乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第22話 叙爵及び勲章授与

 書状を携えてきた王宮の官吏は、以前このヘルツォーク領に来たような下っ端役人ではなく、身なりもこちらへの対応もしっかりしている。

 おそらく五位下か五位上だろうとクラリス先輩も言っている。ヘルツォークと同格か上だ。親父の雰囲気も普段より厳格なものを装い対応していた。

 

 「此度の決闘騒動の件は、大変珍しいケースでもあり王宮内も紛糾致しました。ほとんどはバルトファルト卿がメインでしたがね」

 

 相手が王太子殿下というのが争点なのだろう。

 

 「私やリオンに関して、処罰云々はあるのでしょうか?」

 

 「バルトファルト卿に関しては、エーリッヒ卿とは別件になりますので、私の口からは何とも。決まりですので申し訳ない。ただ、バーナード大臣からのお手紙には記載されているでしょうな。私は存じ上げませんがね」

 

 規則上言えないが、上位の者から聞けと。そしてその情報も封書で持ってきていると。職務に忠実だが、洒落た言葉使いじゃないか。

 越後屋ごっこをしてきた身としては勉強になるな。

 

 「それでリック君の件はどうなったのです?」

 

 アトリー家の飛行船から来た役人でもあるし、こちらとしても特に問題は無いので同席してもらっている。

 クラリス先輩は、アトリー邸での応対で王宮官吏に慣れているのか、はたまた面識があるのか親父以上に泰然としている。

 

 「エーリッヒ卿は、独立した騎士としてこの度認められる事となりました。学園の2学期が始まる前に王宮で正式な叙勲式を行います。男爵位と宮廷階位六位下となります。王太子殿下の愚行を諌める一助となった評価ですね」

 

 約2年叙勲が早まったということか。

 

 「そ、それだけでしょうか?」

 

 マルティーナが心配そうに確認する。確かに何かしらのお咎めがあるかもしれないか不安なのだろう。

 俺もちょっと不安だ。

 

 「いえ、勲章の授与式も行われます。保留になっていた3年前の戦闘、1年前の戦争の件です」

 

 保留? 辞退して消えたと思っていたが、復活させたのだろうか? これがある意味褒美だな。2年先取りの叙勲は、まぁ少しだけ嬉しいだけで正直変わったわけじゃないし。咎められなかった事が一番の褒美とも言えるが。

 

 「授与される勲章の内訳は、騎士殊勲十字章並びに柏葉付騎士殊勲十字章、艦隊指揮殊勲十字章、戦傷章銅章、後はラーシェル神聖王国フライタール越境戦従軍袖章ですね。1年前は王宮からの正式依頼の戦争参加発令でしたから」

 

 なるほど、だから戦傷章や袖章があるのか。確か戦傷章銅章授与者が復帰後軍に戻る場合、爵位持ちの貴族で現役の場合は一時金が出るよな。4万ディア、白金貨1枚だ。

 

 「艦隊指揮殊勲十字章ですか……?」

 

 「艦隊を率いて総指揮を取った功績になります。ちなみにマルティーナ殿には艦隊戦闘殊勲章が授与されます。こちらにありますので後で確認を」

 

 何故だろうと確認のため呟いたが、艦隊総指揮扱いになるのか…… それにマルティーナにもか…… 勲章系女子! それが我が偉大な妹様だな。

 それにしても親父よりも勲章が多くなったな。現役で柏葉付騎士殊勲十字章持ちは、どの程度いるのだろう?

 ただ、本来なら2級殊勲、1級殊勲を経てからの騎士殊勲だが、爵位持ちが対象の場合は騎士殊勲からと昔親父に教わったな。

 

 「わたくしにもですか?」

 

 「ヘルツォークの代表として、旗艦のブリッジで戦闘行動を取られておりましたから。十字章関連からは授与式を得てからですので、それ以外は持参してきております。後ほどご確認を。それと学園生活では制服に略綬章を必ず取り付けるように」

 

 えっ!? 俺個人は格好いいと思うが、悪目立ちするなぁ。ただでさえ、お茶会に参加する女子がいないのに。

 勲章はそれなりに権威になるし、王国の武官には顔が聞くだろう。親父は感激しているし満足だ。

 

 「それと、これらとは別件ですが、私は大臣の部下ですので、大臣の王宮内での奔走を手助けしておりました。こちらがその書状になります」

 

 王宮官吏の方は親父にその書状を手渡した。ヘルツォーク家に関わる件か。想像がつかないな。

 

 「エ、エルンストが学園卒業後、ヘルツォーク子爵家の五位上への内示!? ですか!!」

 

 親父どころか皆が驚いて王宮官吏の方を見つめる。

 

 「詳細はバーナード大臣からの手紙に書かれておりますが、エーリッヒ卿の叙勲や勲章授与は、比較的問題なく認められたのです。まぁバルトファルト卿の影響の付随でしょう。ヘルツォークの先々代の一時期までは五位上だったはず、それを取り戻すほうがエーリッヒ卿は喜ぶだろうと大臣は仰ってましたので」

 

 バーナード大臣、わかっていてくれたという事か。ヘルツォーク子爵家のためにずっと動いてた俺の気持ちを。

 

 「今代のエルザリオ子爵の努力あってではあります。良かったですね」

 

 「あ、ありがとう…… ござい、ました」

 

 親父の涙腺をこの夏期休暇で壊してしまったな。

 バーナード大臣の手紙は少し気を各自が落ち着いてからにしようという事になった。

 

 

 

 

 俺としては、リオンの処遇が気がかりなので、バーナード大臣からの手紙を確認する。

 

 バルトファルト卿の件だがね。レッドグレイブ家が相当金額を使って動いていたよ。レッドグレイブ家自身の派閥が王太子殿下を推していたからね。

 他派閥は、勝手に王太子殿下が転けてくれたと喜ぶ者も多かったぐらいだ。

 バルトファルト卿を処罰せよと声高の連中は、自派閥の人間が多かったようで、それを押さえ込むのにバラ蒔いてはいた。

 しかし、これで他の王子を推す派閥に乗り替える者、日和見のため離れる者が多く出てね。王宮内でのヴィンス殿の派閥はかなり弱体化した。

 その甲斐もあったのだろう。バルトファルト卿は、君と同じように特に咎められる事もなく男爵位の叙爵、それに六位上と宮廷階位は昇進した。

 それと、ヘルツォーク子爵家の宮廷階位の件は、私の派閥で動いたよ。ジルク殿の件で多少派閥は割れたがね、レッドグレイブから離れる者を吸い上げる等をして対処中だ。

 元々、1年前にヘルツォークの件は王宮内でも話題に上がったから、階位の昇進は比較的スムーズではあった。ミレーヌ王妃自体も気にかけていたという理由も大きい。ラーシェル神聖王国を阻む貴族家が、王国本土で軽く見られるのも問題という事だ。レッドグレイブ家程の金額を動かす理由がなかったのはそういう事だよ。心証向上と票纏めに君からの金額は使わせてもらったよ。すまないね。

 

 俺に伝えていいのだろうか、という内容があるな。

 まぁいいか。聞いている皆に伝えよう。

 

 「リオンがお咎め無しで、男爵位の叙爵と宮廷階位六位上への昇進だって、凄いな」

 

 「お咎め無しの昇進。けっこうお金が動いたのね……」

 

 クラリス先輩の呟きに俺が知ってる事を話す。

 

 「俺が出した金額の10倍は出した筈ですよ。ただ、レッドグレイブ家の派閥はかなり弱体化したとか……」

 

 クラリス先輩なら構わないだろうと大臣の手紙を渡した。

 

 「あれ、もう1枚…… 見逃したか」

 

 封筒内に別であった手紙を取り出す。

 

 「おぉ、王太子殿下が廃嫡、他の4人もそれぞれの家で廃嫡が決まったようです」

 

 驚きで声が漏れてしまった。

 

 「え~、ジルクは学園卒業後は、男爵位を保証された騎士になるそうですが、領地も無く宮廷貴族としての役職すらないそうです。王太子殿下は継承順位も下がり、事実上王位は不可能と。ジルク含め他の4人も似たような処遇で、実家からの支援も無くなるそうです」

 

 「ふふふっ、無様ね」

 

 クラリス先輩怖っ!? いい笑顔なんだが目が恐ろしい。愛情が裏返ると憎悪に変わるのだろうか? 

 昔聞いたが、女性は相手に対して、愛がなくなるとその相手の仕草や何もかもが生理的に嫌いになるとか。

 

 しかし、ジルクは何故この人を捨ててマリエに走るかな? ジルク自身の内面を理解したとか何とか言うが、クラリス先輩とて、マリエよりも時間はかかるのかもしれないが、問題なく理解して支えてくれただろうに。

 美人で気立てもよく、色気もある人なのになぁ。

 マリエは顔は可愛いが、ただそれだけの発育不良児だぞ。あの5人は、だがそれがいいと言える奴等だったか。

 あいつらは貴族としても個人としても理解に苦しむな。自由人として見ると少し羨ましいとは思う。

 

 「僕はヘルツォーク子爵家の寄子になれるけど、表面上はジルクとあまり変わらないなぁ。領地も無い男爵だし。まぁ勲章もあるし武官に仕官してから、その後暫くして退官後にエトの寄子って手もあるか」

 

 「でもエーリッヒ様、あの浮島は?」

 

 マルティーナが港湾軍事施設用浮島を主張するが、あれはもうヘルツォーク領の物だよな。

 

 「もうこの領と有機的に連携している。というか物理的にくっつけたし、ヘルツォークの人間としてあれを奪ったんだ。今さら爵位貰ったからって、返せなんて言えるかい? 僕はそんな恥ずかしい真似は無理だ」

 

 親父やエルンストは持ってけといいそうだが、もうヘルツォーク領の浮島本島の一部と化してる。あそこに住んでる元ラーシェルの軍人達も嫌だろう。

 今や彼等も立派な労働力の担い手だ。有事には軍人としても利用出来る。

 

 「兄上の勲章は凄いですよね!」

 

 エルンストも男の子だから勲章は憧れもあるのだろう。派手な騎士服を更に彩る、あのゴテゴテしたのが堪らないな。

 

 冷静に考えると、準男爵で宮廷階位七位辺りが一番楽ではあるのだろう。七位から世襲可能だし、上級クラスの女性を嫁にする必要もない。だからリオンは爵位返上で動いていたのだろうが、叙爵に昇進。

 リオンは今頃荒れていたりしてな。

 俺なんか本来は、1年前の段階で良くて準男爵の七位ぐらいの功績だと思うが、大臣やミレーヌ王妃の覚えが良かったからなのだろう。

 

 クラリス先輩はアトリー家の飛行船で帰路に付き、俺は家族と共に王宮へ向かった。

 

 

 

 

 ヘルツォーク子爵領から戻ったクラリスは、自宅で父親であるバーナード大臣と話をしていた。

 

 「報告は読んだが、ヘルツォーク子爵領の様子はどうだった?」

 

 「報告した通り、活気はありました。軍備も報告通り。後は、私がいる間に中古ですが、高速型の駆逐艦を一隻購入してましたね。後は……」

 

 「お前自身はあそこをどう感じた?」

 

 娘が業務的な内容しか口にしないので、娘自身の印象がバーナード大臣は気になった。

 

 「いい所でした。確かに娯楽は王都と比べるべくもないですが、品の良い調度品にあのお屋敷から見える景色は、飽きがきませんでした。暮らしている領民の方々も国境沿岸とは思えないほど、笑顔が多かったと思います」

 

 娘の顔からは、婚約破棄の影響はすっかり抜けたように大臣は感じた。

 

 「ああ、そういえば、バルトファルト卿、リオン君の浮島に遊びに行きましたわ」

 

 浮島に遊びに行きリオンと面識を得たクラリスは、彼をファーストネームで呼ぶようになっていた。

 バーナードもそれに気付き、彼と知己を得るのは得策だと娘の要領の良さには舌を巻いた。

 

 「あそこの情報はまだ少ないがどうだった?」

 

 「温泉を楽しみました。大きさは報告通りでしょう。もちろん官吏も確認してるでしょうから。ただ…… 人が居ないのに手入れが行き届いていましたので、不自然な印象を受けましたね」

 

 住まわせずにバルトファルト男爵領の浮島本島から、人手を定期的に出しているのだろうかとバーナードは内心で考える。温泉という言葉から、観光に利用するのかこれからどう開発をするのかはまだ読めない。

 

 「それとそこにはアンジェリカと特待生のオリヴィアという女性がいましたね。そのリオン君と相当仲が良さそうでした」

 

 「アンジェリカ嬢も婚約解消したが、まさかヴィンス殿はバルトファルト卿を懐柔するのに娘を使うのか?」

 

 しかし身分差が、等とバーナードは悩む。

 

 「お父様からの手紙では、レッドグレイブ家の王宮内での派閥は弱体化したのでしょう。しかしあそこは領主貴族として巨大。体面を無視して、ロストアイテムを会得した冒険者を取り込むぐらいの豪腕を発揮してもおかしくないのでは? 派閥が弱体化した身軽さと開き直りが出来ますし」

 

 アトリー家には跡取りはいるが、娘の才覚は男として欲しかったとは常々思っている。

 

 (クラリスの能力は、単純に家格だけではなく、才気ある者に嫁いで活かすほうが、後々はアトリー家のためにはなるか。だからこそのジルクではあったのだがな…… ままならん物だ)

 

 「クラリス、婚約は解消されていくつか縁談は来てはいるが、こちらで保留、ないしは見送る。学園で男性からお茶会に誘われても選ぶ相手は慎重に」

 

 婚約解消はアトリー家の面子を汚された形でもあり、王宮の陰では嗤われているだろうが、それでも王宮貴族の重鎮。ここぞとばかりに縁談話は舞い込んでいる。

 

 「リック君から誘われた場合でもですか?」

 

 「彼は構わんさ。いい付き合いをしておきなさい」

 

 「はい!」

 

 朗らかに返事をする娘には父親として純粋に安堵する。1日中部屋で泣き腫らしていたあの姿は、バーナードの心にもくるものがあったという事だ。

 

 「彼の勲章を付けた騎士服姿は映えるだろうな。決闘騒ぎでリック君やバルトファルト卿は、反感を買ったかも知れないが、注目や人気もまた集まるだろう。また学園は騒がしくなるだろうね」

 

 「私も取り巻きを整理します。女どもは、アンジェリカの取り巻きのように離れて行きましたから」

 

 「全く、状況を見定めようともせずに馬鹿な事だ。クラリス、その者達の家名を教えなさい」

 

 マーモリア家も王宮内での立ち位置を既に下げさせた。虚仮にした者達を、真綿で首を絞めるように徐々に苦しめていく算段をバーナードはするのであった。

 

 

 

 

 この日、2人の騎士が誕生した。

 2人とも16歳という若い年齢で、正式に騎士として認められるのはホルファート王国では珍しく、同時に爵位も正式に与えられる。

 その1人、リオン・フォウ・バルトファルトは、男爵に叙爵、宮廷階位は六位上。

 冒険者としての成功。そして、王太子の愚行を諌めたことも功績に数えられた。実力を認められた事も評価されてはいたが、本当の理由は不明である。

 

 もう1人は、エーリッヒ・フォウ・ヘルツォーク。

 数年前から王国本土や王宮内で度々名前が上がっていた人物だ。男爵に叙爵、宮廷階位は六位下。

 元々武功を上げていた事に加えて、王太子を諌める助けをした事が評価された事が理由となる。

 

 ホルファート王国に若く力がある騎士が2人も誕生した。

 冒険者という王国貴族を体現した者、20年以上ぶりとなる柏葉付騎士殊勲十字章の授与者を一目見ようと王宮には大勢の者達が押し寄せた。

 この2人は今、ホルファート王国中から注目を集める証拠となったのだった。




原作一巻の内容は終わりました。

駆け足でもありましたので、補完も兼ねてこの後は、少し幕間を挟もうかと考えております。

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