乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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見物人様、出遅れ系トレーナー様、誤字報告ありがとうございます。

バーナード大臣、アトリーの掘り下げ回に加え、皆大好きローランドが久々に登場しました(笑)

本日は一話目の投稿です。
夕方以降に二話目を投稿する予定です。

感想を返す前に投稿する不手際をお許し下さい。
感想も本日より順次返答していく所存です。

三話目も投稿しました。人物紹介という箸休めな内容になっております。


幕間6 蠢動するホルファート貴族達

 「朝早くで済まないねリック君」

 

 「お義父さんこそ。お忙しいというのに恐縮です」

 

 早朝5時、クラリスを休ませたままアトリー邸宅にあるバーナード大臣の執務室に向かい、打ち合わせを兼ねた互いの報告会を俺とバーナード大臣の二人きりで開始した。

 

 「これでは若いとはいえ君も身体を壊さないか心配だよ」

 

 「気力と体力で各所の移動と打ち合わせは乗り切ります。不夜城と化した王宮に缶詰めのお義父さんのほうこそ……」

 

 王都でも着実に流行りつつある珈琲を流し込みながら、思考をクリアにしていく合間で、バーナード大臣は雑談を加えていく。

 然りげ無い俺への気遣いが、珈琲の香りと共に胸に温かみが充満していくのを感じる事が出来た。

 

 「クラリスはどうかな? 身重でもあるしリック君に必要以上の負担を掛けていないかい?」

 

 娘さんとの内容をお義父さんに話のは、正直に言ってかなり気恥ずかしいのは、歳を重ねようともな変わらない筈だけど……

 情時の事を話すのは、貴族は家の繋がりが想像以上といえ…… 

 娘さんを抜きにお酒の席で、お義父さんと互いの嗜好云々の談義をするのは楽しいんだけどね。

 

 「クラリスはゆっくりと今は寝ています。直接お義父さんに面と向かって言うのは面映ゆいですが、気持ちを重ねる事をメインに先程まで過ごさせて頂きました。クラリスの身体への負担は大丈夫だと思います。クラリスは自身も大変だと言うのに、僕の事を軽々と見透かしているようで…… どうにも僕はクラリスに甘えてしまいます。あのクラリスの聡明さ、後学のためにどのような教育方針なのか教えて頂きたいくらいですよ」

 

 思考の渦から捻り出して散逸された俺の愚痴を拾い上げて察してくれる。相手に寄り添う真の思慮深さ。

 あれを俺が出来るのかと言われて、出来るとはとてもではないが言えない。

 

 「それは将来的にクラリスやマルティーナ嬢に任せればいい事だよ。我々は他、外にも内にも気を配らねばならない事が多過ぎるからね。この後は陛下との密談があるのだろう?」

 

 7時から小一時間程度だ。

 あいつは廻り廻りて、実は俺のことが好きになったのではないだろうか?

 

 「王族(ラファ)会議後に開催された懇親会の愚痴じゃないですかね。王族の面々には新鮮な準貴族家出身女性、25歳〜30歳のプロをアテンドしましたから。敢えて高級から一段下げて気軽い接しやすさ、勿論の事、淑やかな場にもそぐわないレベルです。陛下は平民の女性も御好みなようですので、これで文句を言われたら流石に僕も怒ってしまいそうですよ。非公式の密談らしいですし。お義父さんには後ほど書面で失礼しますが、陛下との密談は必ず報告させて頂きます」

 

 「……旧オフリーの対派閥工作、自派閥接待用事業がさっそく役に立ったというわけだね。さて、そろそろ本題に入っていこうか」

 

 クラリスやナルニア、マルティーナとヘロイーゼちゃんにも内緒の事業。

 大臣の言葉は、自分の中で何とかして揉捻し、自らの中で整え次の動きを考えなければならないという苦労を表情に浮かべている。

 ヴィクトリア公爵夫人が、我々より先に活用したことによるせいだ。何かで使えるだろうから売却や譲渡せずにいた風俗関連事業など、公爵家の夫人が利用しようとする手腕では無さ過ぎる。

 ヴィクトリア公爵夫人も元々は、王家直轄領地の一都市長の娘。その王家直轄領地を全体管理する領主の娘ではなく、格落ちの王族(ラファ)侯爵家出身だ。

 そう考えるとレッドグレイヴ公爵家の正妻に納まり、更には独立領主貴族の公爵家内部で辣腕も奮うのが、そもそもとして規格外の才媛……

 アンジェリカもあんな感じになるのかなぁ……

 怖いなぁ。リオンは大変そうだなぁ。

 

 「……ですが、今後も足元を掬われるのではないかと考えますと…… ギルバート殿も僕に接触してきました。気を配る人員が、僕は当然ですがヘルツォークでも王宮内は不可能です」

 

 「そちらは息子に割り振るよ。連綿と続くアトリーの管轄を教え込み始めたばかりだが、今後は苦労もさせなければいけないようだ。君やリオン君のように学園在席中で破格の成果を上げる姿には、良い刺激を貰えていると言っていたから安心して構わない。私も息子が情けない(ひが)みに囚われるような愚か者には教育していないつもりだよ」

 

 クラリスのお義兄さんは、王宮でアトリー伯爵家という一族を引き継ぐため、堅実に日々バーナード大臣の補佐官をして実力を蓄えていっている。

 

 「僕はお義兄さんとは挨拶もそこそこで、まともな顔合わせは一回程度です。義弟しての接し方には申し訳無さが先に出てしまいます」

 

 温和な顔立ちだが、目の奥底に光を薄く携えて相手を見定めるタイプの印象だった。

 確かギルバート殿と同期ではある。しかしバーナード大臣が言うには、互いに於ける一族の政治信条と王国への忠義から、二人とも必要以上に仲を深めず、学園生時代から大人の付き合いに終始していたとの事だ。

 

 「大丈夫、リック君はこちらは気にしなくていい。それよりもホルファートの外務省の能力の低さは目に余るね。軍務に防衛、国家保安に農務省、国土開発…… ザクッと内需は、飲み込むとしてまだいい。経産省もアルゼルに擦り寄るだけでなく、魔石関連で更に叩き上げないといけない。全く、人の力には限界があるよ」

 

 バーナード大臣は、己を卑下するかのように嘆き節の口調で俺に気を許して声を掛けてくれる。しかし忘れてはならないのが、アトリー伯爵家は財務大臣を連綿と着実に輩出する名門閥だ。

 当時バーナード大臣の祖父が、一部の公営賭博運営における経産省のミスを皮切りとし、先々代全盛期に財務運営予算に獲得して以来、財源含めた誇示、そして頑として手放さない巨大利権。

 大中小どの派閥もアトリーには話を通して省庁を跨ぐ舵取り調整を行う、中立派の大物という政治的立場をバーナード大臣の祖父で確立した政治の傑物。

 紛うことなき、政治の巨魁に至る道程を切り開いて礎となったバーナード大臣の祖父の名は、王宮内で知らない者は余程のアホか潜りでしかない。

 王宮の堆積した澱で錬磨されていく政治的センス、それら王宮の沈殿物を漕ぎ潜り、泳ぐ能力に心血を注いでいる一族の若い義理の兄君だ。

 まだ単純に若いだけで表立った功績がお義兄さんに無くとも、自身の才能だけでなく、アトリーの血と義務と信念を飲み込む彼には畏敬の念しか浮かばない。

 

 ここ数年間、王宮内で顕在化していたレッドグレイブ公爵とフランプトン侯爵の政治闘争ではあったが、フランプトン侯爵が絶対に気を許せず、逐一動向を気にしていた貴族家が、他でもないアトリー伯爵家だった。

 だからこそ、二十年前までホルファート王国のガリバーを担っていた商会主の旧オフリー伯爵、自派閥の政治資金と商才による外交及び折衝のために伯爵に据えたという真実は、牢で彼と酒を酌み交わした時に知った、侯爵が俺に話をしたからだ。

 ぶっちゃけジルクは、エアバイクではなく政治における手練手管をアトリー伯爵家に叩き込んで貰った方が、間違いなく本人の為になっただろうに。

 

 「僕はまだ軽く軍務関連と外務関連に目を通しただけですが、普通クラス出身の優秀な入省組、騎士爵や準男爵の仕事には目を離せないものも多く感じました。狭い視点ですが重要な部分に繋がる面も多々あります。下から攻めて調査している事も多く、上層部まで回らないのも分かりますが…… 浅学の身の上で失礼を申し上げますと、20〜30代の準貴族クラスで王宮や()()()()()への忠義高い人物の重用が必要かと愚考致します」

 

 「……なるほど、やはり()()()のほうが良さそうか。ふむ、やはり息子の意識部分も今後は変化させていく必要有りという事だな…… あぁ、王宮内の人事登用に改革は水面下で進めている。リック君もファンオースに人材も欲しいだろうしね」

 

 俺如きの考えや懸念程度、バーナード大臣には予想の範疇なのはわかる。

 王宮や国、王家と言わない俺の意見も重要だと言う意味で聞きたかったとは思う。

 及第点をバーナード大臣に与えられたなら安心だが……

 

 「血と伝統に拘る女傑、祖国のために外国で腐心する才媛、改革か革命か…… 勝ち馬に乗るのは容易ではなく、ホルファートを転倒させようとする他国、第一にラーシェル神聖魔法王国が暗躍してくるでしょう。他国にとってはファンオース公爵領が橋頭堡足り得る状況です」

 

 「私はリック君の手法には諸手を挙げたさ。ホルファートとファンオースは、終ぞあそこまでやらなければどうにもならないと皆が理解していたのは事実。ホルファートではなく、因縁渦巻くヘルツォークが成し遂げたのは、いい歳をして物語の痛快さを感じさせてくれたよ」

 

 物語はそこで幸せな結末とやらがあるのだろうが、人財を吹き飛ばし過ぎたのは、俺の失策という事実を誰も問わずとも忘れてはいけないだろう。

 自分が復興に関わるからこそ、反省と自壊の念を抱くという情けない二流どころ、俺の底が覗いてしまう恥ずかしい話だ。

 

 「あの時に各々が選んだ道はこの際脇に置くとして、フランプトン侯爵は王国を自分なりに鑑みていました。僕は所詮ヘルツォークのみでした。彼の方が僕よりも遥かに視点のスケールが大きく、破壊という手法を同じく選んだ人物です。物の見方が変化してきた僕には、彼を今時の敗因者と言う訳には行かなくなってしまいました」

 

 「リック君、あの時点では間違い無くフランプトン侯爵の王国に対する罪過は計り知れない。厳に君やヘルトルーデ公爵代行が、王国とファンオース領民に対して汚名を注ぎ将来に繋げていくんだ…… 彼のツケを払う行動をさせてしまっている。私としても王宮から押し付けた形は心苦しいが、君はフランプトン侯爵を自身と混同しては絶対にいけない」

 

 (たが)を外せば、俺もフランプトン侯爵と同じになるという戒めとして必要だと思う。

 ならば必要が有するのであれば、誰も巻き込ませずに一人でやるしかない……

 あぁ、リオンはあれで巨大な力を持ち得てしまった葛藤を一人で抱え込んでしまったのかも知れないな。

 俺であればルクシオン先生の力を乱発して、悔恨の念に埋もれてしまいそうだ。

 リオンは、俺が思っているよりもずっと大人なのだろう。

 今世では同学年の対等な友達だが、前世では一回り下の若く荒削りな従弟だったというのに……

 悔しさ、嬉しさなのかな。

 あいつはあのままでいいのかもしれない。

 だから俺が、綺麗事では済ますことでは叶わない部分を担えばいいのだろう。もうホルファート王国、この世界での俺は当然に粛々と行える作業なのだから。

 ヘルツォークの時より視野を大きく考えればいい。

 ヘルツォーク以外にも救いたい親しい人達のために、そう、リオンの心を苦しめずに粛々と消していく覚悟を広げれば……

 ヘルツォークを盟主としていくラーシェル側共栄圏を確立し、ラーファンという自領にアトリー伯爵家やファンオース公爵領、そして親身に付き合える()()()()()()()()()の未来を作る一助ぐらいには、俺も一層邁進していかなければいけない。

 

 

 

 

 「これはまた早いご到着ですね。楽しんで頂けませんでしたか?」

 

 「湯浴みをしてから来ている。うむ、中々に楽しませて貰ったと言おう。心配するな、睦言と湯浴みで酒は抜けているからな」

 

 こいつ、オールで遊んで俺との密談かよ。

 

 「陛下も若くは無いというのによく遊べますね。アテンドした甲斐がありましたよ」

 

 「やはりお前とは非公式に話すほうがいいな。お前の慇懃無礼ほど私の鼻に付く物は無い。気楽にしていいぞ」

 

 「壁裏と天井のスポットにいつものヤバい方々はいないんですね。心境の変化でも?」

 

 恐ろしい対人エキスパートの選王直系直属親衛隊。

 ユリウスは王太子を廃嫡されたので、彼等の護衛から外されたが、本来ローランドであれば当然の如く周囲をガチガチに固められている。しかし、その護衛に気付ける者は数が少ない。

 ローランドの情事中でさえ、能面皮で監視をしていたのだろう…… 俺だったら絶対に御免被る案件だ。

 元々彼等は、その時々の王が名君だろうが、愚王であろうが愚直な忠義立てをする頭のおかしい連中だ。

 

 「無粋が過ぎる面々だからな。それにお前相手には意味が少ない。彼等の数も多くなくてな。徒に減らされても困るのだよ」

 

 俺の方こそ彼等の生身という絶対領域で殺り合うのは遠慮したいさ。彼等のテリトリーに入って五人いたら、確実に俺が殺られるのは間違いない。

 

 「ではお楽しみ頂けたのであれば、本題に入っていきましょう」

 

 「慌ただしいな。一杯付き合え。ヘルトルーデの滑稽な姿でも聞かせてやろうか?」

 

 それは間違い無く、ヘルトルーデに懇親会を押し付けて逃げるようにギルバート殿と打ち合わせに行った俺への文句だろうよ。

 

 「彼女も何だかんだ言っても温室育ち。相手は名ばかりとはいえ王族(ラファ)の方々。揉まれていく当初としては優しい部類だと思いますよ。才覚あれど未だに十六歳、本人が望む望まずとも、彼女の若さと美しさを使っていくよう周囲も考えます。今後はヘルトルーデ自身も自覚して、その自らの器量を押し出す必要が出てしまいましたからね」

 

 「若過ぎるが公爵代行という矢面に立たなければならない立場に置かれたからな。その点では不幸ではあるのかもしれん」

 

 「他人事のように言いますが、ご子息のせいでもあるんですがね」

 

 ユリウスも一応はファンオースの現状を哀れみ、婚約破棄の格好でヘルトルーデを襲撃した。

 しかし実際の所、ぶっちゃけ寝込みを襲って夜這いしてくれていたほうが、終戦直後のホルファート王国とファンオース公国も丸く治まってはいた、とは思う。

 俺とヘルツォークがやり過ぎた部分は、まぁ目を瞑るとしよう。

 今となっては、ファンオースの臨時統治司令官として俺の関わる前だからこそ言える事ではあるけどね。

 

 う〜ん、ユリウスって字面だけ切り取るとアンジェリカと婚約破棄して、次にヘルトルーデとも婚約破棄したのか……

 あいつヤバいな。

 何処とは言わないが、段々と小さくなっていって最終的にマリエを選ぶ。

 しかもあいつ『 YES ロリータ NO タッチ !!』を完全に無視している更にヤバい奴だ。

 

 「あいつはあいつだ。愚行も失策も含めてだな。女にまるで興味を示さなかったと思えば…… そういうお前は遊んでいるな。忙しく厄介な婚約者もいるというのにだ。若さとは羨ましい限りだよ。そういう意味ではバルトファルトの小僧も遊びが足りん。あの二人に翻弄させられる姿が、容易に想像出来るというものだ」

 

 何を勘違いしていやがる。今生では全く以って遊んでいないぞこの野郎!

 前世で目一杯羽目を外した引き出し部分を持ち込んでいるだけだ。

 

 「リオンもそうですが、私も遊んでいる暇なんかある訳がなかったですよ。私は婚約者達だけで満足ですしね」

 

 「貴様のそういう薄っぺらい部分、容易に剥がせそうなんだが、何故か取っ掛かりが無い…… 思えばバルトファルトの小僧にもお前のようなそういう膜、絡まるような薄気味悪さを覚える」 

 

 言葉に反して厭らしい顔付きで笑みを浮かべやがって。

 糞陛下は感覚だけで、今生の裏側に潜む俺とリオンの共通認識を掴んでいる。

 間違い無く俺とリオンが前世を共有していると言う、世迷い言で一蹴されてしまう真実に辿り着けるわけはないだろう。

 だが確実に俺とリオンは、他から閉ざされて隔絶されている共有世界感があると確信をしている。

 だから俺だけでは飽き足らず、リオンに対してさえローランドは、嫌がらせの名目でリオンに絡もうとしてきている。

 

 「そういう陛下の好みで、前途ある若者に苦労を押し付けないで頂けますかね」

 

 この話題は全者に益を齎す物でもないので、本題に入るための概要書をローランドへとデスク上を滑らせた。

 

 「……ファンオースは混乱期、土台を芯以外失いガタガタなのは素人目にも明白。当然の如く起こり得るだろうが、お前への暗殺未遂回数、想定より多いな」

 

 今のファンオース公爵領を支える土台の芯、ファンデルサール侯爵、立派で綺麗な飾り神輿はヘルトルーデだ。

 俺は彼等に権威と庇護を約束する綺羅びやかだが、虚飾に塗れた飾り屋根かな?

 飾り屋根の紋章がどうなるかは別だが、ローランドには茶目っ気含めて返しておく。こいつは勝手に察するわ、周りを動かして笑い混じりで極上の一杯を極め込むぐらいだ。

 誰かこいつに頭痛の種を植え付けてやってくれ。

 

 「ヘルツォーク十二家にも防諜用対要人暗殺、要人護衛に特化した陪臣家がおりますが、もしかしてファンオースの保守和平派は、私に鎧と対人を極めた全盛期の黒騎士でも目指せとでも言いたいんでしょうかね?」

 

 「ラーシェル、まだファンオースと繋がっている輩がいるか…… ほれ、お前が本日午後ファンオースに持って行って良い人員だ。レッドグレイブのギルバートと同期で能力に問題無い。たが性格上困った奴等だったが、ファンオースとの戦争で自領で腐ってた背が押される形となったな。王族(ラファ)だが下級貴族待遇の役人レベルで扱きでも何でも使え」

 

 こいつは王宮直上防衛艦隊の手配時にも迅速過ぎる差配を奮ってきた。だがどうにも俺を困らせようという意志も感じるんだよな。

 王宮直上防衛艦隊も士気がほぼ完璧に折れていて、立て直すのにエルンストと急ピッチで進めた記憶が新しい。

 この何ちゃって王族(ラファ)の、え〜と五人か。そこはかとなく面倒臭そうな予感が……

 ローランドから渡された書類の字面からも地雷臭が漂ってくる。

 ヘルツォーク産のワインを一杯煽りたい衝動が込み上げてくる。

 

 「この五人、王族(ラファ)ですのでヘルトルーデの嫁入り先…… いや、決定的に格落ち過ぎます。ヘルトルーデを代行から公爵其の物に陞爵させる件、王族(ラファ)会議と王宮議会が認めるんですか?」

 

 「五人がどうのこうのは基本無視されてはいるが、ヘルトルーデの件はミレーヌが強く渋っているな。まぁ、わかる話ではある」

 

 「それはそうでしょう。五年か十年先の新たな、そして驚異的な政争相手にヘルトルーデはなるかもしれません。祖国とホルファートを両天秤で考慮しながら、公爵に至る女傑が現れたら……」

 

 「ミレーヌは外的思考能力が高く、それらを細やかな内国調整に活かす政治力は屈指の天禀さえ窺える。中堅連合国家群のレパルト連合王国内では、構成五カ国とホルファート王国に対して歴史的快挙を成し遂げた。しかし、ホルファート王国は大国、この一つの国家内で、結局の所は中堅のレパルト連合王国全体程度を取り巻く権謀術数とは比べ物にはならん。ミレーヌの奴もこの十八年間のホルファートで、大国内へ対応するための自身の変革と成長に磨きは掛かってはいるがな」

 

 (ミレーヌ様も十代で祖国を背負って大国に赴いてきた。しかも味方など居たのかどうか…… それはローランド、お前や…… 先王弟の役目だったと言ってやりたいよ。其のことに悔恨を抱いているお茶紳士先生には、説法だろうが。だからこそリオンを気にかけているのだろう。先王はザナ、先々王は…… 俺も口に出して文句を言える立場では全く無いもの、か……)

 

 ホルファート王国は巨大だが、長年続く伝統で大国の刃を砥いでいるわけじゃない。ホルファート王国貴族の誰もが、血と魂に刻み込まれた開拓者精神、それを今でも超えていこうと錬磨している。

 発見、侵略、掠奪、そして現地有力者から協力関係を取り付け統治して支配下に置いていく。気付けばさらなる外敵から現地民を守り共に国として勃興させていった。

 ただ奪うだけではなく、開拓者精神を遥かに超えた圧倒的な熱量で作り上げた精神的に燃え盛る国。それがホルファート王国だ。

 今でも先祖を敬い冒険に精を出す。困り者ではあるが、精も根も尽き果てて灰になるまで躍起となる貴族すらもいる。

 だからこそ、リオンのロストアイテムと未開の浮島発見にこの広大な国家が熱狂的になったのが、まだ二年弱というつい最近の話題だ。

 

 「ホルファートの貴族はどう見ても異質ですからね。ラーシェルは伝統と信仰を第一ですし、ヴォルデノワはラーシェルより長い伝統から改革と新興を緩やか且つ、穏便に成し遂げてます。砂漠とオアシスの国は有力氏族で凝り固まっています」

 

 「その他の中小国家を除いて大国で見れば、ヴォルデノワ神聖魔法帝国も含めて、やはり国としての伝統を守る立場、勢力のほうが強い。だが、ホルファートは……」

 

 「伝統? ぶち壊して自分が新たに創り上げてやるという精神性が、浮島領主群の下級貴族も強いのでしょう。陛下もどうです? 国の運営や頑固な貴族を殴り付けるぐらい頑張って見ても良いと思うんですがね。王国本土の貴族女性の権限が剥奪されて行きます。抑えつけられていた物が、噴出しだして行くかもしれません」

 

 親父、エルザリオ伯爵と同期何だから、もっと働けと嫌味を言ってやった。非公式だし選王直系直属親衛隊がいないからね。仕方なく受け取って貰おうじゃないか。

 

 「蠢くのは外からの安っぽい手合いが入り込むからだろうがな。お前の手が回る範囲は放っておく。そのほうが私は楽な思いをして美味い酒が呑める。あぁ、また準貴族出の女が良い。無駄に気を使わずに済む。スリルと面倒を楽しむには平民出身の開拓に勤しむとしよう――」

 

 こ、この糞ランドがぁぁああ!!

 

 「フハハハハ、私にもホルファートの中興を司った開拓精神という物はまだまだ健在という事だ。お前の言うように頑張って一層の事、今まで以上に邁進しようではないかっ!」

 

 糞っ垂れがッ! 

 お、お前の女遊びを俺の言葉で補ってんじゃねぇぞ!!

 

 「……こ、このバカ殿が…… はぁ、ふぅ…… それと最後ですがね。一応ですが、淑女の森にも私の手配した人員がいますよ。私の秘書官兼副官の母親、ドレスデン男爵夫人と浮島ラーファン子爵領の側室、リュネヴィル男爵夫人とその娘ですね。生活援助を約束したら即座にです」

 

 ドレスデン男爵夫人は避難時において、便宜を計った個人的な貸しもあるし、ナルニアと俺の関係性で全く問題が浮かばない。

 ドレスデン男爵は、絶妙に微妙な立ち回りで、俺に貸しを作る事がなかった。少なくとも俺はそう受け取ってしまっている。

 ヘルツォークのガワだけ偽装艦二十隻製作補助や俺やヘルツォークからの艦隊受け入れ、リュネヴィル男爵家避難時の受け入れ補助。

 ラーファン子爵領、旧オフリー伯爵領における農政改革のプランニングに顧問も現在進行形で引き受けてくれている。

 種々諸々の金銭は俺が出したとはいえ、「心情的に寧ろ貸しを与えたのではなく借りているのでは?」と彼が目立たないからこそ、俺はドレスデン男爵との交渉術中、五里霧中から抜け出すため、更に暗中模索に陥りそうな気さえ当時はしていた。

 娘を切ってオフリーに付けつつ、自領は決定的なオフリーとの法的な繋がりは断っておく。ドレスデン男爵の絶対の信念で避けていた手腕なのだと、当時は戦争準備で慌ただしくて気に留めることはなかったが、落ち着いて考えるとバーナード大臣に紹介したいぐらいの人財だ。

 それはさて置き、法の改定なのでドレスデン男爵夫人が所有していた亜人の専属使用人は、浮島ラーファン子爵領の港湾開発に回してベッドの上ではなく、土方で気持ちのいい汗でもかいているだろう。

 

 リュネヴィル男爵領側は、ヘロイーゼちゃんは側室の娘だし、仲の悪いリュネヴィル男爵の正妻の姉は、この四月で嫁ぎ先から離縁を申し付けられていた。

 リュネヴィル男爵の正妻とその義理の姉にも生活援助の約束で小躍りまでしていた。ヘロイーゼちゃんは不満気味にブ〜タレて甘えてきた。

 めっちゃ可愛いのでヨシ。

 既に貴族法の付随事項が改定されて、下級貴族女性達が離婚問題に晒されているとは、俺も彼女等から直接聞いて知っている。

 

 「貴様もマメだな。お前を動かすとやはり私が楽が出来るじゃないか。安っぽい手合が接触しやすいのが、淑女の森なのは明白だからな。王都の潜伏先、王国本土の領主に寄生する潜伏先は割り出しておいてやろう。後はミレーヌや内務省管轄の衛兵局にでも目を光らせておいてやる。ご苦労だったな。お前の昼の出立時には、橋渡し役含めて例の五人に案内役を付けて寄越す。五人は最悪死なせても構わん奴らだ。ボロ雑巾のようにした後にでも、丁寧に作り直してくれても構わないぞ」

 

 能力に問題ないというのに何なんだその五人組は?

 もはや不安しか浮かばなくなってしまったではないか。

 

 「クラリス嬢と寝たお前は睡眠もバッチリだろう。お陰様で私は寝なかったからな。礼を言ってやるが、もう眠いので失礼しよう。フハハハハハッ」

 

 ぐぁぁぁあああっ!?

 あいつの喉元に刃を突き立てるのは、絶対に俺がやってやるぞっ!! 

 

 「ヘルトルーデを代行から公爵への陞爵に断固として反対していたのは、ヴィクトリアだったがな。エーリッヒの小僧も其処は言わずとも既に勘付いているだろう」

 

 (ホルファートの内情を熟知して活用し、大国内の男の動きを手玉に取るのは、ミレーヌよりも圧倒的にヴィクトリアだ。大国内で蠢き私利と国の利益の双方取りが出来るヴィクトリア、しかし中堅出身でありながら諸外国、しかも大国を巻き込めるミレーヌの綺羅星の如き天賦の才…… 私が二人に何の感情も抱くことなく、甲乙つけ難い等と無責任な意見が出てしまうのは…… 美しさも含めた両者の性質双方を更に一段回上で兼ね備えた()()心を奪われたからという事だろうか)

 

 己其の物である心の内の深奥を触れる者が現れるのは、もう居ないのかも知れない等とローランドらしからぬもの寂しさを噛み締めながら、エーリッヒを後にするのであった。




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