乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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エーリッヒ君は、そろそろこの方とも向き合う頃合いだと思いました。
アルゼルの先の話へと両者が互いに交錯していくためには、今後は正規話数よりも、国家間の幕間や閑話で少しずつ補完描写を加えて行こうと考えてます。



第127話 異母兄との歓談

 「まさか貴方がいらっしゃるとは…… ギルバート殿」

 

 ここで一人、俺ことエーリッヒとの関係性が複雑で、各方面が忖度しつつ慮る人物が、慌ただしくなる前にと俺に歓談の場を設けてきた。

 勿論場当たり的ではあるが、だからこそ回避が難しいと言える。

 

 「私は、ほぼ領地運営に掛かりっきりだったとはいえ、父上に呼ばれたり情勢動向やらで、度々王宮にも顔を出していたからね。アンジェの件に始まり、ファンオースの戦争といい、私自身も忙殺されてしまっていた。()()の立場として君への挨拶が滞った事の非礼を詫びさせて貰おうとは常々気にしてはいたんだよ。個人的にではあるが、私と君とでは、()()に色々とある事だし…… そう思うのは、私だけかな?」

 

 キラッ!☆ 

 世の貴族女子を卒倒させるかの如く、洒落っ気を備えたウィンクで俺へ言葉を投げ掛けてくれたのは、ギルバート・ラファ・レッドグレイブ公爵継嗣。

 間違いなく表情の仕草だけで言えば、俺に向けてはイケない類いだと思います。

 

 俺は王宮(ラファ)会議後の資料を精査しながら、会議場のバルコニー付近の出口を逃げるように使い、さっさと捌けようとした所に現れたのが、この長身長髪ロン毛の涼やかしいイケメン様である。

 俺、エーリッヒ・ラファ・ラーファンの腹違いの兄であり、初邂逅と言って差し支えない筈だというのに、のっけから流し目で軽く言葉にしてはいけない鋭さと圧力を感じさせてきた。

 探りを入れに来たのと異母弟への挨拶を同時に済まされてしまった俺の立場からすると、懐から入られて鼻先までも抑えられたので応じるしかない。

 

 公の場で言うのであればヴィンス・ラファ・レッドグレイブ公爵本人、そして非公式にヴィクトリア公爵夫人ともやり取りをしている。態々ギルバート殿が俺個人に改めて非礼を詫びる必要はない。

 であるならば、恐らく俺とギルバート殿の血を含めた立ち位置絡みの話をしたくて出張って来たのだと推測するが…… 

 となると、ギルバート殿にとっては自らの親を抜く事を前提とする。正に俺の動向を自分の代として認識しておきたいという事だろう。俺自身もこう読む方が最初の挨拶時の鋭さとも合致する。

 

 しかも俺は、ファンオース公爵領からヘルトルーデ公爵代行と共に王宮へ登庁した王族(ラファ)会議の直後だ。

 そして翌日の午後出発とはいえ、ファンオース公爵領にヘルトルーデを送り、若干の決裁と俺の居ない間の方針をファンオースで打ち合わせを済ませてから、アルゼル共和国へと赴かなければならないという多忙を極めている。

 だというのに一番偉い王族様とやらが、俺が必死の念で作成した統治運営報告書、そしてラーシェル神聖魔法王国との国境戦線記録も膨大なものを纏め、意見具申有之(いけんぐしんこれあり)と満を持して参加したのだが……

 

 「書類審査と選考に未決裁が各方面で溜まっている。今回の件は精査は後回しだが、お前には裁量は与えるからさっさと独自に進めろ」

 

 などと大して確認もせずに丸投げという稟議歳可を頂いた。

 それはいいだろう。だがしかし、このような目下大変な状況化でも王族(ほぼローランド)は、ホルファート城で開催される特有の懇親会を今か今かと子供のように待ち侘びていやがる。

 そう、ローランドが一番ノリノリなのが腹立たしいのだ。その腹立たしい奴が、俺とヘルトルーデ公爵代行殿に丸投げするのが許せない。

 

 「フィールド辺境伯に金と兵を出させて、更には支援物資まで内実はフィールド辺境伯から拠出されている。実務ではファンデルサールに内側の立て直しを投げている奴が私に文句を言うな。私は気付いた。お前を動かすと楽だし気分が晴れやかだ」

 

 ローランドは、やはりいつか俺の手で殺すしかないのかもしれない。

 

 「……陛下の思し召すままに邁進しますよ。私自身、宮廷階位としては次官級とはいえ末席であり、領主としては下級貴族。王族としては末端の位置に添え物のように控えているだけですからね」

 

 俺自身は、今や閣僚級の下で働く下級貴族のお役人であり、その役目を違わずに宜しく仕事に精を出そうという算段であった。

 軍務審議官も外務審議官も子爵級だからね。仕方ないね。

 糞陛下に対する殺意を何時でも忍ばせながら、王族の走狗でも何でも致しましょうという所存ですよっと。

 

 王族(ラファ)だけが取り柄のオッサン揃いの懇親会は、ヘルトルーデ公爵代行殿のような若くお美しさと教養を兼ね備えるお嬢さんに任せて、なんちゃって王族(ラファ)というおじ様方のヘルトルーデの怨み節を背後に聞きながら、俺は酒を軽く呑んでから逃げる。

 そして領地関連の打ち合わせと可愛い婚約者との打ち合わせにも精を出そうとした矢先であった。

 クラリス達が怖いからね。遊びに行けないよね。

 頑張ってねヘルトルーデ公爵代行殿〜! 

 

 そんな高揚とした気分に氷水を掛けられたようなギルバート殿の声と顔を確認した瞬間、改めてローランドへの殺意と怒りが噴出しそうになるのを抑える事に成功出来たのは紛れかもしれない。

 

 俺のローランドに対する内心までは、流石に関与していないギルバート殿に対しては、俺も貴族として及第点といえる社交辞令の笑みを浮かべる事は問題無かっただろう。

 しかしお互いに一対一で初めて会話する相手、会議後とはいえ王族が集まる公の場だから、ある程度身構えて頭の片隅で鈍らせないようにする程度が無難かな……

 舌鋒に発展するか否かは別として、バタバタした状況で活用出来たミレーヌ様とナルニアの時のような手法で、ギルバート殿への非礼と謝罪をどさくさに紛れさせておこう。

 

 「非礼を詫びるのは僕の方ですよ。自分の手が届く範囲でしか行動出来ない下級貴族の身です。えぇ〜と、何と申し上げたらいいか難しいのですが、公爵やアトリーの義父上に任せきりで…… ギルバート殿に足を運ばせるという無礼をお許し下さい」

 

 「下級、ね…… 」

 

 ん、俺は子爵なので下級貴族ですが何か?

 最近、王族という立場もチョロっと活かしながら、二枚舌を駆使しようかなとも思ってますが何か?

 本来なら不味いが、戦時下等々を考慮しつつも平時においての無作法を此れで無しにして頂きたい。

 などという俺の保身からくる挨拶を受け取ってくれるようなニュアンスに聞こえたけど?

 

 「……こうも自らの立場が二転三転してしまいますと。()()()()にもなろうと言うものです」

 

 本当に、あやふやを有効活用したくなってくる。

 これでは、俺は一人の恣意性で均衡を動かす実母の贋作に陥っていく実感が止まらない。

 ヘルツォークやクラリス達の為ならば厭わないし、今まさにファンオースまで構想に組み込んでいる。しかもファンオースの実利にもなると独善的にもなろうとしているから(たち)が余計に悪い。

 

 腹違いの兄弟である我々、ギルバート殿の俺に対する一声は、かなり予想と異なる切り口だった。

 

 「父…… あぁ、君の義父であるバーナード大臣、ましてやエルザリオ伯爵でもないよ。私の父のほうだ。君は…… エーリッヒ君は、ヴィンス・ラファ・レッドグレイブの事を父と呼ぶには、やはり抵抗があるのかな?」

 

 そこからか……

 当たり障りもない会話のクッションで問うてきた?

 いや、流石にそれは挨拶時の第一声の言葉で、それはないと断言出来る。

 あぁ、なるほど。

 これは初めて純粋に問い掛けられたように感じる新鮮さか……

 

 この至極純粋な問は、バーナード大臣やクラリスまで避けてくれていた部分でもあり、真実としてアトリーが俺の心情と身上を慮ってくれた情の深さだ。

 しかし、こうも直接的な問い掛けには、改めて衝撃を受けるのだと痛感したよ。

 状況的にもほんの少し時間が経過し慌ただしかったので、心の隙を突かれてしまったという面も多々大きい。

 もちろんギルバート殿が直接聞いてきたんだ。ただの興味本意だけじゃないだろうとも理解はしている。

 だがこの話題を俺に対して直接興味本意、もはや政治渦中まで加味されてしまう俺、そして公爵の血の意味を似た立場で純粋に問い掛け可能な人物は現段階では存在しない。

 今後はどうかわからないが、少なくとも今のアンジェリカでは無理だろうと俺は思う。

 

 純粋にギルバート殿との会話に興じてみたくなってきた。

 

 「僕の方からは公にするつもりはありませんでした。本来ならば、公爵とても公にする必要は無かった筈です。対外的に見ても公爵を父とは呼べませんよ」

 

 ローランドの糞が、任官であんなちゃぶ台返しをしなければ或いは、双方の時間経過が許したかもしれませんがね。

 

 「だが君は匙をアトリー伯爵家に預けた。当時、と言ってもついこの間までだけど中立派の大物。今では王宮での巨魁とも言える。預けた先がどう扱うかを考えてなかった訳では無いのだろう」

 

 「数年前から便宜を図って頂いていた大家ですよアトリーは。ヘルツォークや僕個人にとって…… 後は上級貴族と下級貴族の流れに身を任せるのが筋合いではありませんか?」

 

 ぶっちゃけ、俺の廃嫡は下級どころか平民にまで落ち掛けたかと思いきや、準貴族にしといてやろうというような乱高下でしたがね。

 男爵位以上は、更にその流れの上にいる偉いさんの匙加減でしたしたので、俺の意志も意向も関係無し。

 その辺はリオンと似た者同士だ。

 

 「そして私は、知らぬ間に歳もそう離れていない妹と同年の英傑な異母弟が現れた……」

 

 飄々とした表情のまま声色と口調、奥に翳した意味は千変万化か……

 改めて受けた教養に教育、領地経営学も高水準だと端々に覗える。今現在も王宮で、熾烈な派閥力学と相関する海千山千の貴族共を目下相手に勉学中の若き俊英なのだと理解したよギルバート殿。

 

 「当時は既にギルバート殿は、公爵継嗣のお立場であったではないですか。()()()()()殿()としては如何様にでも? それは勿論、この状況における今後に於いてでさえも……」

 

 このホルファート王国を構成する若年層の世代としては、五指に入る運や才覚に恵まれた人物、あのおバカファイブのほんの少し上の世代……

 ダメだ、あの5人が出てくると何が天才(現実)で、何が馬鹿(虚構)なのかが、意味不明になってくる……

 

 「君が言うように私はそれでも構わない。だが、周りはそうも言えないらしくてね。思惑を下方修正で対処したい。()()にでも戻したい。別案等々も動いている…… レッドグレイヴ公爵家もこの流れでは、そう安々と順風満帆に乗り切るのは難しい。要因は多々あれと切りが無い」

 

 俺個人として、そこは余り深入りしたくない領域だ。

 従来の1パターン通りギルバート殿を跡取りにして、公爵自身が宰相になるという分かり易い今までの構図を踏襲したい。

 ただその場合、バーナード大臣が前構想よりも現段階で王宮内で力を持ち過ぎている。

 孫を王にする。本来ならアンジェリカがユリウス殿下に嫁げば、宰相の立場も盤石だったのだろう。

 それを下方修正する、か……

 これは公爵やギルバート殿は考えていそうだ。

 

 「自分が腹を痛めて産んだ娘、その娘を蔑ろにされた。屈辱も受けたまま未だ晴らせず、虎視眈々と政治的側面でも武器にも材料にもなっている。それらが母親として送る娘への愛情、そしてホルファートを代表する貴族家の矜持を曲げる足枷にもならない――」

 

 レッドグレイブ公爵家やアンジェリカに対するホルファート王家への感情の火は、レッドグレイブ公爵領内や関係各所では未だに燻ぶっている。

 糞ランド陛下が、リオンと俺を対ファンオースでの戦争で迎撃総司令官と王宮直上防衛司令官に任命して大逆転したからこそ、レッドグレイヴも深入りを良しとせず、まだ時流を掴もうという段階で落ち着いているのだろう。

 

 「――王家は最悪、後一度でも失敗したら内乱の可能性もそう低くは…… あ!?」

 

 ヤバい、思考に没頭してしまった!

 

 「いや、ぷくくくく…… まさか、私達の動きの推測をほんの少し与えるだけで、こうまで読んでくるとは。私の母上に会って彼女の人物像を掴んでいたとはいえ」

 

 「……レッドグレイヴ公爵家関連はバーナード大臣の情報からですし、ヴィクトリア公爵夫人に関しましては、クラリスが王宮務めで面識がありましたから。僕の考えなど…… 下級貴族の口さがない憶測の程度の域を脱しませ――」

 

 「謙遜する事はないよ――」

 

 遮るな!

 おい、止めろ。

 

 「――正解だ。しかも別案等々というのもリック君には当てられてしまっているようだ」

 

 だいぶ気に入られたらしい。リック君呼びかよクソッタレめ!

 実はこの人、俺が王国中枢に入り込みたくないという本心を読み切っていたからこそ、この話し合いの場を設けた口だな。

 しかも状況次第では、流動的に動きを変える俺やアトリーを今後もギルバート殿個人が見定めたい。

 レッドグレイブの次代はギルバート殿だから、その実利に向けて立ち回りたいのが本音か。

 ただし、公爵や公爵夫人とのビジョンは異なるもので構わない模様。しかしまぁ、ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ公爵と直近の方向性は同じ。

 現時点でのギルバート殿が見据えていきたいという俺との関係性は、十年先以降をある程度見据えてという確信は持てたな。

 俺だってレッドグレイブ公爵領とは良好的な付き合いを望んでいる。

 

 政治部分での対立は日々細やかにあるだろうが、バーナード大臣もレッドグレイヴ公爵も、本来ならば波風を自ら立てに行きたいわけではなく、基本的には協調路線だ。

 だがそこにヴィクトリア公爵夫人と公爵との齟齬が出たのが大きい。

 あれは自領に居たはずの公爵夫人が、陛下の暴露に戦中及び戦後処理で忙殺されていた各人物、そして関係各所達への急所を貫いた知覚外からの会心の一差し。

 その被害は哀れにも木っ端貴族! 

 公爵もバーナード大臣も反応出来ずに、しかし刺されて被害を被り、更には今後も被害を被るのは俺!!

 解せぬ!?

 

 ヴィクトリア公爵夫人は、その木っ端貴族の血が欲しいからという理由で、平民堕ちしたレッドグレイブの息が掛かる小娘を二人充てがってきた。下世話で安直だが、だからこそ予想外の一撃に皆が呆気を取られたのだ。

 俺のような木っ端貴族と平民堕ちしたレッドグレイブの息の掛かる小娘二人にはレッドグレイブの血が、要は王家の血が流れている。

 王族を巻き込み、更には王宮を一手で抑え込むアプローチの妙手。

 今後、これにはレッドグレイブも含めた王家にバーナード大臣、渦中の俺本人すらもを追々激震の渦に放り込む事が可能となった。

 要は、ヴィクトリア公爵夫人は明ら様に狙いを付けているという事を息子であるギルバート殿も掴んだという事だ。

 俺自身は、直接的に王宮の医療用特別養療用個室内で、ヴィクトリア公爵夫人とクラリス、アンジェリカが話していたのを聞いてはいる。

 ギルバート殿は、ヴィクトリア公爵夫人が何処まで本気かを探るのが本心か?

 ユリウス殿下の婚約破棄を皮切りとし、ファンオースにラーシェル、ホルファートを取り巻く各国境沿いの中堅国家群の動向がファンオースに連なって加速度的に動いた。

 当主から盤石の権限移譲を始めたばかりという、未だ二十代前半のギルバート殿でさえ、レッドグレイヴ公爵家が各国周辺状況にホルファート王国内、もしくは外交的にも気にしつつ動からざるを経なくなってしまっている。

 

 しかし、ローランドはそんな王国内を気にせずにリオンと俺をからかって遊んでいるように見える……

 あいつ何なの? 

 

 「せめてその件に関しましては、僕自身の口から言の葉に出す事、甚だ大いに憚られますので、何卒ご容赦の程を宜しくお願い申し上げます」

 

 もう三流以下の胡散臭い政治化モードを発動させるしかなくなってしまったワテクシ。

 

 「もう私達の間にそんなやり取りはいらないだろう。君は時限措置かもしれないが、ファンオース公爵領の実質的支配者であり、ホルファートに自領もある。子爵級とはいえ、本来はその規模もどうだか…… 母上は、些か前を見過ぎてそうでね。男として母親との距離感に未だに悩まされてしまうよ」

 

 はっ!?

 実母と関係を絶ち切った俺に恨みでもあるのかね。まぁ、俺にとって必要な彼是(あれこれ)は頂いたので、上手く立ち回れた自信はあるよ。

 冗談はさておき、母親を俺に取られて悔しいです。なんていうアホなニュアンスではないのはギルバート殿は明白だ。

 この人は茶目っ気と本音を混ぜ合わせて相手に読み取らせないようにする。

 貴族であれば当然とも言えるが、相手の状況と情報を入手しておいてそれを高い次元で悟らせず歓談で終わらす事もこの歳で出来ている。

 頭脳明晰で家柄も教養も最高水準であり、ファンオースの侵攻も迎撃艦隊で艦の指揮も認められて、艦隊戦闘殊勲章も授与されている。

 艦隊指揮殊勲十字章では無いとはいえ、これは一隻の艦長として立派に務めた証だ。

 

 レッドグレイブの若き俊英、堂々胸を張って言えるギルバート殿のあやふやな空虚さ、そこに隠しきれない混入の呟きを俺は拾い上げてしまった。

 それは巨大なレッドグレイヴ公爵家其の物に(くびき)を鋏まれてしまい、身動きを封ずるかのような音が、鈍くそれでも響くのを止められる事が出来ないもどかしさが、ギルバート殿の耳にこびり付いてしまったのだろう。

 若さゆえ諦観はしていないのだろうが、大家過ぎる身の上で公爵領内の統治機構は盤石だ。そのような環境内で、己の才覚を奮うのは想像以上に難しい。加えて父と母である公爵と公爵夫人も健在なのが喜ばしいだろうが、そもそもそれが大きな(くびき)でもある。

 実は俺との邂逅は、ギルバート殿は藁にも縋るほどまでなのか?

 

 その感情は如何なるものかを今この場では語る事はなく、ただ()にも()にもその時でないと、そう出来ないのだと確信した瞬間かもしれなかった。

 

 

 

 

 「ねぇ、クラリス。僕は少し迂闊な部分が散見されるのかな?」

 

 王族の懇親会に参加しなかった俺を上機嫌でアトリーの屋敷にクラリスが迎えてくれた。

 俺という新興子爵家であるラーファンの屋敷建設が、旧貴族街の一区画で取り潰しされた貴族家の用地取得もバーナード大臣が行い進めている。

 王都に於ける浮島ラーファン領と本土ラーファン領の仕事の一元管理を行うための執務屋敷と邸宅を兼ね備えるので、設備は最新で規模は古城と呼べるヘルツォークの屋敷に並ぶかもしれない。

 そんな自身で予期することの出来ない環境に放り込まれてしまっている。ファンオースの件だってそうだ。

 ()()俺自身の処理を超えて、目眩を覚え始めたからこその弱気が現れたんだと思った。

 

 「なぁに…… 王族の海千山千にでも絡まれたのかしら?」

 

 この世界の枠組みで、国で、法則内で策も弄するし、化かし合いもする。戦争だって…… 

 しかし、理不尽を更なる理不尽で以って覆す。リオンとルクシオンのあの光景を見てしまうと…… 対抗策はある。

 ただ究極の所、ルクシオン先生を押さえる事は可能だが、それもリオンの善意の上、しかもリオンの戦術の幅の狭さでしか成り立たないという薄氷の領域。

 場合によってはルクシオン先生が、リオンのために難なく戦術や戦略を覆すだろうとも想像出来るし、そこに何故か絶対の安心感もある。

 だから凡夫の枠組みから出られない俺は、()()()を切ることに躊躇いはしない。

 ただし()()()は切りたく無い。AIプログラムでは成し得ず読めない、薄汚く浅ましい俺だからこそ可能な一発芸。

 友達相手だぞ…… こんなことを考える自分が嫌になってくる。 

 

 成層圏を飛来して攻撃可能な恒星間航行宇宙移民船ルクシオン。そこにクレアーレ博士という高性能研究改良多目的基地機能まで搭載されたそれは、外宇宙での神話と呼べるノアの方舟だろう。

 たが、リオンが保有するこの神の領域の力を確信してしまうと、俺の脳裏から恐怖という部分が拭えない。

 俺のこの世界での行動、生き方、信念、容易く一蹴されて無意味な物になるのではと……

 これでは俺もフランプトン侯爵を笑えないな。

 

 「そうとも言えるし、それとはまた少し違う、なにぶん感覚的な物でもあるんだけど…… 他の人から見た場合、割と僕は分かりやすい人物なのかなって思ってね」

 

 リオンはあれ程の力を得て何処に行くのだろうか?

 保身? スローライフ? 流石にそれは…… もう無理だろう。

 ギルバート殿もリオンの力の一端しか知らないわけだが……

 宇宙を知らない時点で、リオンの力を知っているとは言えないか。ただ、並々ならぬ物をリオンから感じ取ったのは明白。

 恐らくはアンジェリカからの雰囲気でも察したからだろう。

 だからこそ、ギルバート殿は俺に接触してきてヴィクトリア公爵夫人の思惑の流れが、「リオンとアンジェリカで行けるのか? お前はどうするのだ?」という立ち位置を俺とギルバート殿で、互いに端的に把握して置きたいのはわかる。

 実際はレッドグレイヴの複雑怪奇な領域でもあるが、俺とギルバート殿は、端的に分かり易い接し方のほうが、レッドグレイヴ側に余計な心証を与えなくていい。

 

 先程の話し合いで、互いに深い位置を取ることも可能だとは知り得た。それでも対外的には表面的な関係の方が、今はまだいい筈だとギルバート殿も俺と同様に理解しただろう。

 

 「んふふ、貴方が気が抜けてる所を見付けるのが私は好きよ。貴方は必死に自分を抑えてくれている。良い意味でも悪い意味でもね。貴方そのものを真剣に見据えようとするお歴々の方がいたらある程度は…… それに覚えがあるのでしょう? フランプトン侯爵よね。リック君、貴方はもう少し息を抜かないと、消えてしまいそうだから…… だから、それならば私も連れて行ってね。貴方が消えない範囲を広げてあげる」

 

 そう、そう意味では憑き物が落ちたフランプトン侯爵との話し合いのほうが、ホルファート王国において現実的でもあった。

 まだこの世界は、多国間との繋がりも浮島という星学的構造上希薄とはいえ、それでもフランプトン侯爵や悔しいが実母もこの世界、星を見据えて動いていた。

 守りたいんだ。壊したいわけではないんだ。

 ホルファートの下級貴族が、誰もがこんな世界はクソだとは言うけれども、俺にとっては得たものも多大なんだ。

 

 「……止めて、くれないのかい?」

 

 「ティナさんは貴方の渦中に飛び込んで行くわ。だから私は貴方を包み込む裾野を広げて引き揚げて挙げたいのよ…… 絶対に離さないし離れてあげないんだから。うふふふ」

 

 「嬉しいよ。クラリスの声は心に響く…… そんな君を僕は心から愛しているよ」

 

 「あら? ティナさんの声は貴方の本能に響くのかしら。妬けちゃうわね…… 焦がれちゃうわ」

 

 「君がいなくちゃ僕は成り立たなくなってしまったよ。弱いんだ…… 甘えている自覚はこれでもあるつもりなんだ」

 

 「裾野を広げて引き揚げると言ったでしょう? 貴方の柵も含めて甘えさせてあげるから。だから、私を傍らにおいてよね」

 

 「それは僕からお願いする言葉だよクラリス」

 

 「ねぇ、貴方。女は存外に単純よ。男があれこれと難しくしていくだけ…… アンジェリカとそろそろ一歩踏み込むべき時ではないかしら? リオン君に貴方、それに貴方の()()()にも関わっているわ。気を抜くのは心の静養になるけれど、必要以上の遠慮はダメよ。自分の事ばかり遠慮して、後回しにして辛くなっていく貴方を見るのは悲しいから」

 

 俺の今日の邂逅における葛藤に加えて過去からの葛藤、そして未来への葛藤もこの場で察する……

 

 「僕も情けないね。視野の甘さと若さが出たみたいだ。クラリスには敵わないよ」

 

 若さというには、精神年齢的にキツくて言い憚られてしまうが。クラリスの言葉に抗う気は起きないな。

 

 「私も貴方のせいで単純になったのよ。女と男では理屈も論理も違うと教えてくれたのは貴方。だから私は、私の理屈と論理で貴方を救ってあげたいのよ」

 

 もう何処かの時点で、俺はクラリス達に深い部分で救われているのかもしれないと思えた。

 あぁこれが、言葉に尽くすことが難しい、多幸感を得たのだと。




しかし、アルゼルは魔境!
ミレーヌ様の、ゲフン…… 失礼。しかも似てゲフンゲフン…… 美人だけど怖そうな女傑もいる。
大丈夫かリオン?
ミレーヌ様好きのリオンは、危険が危ないぞ!
原作様主人公のリオンさんの事を心配し過ぎて、朝昼夜しか寝られない!!

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