人部屋になっており、五十鈴もそこそこ広い部屋を悠々と使える生活を送っている。

これが二人から四人の相部屋になる駆逐艦だとそう上手くはいかない。何度騒ぎを聞き付け喧嘩の仲裁に駆逐艦寮に走ったか分からないほどである。

 自室のクローゼットを漁り目的の物を手にした五十鈴は鎮守府庁舎に戻る途中、艦娘用トレーニング施設に立ち寄る。予想通りルームランナーの上で汗を流している長良を見つけたので事情を説明しあとよろしくと声を掛けておく。快活な笑みを見せた長良が任せてと胸を叩いたので一安心。再び庁舎を目指し両舷前進強速な速足で急ぐ。最終的には駆け足になり庁舎の階段を二個飛ばしで駆け上がる。

 目的地である第三会議室に到着したころには少し息が上がっていた。

 これはいけないと息を落ち着け身だしなみを整える。

 情けない所を駆逐艦に見られ笑われるようなことがあっては5500t級軽巡の名折れである。

 十分に準備をしたあと、一応ノックしてから木製の扉を開く。

 この第三会議室は艦娘が普段使う事は滅多に無い。艦娘は任務に際しては作戦室と呼ばれる部屋を使うのが常であるし、会議室とは一般の鎮守府職員のためのブリーフィングルームであった。それも第三となると第一第二よりもあからさまに使用率は低いようで、部屋の内部は物が殆ど無く、いくつかの折りたたみ机と椅子、ホワイトボードがひとつ置かれているだけであった。

 そんな殺風景な部屋の中央、折りたたみ椅子に三人の少女が座っていた。セーラー服を模した艦娘用制服を着ていたりと背格好から一目で駆逐艦娘だと分かる。部屋に現れた軽巡洋艦の姿を認めるや否や、彼女たちは急いで起立し海軍式敬礼をする。

 答礼し「用意するから座ってて」と声を掛けると駆逐艦娘たちは再び折りたたみ椅子へと腰を降ろした。

 その間に五十鈴は持ってきた荷物を机の上に広げる。提督から受け取った資料を種別ごとに並べ、複数毎用意されている物はそれぞれに配る。一通り整ったなと感じたら、改めて目の前の駆逐艦娘たちに向き直る。

 

「取りあえず自己紹介しましょ。私は長良型軽巡洋艦五十鈴。聞いているとは思うけど今日からしばらく貴方たちの旗艦として作戦を指揮することになったわ。よろしく」

 

 言い終わった瞬間、再び駆逐艦娘たちは起立し「よろしくお願いします」と敬礼をした。随分と訓練が行き届いている娘たちだと五十鈴は感嘆する。

 艦娘は佐官尉官のような階級を持たない代わりに艦娘同士での序列が決められている。多くの艦娘は戦闘における最小単位である戦隊と呼ばれるグループに所属することとなっている。そして上官役として隊のリーダーを務める者を旗艦と呼ぶ。

 この戦隊旗艦は嚮導艦と呼ばれる艦娘の演習や訓練を取り仕切る役も兼ねており、原則命令は絶対である。

 特に駆逐艦は、駆逐艦同士で駆逐隊と呼ばれる隊伍を組んだ上で複数の駆逐隊が水雷戦隊と呼ばれる戦隊に所属し、その旗艦に軽巡洋艦を据える形になる。大規模な作戦時には更に複数の戦隊を集めて作られる艦隊に所属することにもなる。そのため上下関係の最下層として非常に礼節に気を使わなければならない立場であった。

 今の敬礼で五十鈴にはこの駆逐艦娘たちが、大規模な艦隊行動を経験しているのだと理解出来た。

 

「みんなそんなに形式通りでなくてもいいわよ。五十鈴はあまり礼にはうるさくないわ。四六時中軽巡だの駆逐艦だので緊張してちゃお互いやり辛いだけでしょ?敬礼は偉い人が近くにいるときだけでいいし、普段は敬語もいらないし呼び捨てで呼んでもいいわよ。五十鈴が許す」

 

 その言葉に戸惑うように駆逐艦娘たちはお互い視線を交差させる。

 しっかりと駆逐艦を管理し礼を守らせるのが水雷戦隊旗艦の務めとは聞くが、五十鈴は特にそれを見習おうとは思っていない。

 そもそも自分自身が序列というモノをあまり好いてはいないし、楽だからという利己的な理由でゆるい提督相手に敬語を使っていないくらいである。下の者に礼を強要しようとは露ほどにも思いはしなかった。

 かといって礼を重要視しないこととだらけることは違うので、作戦や訓練では手を抜くつもりは無い。

 五十鈴は天使のように優しい態度で駆逐艦に近付き悪魔のしごきを与えるとは同僚軽巡の言葉だ。

 

「あの、本当にいいんですか?」

 

 恐る恐るといった風情で聞かれたので、五十鈴は「もちろん」と笑顔を作ってみる。笑顔ほど人を安心させるものはない。

 戸惑いはまだ見え隠れしているが、駆逐艦娘たちはどこか硬さが抜けたように感じられた。

 

「さてじゃあ貴方たちも順番に自己紹介して」

 

 一応手元には彼女たちの経歴が書き記された書類もあるのだが、声に出して自己紹介してくれた方が良い。その方が一時的とはいえこれから同じ隊の仲間になる者同士に相応しいスタートである。

 

「特Ⅲ型駆逐艦一番艦の暁です。あ、えっと……暁よ。よろしくお願いします。……お、お願いするわね」

 

 一番最初に声を出したのは背の低い黒髪の少女。どんぐりのような丸い瞳と幼い顔立ちが印象的。敬語を無理に使わないように努力している所が可愛らしくて五十鈴は笑ってしまいそうになる。

 

「電は特Ⅲ型駆逐艦四番艦なのです。よろしくなのです」

 

 暁の隣に立つ茶髪の少女が照れたように顔を赤らめながら自己紹介をする。外見の年齢や体格は暁とほぼ変わりないし同型艦なので着ている制服も同じだが、こちらは輪を掛けて幼く見える。たぶんほわほわとした柔らかい雰囲気がそう思わせるのだろう。

 

「ふたりは同じ駆逐隊なのね?」

「その通りなのです。第六駆逐隊なのです。いまは暁と電のふたりだけなのです」

 

 五十鈴の質問に電はこくこくと頷く。

 駆逐隊は基本的に同型艦で組まれることが多い。航続距離や使用する砲弾の種類などが揃っていると何かと便利だからである。

 

「二番艦の響と三番艦の雷もこの前まで一緒だったんだけど、響がロシアに出張になってひとりじゃ心配だからって雷も一緒に行くことになったんです。……なったのよ」

 

 捕捉する暁の言葉に、五十鈴はロシアが艦娘部隊の設立に本腰を入れるという最近のニュースを思い出す。

 

「ああ、ロシアの艦娘艤装開発計画の指導をしに行くってやつね。そっか、うちの鎮守府から候補者が出たんだ」

「響はロシア語が話せるのです。でも半年も向こうに居る予定なので寂しいのです……」

「あら、暁は大人でレディーだから寂しくないわよ」

「そうなのです?暁はすごいのです」

 

 なんだか子供っぽいやりとりをする暁と電だが、五十鈴は書類から彼女たちがただの見た目通りで終わらない駆逐艦であることを読み取っていた。

 

「大陸間作戦にも参加した事があるのね」

「はいなのです。いっぱい頑張ったのです」

「暁も活躍したわ」

 

 大陸間作戦とは、艦娘が深海棲艦に対して行った初めての大規模掃討作戦である。当時どうにか運用が軌道に乗り始めていた艦娘戦力の全て結集して、日本海を占拠する深海棲艦を一掃し、中国大陸との海上交易を復活させるという作戦が立案された。戦闘は実に二週間にもおよび、結果日本海から深海棲艦は姿を消し、人類が快勝を遂げる形となった。艦娘の有用性を世に知らしめた戦いでもある。

 この大陸間作戦に参加しているというだけで歴戦の艦娘だと言って差し支えなかった。

 

「それで、貴方は――」

 

 暁や電と比べるといくらか長身で大人びた印象を持つ、黒髪を三つ編みに結った少女。どこか物憂げな雰囲気を持つ彼女は、静かに五十鈴に答える形で口を開く。

 

「ボクは白露型駆逐艦二番艦時雨。よろしく」

「……時雨?じゃあ貴方が呉の雪風、佐世保の時雨のあの時雨?!」

 

 驚きをもって五十鈴は目の前の少女を見る。

 少し自嘲気味に笑んだ後、時雨は頷いた。

 

「佐世保の時雨さん……有名なのですか?」

「あら、電は知らない?呉の雪風、佐世保の時雨って。南方の最前線で活躍する駆逐艦の中でも特に凄いと言われているのがこのふたりだって語り草になっているのよ。どんな困難な作戦でも必ず戦果を挙げて生きて帰ってくるって。そっか佐世保に帰ってきてたのね」

「そうなのですか。知らなかったのです」

「あ、暁は知ってたわよ」

 

 有名芸能人に会ったかのような気分で話す五十鈴に、それを大袈裟なリアクションで受け取る電と本当に知っていたのか怪しい暁。

 楽しげな三人を前にして、時雨はゆったりとした動作で頭を振ってから、水面のように透き通る声で話を遮った。

 

「そんなにすごい物じゃないよ。ただボクは運が良かっただけだから」

 

 時雨からその話はあまりしないでオーラが立ち昇っているのに気付いたので五十鈴はあまり深く詮索しない事にする。

 

「ともかく、この四人でしばらく一緒にやっていく事になるわ。頑張りましょう」

 

 強引に話題の舵を切った五十鈴。そのまとめの一言に「任せて」「はいなのです」「うん」と三者三様の返事をする三人の駆逐艦娘。見目は可愛らしい娘たちだがやはりどこか頼もしく見える。

 そう、戦歴を鑑みれば頼もしいのだ実際。頼もし過ぎるくらいである。

 というのも、ここまで強力な駆逐艦娘たちがそろっていることに五十鈴は違和感を感じていた。確かにそれぞれ駆逐隊が人数不足で休業状態であったり、解散したため暇が出ているらしいのだが、このように実戦経験豊富な駆逐艦を前線から遠ざけ調査任務に寄越す理由としては弱い。

 それこそ提督が五十鈴を説得した際の話と矛盾している。これなら五十鈴が最初に提案した通り、元々指揮していた水雷戦隊から駆逐艦を連れてきても意味合い的には変わらなかった筈だ。

 よくよく提督も何を考えているか分からない人物であると五十鈴は小首を傾げた。

 しかしここでうんうん悩んでいても仕方がない。五十鈴には五十鈴が今やるべきことをするしかないのである。

 

「それじゃあ作戦会議を始める、前に、これお茶菓子ね。みんなで食べましょ」

 

 わざわざ寮に戻ってまで持ってきた風呂敷包みを解く。中には給料艦間宮印のモナカが入っている。重い艤装を背負い深海棲艦に立ち向かう艦娘といえど、中身は普通の女の子である。甘味は正義だ。

 

「わぁ!間宮の栗モナカなのです!」

 

 一番最初に反応したので電だった。目をぱちくりと見開いたあと満面の笑顔になる。

 電はリアクションがいちいち大袈裟で可愛いと五十鈴は微笑ましい気分になった。

 

「い、いいの?これ高いんでしょ?」

 

 口では遠慮する素振りを見せながらも、暁の瞳はキラキラと光っている。

 無理も無い。間宮お手製菓子の中でも特に高級な部類で、駆逐艦では中々手が出ない趣向品である。

 

「もちろん食べていいわよ。作戦会議にはやっぱ甘い物が無いと頭が働かないでしょ?」

 

「それとお茶が欲しいわね」と五十鈴が言い切る前に、いつの間にか音も無く扉の近くに移動していた時雨が「ボクが入れてくるよ」と部屋を後にした。

なんとも空気の読める娘である。

 

 間宮の栗モナカは絶品であった。香ばしい薄皮と、まろやかなこしあん。甘く煮詰められた栗が混然一体となって、非常に上品な味を醸し出している。

 それぞれひとつ食べて時雨が用意したお茶を啜るころには、みんなすっかりご機嫌になっていた。

いい感じに気持ちが上向きになり、頭にも余裕が生まれた頃合いを感じて、五十鈴は本題を切り出す事にした。

 

「それでみんな、今回の件はどこまで話を聞いてるかしら?」

「はい、幽霊船なのです!お化けなのです!電はとっても怖いのです……」

「暁は怖くないわよ!なんたってレディーですもの。それに幽霊なんて居る訳ないわ」

「ボクもその程度の話しか聞いてないかな」

 

 三者三様の返事に、五十鈴は「ふむ」と顎に指をあて考え込む。

 結局のところ五十鈴も三人と同程度の情報しか持たない。かといって資料をざっと流し読みしてみてもあやふやな情報が多過ぎる。このままうんうん唸りながら話し合いをしても有益な結果を生むとは思えなかった。

 

「そうね、じゃあまずは無線室に行って噂の幽霊無線の録音を聞かせて貰いましょう。話はそれからでも遅くないわ」

「犯人を見つけるにはまず現場からってやつね!」

「暁、それはお休みの日に見たドラマなのです。今回は幽霊なのです」

「だから幽霊なんて居る訳なって行ってるでしょ電」

「でもやっぱり怖いのです」

 

 ごちゃごちゃと揉め出す暁と電。実に駆逐艦らしい光景である。

 

「はいはい、じゃあみんな無線室へ向けて全艦微速前進。あ、荷物は置いたままでいいわよ。ここ作戦本部にするから」

 

 五十鈴を先頭に、単縦陣の並びで四人は廊下へと出る。疑惑の幽霊船騒ぎ、調査開始であった。

 

 

つづく


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