乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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山田二郎様、誤字報告ありがとうございます。
最初に指摘頂いた箇所は副詞としての物ですので、恐縮ですがそのままとさせていただきました。次にご指摘のあった場所は、文全体を少し訂正いたしました。
重ねてご指摘頂きました件、誠にありがとうございます。

今話はパロディ多めでお送り致します。


第121話 四月、六芒星の赤い悪魔

 「し、司令官! 軍艦級飛行船、急速に近づく…… 数は五。本艦直上をめがけるように接近!」

 

 監視員からの報告にラーシェル神聖王国軍ファンオース派遣艦隊に激震が走った。

 

 「増強か!? 王国軍か? まさかヘルツォークか!!」

 

 防衛に名を馳せるファンデルサールの命令と現場対応を光らせるファンオース国境警備艦隊、それに厚みを加えるフィールド辺境伯軍に手を焼いていた所にこの一報は、ラーシェル神聖王国艦隊に動揺を齎した。

 

 「よ、鎧が、敵鎧が出撃しています! 数は37! 一個大隊と一機です!!」

 

 その数に旗艦内とその他の艦にも安堵が生まれる。一個大隊程度でどうにかなるような陣容ではないからだ。

 後詰に十隻、鎧一個師団を残している事実が、先ほど驚愕したというのに彼等に慢心を生んでいた。

 

 「い、いえお待ちを…… この動きは…… 鎧ではあるのですが、ファンオースの黒騎士B装備型? ですが赤っ! あり得ないっ!? 先頭の一機は後続機の、3倍の魔力感応速度で接近中!」

 

 先行する真紅にカラーリングした黒騎士部隊用鎧B装備型、艦隊及び拠点強襲用重鎧を駆るエーリッヒからも光学魔力映像で、ラーシェル神聖王国艦隊を術視していた。

 そして、直下を通り過ぎた一応は味方艦隊に旧公国用信号を光魔法で放つ。

 

 「勇猛なること音に聞こえし、ファンオースの国境警備艦隊、か…… 私の一撃後は艦隊を推し進めて砲撃体制だ。鎧も全機展開させろ。君たちの練度、私に見せつければいい、続けぇ!!」

 

 信号で国境警備隊旗艦に発しながらも尚もエーリッヒは速度を緩めずにラーシェル艦隊に突き進んでいく。

 コックピット内で幾重にも魔方陣を展開しながら、思考と指先で操作するように――

 

 「魔石からの供給によるオート機構解除。魔力システムの強制上書き、完了。魔石及び浮遊石との魔力感応…… 掌握、僕との感応完了。フレーム機構に魔力出力の同調、完了。統制魔力感応機構同調及び掌握! ふ、ははは、やれるものだな。飛行しながら僕個人用の魔力感応調整に各部機構調整を」

 

 自身の技量の成長に満足しながら喜色満面といった様子のエーリッヒは、ラーシェル神聖王国艦隊を見据えながら言葉を口にする。

 

 「見せてもらおうか、久方ぶりのラーシェル神聖王国艦隊の実力とやらを」

 

 気負いも緊張もなく、昂りながら獰猛な笑みを浮かべて味方の後続機を突き放していくエーリッヒ…… 

 中将閣下がやる事ではないと苦言を呈する暇は、古くから知るヘルツォーク軍人にさえ、言の葉として散らす事が出来ないのであった。

 

 

 

 

 「あ、赤!? あれは六芒星(ヘキサグラム)の悪魔だっ! 勝てるわけがない……」

 

 ラーシェル艦隊旗艦の副司令が、拡大された光学魔力映像に映しだされる真紅の鎧と魔力反応を見ながら驚愕する。

 

 「砲撃態勢に移行するよう艦隊に指示を出せ! 副司令、君は二年前、フレーザー侯爵領から脱出してきたんだったな。六芒星(ヘキサグラム)の悪魔という名は、私も聞いたことがある…… 国境配備兵の軍畑(いくさば)における与太話の類いかと思っていたが?」

 

 ラーシェル神聖王国軍監察部所属の副司令は、二年前はフライタール辺境伯軍に身分を公的に偽って紛れ込んでいた。そして今回は、監察部本来の職務である監督官として赴任している。

 フレーザー侯爵領から脱出して戻った後、ラーシェル軍内の拷問により機密事項を話していないと証明されたからこそ、以前の部署に再配置され、更には昇進している優秀な人物だ。

 

 「二年前、艦も鎧も数の上では三倍以上、ヘルツォークだけを見れば五倍のフライタール辺境伯軍に(よわい)十五で勝った男です……」

 

 副司令の言葉に監視員が、思わずといったように声を出した。

 

 「聞いたことがあります。鎧に乗り最前線で戦いながらも、艦隊の指揮と師団クラスの鎧部隊の指揮を執った人物…… しかも77機のフライタール辺境伯領に所属する正騎士の鎧を落としたという、六芒星(ヘキサグラム)を冠する赤い悪魔……」

 

 ヘルツォークとラーシェル側国境配備による小競り合い程度では、偵察艇同士での軽い撃ち合いが殆どだ。エーリッヒも学園入学前は偵察艇での従事もあったが、鎧は展開したとしても遠目からお互いに撃ち合うだけであった。

 拿捕を任務とする場合は、ラーシェル本国に逃亡を許さずに全員捕らえてもいた。

 実はラーシェル神聖王国では赤い鎧、エーリッヒのダビデを目撃した者は国境配備兵内には存在するが、驚異的な戦闘力を目の当たりにした者は、意外なことに極端に少ない。

 ラーシェル神聖王国が、ホルファート王国王都に潜ませている諜報員からの情報で、エーリッヒの戦闘記録は伝えられた経緯は勿論ある。

 しかしその驚愕の戦果から、当時ヘルツォーク子爵領のエルザリオによる、息子に戦果を与えるため、そして王宮も共謀したプロパガンダや欺瞞情報の可能性が高いと目されていた。

 その後、ラーシェルの軍本部でもエーリッヒが、エルザリオの息子ではないという情報を掴んでいたが、既に一般の兵達には戦場伝説として、レクリエーション時のネタ話程度の認識になってしまっていたのである。

 この副司令は、フライタール辺境伯とヘルツォーク側国境領主合同軍との戦いで生き残り、フレーザー側に割り振られた捕虜の立場から、唯一ラーシェル本国まで帰還出来たというあの戦いを詳細に知る人物であった。

 将官級や上級貴族は、副司令の尋問時の調書であの戦いの詳細を知っているが、いくら政変で切り捨てた所とはいえ、対外的に認識されてしまった盛大な負け戦の情報は、意図的に爵位及び階級要件にて現在も非公開としている。

 

 「登録魔力測定演算装置のデータ照合を早くしろ! 敵は悪魔でもなんでもない。B装備型の黒騎士鎧だ。全鎧部隊に伝達を急げ! 上方角度艦隊姿勢制御、全艦隊砲門態勢!」

 

 艦隊司令官は副司令の言葉を恐慌による妄言と切り捨て、現実的な対応に注する事を選択した。

 しかし、その対応は本来であれば褒められるべきであったが、イレギュラーなこの場では、只々(ただただ)悪手であった。

 

 しかし、先行し過ぎるエーリッヒにヘルツォークの軍人、鎧乗りが心配を浮かべる空気が蔓延していた。

 

 「アンゲロ少佐、敵は艦隊です。せめて援護射撃を……」

 

 「我々はここに控えていればいい、セウリージ中尉。エーリッヒ様の邪魔になるだけだ。我々ヘルツォークは、エーリッヒ様の戦場を汚さず、命令に従えばいいのだよ」

 

 36機の大隊指揮官を任ずるアンゲロ少佐は恍惚な表情を浮かべてダビデを見据えている。副官の言葉にも意を返さない様子だ。

 元々ヘルツォークでは、ホルファート王国のような軍部の階級制を採用していなかったが、千変万化な状況に対応するべく、バーナード大臣窓口の元でヘルツォーク軍人の階級割り当てが行われたのだった。

 決定経緯にはレッドグレイブ公爵、戦死したコルテン大将に代わり、参謀本部総長に昇進したシュライヒ大将が関わっている。

 二年前、フライタール辺境伯越境侵攻戦に従事して生き残った精鋭の二十代、両名ともヘルツォーク十二家の縁者である。血縁と若さを超えた先にある忠する感情をエーリッヒに抱いていた。

 

 「砲撃に意識を割いたその隙…… ベクトルが古いなラーシェル。威容ではあるが撃たれなければ、そしてっ! 当たらなければどうという事はないっ!」

 

 エーリッヒは艦隊の砲撃態勢に移行した瞬間に二十四発の魔力弾頭を全て発射した。

 十二発が砲塔を通じて艦内部まで到達し、エーリッヒからの魔力供給による魔力弾頭の暴発が、十二隻の艦艇内で瞬時に巻き起こる。

 

 「ふふふふふ、選り取り見取り。対空防御が、か細い内に奇襲による敵への強襲ほど…… はっ、はははは、楽なものはない」

 

 均衡している戦況化において、硬直している敵艦隊への初撃を成功させたエーリッヒは上機嫌であった。

 

 

 

 

 「な、何だっ!? 状況報告急げ!」

 

 「魔力シールドが消えた!? は、早く魔力シールドを!!」

 

 ラーシェル神聖王国艦隊司令官は、慌てずに艦艇下部から巻き起こる激しい振動に対して指示を行うが、クルー達は大慌てだ。攻撃態勢に移行した段階でのこの衝撃は、訓練でも想定されていない。

 副司令が怯える状況を示すように魔力シールドは解除されてしまっている。

 

 「機関部や魔力シールド展開機構部に損傷を受けたのだ。修復せねば人員力だけではどうにもならん!」

 

 副司令の大声を諭すように冷静に伝えはしたが、眼前の光景に副司令は絶叫する。

 

 「そ、そんな悠長なぁっ!? ほれ見ろぉっ!!」

 

 エーリッヒが魔力操作による時間差を用いて、十二発の魔力弾頭で内部を被弾させられた十二隻のブリッジを、シールドが解除した頃合いを見計らうように残りの十二発の魔力弾頭で直撃させたのだった。

 

 

 

 

 エーリッヒはB装備型の黒騎士部隊の鎧を駆りながら、慌てふためくラーシェル神聖王国の鎧をセミオート型高威力大口径ライフルで撃ち落としていった。

 

 「大破ではあるが、ブリッジを潰したから十二隻撃沈判定でいいだろうな」

 

 ファンオース国境警備艦隊も混乱するラーシェル神聖王国に対して反撃体制に移行している。

 フィールド辺境伯軍には公用信号を光魔法で以て、「ヘルツォークの旗艦にはブリアナが乗艦している」と伝達したら、先ほどまでの士気の低さは何処へやら。

 現状ではラーシェル神聖王国艦隊は中央が壊滅しており、分断された敵艦隊の右翼と左翼をファンオース国境警備艦隊とフィールド辺境伯軍が襲い掛かり始めている。

 

 「アンゲロ少佐、セウリージ中尉、我々は奥に控える後詰の十隻をやるぞ。ヘルツォーク艦隊は現在高度のまま前進、全砲塔照準を十隻に固定させておけ。一個大隊は射線の上を維持せよ」

 

 「エーリッヒ様は一度下がってせめて魔力弾頭の補給を――」

 

 「軽巡とはいえこちらの射程は最大で28kmある。気持ちは嬉しいがアンゲロ、艦隊砲撃で半壊以上させてしまえばいい。私はこのまま指揮を執るよ」

 

 エーリッヒに対してアンゲロ少佐が、「そんな装備で大丈夫か?」と心配そうに聞いてくるが、「大丈夫だ、問題ない」と、このやりとりに内心ウキウキでエーリッヒは返している。

 当初、一番悪い装備で黒騎士バンデルと相対した男だ。面構えが違う。

 深手を負わされる結果となってはいたが。

 

 「これは公式上対外国、本土上空ではない海域上での砲撃記録となる。では諸君、今までの戦を知り尽くしたヘルツォーク諸君。戦の針を我々の手で、一つ進めようじゃないか」

 

 (勿論、まだまだ戦争の針を進める兵器は製造中ではある。だが、君達ラーシェルに対するお披露目は、大分先になるという幸福を噛み締めるがいい)

 

 エーリッヒの万感を交えた獰猛な笑みが、後方に位置するラーシェル神聖王国艦隊に襲い掛かる。

 

 

 

 

 後詰というよりも検分艦隊、そして切り札としての性質を兼ねていたラーシェル神聖王国後方艦隊は、予想だにしない敵からの砲撃で混乱の極みに陥っていた。

 

 「ば、馬鹿なっ!? 相対距離が15kmあるんだぞ! 何故そんな距離からの砲撃でこちらが被弾するんだ!!」

 

 「艦長、各艦敵の初撃により被弾、魔力シールドが即座に展開できません!!」

 

 進行する敵艦五隻に対して余裕の心持で迎え撃とうとした矢先の被弾である。旗艦含める全艦が動揺と被弾個所への対応に追われていた。

 しかしその努力も空しく、時を負うごとに敵方からの砲撃の精度が増していく。

 

 「これでは…… て、てった――」

 

 「艦長、私が彼の艦隊を切り崩してみせましょう」

 

 艦長は撤退の指示を出そうとした所に落ち着き払った声が掛けられた。

 

 「お、おぉ! 貴方様が出撃なさると…… しかし、出撃命令は……」

 

 艦長は声を掛けてきた人物への絶対の信頼を覗かせたが、命令系統的には指示も出来ず、且つ艦長の立場では、彼の出撃要件を知りうる立場ではなかった。

 

 「話を聞くに()()は悪魔の化身であるとか…… 神聖王のため、教会のために悪魔を滅するのは私、聖騎士の役目でしょう――」

 

 聖騎士、神聖騎士とも呼ばれるが、彼らは神聖王から直々に神聖騎士団勲章を拝されており、教皇としての立場を有する神聖王個人に忠義立てしている。

 ホルファート王国に根を張り巡らせる神殿勢力の祖は教会ではあるが、長い年月により教義の性質は変質している。

 教会は唯一神としての代弁者が神聖王であり聖教典の記述と神聖王の御言葉が絶対であるが、ホルファートは広大な大陸と浮島を開拓したことにより、土着の信仰を取り込んだ多神教となっている。

 一例として挙げられるのが聖女だ。

 行き場を失った人々が知恵と勇気、努力と友情で開拓した歴史がホルファート王国にはあるため、早々に所在不明となった開拓者として先駆けとなった初代聖女を神の席次に置いて崇拝している。

 

 「――邪教のホルファートにファンオース、そして噂話の赤い悪魔とあれば、その存在は許しがたい! 艦長、格納庫に向かいます。例の物を…… 神と神聖王の敵と呼ぶには、噂程度の赤い悪魔では小物過ぎます。裁きを下す相手が血錆(ブルートロスト)では無いのが悔やまれますね」

 

 殉教者筆頭と国内で崇められる神聖騎士団、彼という聖騎士はエーリッヒ及びこの空域にいる全ての敵を神聖王、そして神のためにも許すことは出来ない。

 格納庫に聖騎士と共に移動した艦長は、自らが聖騎士の正装を恭しく受け取る。格納庫で従事していた艦艇員達は、その姿を見て敬礼をする。中には涙する者も存在した。

 

 そして聖騎士は変貌した。

 他国から見れば、決して聖とは言えない力を内包且つ外面に表す醜悪な姿へと……


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