乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

78 / 153
ボリビア様、誤字報告ありがとうございます。
九十九様、修正ご教授ありがとうございました。


第70話 決闘再び

 二学期も終わりが近づいた頃、公国との戦争、ではなく、こちらの王国の被害規模が圧倒的に少なかったという理由から、王宮内では不意遭遇による偶発的な事件と発表された。

 しかし、限定的空域とはいえ他国との戦闘でもあるため、勲章授与式は予めバーナード大臣から聞いていた勲功の内容通りに授与される。

 日取りは冬休み初日に決定し、学園内では勲章を貰える生徒達が楽しそうにその日を待っていた。

 

 「勲章なんてそう簡単に貰える物でもないし、何より自慢出来る。結婚相手探しや普通クラスは卒業後の就職にも箔が付く。貰えない生徒達は不満そうだったけど、まぁ、こればかりはね……」

 

 「……私は、もう貴方には、勲章を貰うような場面に巻き込まれて欲しくは無いのだけれど」

 

 クラリスが不安そうに見つめてくる。

 

 「お兄様とリオンさん、それにエトとクリスさんは騎士服で参加ですよね?」

 

 マルティーナは目を輝かせているな。

 

 「あまり着る機会もないしちょうどいいね。僕もあれは好きだし。それに褒賞金も新ヘルツォーク領に出たから、あの11人や艦艇員達も喜んでいるよ。艦艇員が少ないから、僕の手元にもそれなりに残ったしね」

 

 あの駆逐艦らしき高速型輸送船は人員が驚くほど少ない。しかし、軍艦級飛行船一隻分の配置による褒賞金が出た。あの船は新ヘルツォーク領での登録に今はなっているため、王国との密約外という事だな。

 エト以外の鎧搭乗者及び鎧の登録は本家ヘルツォークであり、彼等には王国からは褒賞金が出ない。よって、船に出た褒賞金を俺が親父の差配の下により、彼等に配ったというわけだ。

 事件扱いだろうが、ファンオース公国が相手だったという事実が、ヘルツォークには影響している。

 エルンストは勲章が報酬だが、船に出た褒賞金を俺が少し渡しておいた。

 

 「私、リックさんの騎士服姿まともに見るの初めてなんですよね! 楽しみです!」

 

 俺はヘロイーゼちゃんが喜んでくれる姿が楽しみだよ。

 

 「そういえば知ってますか? 何やらあの5人、殿下達が集まって夜な夜な何か倉庫で怪しい作業を毎日しているそうですよ」

 

 ニアがそんな学園内の噂を教えてくれるが、ダビデを本家ヘルツォーク領へ大規模改修のために送っているので、最近倉庫街には足を運んでいない俺は、全くそんな事を知らなかった。

 それとも学園内の倉庫だろうか? あいつ等は学園内に未だ顔が利くので、かなり自由に学園内の施設を使っている。ちょっと羨ましい。

 

 「何か?」

 

 「はい、5人で何かを製作しているとの噂が」

 

 小学生でもあるまいし、宿題で工作なんかあっただろうか? ボンボンの道楽はよくわからないが、牛乳パックで機動戦士でも制作したら、おひねりぐらいあげてもいいかも知れない。

 

 「そういえば、今日は貴方は何で学園に?」

 

 今は空き教室を借りてお茶をしている。クラリスの耳元に口を寄せて理由を教えた。

 

 「アンジェリカがたまには顔を出せって言ったから。さっき挨拶したよ」

 

 「……シスコン、はぁ」

 

 クラリスに呆れながら溜息を吐かれた。しかも内容が酷い。

 マルティーナもイーゼもニアもきょとんとしている。取り敢えず笑って誤魔化しておいた。

 

 

 

 

 「はぁ!? またあの5人と決闘! 何だそりゃ?」

 

 仕事から戻ってきたら、学園寮のロビーで呆れ顔のリオンと出くわしたので、ロビーのソファーに座って話を聞く所によると、部屋に決闘の申し込みが届いたらしい。

 

 「マリエとの関係に口を出すなだって。あいつら馬鹿過ぎるだろう? だからもういっその事負けてやろうかなって」

 

 リオンも投げやりだ。というよりも心底どうでもいいんだろう。リオン自身マリエを毛嫌いしているように感じる。

 

 「お馬鹿ファイブは決闘を何だと思っているんだろうねぇ……」

 

 意味不明な所が多いこの王国でも、野蛮とはいえ決闘は神聖であり、それなりにまともなシステムだったと思っていたが、あの5人は決闘を茶番劇にして、学園生活内のお笑いのネタに変えるつもりなのだろうか。

 決闘って強い者には美味しいシステムだ。まぁ、強い者こそ安易に決闘なんて手段選ばないけどね。弱い者虐めになっちゃうから。

 

 「もう好きにさせてやろうってアンジェに確認取ってくるよ。アンジェが怒ったらあの5人には負けて貰うよ」

 

 「あのお馬鹿ファイブの扱いなんかそんなもんでもいいかもしれない。学園内は熱狂しそうだしね。あの5人はエンターテイナーの才能があるよ」

 

 半分馬鹿にしたように笑ってしまうと、リオンは溜息を付いていた。

 

 「それじゃ困るんだけどな……」

 

 「攻略キャラだからか? いっとくが、あいつらは学生の中でもマシって程度だぞ。後、1年や2年そこらで、王国軍内での技量がトップクラスになる事すら絶対に不可能だ。断言してやる」

 

 リオンは慌ててキョロキョロするが、俺も声量は抑えているし、受付のボーイは全くこちらを気にしていない。

 

 「俺もそんな気がしてきた。リビアがいれば最悪何とかなるし、まぁ、アンジェ次第だな。あいつらがどうなるかは」

 

 あの5人の扱いなんかそんなものでいいだろう。クリスもあいつらと付き合っているから一芸で個性を出すために、剣に拘り続けているのだろうか?

 あいつは命の恩人だし、手解き位ならしてやっても構わないんだが、あいにくリオンに夢中だし仕方ないか。

 リオンはそのままユリウス殿下に決闘の受諾を伝えに行き、その後アンジェリカに内容をどうしたいか確認しに行くのだった。

 

 

 

 

 終業式が終わった直ぐ後、学園は異様な熱気に包まれていた。闘技場に集まった生徒や教師達が興奮している。今回は賭けの様な野暮な事はないらしい。

 純粋にリオンを打倒するために5人が一致団結して、決闘のための鎧を自分達で用意したというエピソードが感動を呼んでいるらしい。

 女子達は5人が夜な夜な鎧の修理のために、上半身裸で汗を搔きながら作業に没頭していたという、本当なのかどうかわからない話に興奮していた。

 先程、通り過ぎた時に聞こえてきた話では、監修として俺も上半身裸でそれを見ていたというトンデモ話を吹聴している女子すらもいた。

 マジで止めてくれ!

 

 「ふわぁぁ」

 

 大きな欠伸をしながら5人を眺めている。5人は円陣を組むようにしながら、互いに声を掛け合っている。その姿に会場の男子も女子もヒートアップしていき、空からアロガンツが現れると、一斉にブーイングが飛び交った。

 

 「リックさんはあんまり興味無さそうですよね」

 

 「だって決闘って高度設定シビアだし、模擬戦の方が100倍楽しいんだよね。リオンもアンジェリカの許可を取ったから負けるって言ってるし、茶番だよねぇ。……仕事したい」

 

 「何でそんなワーカーホリック何ですか…… せっかくだし楽しみましょうよ! 今は2人きりですよ!」

 

 そう、今はヘロイーゼちゃんと2人きりだ。

 クラリスとマルティーナ、それにナルニアは明日の勲章授与と陞爵のための準備で動いて貰っている。親父達も到着する頃合いだから受け入れなども必要だ。

 実は王都のヘルツォークの屋敷は残してある。将来的にエトが使用するかもしれないからだ。定期的な清掃をしているだけではあるが、何とか使用できる状態である。

 しかし今回はアトリー家の御厚意でアトリー邸に滞在させて貰う。婚約の件もあるので都合が良いとの両家の判断だった。

 俺はリオンの友人でもあるし、決闘を見届けて構わないという事で、ヘロイーゼちゃんと共に闘技場に足を運んでのんびりと見物をしようとしていた。

 

 「そうだね。デートみたいなものだ。楽しもうか!」

 

 「はい!」

 

 面倒くさいと思っていた観戦が一気に楽しいものに変わった。俺はヘロイーゼちゃんを観戦しておこう。

 そうこうしているうちに継ぎ接ぎだらけの鎧にグレッグが乗り込んだ。右手に槍を持ち左手ではライフルを構えている。

 殿下ではなくグレッグか。そういえばリオンの空賊退治にグレッグとブラッドも参加していたから、技量と経験の差でグレッグに白羽の矢が立ったというわけか。

 

 「何か5人の鎧、乗ってるのグレッグさんでしたっけ。前より速いですね」

 

 「直線はそうなのかな? 前の時はグレッグの試合見てないからわからないけど、トーナメントの時より槍は鋭いね――」

 

 鎧のトーナメントではグレッグを見たが、あの時よりも出来が良い。今であれば優勝した3年生にも問題なく勝てるだろう。

 

 「――いや、んっ!? 何かあの継ぎ接ぎ鎧の魔力反応おかしいぞ! どんどん肥大していく!」

 

 「それって何かヤバいんですかぁ?」

 

 ヘロイーゼちゃんは、隣に座った位置から俺の上半身に抱きつくようにしてのんびり試合を眺めていたが、俺の言葉に反応して首を回して見上げてきた。

 可愛い。じゃなくて!

 

 「たぶん機体の暴走かな。極稀に設定ミスで起こるけど、搭乗者なら普通気付くんだけどね。グレッグにはまだわからないみたいだ。そのうち爆発するんじゃない」

 

 普段から乗っていれば、そもそも暴走する前に、「あれ、何かおかしくね?」と言って操縦を停止する。よくわからん鎧に乗るからそうなるのだろうと思いつつも、ヘロイーゼちゃんのウエストとお腹を堪能している。細いのに柔らかっ!? ティナは少し筋肉質で引き締まっているから、ウエストとお腹に柔らかさはそこまで感じない。まぁ、俺にとっては視覚だけで欲望を刺激される腰回りだが。

 

 「じゃあ! グレッグさん危ないじゃないですか!?」

 

 俺の意識の大半はヘロイーゼちゃんに向かっているので、俺の気の抜けた、しかし重大な事実にヘロイーゼちゃんは驚いて声を張り上げてしまった。

 周囲が何事かと見てくる。

 

 「ほら、決闘でも実戦でもリオンには、中身の人間を傷つけない攻撃があるから大丈夫じゃない?」

 

 それだと結局勝ってしまうから、会場中からはもの凄いブーイングの嵐が巻き起こりそうだけど。

 決闘の勝った負けたで非難されるリオンが可哀想だな。

 

 「なら、大丈夫そうですね。でもバルトファルト君、結局勝っちゃったら大丈夫なんですかね? また嫌われちゃうんじゃぁ……」

 

 ヘロイーゼちゃんに心配してもらえるとは、リオンも果報者だな。

 

 「審判! 中止だ! こいつの鎧はおかしい!」

 

 「バルトファルト君、見苦しいですよ。彼等の思いを真正面から受け止めてあげなさい」

 

 リオン、いやルクシオン先生辺りが気付いたのか。警告するが、教師っぽいことを言って審判はリオンの警告に取り合わない。

 そもそも審判の出来が悪すぎる。年は重ねているのだろうが、普通クラス上がりの卒業者だろう。

 軍人経験があるのかも怪しいな。

 見捨ててもブーイング、助けてもブーイング。リオンには地獄だな。可哀想すぎる。いっその事グレッグが月まで吹っ飛んだ方が気分的には爽快かもしれない。ちょろっと言葉をマリエの喫茶店で交わしたぐらいだし、あいつの印象は俺の中ではけっこう悪い方だ。

 学年別1学期末パーティーで、お前がアンジェリカに一番酷い事を言っていたのを俺は絶対に忘れない。

 

 「離れろ! あいつの腕は危険だ!」

 

 殿下が大声で忠告している。

 

 「パーツの切り離しです! すぐに逃げてください!」

 

 ジルクも珍しく声を張り上げていた。

 

 「無理だ。パージする機能は外している。グレッグ、何としても離れろ!」

 

 しかし、ブラッドはジルクのアドバイスを否定して何とかしろと叫んでいる。

 

 「グレッッグゥゥゥ! お前の力を見せてやれぇ!」

 

 あのいつも済ましたクールなクリスの意表を突く叫びに俺はビクッとしてしまった。

 

 「あいつら仲良いよね。周りに迷惑かけ無ければ微笑ましい青春なんだけど……」

 

 「アハハ…… あの人達は、周囲に助けられるのが当然の人達ですから。そもそも迷惑を掛けている事すら認識して無さそうですよぉ」

 

 ヘロイーゼちゃんにダメ出しされるとか、あいつら終わっているな。

 ミンチメーカーに乗って決闘とか、身体を張ったお笑いという事か。

 やるなグレッグ! そのまま吹っ飛べ! 胴が破裂して真っ二つになったり首が飛ばなければ、オリヴィアさんが助けてくれるだろう!

 俺が期待していると、ルクシオン先生の軽い声が周囲に響いた。

 

 『いんぱくと~』

 

 アロガンツの左腕の装甲が展開して光を放つ。勝利を掴めと輝き叫んだ光の衝撃波が、グレッグの鎧を粉砕して、グレッグは気を失いながら地面に落ちていった。

 リオンは優しいな。確かに手段があったら決闘だし助けるか。俺には手段が無いから見殺しだな。

 俺の決闘スタイルは、しょぼライフルとブレードだけだし。

 

 「イギャヤァァァァァアアアァァァアァ! 私の50万ディアがぁぁぁ! 全財産がぁぁぁ!」

 

 しんと静まり返る闘技場にマリエの叫びが響き渡った。

 え!? あいつがお金出したの? マリエはこういう無意味なお金の使い方はしない奴だと思っていたが、あの5人に影響されたのだろうか?

 カーラとショタエルフが必死にマリエを宥めている。カーラ可哀想。

 やっぱりラーファンは呪われているな。

 

 「まぁ、リオンはアンジェリカとオリヴィアさんがフォローするだろうから、僕達はご飯でも食べてから帰ろうか」

 

 「はい! 闘技場内も何かシュールになっちゃいましたしね」

 

 「あっ、長期休暇中、一度イーゼのお父さん、リュネヴィル男爵を紹介してくれないかな? 挨拶とちょっと打ち合わせをしたいんだ」

 

 ヘロイーゼちゃんに関する件も含めて、少し話しておきたい事案もある。

 

 「じ、実家にご挨拶! はい! 手紙に書いて出しておきますね! えへ、えへへへ」

 

 興奮と熱狂が一変して静まり返る中に、マリエの半狂乱の笑いが鳴り響くのだった。

 

 

 

 

 その日の夕暮れ時、王宮内における小会議室のような一室に、レッドグレイブ公爵家とは敵対する派閥の貴族達が集まっていた。中立派巨魁のアトリー伯爵とも今は反目している状態の者達である。

 

 「聞きましたかな? 殿下達はまた成り上がり者に負けたそうです」

 

 「情けない。王位に就けなくて良かった。まあ、我々にはその方が助かりますがね」

 

 はっはっは、と笑い声が会議室内を充満した。

 

 「それにしても、成り上がり者の態度や行動は目に余ります。王妃様のお気に入りという噂もありますが、どうなのですか?」

 

 談笑と呼べるような雰囲気で話し合う貴族達。しかし、この派閥の長である侯爵が静かに目の前の和気藹々とする貴族達を睥睨していた。

 

 (油断が過ぎる。どいつもこいつもただの成り上がり扱いか…… いや、ヘルツォークのせいで脅威が緩和されているとも取れる。それに……)

 

 この派閥内では侯爵のみが、公国との一戦を十分に検討しているからこそ、リオンが持つロストアイテムの脅威を認識している。

 一人の貴族が侯爵に向かってリオンを甘く見た発言をしてきた。

 

 「あのような成り上がり者、放置しても宜しいのでは? レッドグレイブ家の番犬は主人に気に入られようと必死ですからね。ところ構わず喧嘩を売る狂犬ですよ。それよりも公国への対応です。大口を叩いておきながら、ほぼ学生のような連中に負けるとは情けない。いっそ我々も手をき――」

 

 周囲も同意するように笑っていたが、侯爵は唐突に拳を叩きつけて彼等を黙らせるのだった。

 

 「何としてもあのバルトファルトとかいう小僧を潰せ! どんな手を使っても構わん!」

 

 「し、しかし理由がありません。それに公国の動きも気になりますし、王妃様が――」

 

 「よくわからん飛行船一隻で公国の軍艦三十隻を行動不能にして、鎧も数十機がわけわからん飛行船からの道具で落とされたのだぞ! 王妃のお気に入りだろうが構うものかっ! 公国よりも先ずはバルトファルトの小僧だ!」

 

 侯爵の余りの剣幕に皆が押し黙ってしまった。そんな中、報告案件を思い出した貴族が嫌々ながらも進み出てきた。

 

 「侯爵、例のアトリーからの書類、無事に受理されたそうです……」

 

 おそるおそる侯爵の顔色を窺うと、怒りの赤を通り越して真っ青になっていた。

 

 「ひっ!?」

 

 幽鬼のような色合いに憤怒の形相に怯えて一歩下がってしまう。

 

 「馬鹿なっ! 何故事前に取り潰さなかったのだ! アトリーの娘とヘルツォークの小僧が婚姻だとっ! 貴様らは一体どこまで寝惚けているのだっ! いいか、大臣の奴は金はあるが武力なぞ持っていない所に、ファンオースに棄てられて、蟲毒のような環境で育った化け物達がバックに付くのだぞ! バーナードの奴に楯突ける奴が今後どれほどになるっ! 貴様が命を懸けてやるというのかっ!」

 

 「お、お言葉ですが、そもそも妨害手段すら無く、議決案件ですらないのですぞ! しかも大臣にとって相手は格下! そんなの素通りに決まっているでしょう! ご無理ばかり御云い召されるなっ!」

 

 そもそも反論した貴族の言うように、婚姻関係の受理に外からケチを付けられるような案件は非常に少ない。高位貴族同士やラファが関わる案件だけだ。

 侯爵の言葉は感情でがなり立てているようにしか周囲には聞こえない。

 しかし、フランプトン侯爵は、アトリーのクラリスとエーリッヒが婚姻することは恐怖でもある。

 エーリッヒは認められていないがラファなのだ。もしレッドグレイブと王宮がその事実を認めたら、アトリーにラファの血が入る。フランプトン侯爵にとっては、レッドグレイブ公爵のスキャンダルという事実よりもアトリー伯爵の武器としての側面が恐ろしい。

 この婚姻においてその武器を使用しなくとも、今後エーリッヒの軍部における影響力をバーナード大臣が徐々にでも高めていけば、過半数を超える最大派閥すら作れてしまうかもしれないのだ。軍部を味方に付けるのはそれだけ大きい。

 婚姻一つでどちらにしろ、フランプトン侯爵の宰相への道が、かなり(すぼ)まるのは明白だ。

 そう、自身が宰相となる事を悲願としていたフランプトン侯爵には、その道に影が降りてくるのが、ありありと感じ取れてしまったのだ。

 

 (マーモリアの時でさえ冷や汗を掻いたというのに、今度はヘルツォークだとっ! 方針転換も甚だし過ぎるだろうがっ! 嫌な手を打つ)

 

 「ま、まぁ、あの英雄殿と元々のヘルツォークは別物とも取れますし、そう易々と大臣も武力背景に訴える事は――」

 

 もう一度大きく拳を振り下ろしたフランプトン侯爵は、先程反論した貴族とは別である、安易なことを口にした貴族を睨みつける。

 

 「よほど放蕩して脳が溶けているらしいな貴様! 側室はヘルツォークの長女だ。いいか、あんな場所にもう一つ化け物のようなヘルツォークが出来て見ろ! 毒蛇が2匹絡み合う悍ましさっ! 今後はアトリーに(こうべ)を垂れるしか道はないと思え! いいか、新しいヘルツォーク領の軍備制限は十隻、いや、五隻にしろっ! 必ずだ! 遠慮するなよ、ばら撒け!」

 

 (後はあのバルトファルトの小僧だ。あんな危険なロストアイテムを餓鬼に持たせて何故放置しているのだ。王も王妃も、ヴィンスですら…… 火薬庫で火遊びさせておくほうがまだマシだ。奴は、公国なんぞよりも危険すぎるっ!)

 

 フランプトン侯爵にとっては、公国という対外脅威よりも、未だ底力を見せない未知数のロストアイテムを所有するリオンの方を明確に危険視していた。

 

 「公国に連絡を取る。それから、ヘルトルーデ殿下をこの場にお連れしろ」

 

 会議の場にいた騎士が、急いで部屋を出てヘルトルーデのもとへ向かった。

 王宮内では公国のよりも依然として、その行動が不明確なリオンを敵視する者が現れており、バーナード大臣は精神的な影響力を発揮しつつあるのだった。




レッドグレイブがもっと積極的にリオンを擁護したりしておけば、敵意は領主貴族のレッドグレイブ公爵に向かっていたと感じる。
さすがレッドグレイブ、リオンを盾にしたか(笑)

アトリーに関しては、侯爵は被害妄想強いかなぁ(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。