乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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出遅れ系トレーナー様、誤字報告ありがとうございます。

次話からはアルゼル共和国への描写となっていきます。


幕間8 ヴォルデノワ外交使節団来訪

 ファンオース公爵領に到着した明朝、アルゼル共和国へ昼過ぎに出立するエーリッヒだが、ギルバートが齎したヴォルデノワ外交部来訪の相手を見定めるため、決裁関連を後回しにする事にした。

 ヘルトルーデ公爵代行と残念ファイブに任せ、ファンデルサール侯爵の管理監督体制を整えようと指示を出した。

 ヘルトルーデが驚愕するかの如く目を見開き、残念ファイブ相手という穴に突き落とされた表情をエーリッヒは、一先ず一月だけと念じて忘れる事にした。

 この午前中の予定は、少々この後に訂正される事とはなるが、今はまだエーリッヒも把握してはいない。

 

 内国他国の迎え入れ可能なファンオースのターミナルは、破壊されたホルファート側、防衛用港湾軍事基地の背後にある第二都市ではない。復興次第、そちらはヘルツォーク方面との取引航路用になっていくだろう。

 ホルファート王国本土侵攻で活用された第三都市の総合ターミナルが、ファンオース公爵領における友好的に開かれた港として機能させている。

 その他の港や浮島、ファンオース本島に来訪する飛行船は、招かねざる客という奴だろう。

 ホルファート本土からにしろフィールド辺境伯領からにしろ、ほぼ何も無い空域と第三都市からの航行ラインが、図らずも証明されてしまったため、互いが味方領となると非常に使い勝手が抜群となった。

 

 だが、まさかそこに――

 

 「お早いお着きですね、ミスタリック。しかし、若さに任せて無理は行けません。自分自身を労ってあげて下さい」

 

 「お、お茶し!? ――んっ、失礼しました。ルーカス公爵……」

 

 予想だにしない人物が、ヴォルデノワという大国の外交部を迎えるというのに泰然とした雰囲気で佇んでいた。

 

 「ごめんねリック君、陛下に内緒にしておけと言われてね。私は五人の案内役であり、ルーカス様への()()()役という訳だ」

 

 糞陛下との頭痛くなるやり取りでそんな事を言っていた気がするが……

 しかし、どういう役職かは知らないが、この人事は嬉しいぞ。だけど、ローランドらしからぬ采配が解せぬ。

 内緒というのが、せめてもの嫌がらせか?

 ふふふ、ショボいぞローランド君!

 

 「自ら望んで、外交における外務審議官の席を一つ譲り受けました。アナタもミスタリオンも諸外国で大変になります…… 過ちを…… いえ、老骨といえど、出しゃばるようですが、若人の補佐をここでしておきませんとね」

 

 (大切な人を守る事が、私に残った唯一無二の騎士道。ローランド、かつての私は口を出さず、若い才気に任せる事が最善と判断した。当時の浅はかな騎士道では、君を守れなかったのだろう)

 

 「物凄い助かりますよ。寧ろファンオースを任せてもいいですか?」

 

 先王弟だしバッチリじゃん。ご子息共々お越し頂いても歓迎致します事よ!

 

 「残念ながら権限はアナタの下位における外務審議官です。もちろん、仮にアルゼル共和国で起こる外務事案も補佐しますので、ミスタリオンとアナタの一助にと。そう考慮して下さい」

 

 あぁ、そういえば外務審議官って二名体制で、フランプトン侯爵派閥で固められていた。彼等が更迭されたから空席の外務審議官に俺も捩じ込まれたんだった。

 

 学園ではマナー講師で王族(ラファ)では先王弟、そんな方に下から出られるのは、職責上とはいえ良いのだろうかという疑問が(もた)げてしまう。

 俺はこの方に後ろめたい感情がある。

 だからこそ、1年生時の学園生活でのようなリオン共々純粋にこの方を慕うには、最初の王族(ラファ)会議以降に俺自身の罪過で抵抗が出来てしまっている。

 先々王の息子と知り得てしまったからだ。それは俺と先々王の個人で完結した因縁がある。

 

 ヘルツォーク最初の呪い、怨讐怨嗟の霊廟(気高き乙女のマウソレウム)、一番古く尊貴王族の彼でさえ、徹底的に前の世代で隠匿され口伝ですら知らされていなかった。

 高祖叔母のクリスティナ様の尽力により、後の直系及びその近辺には、全く無知で無関係という秘匿の真実で以って、約三年前に俺が言質を取り閉幕させた。

 

 それらを知らないだけの息子であるルーカス公爵には、必然的に後ろめたさを否応にも(しこ)りとして堆積している。

 理屈で言えば、ルーカス公爵に殺されても文句は言えないという事だ。

 

 「どうしました? ミスタリック」

 

 ついうっかりとルーカス公爵を視界に納めて考え事に浸ってしまった。

 

 「いえ…… 頼りにさせて頂きます。本当に心強い味方です。リオンもさぞ、先生が背後に控えてくれる事実を喜ぶ事でしょう」

 

 握手を交わした所にファンデルサール侯爵が軍服の裾をはためかせながら、ルーカス公爵に声を掛けてきた。

 

 「ルーカス先王弟か…… 貴公が表舞台に出てくるとは」

 

 「エトヴィン・セラ・ファンデルサール侯爵。久しいですな。お互いに若い者だけに任せる無責任さには、そろそろ愛想が尽きる頃合いなのでしょう」

 

 「……隠居していた身としては耳が痛いというものじゃ」

 

 「私もです」

 

 年齢的にも古い知り合い、恐らく直接的にか間接的にかは知らないが、互いに剣か戦略か戦術かをぶつけ合った事のある間柄なのだろう。

 ある種独特な空気が二人の間に醸成されている。

 

 「しかし侯爵、ヴォルデノワ外交部の一次対応は私では? こちらの対処だと決裁関連が公爵代行殿で留まります。午前中分だけでも私も確認したいのです」

 

 ヴォルデノワ外交部の来訪時間も定刻に差し掛かる頃合いだというのに、少々ファンオース公爵領側が慌ただしい。

 

 「厄介な人物が二名視察に来ている。エーリッヒ卿は顔を出さん方が…… 勘とでも言おうかの。儂とルーカス殿、役人然と謀る姿のギルバート殿で歓待の格としては破格じゃろう」

 

 ギルバートさんは、ファンデルサール侯爵の言葉に肩を竦めていた。流石にこの二人の間に挟まれたら、借りてきた猫のように大人しくなるしかないだろう。俺だったら空気に徹する。

 

 「確かギルバートさんも注意していた退役軍人の再登用組でしたっけ。では、こちらも軍人としての勘に従いましょう。執務室で仕上げて来ます」

 

 見てみたいという気持ちはあるけど、俺みたいな役職だけの若造に相対されるより、先方もお茶紳士先生や侯爵のほうが、重きを置いてくれていると思って上機嫌にもなるだろう。

 

 あぁ、せめて一杯ぐらいはお茶紳士先生のお茶が飲みたかったなぁ。

 

 

☆ 

 

 

 そして、フィン・ルタ・ヘリングが、ヴォルデノワ神聖魔法帝国外光親善船から、背後の人物を誘導するように降りてきた。

 

 「あれは、ニコライ・イヴァン・ドミトリーじゃ」

 

 「あの御仁が、私達の若い頃に活躍したヴォルデノワ神聖魔法帝国軍人…… 一部では軍内部現場改革の立役者とも聞いています。退官時の階級は侯爵の方でご存知ですかな?」

 

 「確か将官じゃった筈、我々が隠居と同時期には聞かなくなったからのぉ」 

 

 「それにあの先導する若い騎士、ミスタリオンやミスタリックとそう変わらないというのに……」

 

 「……其身に相当な実力を隠していると見える。まるで剣聖とでも言わんばかりじゃな」

 

 ファンデルサール侯爵とルーカス公爵の二人は、ヴォルデノワ神聖魔法帝国が、本気でファンオース公爵領を見定めるのだと確信に至った。

  

 ニコライ・イヴァン・ドミトリー、それは仮の名であり、軍部及び国内部の改革と変革、そして融合時に現場で動いた名前である。

 どのような忙しい時にさえ、外交では特に見て聞いて、自らの肌で感じる事を是とする御仁。

 剛腕軽妙相合わせてそびえ立つ、ヴォルデノワ神聖魔法帝国皇帝、バルトルト・ツァーリ・ヴォルデノワその人であった。

 

 

 

 

 「まさか外交親善の出迎えで大物が、しかも二人も出てくるとはの」

 

 先王弟であるルーカス公爵、そしてファンオース公王家分家のファンデルサール侯爵は、二人共古き隠居した身であったとはいえ、中堅各国でさえ通常通り外交に携われば、記録上必ず出てくる人物だ。

 大国と言えど、内に籠るアルゼル共和国の外交部、今までミレーヌ王妃以外は国外を疎かにしたホルファート王国のような周辺各国に対する人物調査が杜撰な国は少ない。

 中堅や弱小国家は各国で取引する商会ですら、他国の情報収集に気を配っているのが実情だ。

 

 「有名どころかい爺さん? ホルファートとファンオースの戦の内容でえらく取り乱していたからな…… ()いて脚を運ぶのが早かったんじゃないのか?」

 

 「……例の()()()()()()()の稼働実験で、不可解な値を複数王都周辺で観測した。まだあれも万全には程遠くブレイブのように自我が未発達。本格的なホルファートの調査は来年以降じゃ。ならばホルファートとファンオースの戦争形態程度は把握しとかねばな…… 欲を言えば軍事指導的立場の人物を押さえておきたい」

 

 「黒助で、ファンオース城か公宮貴族院辺りに探りを入れさせるか?」

 

 『こっちは問題ないぜ相棒…… って俺はブレイブだ! 試すのか爺さん?』

 

 皇帝バルトルトは少々思案したが――

 

 「……まずは二人に集中じゃ。決して隙を見せていい相手ではない。儂はこれから外交武官ドミトリーじゃ。貴様も見聞を広める事をこれを機会に進めて行けばよい」

 

 皇帝バルトルトの言葉には、平民上がりのフィン・ルタ・へリングを一介の騎士、ヴォルデノワ内で最強の騎士の枠組みを超えて欲しいというようなニュアンスを感じさせる。

 

 「先ずは序列一位を今年取るさ。そして非公式ではなく、正式にミアの専属守護騎士として認めて貰ってから視野を広げる。俺と黒助なら問題ないさ」

 

 『ミアのブーちゃんよりはマシだけどよ。相棒も頑なだよなぁったく。そっちも大船に乗ったつもりでいろよな爺さん。そう言えば、あの後ろの若い(やっこ)さんは? ちょい目立つぜ』

 

 フィンの使い魔である新人類側のロストアイテムであるブレイブが若い外交官、ギルバートに目を向けた。

 

 「さて? 儂は知らん人物じゃな。大方ホルファート本国の書記官じゃろう」

 

 「そこそこの腕前だと感じるぞ」

 

 レッドグレイブ公爵領と王宮での活動が主立っていたギルバートの事は、流石にヴォルデノワ神聖魔法帝国でさえ把握していなかった。

 しかも貴族というよりも一介の役人として、ギルバートの佇まいや仕草等如才無い。

 この場に立つには十分過ぎるほど、己の役割に徹することが出来ていた。

 

 「外交官は公的とはいえ諜報戦、荒事さえ日常茶飯事。文に徹する者だけでなく時には武も必要となる。そういうものじゃよ」

 

 そこでバルトルトとフィンは会話を止め、来訪歓待の言葉を掛けられた。

 

 「ようこそ、ホルファート王国ファンオース公爵領へお越しくださいました。ヴォルデノワ神聖魔法帝国の使節団の方々」

 

 ファンオース公爵領責任者名代のファンデルサール侯爵の挨拶を皮切りとし、ルーカス公爵がホルファート王国外務省の次官級として挨拶を行う。

 

 「ホルファート王国も貴国の来訪を心より歓迎致します」

 

 この世界に於いて、貴族としても人間としても海千山千の猛者達が、若人の察することが難しい裏側での火蓋が切って落とされていく。

 

 そしてエーリッヒは――

 

 

 

 

 「ヴォルデノワ神聖魔法帝国の外交人員、僕も一目見てみたかったんだけどな」

 

 決裁という非常に単調且つ重要で、手の疲れる作業をヘルトルーデが此れでもかと割り振っている。

 

 「手を動かして。せっかくあなたが処理できるようお祖父様が、ファンオース公爵領の責任者として名代になったのよ」

 

 俺やヘルトルーデのような十代のトップとナンバー2よりも侯爵のような貫禄あるナンバー3のほうが、外交使節団も喜ぶでしょうよ。

 ファンオース公城の一階の執務室で、俺はボヤキながらもせっせと確認とサインを繰り返していた。

 ちなみに残念ファイブもここに引き込んで、決裁済、保留、未決書類と振り分けさせて関係各所に届けさせる使いっ走りをさせている。

 

 「あ、これこの前のラーシェルの捕虜達の処遇、何でこんな所にまで回ってくるんだ? かなり少数だし軍部で尋問、再教育で使い物にならなければ採掘場送りだぞ。保安局で処理する様に」

 

 「保安局の長はあなたで、副長官はお祖父様よ。あなたへの稟議が必要でしょうに」

 

 あ!? 

 金髪の野獣殿になってたっけ……

 

 「……侯爵の下、ヘルツォークとフィールド辺境伯領からの責任者で処理させる様に移譲しようか。彼等もある程度、特にフィールド辺境伯領の人員も主要部署に重用しないと不満もそのうち出てくるだろうし」

 

 兵と金、支援物資の供出、しかも支援物資にはヘルツォークの紋章が印字。

 ミレーヌ様や王宮自体の許可があるとはいえ、フィールド辺境伯領を苛め過ぎるのも良くはなさそうだ。

 

 「エーリッヒ卿も一息入れた方が良いのでは無いですか?」

 

 何を思ったのかジーグが茶請けを用意し出した。

 この場で供されているお茶は、ブラ子ことブリアナちゃんが淹れてくれているが、茶請けの切れるタイミングで取り出してきた。

 ん? 

 まさかあの地雷臭がした手土産じゃなかろうな?

 

 「とても美味で栄養価が高いのですよ。そのままどうぞ」

 

 ミルフィーユ状の生地に、控えめな光沢が目を引く成型肉のような物が挟み込まれている。

 お茶請けならば菓子特有の香りも楽しませてくれるが、前菜のような物なのだろうか、不思議なほど匂いもせずに鎮座している。

 残念ファイブはそれを見た瞬間、書類を届けてくるといい席を外していく。書類多いからね。仕方ないね。使い走り頑張ってね。

 

 「お茶に合うのか? まぁ見た目も悪くないし頂こうか」

 

 俺を含め全員が咀嚼して胃に落とした頃合い、さぁ、お茶を一口飲もうとした瞬間――

 

 ……んぅぅぅぅぅぅっっぁっぁ!?

 

 時間差で猛烈な臭みが胃から込み上げてきた。

 ヘルトルーデとブリアナ、ジュリアは悶絶して蹲っている。女中が慌ながらも彼女達が、粗相しても大丈夫なようにテキパキと準備を終えた。

 

 「おや? お口に合いませんでしたか? ホルファート王国の一部地方では、糧食としても採用されている優れ物なのですが?」

 

 「こ、この馬鹿緑が!? こういうのは夜酒と共に一人で楽しむものなんだよっ! 昼間っから食べて来客対応があったらどうする気だ!! 現に今、ヴォルデノワ神聖魔法帝国の使節団が来ているんだぞ…… 胃の腑からこんな悍ましい芳香、相手から敵意有り? それどころか攻撃されてるんじゃないかとなるだろうがっ!!」

 

 こんなもん食って人前に出られるかっ!!

 ジーグが俺の怒声を前に――

 

 「な、なんと!? この美味が相手に対する攻撃的? 芳醇ふくよか且つ甘美な美食は国を跨ぐというのに」

 

 こ、こいつはダメだ。こいつは絶対に接待には出せない感性の持ち主過ぎる。

 矯正する気すら起きない!!

 あの残念ファイブも逃げやがってぇぇええ!!

 知ってるなら真っ先に止めるべきだろうが!!

 

 「「「オロロロロロロロロロロロッ!?」」」

 

 ヘルトルーデとブリアナ、ジュリアも堪え切れずに胃の腑を綺麗に流し出したのだった。

 あぁ、俺の執務室が……




皇帝様等、今後名前が判明していく原作様のキャラについては、都度変更していく所存です。
ミドルネームや家名とかです。レッドグレイブ公爵夫人とかも名前が原作様で判明次第、変更していきます。

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