乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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本日投稿1話目です。

もう1話は必ず投稿しますので、本日投稿はこの話からです。


第53話 絶体絶命

 公国の使者の乗る小型艇が豪華客船の甲板付近に留まり、扉を開け放った使者、ゲラットが学園生及び船員達に告げる。

 

 「王国の人質はアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブで十分。ヘルツォークの2人は我々の戦利品ですね。ふふふ、我々は1時間後に攻撃を開始する。精々貴族らしく散って見せるがいい」

 

 学園生や船員達は驚愕で声を上げるが、その声に嘲るような笑みを浮かべて踵を返し、小型艇はファンオース公国の旗艦へと戻っていく。

 

 「くそ、何でだよ!」

 

 「ひ、人質がアンジェリカだけって!?」

 

 「あの女だけ逃げたんじゃないの!!」

 

 「戦利品ですって。はは、ヘルツォークは物扱い、滑稽よね」

 

 「ほら、顔が良いからあの王女に気に入られたんじゃない。腰だけ振ってる不義の子はいいわね」

 

 上級クラスの生徒たちが口々にアンジェリカを罵るように騒ぎ、普段マルティーナやエーリッヒを苦々しく思っている生徒達の不満が、クラリス達を睨みながら噴出する。

 普通クラスの生徒達は元々諦観していたため、そんな彼等彼女等を嘲笑っている。

 

 「見ろよ、普段散々威張り散らしている上級クラス様の情けない様を」

 

 「女共は優遇されすぎたから窮地じゃぁこんなもんだろ」

 

 「でもどうするの? たった一時間じゃ助けなんてこないわよ」

 

 ある普通クラスの女生徒が言った言葉で、上級クラスの学生を笑っていた普通クラスの男子達も意気消沈してしまう。

 笑おうが泣こうがファンオース公国は、散れと言ってきたのだ。どのみち上級だろうが普通だろうが辿る運命は同じという事だ。

 

 「何よあいつら! まだリックさんに腰振ってもらってないのに!!」

 

 (いささ)かズレた憤慨をするヘロイーゼに、クラリスは少々毒気を抜かれてしまった。

 

 「イーゼちゃん、怒るところが違うわよ…… 一先ずはリック君達は安心ね。問題は……」

 

 クラリスは甲板を見渡すが、右往左往する人間ばかりで纏まりが無い。これでは本当にただただ見っとも無く散るだけだと思われる。

 

 (纏める事が出来る人間が必要だわ)

 

 クラリスはさらに見渡すと艦橋の手摺に身体を預けて、ファンオースの旗艦を睨みつけるリオンと船員と話し込んでいるクリスが目に留まる。

 

 「イーゼちゃんにニア、オリヴィアさんも付いてきなさい」

 

 クラリス達に釣られるように、船員との話を終えたクリスもリオンの方へ近づいていくのだった。

 

 「クラリス先輩達に、剣豪様か……」

 

 依然としてリオンは考えるようにファンオース公国旗艦を睨みつけている。

 

 「バルトファルト、今船員に確認したが、この船には鎧が6機搭載されている。せめて船が脱出するまで私とお前とで時間を稼ぎたい」

 

 クリスから提案されるが、リオンは首を横に振って否定をする。

 

 「無理だ。それだと鎧も船もこの数に飲み込まれて終わりだ。クラリス先輩!」

 

 クリスはムッとして口を噤んで考え出す。

 

 「私? 何かしら」

 

 「リックが連れていかれる前に言ってましたが、この付近にヘルツォークの駆逐艦が豪華客船の護衛としているそうです。豪華客船からは少々離れているそうですが、1時間もあれば異変を察知してこちらに来れる距離だそうです。今の指揮権はリックもマルティーナさんもいないので貴女です」

 

 リオンが告げた事実に、聞いていた皆が驚く。

 

 「私が!?」

 

 「リックさん準備周到です!」

 

 「ご主人様ぁ!」

 

 このクラリス達の反応で、本当に内緒のままだったんだなとリオンも確信した。

 

 「あいつは凄い男だな。しかし、それでも厳しいが船を守る事は出来そうか?」

 

 クリスも光明を見出すようにリオンに確認する。

 

 「無理だな。物量差でどちらにしろ圧倒される」

 

 しかしリオンは即座にクリスを否定する。

 万を超すモンスターの群れは非常に厄介である。鎧であれば対処はさほど難しくはないが、数の多さは如何ともしがたく、このモンスターの動きを止めないとどうにもならない。

 

 「リオン君、纏める人間が必要よ。見て、あの無様な学園生達を…… ふぅ、極限でボロが出ているわね」

 

 クラリスに指摘されるまでも無いことだ。正直リオンとしてはこんな奴等沈んでしまえばいいとさえ思うが、少々助けたいとも思う人間が多くなってしまった事も悩みどころでもあった。

 

 「いいか剣豪、有志だけでも駄目だ。全員で戦わなければ無理だ。生きたいなら全員で足掻くべきだろ」

 

 クリスは甲板を見渡して険しい表情をする。

 

 「難しいだろう。絶望からなのか泣いているものやへたり込んんでいる者が相当数いる。役に立つとはとてもではないが思えん」

 

 リオンとてそれはわかるが、そんなカス共にも必死に抵抗して最後に肉壁になってもらわなければ困るのだ。呆然と突っ立っているような案山子は、海に飛び降りてもらった方が現場が混乱しなくて済む。

 

 「いいか。俺達に出来るのは正面突破だ。これ以外に方法は無い」

 

 「正面!? 馬鹿じゃないのか!」

 

 リオンの正面突破案にクリスだけでなく、その場にいたクラリス達もギョッとしてしまう。

 

 「あぁ、馬鹿だよ。それにそもそもモンスターだけでなく飛行船の艦隊もある。両方止めるには、あいつらの旗印を逆に奪って堂々と包囲網を突破する」

 

 クリスは絶句してしまい、滴る額の汗を拭う。

 

 「お前は船を守れ。自慢の剣術を披露するのはここだ」

 

 クリスはムッとした表情で反論する。

 

 「自慢した覚えはない」

 

 「えっ!? あれでですか?」

 

 ヘロイーゼがクリスの言葉に反射的に吃驚して声を上げてしまい、クリスに睨まれてしまう。

 

 「わかっただろ。お前の行動は自慢しているのと一緒なんだよ。努力の成果と才能を発露させろ。積み上げてきたのは今日この日のためだと思え。俺は死ぬつもりはないし、お前だって生きたいだろ?」

 

 クリスはリオンの言葉を噛み締め俯くように考え、そして顔を上げる。その顔は晴れやかだった。

 

 「そうだな。マリエの笑顔が見たい。それにヘルツォーク兄はマリエの従兄だからな…… 嫌いじゃない」

 

 リオンはクリスの言葉に真剣な空気が霧散していくようにげんなりとしてしまう。

 しかもマリエの従兄という言葉を聞いたクラリス周辺の雰囲気が剣呑としてしまい、宜しくない状況だ。

 

 「お前らさ、そのマリエの従兄って絶対にもう言うなよ。フリじゃないからな。絶対だぞ」

 

 「何故だ!? まぁいい。マリエ、私はもう一度お前の笑顔を見る。そのために力を貸してくれ」

 

 その手にはお守りが握られていた。

 

 「お前それって」

 

 「これか? 祭りで買ったんだが、武運のお守りというらしい。今にして思えば縁起が良かったな」

 

 盾と剣が小さなビー玉サイズに刻印されているお守り。それを見てリオンは笑う。

 

 「あぁ、お似合いだ。お前は最高に運が良いよ」

 

 「そ、そうか。何だかお前に言われると照れるな」

 

 クリスの素直な反応に困ったリオンは、そっぽを向いてしまった。

 

 

 

 

 豪華客船とファンオース公国のモンスター群及び飛行船艦隊が向かい合う空域から、少し離れた所を航行する飛行船があった。

 一見すると軍艦級の駆逐艦型飛行船のようにも見て取れるが、主砲も副砲も取り払われた不可解な飛行船だ。鎧対策の対空機関銃が取り付けられたのみの貧相な姿だが、そのスピードは速い。

 高速型駆逐艦の倍近いスピードである。

 現状は哨戒艇が戻るのを待つためにスピードを落として通常航行モードを取っていた。

 

 「小型哨戒艇が戻って参りました」

 

 連絡を受けた濃い茶髪にパーマがかった柔らかめの髪をした堀の深めの青年が続けろと言う。

 少しまだ幼さが残る顔立ちであるが、周辺魔力の異常を感じ取っており目付きは厳しい。

 

 「学園の豪華客船は多数のモンスター群に囲まれています。その数1万以上。全てのモンスターにファンオースの紋章が発光しておりました。他には浮島型飛行空母一隻に四十隻の軍艦級飛行船あり」

 

 哨戒艇監視員からの報告に青年は深く溜息を付いて、柳眉を顰めた表情となった。

 

 「兄上の過保護にも困ったものだと思ったが、まさかドンピシャだとは…… いや、想像以上に不味い状況だな」

 

 「エーリッヒ様は慧眼でしたね。しかも万が一を考えて、エルンスト様を乗艦させるなと言っていたんですよ。小型艇で退避してください」

 

 ヘルツォーク軍ローベルト艦長の副官であるランディが、エルンストを嗜め退避を促す。

 

 「艦の責任者としての良い訓練になると父上も折れてくれたではないか。それにもう乗艦してしまったのだから仕方がない。それにあそこには姉上も乗っているんだぞ。黙って下がれるか! 兄上に蜂の巣にされるぞ」

 

 「エーリッヒ様なら大賛成してくれそうですがね――」

 

 エーリッヒがこの状況を見ていたら、卒倒しただろう。そもそもエルンストがいると想定していない。

 どのような状況でも護衛や逃亡に尽力してくれるだろうと見越しての配置であったが、エルンストがこの場にいたのでは想定が変わる。

 最悪、エーリッヒとマルティーナ、そして嫡男であるエルンストも失われるのだ。ヘルツォークとして危険すぎると判断したランディの言葉であった。

 

 「それに対モンスターの想定はしていませんでしたので、擲弾も榴弾も十分ではありません。ブレードと魔法がメインとなってしまいます。対鎧と飛行船に対する鎧の装備は十分ですが、モンスターがそこに加わるとは…… 敵飛行船と鎧はどうされますか?」

 

 エルンストが退かぬとわかったため、ランディは説得を諦めて命令の如何を伺う。

 

 「先ずは距離を詰めていつでも攻撃に移行できるようにしておこうか」

 

 「敵の高高度を取るのはどうです?」

 

 そもそもこんな状況は教本にも存在していない。対応力と直感力、状況適応力が試される。

 オフリーで採用した戦法をランディは打診するが、エルンストは否定する。

 

 「あれは王宮にも報告していないヘルツォークの秘匿だ。ヘルツォークからの戦闘詳報で、王宮では質疑に上がらなかったからそのままにしている。あの作戦行動の許可は父上と兄上しか出せない――」

 

 エーリッヒも王宮から突っ込まれたら公開するかと考えてもいたが、艦隊砲撃戦の結果に対しての衝撃が王宮には大きく、先行鎧部隊の配置にそこまで注目されなかった。

 ブリュンヒルデから発進してそのまま攻撃、オフリー艦隊後方に抜けたと一般的には把握されている。

 詳細を知るのはヘルツォークとルクシオンが記録した物を確認したリオンぐらいだろう。オリヴィアも途中から確認したが、そこまで詳細には覚えていない。

 

 「――第一目標は豪華客船に鎧が取り付いて、モンスター群の一角を消滅させた後に駆逐艦で兄上と姉上、クラリスさんを回収後脱出だな。状況次第で作戦行動は変化する事になる、肝に銘じておいてくれ。ではこれより豪華客船に急速接近、鎧は全機発進準備だ。私も出るぞ」

 

 大人びてきたエルンストは実戦経験もあるため頼もしいが、次期当主でもあるのだ。自重して欲しいと思うランディは頭が痛くなってしまった。

 鎧を12機積んでいるとはいえ戦力差を比べるのも馬鹿馬鹿しい状況である。

 せめてエーリッヒ、マルティーナ、エルンストの内の誰か1人は生き残ってくれと願うランディであった。

 




 しかし考えるとばかばかしいほどの戦力差だなぁ(笑)

 腰を振るだけ、股を開くだけの人生が羨ましいな(笑)

 久しぶりに銃火器に関する感想といいますか、ご指摘等ありましたので、簡単に今作の設定をお話しします。
 ちなみに銃火器やこの世界特有の武器に関しては学園入学前にけっこう考察しました。感想でお手伝い頂いた方もおります。その節は本当にありがとうございました。

 銃火器に関しては基本的には第一次世界大戦と第二次世界大戦の間を念頭にしております。
 原作様より回転式リボルバー拳銃あり、鎧で使用するマシンガンあり、ショットガンあり、ショルダー装備の回転式の砲塔あり、飛行船の砲撃あり、各種爆弾ありというところからの判断です。

 第一次世界大戦時には高射砲に軽機関銃及び重機関銃も存在しております。
 既に気球による着弾観測を撃ち落とす概念があったのにびっくり。
 そしてこの世界での戦争舞台が浮島地上及び空がメイン。
 凍土地域や泥濘、砂漠があまり考慮しなくていいと考えると機構の複雑さ及び耐久性は戦争が多い世界では、既に織り込み済み。少なくとも20年前のファンオース侵攻戦では問題なくなっていると歴史を踏まえて判断しています。
 各国の開発技術ツリーに依存しています。
 戦争がある状況においては運用できるのであれば、武器における根本思想が異なることぐらい割とありますので。ドイツとソ連とかかな。
 ダンジョンは中の状況がよくわからないから、ソ連製の単純機構がいいかなぐらいですかね。

 簡単ですが、以上が実弾装備武器に関する物になります。

 弾頭に魔力詰めたりとかは魔法がある世界なのでご愛敬ですね(笑)
 ただし某幼女みたいな強力な魔法攻撃は無しにしようかなと。あれはこの世界ではロストアイテムクラスですから。まぁ化学反応なのでやってやれないことはなさそうですが。

 レールガンって近現代SFファンタジーっぽいけど原理は1900年代初頭からあるんですよね。確か第二次世界大戦では、高射砲一門に発電所が二ついるとかなんとか研究が(笑)
ただし砲門の耐久性がないから不可能。
素材はファンタジー金属のアダマンティアスと魔法でいけるかな?

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