乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第123話 四月、男と女は決闘よりも奥が深い

 クラリスとマルティーナに耳を抓られて両耳が、でっかくなっちゃった! などというエンターテイナー真っ青の俺は、何とか誤解を解くことが出来た。

 というよりも少し気分と体調が回復したヘルトルーデの証言で事なきを得たといった具合だ。

 まぁ、耳がでっかくなっちゃってクラリスの治療魔法で癒されている状況でもある。

 

 「アームロング君か…… ()()がある。僕も見ておきたいね」

 

 真剣な表情で、エルンストに対して言の葉をキリっと述べる俺に対し、エルンストは苦笑している。

 

 「あなた、その恰好でよくもまぁ、格好をつけた物言いが出来るわね」

 

 ヘルトルーデが俺に対して呆れるような物言いをする。

 その気持ちもわかる…… 何故なら俺の状態は――

 

 「何でクラリス先輩はお兄様を膝枕までする必要があるんですか!? 頬が緩みっぱなしじゃないですかっ!!」

 

 俺は今、学園内のお茶会を催すための室内で、クラリスに膝枕をされながら民間、家庭内レベルでしか通用しないというクラリスの治療魔法を受けているのだ。めっちゃ気持ちええ。

 そして、マルティーナはそんなクラリスに文句を言いながらも、何故か軍靴を剥いだ俺の足裏を揉み揉みしてくれている。蕩けそうだ……

 ヤバい、ファンオースにもアルゼルにも行きたく無くなってくる。

 

 「うふふ、私の治療魔法は拙いから。肌で感じて、深く繋がることの出来る()()にしか効力を発揮出来ないの…… んぅ、はぁ…… 私は貴方専用という事ね! うふふふふふ」

 

 エッッッロ!

 ぐぅぁぁああ!?

 クラリスの色香に惚けた瞬間に足裏から強烈な痛みが発生した。

 

 「い、痛いっ!? ティナ! 力を入れ過ぎだ!!」

 

 「あらあら、お兄様は余程お疲れのようです、ねっ!」

 

 ふぬぅぁぁぁぁぁあああああ!?

 違う、俺は足つぼにはそれほど痛みを感じない体質だ。元々痛みにヤバいぐらい強いというのも前世からあるが、それでもこの痛みはおかしい!?

 

 「ま、魔力!? 足裏マッサージに身体強化魔法を使うんじゃない!!」

 

 足裏が陥没して人の足裏では無くなってしまう!?

 

 「姉上もそのぐらいに」

 

 エルンストがマルティーナの肩を掴みそこから魔力を流して身体強化魔法を紡がれた糸を解くように霧散させていく。 

 

 「エト!? まぁいいですが。腕を上げましたね」

 

 「義兄上(あにうえ)には及びませんが」

 

 姉と弟の独特な雰囲気の空間内のやり取りが行われる。

 

 「当たり前です。あなたの戦果は立派ですが、油断しないように。精進しないとお兄様の影すら踏むことは出来ませんからね」

 

 マルティーナの叱咤をエルンストは正面から受け止めてはいるが、正直に言うと俺からしてみれば、背後どころか並ばれているのではとお兄ちゃんはドキドキだ。

 情けない所は見せたくないのでキリっとした表情は保っておく。

 膝枕されている状態で……

 

 「そのアムロ君は――」

 

 「迂闊だぞエト、その愛称で呼んではダメだ。彼の名、アームロングと呼びなさい」

 

 俺の謎の迫力でエルンストは口を噤み困惑しながらも軽く咳ばらいを行った。

 尚、俺はクラリスの太腿の感触を堪能している。

 

 「え? えぇ、わ、解りました。アームロング君は一見すると特筆すべき点はありません。ですが、やはりそのセンスはあるのでしょうね。訓練もなく鎧に乗ってあの戦いを生き残っているのですから。可能であれば欲しい人材です」

 

 なるほど、貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいないエルンストであれば、取り敢えずまぁ、大丈夫なのかな?

 

 「だが、取り敢えず暗殺しておく手筈もあるぞ。平民が貴族に無礼も働いている。公にしたくないのであれば、証拠は残しはしない。今日中に僕の方でやってはおくが」

 

 俺の言葉にエルンストは笑顔を引き攣らせるが、賛同する人物も意外と多かった。

 

 「学園という場で、特待生がエト君に対するあの態度は問題よね。暗殺ではなくとも相当な問題だわ」

 

 俺の髪を手慣れたように梳いてくれるクラリスの手付きは優しいが、言っていることはアームロング君にとっては残酷だ。

 

 「エト、何故その場で斬り捨てなかったのですか? ヘルツォークの信念、忘れたとは言わせませんよ」

 

 純粋にマルティーナが怖い。

 

 「ちょ!? 違いますよ姉上! 利用できればヘルツォークの為になりますよ! 彼はまだ若いんですから!!」

 

 エルンストもマルティーナの剣呑な雰囲気に臆してなのか本心を述べている。

 成長して美しく色気もある。スタイルも抜群に、まぁ俺好みだけど何故だろう…… 口を開こうが黙ろうが、我が(いと)しの妹様は怖いというのが、最近の認識になってしまった。

 胎教に戦場音楽と軍艦の揺り籠を求める母だからね。仕方ないね…… 一体誰の嫁だ!? 

 俺のだよ!

 親父とベルタ義母様は、マルティーナの育て方を間違えたんじゃないかな?

 

 「リック兄様はあの平民にどういう評価をしているの? ヘルトルーデ様から道すがら聞いたけど、リック兄様が取り乱すとか意味不明」

 

 ヘルトラウダ嬢と共に飛び級で入学したエルンストの一つ下の妹、マルガリータが寝むたそうな目で問いかけてくる。何故か俺の下半身に腰掛けながら…… 

 実家では俺の膝上にちょこんと腰掛ける事が常だったからその感覚なのだろう。そのせいでティナの指圧が増すとか、クラリスが俺の頭を万力のように固定しながら治療魔法をかけているのは関係がない筈だ!

 マルガリータに返答する前にヘルトルーデが口を出してきた

 

 「さぁ、激務で疲れたのではなくて? この人、ベッドではなく床に座りながら寝てるのよ……」

 

 暗殺者に対する対処のためベッドは人が寝ているように偽装して、その横の隅で座卓椅子でいつでも対処可能なように寝ていた。一階で階下は存在しない床と壁に寄り掛からないようにするための座卓椅子だ。

 今まで言葉を発しなかったヘロイーゼちゃんやナルニア、そしてヘルトラウダも訝しんでいる。

 

 「暗殺者の対処だよ。そこそこいたかな? 何人かは手練れでその場で殺すしかなかったけどね」

 

 「あなたがその場で殺したのは4人。なるほど、生きたまま捕らえる事が出来なかったのね。この一か月での暗殺者総数17人、捕えて処刑に利用した者は11人。2人は恥ずかしい事に城勤めの女中で、腱と舌を断ち切った後に復興作業地区の娼館行き……」

 

 想定内だから問題ないと思っていたが、どうも周囲の表情がエルンスト以外強張っている。

 

 「聞いてませんよご主人様!? 防備は固めるから安全って! そう、仰っていたではないですか!!」

 

 ナルニアが驚愕と共に声を荒げる。

 マルティーナは流石ですと言わんばかりのドヤ顔だ。ぶっちゃけ微笑ましいけど、マルティーナの俺に対する評価と好意を膝を突き合わせて話し合ってみたいとは思う。

 

 「え!? 想定内だし対処できているよ。あ、安全ってことじゃない?」

 

 余りの女性陣が発する剣幕に腰が引けてしまった。

 まぁ、その俺の腰はマルガリータ、メグに物理的に押さえつけられてるけど。ヤバい、感触で一部が物理的に反旗を翻そうとしている…… こ、こら! お前の腰で微振動させてナニを揺らすんじゃありません!

 メグが「ふふん」と妖しい笑みを浮かべている。

 くっ…… 父上とベルタ義母様は、マルガリータの教育も失敗したというのか!? 

 

 「復興統治の政務も行っているのに何で旦那様は身を危険に晒して対処も自分で行ってるんですか? 私ぃ、そんなの嫌ですよぉぉ」

 

 あぁ!? ヘロイーゼちゃんが泣いてしまった! そして――

 

 「ねぇ貴方、お父様に直訴するわ」

 

 クラリスが怖い。クラリスの目に吸い込まれそうな感覚に陥る…… 

 ヤバい意味で……

 

 「全く…… あなたが疲弊するのは、ファンオースとしても宜しくないわね。だから、寝る時は私の寝室を使いなさい。暗殺の危険は格段に落ちる、というより皆無に近いわ。腑抜けたあなたに用はないのよ…… 処刑というパフォーマンスの利点を得るよりも体調を鑑みなさい。大丈夫よ。あなたが休むときには私も寝ているでしょうから。あなたの存在が私にとっては一番だわ」

 

 肩を揉んでくれたのは助かった。だけど言い方っ! 

 ヘルトルーデは何気なく言うが、それは自身が既にベッドで休んでいて、後から来る俺を信頼に足る女中が用意する簡易ベッドで休ませる事を言っているのだろう。

 だがしかし、言葉が足りなさ過ぎる!

 

 「「「「「は?」」」」」

 

 疑問の声が一人多いが、恐らくヘルトラウダだろう。

 

 「お、お姉様? 心労甚だしいとは思いますが、お姉様自身が身体を張る必要は…… た、確かにエーリッヒ卿は見目麗しくお強い御仁ではあります。お姉様が心奪われるのは分かります…… ですが! 身体を許すのは早計です! 王国の政治判断を見定めた方が……」

 

 ヘルトラウダ嬢の勘違いが、女性陣の内心の激情を加速させる。

 もう止めて! とっくに俺のライフはゼロよ!!

 まだだ、まだ終わらんよ……

 

 「なっ!? 勘違いしないでラウダ。リックは演出上酷薄に見えて法に則っているわ。経済支援も悪ぶっていながらファンオースの利点も大きいのよ! 有事には率先して戦っているし…… そう、最前線に出るのよ。もう、そういう無茶はしないで欲しいわね…… あっ! べ、別に他意はなくってよ。し、心配なんかしてないんだからね。ただ、()に利点が大きいだけよ! で、でも(ねぎら)いたいし感謝を表すのは当然じゃないかしらね…… だ、だって、互いに身体も触れ合うことも、あ…… あったのだから!!」

 

 ヘルトルーデ、お前は本当の所、俺を殺したいんじゃないだろうか?

 

 「()にって…… お姉様、語るに落ちています」

 

 ヘルトラウダ嬢は観念したように肩を落とし、その肩に優しくエルンストが手を添える。

 エルンスト手に自身の手を重ねて頬を染めるヘルトラウダ嬢だが、ヘルトルーデは「人の事が言えるの?」という疑問を浮かべながらも目尻は下がり、口角は若干緩んでいた。

 弟、義理であるが、年下の親族のラブコメを見せられるハメになった俺を、もっと労わって欲しいんだが?

 

 そして、結局ヘルトルーデの言葉で誤解を解けたかと思えば、更に誤解を生むことになったのであった。

 ヘロイーゼちゃんにいじけられ、ナルニアにゴミを見るような視線を向けられながらも心折れる事なく、両名と夜の一時を互いにぶつけ合い大人のコミュニケーションを過ごした後、身重のクラリスとマルティーナが眠る寝所に向かい共に朝を迎えたのであった。

 

 心身疲れ果てながらも王都に戻って追い打ちを掛けられたエーリッヒであったが、結局のところ婚約者達共々、何だかんだ皆が満足する夜を過ごすことの出来たという、エーリッヒの一日早い帰還であった。

 

 

 

 

 そして、翌日の午後に開催された決闘の闘技場は予想外の事態に観客を賑わしている。

 

 「アームロング君、君は貴族に恨み言をぶつけてくるが、それでも君がその年まで平和に生きて来れたのは貴族のおかげじゃないのか?」

 

 エトのいう事も尤もだ。何故か異様に平民から搾取しない貴族で構成されているのがホルファート王国だ。この不可解の念は未だに俺の中で消えはしない。

 恐らく、為政者や権力者の負の側面が暴発するという歴史を認知している前世を持つ俺やリオンだけが有するものだろう。

 マリエ? あいつは世俗と女の面しか知らないから範疇外だ。夜の世界は華やかだが、国を取り巻く経済や外交における意思決定、政治面を知る事は不可能だ。

 銀座だろうが六本木だろうが歌舞伎町だろうがな。表層の金銭面の流れの享受に預かる程度の職務だから当然だ。稼げはする…… だが、下世話な部分しか認知できないのがお水の限界だ…… 

 

 「貴族にも事情があるとおっしゃりたいんでしょう。けれど、違いますよ。貴族の自己保身のおかげで、何十人となく無駄死にをしていった人がいるんです!!」

 

 「学の無い、それに見識も皆無な意見だな。アームロング君」

 

 アームロングの無知の理屈を一掃するエルンストの成長には柳眉が下がるが――

 

 「な、生身で鎧の決闘に出てくる!? お、男同士の決闘に鎧もなしにっ!!」

 

 「君程度に鎧を使用するまでもないな。君は履き違えているぞ。戦争で周囲に守られていた君の状況は理解する――」

 

 (私も義兄上に守られていた。姉上からはその幸運に浸るなと、感謝しろと言われてきた私だ)

 

 「――だからこそ、私の意地で以て、生身で君を凌駕するとヘルツォークに誓おうではないか!」

 

 エルンストの宣言に会場中は盛り上がり、ブックメーカーは「生身で出るなら賭けが成立したじゃねぇかよ」などと嘆いていた。

 鎧の決闘では、学園内だとエルンストでは賭けが成立しないのだ。王国史上最年少のネームドだからな。鼻が高いが悔しい部分もあるかな。

 自慢の義弟ではあるのだが――

 

 「馬鹿なの? 死ぬの? 俺はエルンストにあんな無謀を教えたことないんだけど!!」

 

 つい、あり得ない状況に素になってしまった。

 

 「何を言ってるんですかお兄様? 敵上陸後の訓練で鎧を奪う訓練をお兄様はしていたじゃないですか。急遽ヘルツォーク内の婦女子への体術教練もお兄様が始めたじゃないですか。それに決闘であれば禁止高度設定があります。実践では間抜けな鎧乗りが地に足を付けてます。訓練通りでしょう?」

 

 もう四年前の商船を襲う事を主眼としたシークパンサーの驚異の後、ティナやメグに体術教練を仕込み、それがヘルツォーク内の女性に浸透していった。結果として泣かされる男性諸氏が増えたらしいが、もっと鍛えればいいだろうと訓練が厳しくなったのは笑い話だ。

 闘技場のVIP用の席でマルティーナを抱きかかえて座りながら、背後からクラリスが覆いかぶさるような体制で、光学魔力術式と集音声魔力術式を展開しながらエルンストの決闘場を見ている。

 ヘロイーゼちゃんとナルニアは俺の腕を抱き込んでおり、汚物を見るような目でヘルトルーデが給仕している。

 うん、けっこう美味しいお茶だよ。ルーデに向かってウインクしたら何故か俺の身体に対する圧力が強まった。

 

 「クラリス、君の権限で中断できないか? 生身対鎧は、ある意味実践以外の秘匿にしたいし、次期当主が率先する物じゃない」

 

 「無理、というのは簡単だし、覆す事も可能だわ。でも、エト君を無碍に扱うという事は分かっていて?」

 

 「む、無碍なんかどうでもいい! 息子達もエトも戦いの場にやらなくてもいいぐらいに僕が戦場に出ればいい! 六十代だろうが何だろうが、孫の代まで僕が戦場に出てやる!」

 

 クラリスは男児を身籠り、マルティーナは男児と女児の双子を身籠っている。

 俺はもう直ぐ十七だが、孫が成人するまで生きていれば戦える。曾孫の分まで戦場に出れるんだぞ!

 

 「ヘルツォークは、そんなに甘く生易しいのかしら?」

 

 クラリスの言葉と苛烈なマルティーナの視線に言葉を失ってしまう。

 

 「お兄様…… お兄様に甘やかされてしまえば、ヘルツォークは状況のふり幅で困難に陥ります」

 

 そうだ…… 俺の身は一人、ならば切り札は何枚もあるが、奥の手を使えばいい!

 

 「見て、貴方」

 

 「エトをもう少し褒めてあげましょう」

 

 決闘場を今まで見ていなかった。情けない事にクラリス達に目を奪われていたという事だ。

 エルンストの持っていたブレードが、魔力を注がれてアームロングが操る鎧のコクピット部に刃を何度も探るように突き刺し続けている。

 搭乗者のアームロングの降参という怯えた声が闘技場内に響き渡った。

 

 「しょ、勝者っ! 己が身一つで決闘に臨んだエルンスト・フォウ・ヘルツォーク!!」

 

 唖然とした一呼吸の間をおいて、闘技場は驚愕の声で満たされたのであった。




ヘルトルーデはゲロインとツンデレ要素を獲得した!?

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