乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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本日二話目の投稿になります。

三話目も投稿しました。人物紹介という箸休めな内容になっております。


幕間7 ファイブという言葉に不穏がよぎる

 ターミナルでマルティーナ達から温かい見送りを頂いた後、いざ駆逐艦型改良高速輸送船に乗り込もうする俺とヘルトルーデの前に現れた男性を見た瞬間、俺もヘルトルーデも同時にズッコケそうになってしまった。 

 

 「エーリッヒ閣下のご噂は兼ね兼ねにて聞き及んでいますよ。申し遅れましたが、私はギル・フォン・レイブと申します――」

 

 「って、ちょ…… ギ、ギルバ――」

 

 「あぁ、仰らないで下さい閣下。私は今はしがない彼等への顔渡し役の下っ端外務省の役人です。ファンオースに彼等を無事に届けた後、私は少々閣下に同行させて貰えれば幸いで御座います。閣下がアルゼル共和国への出立時には、見送り後に私もホルファート王国に戻りますので――」

 

 俺に言葉を発せさせないとでも言うように、しかも全力で楽しんでいそうな表情をギルバ…… オホン、えぇと…… 在外研修3等書記官補佐、ギル・フォン・レイブさん。

 そのままファンオース公爵領で仕事してくれてもいいんですけど……

 しかもあからさまな偽名に取って貼り付けたような役職しやがって。在外研修中に書記官、しかも補佐なんか付けるかっ!

 まぁ、他国の肩書きはよくわからんから、ホルファートの外務省じゃ即座にスルーしそうだけど、普通レベルの外務省であれば絶対に背景を調べるぞ。

 

 「――あぁ、そのようなご表情を為さらなくとも勿論です。勿論ですとも閣下。皆まで仰られずとも分かっております。重ねてご安心を閣下、割と()()()()の視察はどこも怪しい肩書きで潜り込んでますので、それも含めての余興のようなもの。ほら、お前らはさっさと閣下に挨拶をしろ」

 

 いや、確かに貴方はお偉いさんだし、滅茶苦茶重要人物だよ。ぶっちゃけ俺なんかより偉いんだから危ないよ!

 何といっても王族(ラファ)に命令しちゃってるし、肩書きはこの中で一番下っ端中の下っ端なのにね。

 でも実際は一番飛び抜けて偉いという驚きの偽証役職。

 ギルバートさんは絶対に楽しんでこの場に立っている事間違い無しだな。

 昨日のシリアスはどこに捨ててきたんだ!

 

 「ふ、ユーリだ。ファンオース公爵領で成果を上げて独立するつもりだ」

 

 紺色のまるでユリウス殿下っぽい、見た目が二枚落ちした感じの奴が高圧的に接してきた。いや、王都の学園でも十分にイケメン寄りだけど――

 あ、態度が悪いってギル殿に殴られている。

 

 「ジーグです。我々ももはや王族(ラファ)には拘る事は不可能でしょう。然り、ですが見事にヘルトルーデ嬢の心を射止めて見せましょう」

 

 うん、そういう気概は、学園在席中に終わらせなくちゃ駄目だろう。

 こいつは絶妙にウザい奴の二枚落ち…… 

 ヘルトルーデは五人を見て頭痛を堪えているご様子だ。

 しかも絶対に問題を起こすタイプという地雷臭がする。既に手持ちの土産みたいな物から不穏な雰囲気が漂ってきていた。

 

 「俺はグラッドだ。俺は戦働きに冒険が出来ればそれでいい。ファンオースのダンジョンが楽しみだぜ」

 

 学園卒業後にそういうのは、しっかりと自立してからにしなさい。

 あ、またギル…… 

 あぁもう面倒臭い。ギルバートさんに殴られている。ギルバートさんが引率の先生みたいだ。

 

 「この脳筋め。きっちりと仕事を熟した者が言うセリフだぞ。私はグリースです。剣を少々嗜みます。閣下とは御手透きの時間にお手合わせをしたいと願っております」

 

 おぉ、おぉ!

 何か良さそうだぞパクリマクリスティ!

 修学旅行時のファンオース公国不意遭遇戦でのクリスをパクったような安心感を覚えるぞ!

 あいつには、死にそうな所を助けられたからな。俺の中での好印象筆頭だ。

 これは目を掛けて――

 

 「偉そうな事言ってんじゃねぇよグリース。てめぇは未だに教導隊所属剣豪鎧部隊の試験に落ちまくってるくせによぉ」

 

 前言撤回!!

 このパクリマクリスティ、実はエルンストに絡んだアームロング君より才能ないんじゃ…… 

 寧ろエトが凄かっただけで、アームロング君は訓練未収で生き残った勇俊だったのか。伍長待遇とはいえ、既に教導隊所属の軍人、教導隊所属だから指導に剣聖も加わる。

 やはり、彼はアムロなのか…… ぐぬぬぬぬ!

 そして喧嘩をした二人に対して、ダブルで拳骨を振り下ろすギルバートさん。

 ギルバートさんとは、末長く良好な関係を築けそうな気がしてきました。

 

 「何と優雅の欠片もない。僕はブレッド! 王族(ラファ)の誇りを湛えた優美可憐な魔法で、僕という存在を際立たせてみせるよ」

 

 何そのキラッ、じゃなくてキヒッ、みたいな微妙なウィンクは!?

 俺のほうがまだ100倍マシに出来るぞこの野郎。

 あんたの誇りじゃなくて、そんなもん(ホコリ)ですからぁ!

 イースト菌を使いなさいこの野郎!

 残念っ!! 春のパン(ブレッド)祭り斬り!!

 

 ローランドの野郎、お馬鹿ファイブどころか、おバカな残念ファイブを送り付けて来やがった!

 あの野郎絶対に許せない。

 ギルバートさんは肩を使ってまで息を吐き出している。

 同期だったんだっけこの五人……

 楽しんでこの場に来ていると思ったけど、この五人の面倒はシリアスで対応出来ない。心中で毒はいてゴメンねギルバートさん。

 そういえば、リオンは現在進行形でお馬鹿ファイブの相手をしており、ギルバートさんは過去に残念ファイブの相手をしていた…… か。

 二人の仲を取り持ってあげようかな。

 この二人は仲良くなれそうだよ。

 リオンもアンジェリカも、勿論ギルバートさんも嬉しいだろう。

 

 「喜べ、ヘルトルーデ。君の望みは漸く叶う」

 

 俺は残念な気持ちを振り払うようにヘルトルーデの周りを左旋回しながら、一先ず話し掛けて気を紛らわせる事にした。

 

 「今更何よ。寧ろこの頭痛を取り除いて欲しいのが私の望みね」

 

 「まぁ、落ち着け。彼等は腐っても王族(ラファ)、要は君の――」

 

 「却下ね」

 

 判断が早い!

 「誰が腐ってるだぁ」などと五人がタラップで騒ぎ始めようとした瞬間、「我々は学園を卒業している身だ。レッドグレイヴの名でお前達を断頭台に送る事も出来るんだぞ」底冷えする重低音が、ギルバートさんから溢れ落ちた。

 正直俺もビクッとしてしまった事は内緒にしておこう。

 

 「正式に君達五人の生殺与奪の権利をリック君…… 失礼しました。ファンオース公爵領臨時全権統治司令官のエーリッヒ中将が握っている。忘れない事だな」

 

 レッドグレイヴ公爵継嗣の顔を覗かせたギルバートさんに気圧された五人は、ほぼ同時に生唾を飲み込む破目となった。

 その言葉にヘルトルーデの渋面が少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

 「ほら、お前はマリエと仲が良いだろう。聖女に祀り上げられたりもしているが、戦争の最終局面にお前の心に寄り添えたのはマリエだ」

 

 「そ、そうね。変な聖女様だったわ。お茶、ラウダもお祖父様も交えて一時を過ごしたいとは思っているわよ。だから何? この五人と関係あるのかしら?」

 

 気恥ずかしいのか、頬を赤く染めてそっぽを向いてしまった。

 

 「ほら、マリエも五人。ショタエルフのカイル君は無視するけど、友達ならヘルトルーデも五人。これで――」

 

 「それとこれとは別じゃない。馬鹿なの? 死ぬの? 却下に決まっているじゃない」

 

 判断が早、過ぎる…… かなぁ。

 誰かが過労で死にそうではある。

 

 「まぁ、待て待て。いい話も上がっている。勿論強い反対もあるが、内密だが君が公爵代行ではなく、公爵へとの話も僕が既に上げているんだ」

 

 流石にヘルトルーデもこの言葉、自らが公爵との内容には瞠目せざるを選ないようだ。

 

 「僕も裏でそれなりに仕事をしているというわけだ」

 

 ハハハハッ、リオン!

 僕は阿漕な仕事をしている。こういう面は任せて貰おうではないか。

 

 「あなたがファンオース内で誰よりも仕事をしているのは、この一月弱だけで私だって理解しているつもりよ。だけど王族側と王宮側へのそんな裏工作まで…… 実際に王族(ラファ)で強弁な態度を表すのは王妃様や他にも…… レッドグレイブもそこは絶対に反対でしょうに」

 

 王宮はバーナード大臣主導だから、俺自身の負担は無いに等しいのが本音だけどね。

 ヘルトルーデは半信半疑のようだが、この内容が有する意味の魅力には、絶対確実に惹かれるのは分かっている。

 

 「ユリウスのやらかしだが、君へのファインプレーの道筋には十分だった。仮に夫が味噌っカスのラファからだろうが、君が公母となり産んだ子は後の公爵。もちろん子供に引き継ぐまではヘルトルーデ、君が公爵だ。だからあの五人共纏めて引き取っても良いぞ。留学中に過ごせなかった王都の夜の学園生活を楽しむ程度の気楽な気持ちで。それで晴れて君は公爵バンザイ! へルトラウダ嬢もバンザイ! ファデルサール侯爵は咽び泣いて喜びバンザイだ!」

 

 勝ったな。艦の中でシャワー浴びて寝てしまいたい。

 めちゃくちゃ強引な畳込みで有無を言わせなくしてや――

 

 「却下ね――」

 

 え!?

 ジーッと俺を見据えてくるヘルトルーデ。硬質的な美人に睨まれるのは心臓に悪い。

 マルティーナは有り難くもデレデレだが、学園では周囲に高圧的且つ硬質的な近寄り難い美貌を放っているとのこと。

 こういう感じかな? 

 ファンオースとヘルツォークは本質的に似てくるのだろうか?

 

 「仕事は未知数と言ってもあの五人でファンオースの舵取りに切り盛り、統治なんて絶対に無理。一目見ただけでそんな器じゃないってわかるわよ。あんなの婿に入れたら、私が過労で死ぬ姿がいきなり瞼に浮かんできたわ」

 

 大正解!

 正直に言ってローランドへの腹立たしさで、俺も無駄に頑張って見ました。

 王族(ラファ)の走狗としては、ファンオースの公爵代行殿とはコミュニケーションが必要だからね。仕方ないね。

 

 「正直仕方が無いし、手があるに越したことはないだろう。事務方や地方都市の管轄官として使って見ようか。一応王都の学園を中の中の成績で普通に卒業している。各々が所属する王家直轄領地の庁舎内で、何とか主任クラスに据えられてたみたいだしね」

 

 「何で王族(ラファ)なのに婚姻もせずに一役人として納まっているのよ?」

 

 そう、そこがローランドも言葉にしていた困ったちゃんの部分だ。

 

 「あいつら木っ端王族の四男やら五男出身なんだよ。士官したら騎士爵として末端のフィアになる。そんなのは嫌だと領主貴族で伯爵以上の爵位に拘っちゃったらしい。せめて有力伯爵家の分家設立をと考えてしまい、学園在席中を半分以上棒に振った。そんな情けない内容が身上書には書かれているよ…… だったら実家管轄の場で働いて、少しでもミドルネームにラファを残して置きたかった…… 王族(ラファ)に浸っていたかったとの事だ」

 

 ヘルトルーデは俺が話す彼等の内容の酷さに、またもや頭痛がぶり返してしまったようだ。

 ゴメンね、って俺が謝るのは違う気がする。

 

 「駄目駄目じゃないの。それで腐ってた所を荒れたファンオースで一旗揚げてから、独立した領主貴族へ一念発起するというわけね…… ファンオースも子爵位までなら、王宮審査も臨時の全権統治司令官の推薦、あなたの決裁を狙うと…… 何その馬鹿馬鹿しい手合は」

 

 「結局は僕も下級貴族の子爵なんだけどね。ローランドの糞が僕の決裁権の幅を准閣僚級まで引き上げやがったから」

 

 あいつは俺を過労で殺して、酒の肴にするつもりだと思っている。しかも呑むのはヘルツォークの100年物以上だろう。

 その瓶であいつの頭を叩き割って、糞ランドの脳髄と血を飲んでやりたい衝動に駆られる。

 気持ち悪くて、今この瞬間に死にそうになってしまった。

 

 「何ていうかあなたって、ローランド陛下と仲がいいのね。意外だわ」

 

 「おい、巫山戯るなよルーデ。アイツとは、同じ天の下には一緒にはいない、同じ天の下には生かしておかない、それほど恨みや憎しみの深い間柄だ」

 

 つい反射的に鋭い眼光を放ってしまったが、ヘルトルーデも俺に慣れてしまったのか、一歩後退る程度で踏み留まった。

 

 「分かったわよ。夢々忘れる事が無いようにするわ。さっさと出立しましょう。あの五人を今見ていると頭痛が悪化するわね。艦の中でファンオース到着まで休むから」

 

 ヘルトルーデはそう言いながら動きを止めず、さっさと艦の中に引っ込んでいった。

 

 「済まないねエーリッヒ君。本当に仕事は普通レベルでキッチリとはやる奴等なんだよ。ファンオース赴任は些か陛下の遊び心が強いと言えるのが申し訳無い」

 

 「今朝方、短い時間でしたが陛下との話で聞いていました。まぁ、聞いていましたが、あの五人に直接会うと更に残念ですね。でも何処からも反対がないのでしょう。ホルファートでは彼等の代わり程度を用意するのは雑作でもなんでもなく、ファンオースは逆にどんな手でも借りたい。ギルバート殿の過去からの苦労が垣間見えました。僕から文句を言える分けがありません」

 

 二人で大きな息を吐き出してしまった。

 

 「実は僕がファンオースに赴く本当の目的があるんだ。彼等に引っ付くのはカモフラージュのような物なんだよ」

 

 「何が、あるんです?」

 

 ファンオース内では初心者の俺が知らないことのほうが遥かに多い。レッドグレイブや他の方々が俺より知り得ている事項なんて山ほどあるだろう。

 

 「ヴォルデノワ神聖魔法帝国から、来年度の王都の学園留学生にと打診があってね。平民出の女の子らしいんだが、専属の護衛騎士が選出された何て言う話を父が掴んだ。それは追々に正式発表されるだろうけど、今回は公爵領となったファンオースへの挨拶に来る外交官、引退した武官らしいが再登用のベテランが来るらしい…… 帝国の改革と変革、そして伝統への融合をその耳目で研ぎ澄ませた軍部の練達だとしたら?」

 

 「ほんの少しでも触れられたくない御仁の可能性がありますね。しかし帝国、あんな大国が態々ファンオースを…… 解せませんが……」

 

 ヴォルデノワに比べたらファンオース公国単体なぞ、一蹴されてもおかしくはない。

 実際は全取りしようとすると消耗が激し過ぎるし、王国との二段構えは恐怖だろうが……

 しかしヴォルデノワだけでなく、他国も深入り干渉できなかった理由は、黒騎士バンデル子爵の圧倒的強者としての存在感、ファンデルサール侯爵の圧倒的頑強さの防衛力で、この世界に公国有りとして認められていた。

 

 「君も無関係ではなく、もしかしたら調査対象かもしれない。ヴォルデノワはラーシェルとの繋がりが深いからね」

 

 「黒騎士と超大型モンスターを倒したのはリオンですよ」

 

 誤魔化しだが、ホルファート王国が公式見解として各国に発表している内容を無駄と解りつつも伝えた。

 

 「うちはそういう発表だけど、戦争経緯や戦略に戦術詳報製作は、各国が各々別で独自にやるものさ。我々は公式見解をオウム返しで答えるのが、国人としては正解ではある。では、ファンオース公爵領に向かおうか」

 

 俺とギルバート殿は、内心気を引き締めてファンオースへの航路へと舵を切りにいった。




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