乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
土日に書いてたら、14,000字超えたのでわけちゃいました。
これも正直閑話みたいな話になってしまった。
エーリッヒがクラリスとマルティーナを連れてポーカーに興じるなか、少し離れたカウンターでドリンクを飲みながら、ヘロイーゼとナルニアの2人はそれを眺めながら話をし始めた。
ナルニアはオフリー嬢の取り巻きではあったが、男爵家のグループにも所属していたので、ヘロイーゼとも面識がある。
ヘロイーゼは人懐っこい性格でもあったので、例のお漏らし事件前は男爵家グループにて、それなりに言葉を交わしていた間柄だ。
最近は時間も経ったし、ヘルツォークと仲良くしているので一目置かれ出している。しかも学園女子のほとんどが、ベッドでの悦楽的なお漏らしを経験済みだ。女子内でその事件が風化するのは割りと早かった。
「イーゼはあの2人に混ざろうとしてるのよね? あんた凄いわね。しかもご主人様と息が合ってるし」
ナルニアは先ほどのエーリッヒとヘロイーゼ間の飲み物のやり取りを見て驚いていた。
「別に私はあの2人に勝つつもりはないよ。リックさんは頼りになるし、優しいしイケメンだから嫌われたくないんだよね。だって学園祭でちょっと手伝っただけで、10万ディアのお小遣いだよ! 正直何番目でもいいから、もう離れられないんだけど…… 他にもちょいちょい金銭的に援助して貰ったし。私はニアが羨ましいなぁ。寄子だから基本的に関係切れないじゃん。リックさんが寄親とか勝ち組っぽい」
エーリッヒと実家が寄親、寄子の関係と今後なるであろうナルニアに羨望の眼差しをヘロイーゼは向けた。
「私自身が寄子じゃなくて、そもそも娘だからあまり関係ないんじゃない? というよりちょっとしたお小遣いが10万ディアってヤバくない!? え、誰よヘルツォークと付き合わないほうがいいって言ったの? 出世するわお金あるわで最高じゃない」
エーリッヒからしたら、ヘロイーゼが代わりに動いてくれたお陰で、200万ディア以上稼げたのでそのお礼の範疇という意識だが、10万ディアは日本円に換算すると約一千万円だ。2人にとっては驚きだろう。
「だよねぇ、まぁあのティナちゃんの壁は突破出来ないだろうけど…… 美人でスタイル良くて怖くて。でもリックさんと普通に仲良く出来れば、ティナちゃんとも仲良くやれそうな…… 何かそんな気がするんだよね。私、ティナちゃんの次でいいし。クラリス先輩の後でも構わないよ! やっぱり物凄く好みなんだよねぇ。えへへ」
元々専属使用人よりもヘロイーゼの好みはエーリッヒのようなタイプだ。専属使用人はそもそも本気になった学園男子よりも確実に強さは劣る。そこに頼りがいはない。
半ば下級貴族の女性としての自覚も、クラリスやアンジェリカと接した事により出てきたので、順位に拘りはあまり見受けられない。
それに正妻になると王都で放置されるのも常だ。その事に不満を持つ女子も中には存在していた。
男子からすれば、それは自業自得だと声高に言うに違いないが。
「私は正妻の娘で王都に住んでたから、実家の借金の関係で昔からオフリーと付き合いあったし、オフリーの裏でのヤバさや儲けの大きさもある程度わかるんだよね。好み云々関係なく、あそこを潰して手に入れたご主人様は素直に怖いし、でも凄いとも思うよ。それに、それを手にするご主人様の稼ぎも相当になるんだろうなぁって。後はティナ姐さんも恐ろしいし。私、結婚も危うくなっちゃったしなぁ…… 家や自分自身は助かったとはいえ、私の将来どうなるんだろ……」
ナルニアは、オフリー嬢がブラッドと結婚する縁を頼って、フィールド辺境伯の寄子や陪臣の家を嫁ぎ先にしようと狙っていた。フィールド辺境伯の陪臣であれば、下手な辺境の男爵家よりも裕福だからである。実家も大賛成だろう。しかしブラッドからの婚約破棄に加えて廃嫡で絶望的となった。その後にブラッドの廃嫡が解かれたのには、もう意味不明であるのに加えてナルニア自身に無関係のため苦笑するしかない。
ドレスデン男爵家は飛行船一隻しかない規模だが、婚約破棄の事件があったとはいえ、それでもオフリーからの参陣要請を断ったのは、借金もあるのにナルニアにとって驚きであった。しかもまさかそれが功を奏する事になったのは幸運とも言える。
ナルニアは、普段実家を内心では、貧乏に加えてオフリーに頭を下げる父を馬鹿にしていた。しかし今回の件では非常に感謝もした。一日中どころか何日でも父の肩を揉んでも構わないぐらいとさえ思った。
ドレスデン男爵の頭を下げつつも、深く関わらないという適切な距離感の為せた妙でもあった。
ナルニアをオフリー嬢に付けて体裁を整え、場合によってはナルニアごと切り捨てるという事も可能な判断であるというドレスデン男爵の思惑には、ナルニアも気付けてはいない。
元々悪い噂の尽きないオフリー伯爵であり、そんな人物と絶妙に付き合えていたドレスデン男爵だ。エルザリオとエーリッヒはその事に気付いたが、ドレスデン男爵の領地を主眼に置いた冷徹さを評価した。事実ドレスデン男爵領内はまともである。
エーリッヒがナルニアをその点で個人的に同情したから、マルティーナにも無下に扱わないように指示しているのだ。もちろんドレスデン男爵との友好も踏まえている。
ドレスデン男爵は、切り捨てても構わない正妻の娘が、オフリーの時と同じように今度はエーリッヒと縁を結べるのであれば、それは望外の喜びという事でもある。
「ねぇニア、媚び売っておいたほうがいいよ。ドレスデンだって今回の件で陰でけっこう言われてるし、ニアの言う通り結婚に響くからさぁ。たぶんリックさんに気に入られたらそれなりにいい思い出来るよ。せっかく取り巻きになれたんだから」
助かる結果となったことには安堵したが、今度はナルニアにとってクラリスとマルティーナの不興を買うことを殊更に恐れる事態となった。
しかも実家からの手紙で、ヘルツォーク家の機嫌を損ねるなとの念押しもある。果たしてヘルツォーク家とは、今は別々で所属するあの2人に対してなのかとナルニアは頭を抱えていた。
エーリッヒとマルティーナ両方へのご機嫌伺いなど、ナルニアにとって難易度が高い。クラリスの存在もナルニアを悩ませる要因の一つだった。
そこにヘロイーゼは付け加える。
「普段リックさんは弱気だけど、でもリックさんの意向にはあの2人は逆らわない気がするんだよね。だからといってリックさんに気に入られるだけだと、あの2人が何をするかわからないから怖いけど…… でも、あのね、あの2人は貴族の女性としてかなり高い教育、というか古い教育を受けてるのかな? まぁそんな感じだから、2人をちゃんと立てておけば、意外と大丈夫だよ」
その内容には、確かにナルニアにとっては助かる要素があるが、そもそもヘロイーゼが何を目的としているのかよくわからない助言だ。
「イーゼはどうすんのよ? リュネヴィルはヘルツォークの寄子でも無いし、結婚相手は必要じゃないの?」
女子とて実家や正妻の意向は気にする。それでも選べる立場の学園女子は、男子とは比べようも無い程楽ではあったが。
「まだ1年だし、あまり考えてないかも。アハハ、それに正妻の姉が結婚して嫁いでるから、家としても私ぐらいお気楽でも大丈夫かなぁって!」
「いくら何でもそれは…… どんどん結婚相手の質が下がっていっちゃうじゃない……」
条件のいい男子は既に相手を決め出している。学年を重ねるごとに男子も、そして女子も相手の条件が当人達にとって悪くなるのは相関関係だ。とてもヘロイーゼのようにお気楽になることは中々難しい。
「それにね、このまま仲良く関係を築けていければ、その内リックさんが色々な付き合いで、何処其処の家に嫁に行って欲しいって私に頼むかも知れないし。私、それでもいいよ。だってその場合、リックさん面倒見いいから、ずっとその家やリュネヴィルの事を助けてくれそうじゃない? 元々私達だって、相手を好きで結婚するわけじゃないから…… 好きになっちゃったのがリックさんとか、私も馬鹿だよねぇ」
ナルニアはヘロイーゼの割りきったような言葉に目を見開く。確かに好き嫌いで結婚するわけではないが、女性上位に染まっている男爵家や子爵家の女子にとってはかなりの異質な意見だ。そこには、自分の血縁の力が薄いエーリッヒの事が考慮されている。
本来ならそういう扱いを受けるのは、寄子の娘であるナルニアだ。
エーリッヒがドレスデン男爵に、娘を何処其処の家に嫁に出して欲しいと頼んだら、あの男爵であれば断らないだろう。
そのような貴族の世界だからこそ、男子は愛した女を妾や愛人にする。女子は専属使用人や愛人と愛を育む。どちらもどちらだと言えるのかも知れない。
「あんたは前から珍しいタイプだとは思ったけど、それでいいの? あんたならまだ学園の男子捕まえて、結婚後は王都で専属使用人に囲まれながら生活出来るだろうに」
ドレスデン男爵はオフリー伯爵からの借金で貧乏だったため、ナルニアは専属使用人をオフリー嬢が持っている3人を借りていただけだった。
まぁ他から見れば、学園内で専属使用人を3人も楽しめたと言えるのは愛嬌だろう。
王都の屋敷でも正妻に1人専属使用人がいるだけで、屋敷の使用人自体もギリギリで余裕が無く、よく母である正妻が文句を言っていた。
ナルニアはオフリー嬢との繋がりが深かったため、男子に敬遠されがちであった。しかも今回の件でドレスデン男爵家自体も降格、降格の理由はオフリー伯爵家との付き合いに起因する。当然のようにその家の娘は敬遠される。
わざわざ問題を抱えた家のように見えるナルニアは、男子にとって結婚対象として考慮するのは難しい。問題の質は違えど、学園内では、ラーファン子爵家の人間と同じような立場になってしまった。
その点ヘロイーゼは、学園男子にとって特に問題はない。お漏らし事件など女子内では苛められても、男子内ではその他の女子が酷すぎるために問題にすらならないのだ。
元々専属使用人がいても男子に人気はあったヘロイーゼだが、2学期になってから専属使用人もいないため、学園の男子間のヘロイーゼ人気はかなり高い。当然ナルニアもその事は知っている。
「それはもういいかなぁ。ほら、長期休暇で皆ダンジョンとかで苦労してたでしょ。ニアだってオフリーに隠れて誰かと潜ってたでじゃん! 私はあの時は友達いなくてダンジョンに入れなかったけど、皆怪我したりしてあの苦労した姿を見るとね…… 今後その苦労の上に胡座をかいて、王都で贅沢に生活するのは悪いよ――」
ナルニアはまだまだ学園女子の平均的な感覚のため、ヘロイーゼをお人好しだなぁと感じていた。寧ろそれが男子の普通だとさえ思ってしまう。
「――それにね! リックさん優しいしダンジョンでも凄いんだよ! 三日前にリックさんとティナちゃん、ダニエルさんとレイモンドさん、バルトファルト君にオリヴィアさんの7人で修学旅行のお小遣い稼ぎでダンジョンに挑んだんだけど、リックさんとバルトファルト君でほとんど倒しちゃうの!! 他の皆はほとんどサポートで終わっちゃった。しかも二人とも均等に山分けで何も文句言わないし、リックさんなんか自分の分をティナちゃんと私にって譲るんだよ! あれ見ちゃうと専属使用人なんかどうでもよくなっちゃうよ。えへ、えへへ」
ナルニアもオフリー嬢の取り巻きだったとはいえ、給金が貰えるわけじゃない。あくまで実家からの仕送りだ。決闘での賭けで持っていたお金のほとんどを注ぎ込んでしまっていた。
オフリー嬢は金持ちであったので、実家から追加の仕送りで何とかなったが、他の取り巻きであるナルニアや騎士家の女子、カーラも賭けに負けて悲惨であったため、3人でダンジョンの浅い階層で何とか長期休暇中を凌いだのが事実であった。
ヘロイーゼは、ぽやぁっとしながらその時の事を思い出して頬を染めつつにやけ面をしている。
そんなヘロイーゼを見てしまうと先程の心中は何処へやら、ヘロイーゼの言葉を羨ましいと思ってしまった。
その時ナルニアは、クラリスの取り巻きのように共にいたが、正直そんな姫プレイが出来るなら、付いていきたかったと悔しがる。
「あんたって天然なのに色々と考えてるのね。私は一先ずクラリス先輩とティナ姐さんと仲良くなろう。ご主人様もクラリス先輩に付いておけば間違いないっていうし」
「天然じゃないもん! カッコよくて優しくて頼りがいのある男の人が良いだけだもん! しかもちょっと抜けてるとことか可愛いし」
「ご主人様を抜けている所が可愛いと言えるあんたは、思ってたよりも大物だわ……」
あまりのヘロイーゼの意見にナルニアは呆れるが、ヘロイーゼからは女の本能のようなものを感じてしまう。強くて頼りがいという部分だろうかと考えに更けてしまう。
しかし、学園の男子は遅かれ早かれ王都で正妻達を養い、自領で妾と家族も養っていくのである。そういう意味では、上級クラスの男子のほとんどが甲斐性があるといえるだろう。
学園の上級クラスの女子は、その事に深く関心を寄せずに胡坐をかいて踏ん反り返っているだけだ。
学園男子の度量は不可解なほどに広い。少しでも自領に目を配り、王都方面から領地経営を手伝いさえすれば、専属使用人などに目くじらは立てないだろう。
何故なら正妻には、専属使用人が侍るのが当たり前だからだ。
「それにリックさんやバルトファルト君もだけど、実家から仕送り無いんだよ。それなのにティナちゃんの生活費の面倒、それに装飾品も買ってあげて、私の事も面倒見てくれたり。しかもそこまでしてて余裕もあるし凄くない? 個人で軍艦級の飛行船や鎧も所持して維持しているし。全部リックさん本人の稼ぎだよ」
「あの学期末学年別パーティーのティナ姐さんのドレスや宝飾品は凄かったよね。普段付けているあのカチューシャやチョーカーネックレスもヤバ気なのはわかる…… オフリーとの前であれを用意出来る稼ぎは確かに凄いわね。しかも今後はそこにオフリー領関連の稼ぎが加わるのか…… う、しかもあの見た目、確かに惚れそうかも……」
学期末学年別パーティーは、女子もどの家の娘がどんな風に着飾っているかよく見ている。マルティーナも本人の容姿も優れているため目立っていた。当然女子間ではチェックされていた。
伯爵令嬢以上だと10万ディアもするようなコーディネートもざらだが、5万ディアで抑えられた上級貴族の子女に配慮されているコーディネートは流石であった。金持ちの子爵家と同程度のコーディネートだ。
あの時に女子の皆が疑問に思ったものであった。
「何故、国境沿岸の貧乏子爵家の娘があんなに着飾れるのか?」と言った具合である。
ラーシェルからの賠償金でエーリッヒに金はあるのではないかと考える女子は多かったが、マルティーナへエーリッヒが投資しているとは、その時は誰も思わなかったのだ。男子は結婚相手候補に金を貢ぐという固定観念のせいだろう。
「おーい2人とも、そろそろ食事にしようよ。いやぁ、ちょっと負けちゃったよ」
そこにポーカーのカウンターから引き揚げてきたエーリッヒから声が掛かる。
「は~い! でもリックさんが勝負ごとに負けるのって何か信じられません…… やっぱりお疲れなんですか?」
エーリッヒにいの一番に反応できるヘロイーゼに、ナルニアは呆れを通り越して感心してしまう。
「いや、手札が悪くてね。いくらディーラーの表情や雰囲気を読もうが、どうしよもなくて…… そのかわりクラリスが強かったよ。かなり勝ってたね。テキサスホールデムポーカーだともう負け無し」
表情を殺したり、相手の気配を読むことはエーリッヒは同世代に並ぶ者などいないだろうが、如何せん運があまり良くない。手札も悪ければチェンジした手も悪い、例え良くても相手の方が良いという事もあった。
結局相手の気配からブラフを押し通した時にしか勝てなかった。
負けが1,000ディアに至ってからはクラリスを見物していただけであった。
「リック君は決定的に運がなかったわね。まぁいいじゃない」
クラリスは勝ったこともあり上機嫌だ。儲けがトータル100万ディアにまで上っているが、白金貨で25枚である。ヘロイーゼとナルニアは驚愕しながらその金額を眺めた。
「エーリッヒ様も賭け事は程々にしてください。それにチェスならばお強いからそれで遊べばいいのです」
マルティーナは賭けで遊ばずに見ていただけだが、エーリッヒが負けていたのであまり機嫌がよろしくない。
マルティーナの言うようにチェスにも賭けがあるが、時間もそこそこ取られるのと白熱して疲れてしまう。そういう面もあり、ポーカーやバカラにブラックジャックなどのカードゲーム、それにルーレットが学生には人気であった。ルールが単純だというのも一役買っている。
「ニアも気を使わないでいいよ。何かするかい?」
「いえ、賭け事はあの決闘で懲りましたから……」
殊勝に思えるが、学園内ではそういう者達が増えたのは事実だ。リオンが関わったエアバイクレースでも更に負けて長期休暇の稼ぎを散財した者も多数いる。
それでも懲りない者が多いのが貴族である学園の生徒だが、ナルニアは価値観や生活環境が一夜で変わるような出来事を経験している。女子としての感覚はまだしも多少は自身の行動が、今までよりも慎重となるのも道理であった。
そのナルニアの言葉にマルティーナは当然だとでも言うように頷き、ヘロイーゼは自身を思い出すように苦笑している。
クラリスは上機嫌にエーリッヒの腕に抱きついてご満悦の様子である。マルティーナの睨みを受け流している姿には、ナルニアもヘロイーゼも感心させられてしまった。
ヘロイーゼちゃんはあざと可愛いなぁ。