乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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ミ、ミアちゃんの母親!? 一体、何々ファンなんだ!!

さ、三作目にも妹が…… ぐぁっ!?(麗しくも恐ろしい妹様がお怒りのようです)


第124話 水面下では、次作の内容が進行している

 ヴォルデノワ神聖魔法帝国、40年前までは国土広く豊かで強くはあったが、どこか牧歌的であり争いとは無縁と言えた国、それをこの世界に覇を成す勢いで強大な軍国主義に造り変えた皇帝が、威容を誇る城塞内にある居城の執務室にて各所からの(おびただ)しい書面を処理していた。

 皇帝は、各国に遣わしていた密偵及び外交官からの書面を確認している最中、現在では()()とも呼べる末路の報告を目にした瞬間、白昼夢に襲われたような感覚に陥った。

 

 あぁ、これは幾度となく見る悔恨、儂の青春時代の濃い残滓という奴じゃな。

 

 「彼等は学徒です。参謀将校殿! 少佐殿! 戦後にこそ彼等が必要なのですっ!!」

 

 左頬に痛みを感じるよりも前に身体が吹き飛び、己が背が壁を打ち据え強打される。

 

 「黙らんかぁっ! 少尉風情が、参謀本部の命令に意見するとは無礼千万!」

 

 起き上がろうとする我が身の左頬を幾度となく上官が打ち据えていく。

 ガツガツという骨に響く音が、学徒兵の飛行訓練に於いて、自分が不可を付けた数と呼応するように殴打されていく。

 

 「な、ならば、何故(なにゆえ)自分ら、職業軍人たる尉官では駄目なのですか!」

 

 「熟練搭乗者がもはや靖国に奉じられた中、促成ではない幼年学校出や士官学校出を特攻に使えるわけがなかろう! 離陸と水面飛行、急上昇からの急降下訓練を行えるものは、呉には貴官含め数少ない。国益のためには貴官らが教官として随意学徒共を特攻に送るのがっ! 送るのが…… 最善、なのだ……」

 

 この将校殿も本心として納得しているわけではないのが、言葉少ない中での葛藤で理解してしまった。

 

 早々に次の命令が下る事が予見される中、一日だけ基地内の搭乗者に休暇が下る。

 儂は、次兄と次々兄の戦死報告、そして手紙を受け取った。実家が造り酒屋で長兄は家業を継いでおり、職業軍人となった兄二人と儂で、杜氏工程を暗号にした懐かしい子供遊びを含んだ手紙を涙を流しながら読む事となった。

 

 「牟田口閣下は、決して畳の上で死なすべからず」

 

 中佐でビルマに赴任した次兄は、後に白骨街道と言われる場所で飢えと戦い玉砕したそうだ。次々兄は海軍だというのにガ島に残された陸軍を見捨てる事能わず、共に靖国に旅立った。

 優秀と目され、戦果も上げたことのある将官の最大、最悪の利敵行為ともいえる大失態……

 閣下のために靖国に旅立った親族だからこそ恨むが、一度の失敗で歴史の汚名になるという物悲しさは、非才のみ身で皇帝になった儂が、常々に胸中に抱かなければならぬのだろうな。

 

 「少尉殿、お顔が優れない御様子で」

 

 ふとその声で、夢か現か困惑する儂の頭を靡かせる。

 あぁ、そうじゃの。今朝読んだ手紙が頭を離れなかった儂は、暗い顔で基地内を彷徨っている所に、学徒動員されてきた者達から声を掛けられた。

 

 「いえ…… せっかくの休暇です。少ないですが酒も支給されました。自分に構わずに」

 

 今更休暇を楽しめるわけが無い。幾度となく特攻のために学徒を送った身だ。

 その言葉を聞いた儂は、背負っていた背嚢から酒瓶を取り出して、優秀な頭脳を持つ彼に手渡していた。

 

 「……正直、少尉殿を自分らは疎んでいたんですが、参謀殿に殴られてまで庇われると…… 申し訳ないなと思いまして」

 

 顔を上げると前途有望な同年代がそこにいる。背後には自分より年上もいるが、皆が清々しい笑顔を向けてきてくれた。

 

 「……申し訳ないのはこちらです。自分は浅学ですが、貴方達は家に恵まれたり、苦学の果てに帝国大学で学んでいた身。戦後の祖国のために必要な方々です」

 

 いまや数少ない陸軍幼年学校から士官学校を経た尉官という自分じゃ。儂とてもそこそこに良い出自ではあったが、自らが報国を望んで軍人となった…… 

 儂が率先して先に送った優秀な若人(わこうど)よりも先んじて死ぬべきだった筈だ。

 だからこそ、自分と同様の尉官達の嘆願で、次の特攻隊員は埋め尽くされた。

 訓練も十分、経験もある最後の我々という正規の軍人からなる戦闘機乗りでの特攻作戦。狙うは護衛の駆逐艦六隻に米空母二隻。攻勢航行する巡洋艦多数。

 欲深くとも所属する航空隊のベテランや訓練十分な戦闘機乗りだ。敵艦一隻を抱いて道連れにする気概は十分じゃった。

 

 「軍学校も立派なエリートですよ少尉。自分らの学業、人生においての学びはここまでですが、せめて次の世代は存分に知識欲を満たして欲しいですね。知ってますか少尉殿、知識欲を満たすとそれを奮いたくなる。俗物的かもしれませんが、それが祖国を発展させられるのだと思います」

 

 そういった彼は、21歳の東京帝国大学工学部の学生だった。

 後に「鉄は国家なり」、その言葉を体現可能な彼をこの戦争で失わせたくはなかった。儂は20歳だったが、若さ故の奢りと閃きから来る確信でもあった。

 

 そして、学高く、愛国心も高い彼等を生かすために兄二人の場所へ赴こうと覚悟を既に決していた正午。

 あの、気高くも悔恨と現在を憂い、か細い未来を紡ごうとする…… 心奥を突き抜け魂が、震戦慄(ふるえおののく)とはこの事かという、今世でも刻まれることとなった放送を聞いたのだった。

 

 

 

 

 「むぅ…… 如何な。少々、惚けてしまっていたようだ」

 

 執務室の書類を見ていた儂は、ファンオース公国が焼かれたという戦争概要の報告を読んで直ぐに、傍から見た場合における転寝(うたたね)とも取れてしまう様相を表してしまったようだ。

 

 「歳には勝てないんじゃないですかね。皇帝陛下と言えども」

 

 見られてしまったか。

 まっこと小生意気じゃが、しかし実力は帝国一といえる若造の揶揄された声が投げかけられた。

 

 『おいおい相棒、一応は老境にはまだ差し掛かっていないからな。ホルファートのせいで処理が増えたんだろうよ。老人は労わってやれ』

 

 「ふん、ブレイブよ。はっきりと言えばよかろうて…… 貴様の物言いは儂を馬鹿にしておるのか?」

 

 ロストアイテムの黒い球体の生体魔法生物は、儂を持ち上げるのか貶すのかの判別が難しいのが…… 

 ふん、面白くはある。

 

 『俺の主君は相棒だからな…… でも余り気負うなよ。アンタに何かがあると、ミアが悲しむ』

 

 ミアという少女の名前に儂は自然と眉を曇らせてしまう。

 

 「ミアの状況はどうじゃ?」

 

 ブレイブを肩上に浮かばせる青年に儂は問うた。

 

 「原因不明の衰弱。時折回復はする。だが…… 例のごとくさっぱりらしい。帝国内でも同様の症状が数例だが報告されている。勿論、現状での症例は無視できるほどに少ないとはいえ…… 俺は無視できない! やはり――」

 

 「貴様の言う乙女ゲームとやらに縋るか……」

 

 「あぁ、あんたは知らないだろうが、間違ってはいない筈だ」

 

 一国、しかもこの世界於いて最早勝る所を探すのが困難ともいえる大国の皇帝に無遠慮を隠さずに意見する若者……

 フィン・ルタ・へリングが、儂へ絶対の意志を込めた瞳で見据えてくる。

 

 ()()()()、このフィンと儂はこの世界に生きていながら前世、以前に自らが生きていた時代を覚えており、世代は違えど同じ時を生きた記憶を持つ人物だ。

 孫や姪孫(てっそん)よりも少々若い世代ではあるが、現在では実力を兼ね備えながらも、考えは甘く可愛らしげがある好青年だ。

 じゃが、孫よりも可愛がった()()が儂よりも先に逝った時には、嘗ての世界を呪ったもんじゃった。その姪孫よりも二年前に更に若い姪孫が死んだが、そこは数多いる親族の一人と割り切ったが、奴は思いの外沈んておったな。

 

 「ホルファートは次年度に他国からの留学生を受け入れる方針じゃ。儂もミアには健康で健やかな平和な時を過ごして欲しい…… それを貴様が担えるというのか?」

 

 『おいおいおい、爺さん。俺と相棒に不満があるのかよ!』

 

 「良いんだ黒助。気持ちは分かる」

 

 皇帝とフィンのやり取りに憤慨した生体魔法生物。かつて勃興した戦いで勝ち残った新人類側のロストアイテムが、二人の会話に割り込んだが現在の主であるフィンに窘められてしまった。

 

 『俺はブレイブだ! いい加減黒助って言うのを止めてくれよ。力が抜けてくる…… ミアなんかブーちゃんだぜ』

 

 ブレイブの嘆きに柔らかな手つきで撫でるフィンは、心底このロストアイテムを信頼しているという手付きだ。

 即位して実力主義を前面に押し出したわが国で、個人の武に於いて筆頭を勝ち得た眼前の小僧とそのロストアイテムは信頼している。

 神聖魔法帝国十二騎士。軍部においては佐官クラスではあるが、これは戦略想定や戦術策定を担う分けではなく、最大でも鎧の大隊で以てその強大な突破力を担うための称号だ。軍部においては高度な特殊作戦任務部隊の色合いが濃いと言える。じゃが、鎧における一対一、小隊指揮から大隊指揮に於いては彼等に勝る者無し。

 

 「喜べ。ホルファートは次年度の学園に留学生を招く所存じゃ。レパルト連合王国から嫁いだ王妃の承認もあるから確定じゃろう。ミアを…… 我が()を推薦しておく。守護騎士はフィン、お前じゃ。四肢が砕けて魂になろうがミアを守れ」

 

 (ぐっ…… 妖怪爺が…… 個人の強さは俺の方が遥かに上だというのに、何て眼をしてやがる)

 

 『……相棒。人の深みは単純じゃない…… でもまぁ、俺がいるから大船に乗ったつもりで安心しろよ』

 

 新人類側のロストアイテムのブレイブが明るい声を出すが、儂の視線から一つ目を固定しているという点で、儂個人の威から文字通りに目を離せないと見える。

 

 「あんたが思う以上に俺もミアの身を案じている。自由に動けないあんたは黙っていろ。俺は…… 俺の全存在を掛けてでも、ミアに幸福を与えて見せる」

 

 (きびす)をかえしながら儂を射貫く眼力の力強さに思わず硬直してしまう。その直後に喜ばしさを表すかのような口角を浮かべてしまう。

 

 「若造が、さっさとミアにその言葉を述べい。平和と怠惰で彩られた前の世は、通じんのじゃぞ」

 

 嬉しくも深いため息を吐き出した皇帝、静かにフィン・ルタ・へリングを見送った。

 そして思い出すかのように未だに溜まっている書類に着手しようとしたその時――

 

 「あら、規律から織りなす軍事拡張を成しえた偉大な皇帝陛下も…… ふふ、ふふふふふふ。存外可愛らしい甘さを見せるようですね。孫…… いえ、ふふふふふ。奏上を述べた方がいいのかしら皇帝陛下。()()をホルファートに送るのね。えぇ、えぇ! ホルファートの歴史上、その()()()()詳しい私が、教えて差し上げるわ」

 

 ふわりと皇帝たる儂の背後から、優しく抱きかかえる天女のような女性(にょしょう)は、金糸と見紛うかのような美髪をたなびかせ、儂の頬を柔らかく撫でている。

 男児に恵まれなかった儂は、嫁いだ二人の娘の内、長女が若くして亡くなったが、次女も男児に恵まれ何だ。結果として十五年前に生まれた我が娘を娘夫婦の養子にした。

 婿は帝国内の大貴族だ。嫡子ではあるがその弟等の直系は多い。だからこそミアを紛らせるように養子にして個人の幸せを願ったのじゃが……

 

 儂の背後を柔らかに包み込む女が携える、淡いスカイブルーの虹彩で儂の心を浮つかせた後、ディープブルーの瞳孔を用いて深海に引きずり込む瞳が、儂という皇帝の視界の端を陣取り、徐々に浸食していくが、その女が解き放つ妖香に抗うように、儂は意味を成しえない口撃を試みる。

 

 「血肉を分ける己が子に厳しいではないか。お前は道理を捨て去るのかっ!!」

 

 儂の言葉を受けながらも齢40前後に達する女は、それ以上の深みと若々しい香気、そして年齢を惑わす感触で攻め立ててくる。

 

 「朗らかで愛嬌のある娘、天真爛漫ではあるけれども、貴方とあの騎士に守られた()は、夢見る女で終わりそうね…… 才ある娘かと思えば、人形細工かと思った()()よりも使えない。母親として不幸よね。うふふ、いやんなっちゃうわ。あははははは」

 

 「じゃからこの国に舞い戻るか。貴様の息子は、あの大戦以降消えている。だからこそミアに固執するか」

 

 ギロリと儂は己が首元を撫でるように垂れる女の横顔を睨んだ。

 

 「この国の報告では()()()()だったかしらね。エリックという人物を私は知らないわ。ホルファートはバルトファルトという王国の英雄に名乗り出た不可解な人物がいる。私のお勧めは、その英雄とやらにミアを嫁がせることを進言するわね」

 

 十六年前にヴォルデノワの反乱貴族を黙らせる施策を用いた女との間に生まれた女児。自身が老いを覚え始めていたからこそ溺愛しているが、その女は腹を痛めた子に目もくれない。

 

 「ふん、魔女めが」

 

 「ホルファートは強いが稚拙。貴方は()()()()()()、外交と工業大国を模すかのように帝国を作った。()()()を捨てても…… じゃぁ、()のために皇帝陛下に力を貸すわ。うふ、ふふふふ、ふふふふふふふ」

 

 儂の言葉を無視するかのように彼の女は暗闇に消えていった。

 

 広大な大陸と資源浮島を有するヴォレデノワ神聖魔法帝国は、自国を賄い輸出する農業に加えて資源も豊富で輸出からなる利益で軍需を整えている。

 

 「衣食住、加えて資源と攻守を整えた我が国が、この世界の覇権となろうぞ」

 

 かつて資源を差し押さえられ開戦に至り、どの国よりも高貴で尊ぶ精神性を携えた人物は、愛する一人娘のために歴史の針を進めようとしていた。

 

 「貴様の娘ではない。儂の娘である」

 

 背後で糸を引こうとする女の間に生まれた娘を皇帝は案じながらも、世界情勢を変えうる一手を政治判断で下すことを決意するのであった。




作中のエーリッヒは、いわゆる松坂世代というやつですが、設定上のエーリッヒ及びリオンの両祖父は明治生まれ、片方は軍人ではありませんが日中と太平洋、二回に渡って徴兵されました。もう片方の祖父は軍需を担う工場を経営していたので徴兵はされませんでした。しかし祖母方は長兄を除いて軍人家系…… という設定です。

ヴォルデノワの皇帝には、歳を重ねた転生者の深みを持たしたいと思い設定づけました。
お気に召さない、今の時代にはナンセンスだというご意見も重々承知しております。
お読み頂いた皆様方のご気分を害されたならば、本当に申し訳ございません。

 web版は完結しておりますが、原作様ではヴォルデノワの内情はこれからでしょう(描写をされるのかは不明ではありますが)。
だからこそ、軽く扱わずに深みと重厚さ、そして取り巻く環境における確固たる意志を含ませておきたいと考えた所存です。

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