乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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名無しの通りすがり様、名無しの過負荷様、誤字報告ありがとうございます。

更新に一月ほど要してしまいました。
お読みくださっている方々にはお待たせしてしまって申し訳ございません。
引き続き拙作を宜しくお願い致します。


第102話 奪われた魔笛とヘルトルーデ

 「は!? くっ!」

 

 鎧というよりも生物感溢れる動きと形状で黒騎士が踏み込んできた。

 想定外の速さに驚き、常に鎧搭乗時には鎧の身に纏わり付けている光魔法の迷彩を反射的にフルパワーで強化して目測を誤らせる。

 そして何とか黒騎士の胴体に蹴りを叩き込んで緊急回避出来た。

 

 「何と面妖な動き!? 小賢しい」

 

 「面妖どうのこうのを今のあんたに言われたくないぞ!」

 

 壁伝いを垂直飛行に加えて上下に動きつつライフル射撃を行うが、最早大剣で防ぐことさえせずにシールドが弾き返していく。

 

 「若い声!? それにその擦り切れて薄くなった紋章は…… ヘルツォーク!? 六芒星(ヘキサグラム)の悪魔か!」

 

 げっ! 反射的に言葉を大声で返してしまった。

 せっかく王宮本土端防衛戦で使用した際、擦り切れて薄くなった紋章をそのままにしていたというのに。

 

 「言葉を交わすのは初めてだね黒騎士殿。押し入り強盗とは少し品がないんじゃないかな? っと」

 

 逆袈裟を仕掛けて来たので交わそうと身を翻すが、黒騎士は手首を捻り身体を押し付けて体当たりの刺突を見舞ってきた。

 

 「フェイント!? 大剣で器用な!」

 

 大急ぎでしゃがみこんで半身の黒騎士に蹴りを入れるが、大木揺るがずとでも体現するかのようにビクともしなかった。

 

 「ふはは、この狭い通路が災いしたな」

 

 蹴りと共に後ろへ下がるが、直ぐに側面の壁に激突して壁沿いを火花を散らしながら後退してしまう。その分後退スピードはかなり遅くなってしまった。

 

 「く、そがぁぁああ!」

 

 魔力を振り絞ってさらに後退する。

 壁面から大量の火花が飛び散り、それさえも利用して今まで以上に光魔法の迷彩で全体像を(ぼか)して黒騎士正面の視界を揺るがせるが、突進力が突出している黒騎士の左薙ぎ斬りを避けきることは出来なかった。

 そして、そのままの勢いで廊下の一番深い奥まで吹き飛ばされてしまう。

 

 「ちっ、手応えがいまいちだが…… 今は姫様が優先だな。どの道この大剣を持っている手前、お一方しか救うことも出来ん。命拾いしたなヘルツォークの小僧」

 

 黒騎士の全身に目が浮かび上がり、それらの多眼が一斉に同じ方向に向きだす。

 ヘルトルーデとヘルトラウダの両方をバンデルは捜索するが、近場に反応は一つしか見つからなかった。

 

 「こっちか。動く…… 移動しているのか? 早くお救いせねば」

 

 魔装に覆われたままバンデルは目が指し示す方向に走り始める。その速さのまま通り過ぎる瞬間にその場にいた騎士や宮廷貴族を斬り刻んでいく。

 そして、護衛の騎士と廊下を避難のために連れられて走っていたヘルトルーデを発見できた。

 

 「姫様!」

 

 四名いたミレーヌ手配の騎士達は瞬く間に斬り捨てられ、魔装の覆いを解いたバンデルはヘルトルーデの眼前に跪いた。

 

 「バンデル!? どうして貴方がここに? 先程の襲撃、公国軍は失敗したと聞いていたのに……」

 

 三十隻からなる王都強襲別働艦隊は既に敗北させられており、バンデル自身も悔しがる表情を浮かべた。

 

 「情けない者達です。姫様方をお助け出来ず、王国の腰抜け達に負けてしまったのですからね。さぁ、わしと一緒に帰りましょう」

 

 バンデルは手を差し伸べるが、ヘルトルーデはその手を掴むのを躊躇してしまう。

 

 「バンデル、公国はもう終わりよ…… 首都も破壊され、とてもではないけど戦争は出来ないわ。それにラウダもここにいるのよ。ヘルツォークの軍艦に避難させられている。どういう理由かはラウダも知らないと言っていたけれど、私達以外に呼び出した守護神様だって、いつまで顕現出来るのかどうか……」

 

 バンデルは魔笛を懐から取り出して、ヘルトルーデの中途半端に上げていた手に置いて告げた。

 

 「姫様、お母上、公妃様が守護神様を呼び出したのです」

 

 ヘルトルーデはバンデルの言葉を飲み込み、理解まで要するのに数舜程の間が出来てしまった。

 二人の間にヘルトルーデの生唾を飲み込む音が聞こえる。

 

 「そ、そんな馬鹿な話!? お母様はお父様共々、十年も前に事故で!」

 

 「事故の後遺症で気が触れておりますので、意思疎通もできているのか不明です。ファンデルサール侯爵が人目に触れさせないよう幽閉していたそうです」

 

 あの公妃の様子は廃人そのものだ。バンデルは眉間に皺を寄せながら沈痛な表情を浮かべた。

 純粋に悼んでのものか、それとも自身が強硬派であったもの故か、ヘルトルーデにバンデルの表情の真意は読めない。

 

 「お爺様が、保護していたと?」

 

 ヘルトルーデはバンデルが己に嘘を付くとは思っていないが、突拍子も無さ過ぎて訝しんでしまう。

 

 「乾坤一擲のこの作戦、実質的な総司令官に任命された侯爵は、ヘルトラウダ王女殿下に魔笛を使わせないために引っ張り出してきたようです。さぁ、今なら死んだと思われていたお母上に会えます。わしと一緒に帰りましょう」

 

 母に会える。まさかとは思うが、その誘惑に抗うことは出来ずに、首を縦に振ってバンデルに応えていた。

 

 「姫様、少しお下がりください」

 

 ヘルトルーデの反応を見て取ったバンデルは、ヘルトルーデが下がった段階で魔装を取り付けた右腕を膨張させ、バンデルの身体全体を飲み込ませて鎧へとその全容を象っていく。

 

 「バンデル! まさか貴方が、あの魔装の右腕を自ら! どうして貴方が……」

 

 蝙蝠のような翼に爬虫類の尻尾に棘が付いたような部分もあり、全体的に刺々しく禍々しい姿は生物の様に脈打つような鼓動がヘルトルーデにも聞こえる。

 この魔装の右腕を使用する事が、何を意味するのかを知っているヘルトルーデは涙を流す。

 

 (魔装を取り付けたわしは余命幾ばくも無い。その涙に報いるためにも外道騎士を殺し、せめてホルファートの者共を殺せるだけ殺し尽くしましょうぞ)

 

 「姫様、この老いぼれの最後の御奉公です。さぁ、お乗りください」

 

 「ここで、この魔笛を使用して全てを片付ければ!」

 

 ヘルトルーデが魔笛を両手で握りしめ俯くと、バンデルは慌てて止める。

 

 「なりません! ヘルトラウダ殿下の所在が不明の今、ヘルトルーデ殿下だけが今の公国の希望なのです。ヘルトラウダ殿下を奪還するまでは、姫様には生きて頂かなければなりません!」

 

 守護神を呼び出すという事は、己の命を対価に差し出す事とヘルトルーデも理解している。

 

 「し、しかし! ここは絶好の場所」 

 

 この魔笛は守護神を呼び出す事と通常のモンスターを操ることに特化している。例え魔力を込めて吹いただけでは、呼び出せるモンスターの数などたかが知れている。

 だからこそ、モンスターを無数に呼び寄せて使役するためには、あの使い切りの魔道具の弾丸が最も効率がいいのだ。

 

 「守護神様の二体はいずれも顕在中。もう間もなく王都直上と直下に到着するでしょう。今は御身の無事が何より大切です」

 

 ヘルトルーデは悔しいが涙を拭い、バンデルから差し出された左手に乗った。

 ヘルトルーデを乗せて王宮を飛び出したバンデルは、王宮内に配属されていた鎧達を右手に持ったアダマティアスの大剣で次々に斬り伏せていく。

 

 「王国の雑魚共が! お前らでは相手にならぬ。外道騎士を連れてこい!」

 

 ヘルトルーデを守るように空を飛んでいくバンデルは、リオンがいるパルトナーを見付けたが、今はヘルトルーデを本隊に送り届けるのが先決とばかりに素通りすることを選んだ。

 甲板の上にいるリオンの姿も見えていたが、勝負は次の機会に預けるしかなかった。

 

 「外道騎士か! 姫様は返してもらったぞ! お前との決着もすぐにつけてやる」

 

 悔しそうな表情のリオンを見ながらバンデルは笑い声を上げた。

 逃げ去るバンデルに対して、編成中で慌ただしい公国本隊迎撃艦隊は追撃部隊を出すことはなかった。

 

 

 

 

 「あの黒い鎧…… ちっ、ヘルトルーデさんも魔笛も奪われてしまったか。リックはどうなった?」

 

 リオンは歯痒さで顔を顰めながら、同じ形とはいえ今は別物のように感じるサポート用人工知能のルクシオンに確認を取る。

 

 『現在確認中――』

 

 (遅い、途端に指示待ち君になっちゃったな)

 

 『――負傷中、深手ですが、命に別状はありません』

 

 「あいつ、意外とやられてるよな……」

 

 エーリッヒは常に飄々と(こな)しているようで、案外いっぱいいっぱいなのだろうかと、リオンは疑問を脳裏に浮かべるが、命が無事であるならば一先ずは安心だと思い直す。

 その後は考え込むように目を閉じていると後ろから次兄、いや、今はバルトファルト男爵家の長兄となったニックスに頭を小突かれてしまった。

 

 「何を呆けているんだ!」

 

 「痛っ!? 別に呆けているわけじゃないよ」

 

 リオンは頭を押さえながら、パルトナー周辺に浮かんでいる数多くの飛行船を見渡す。

 契約によって縛られた辺境男爵グループの友人達が加勢に来てくれており、王都郊外の湖上には既に編成を大部分終えた王国軍の飛行船百二十隻が艦列を整えて浮かんでいる。

 急ぎ駆けつけた領主貴族軍の飛行船八十隻が、編成と指揮系統の確認のため湖畔で慌ただしくしているのを眼下を覗いて確認できていた。

 

 「リオンが戦争に出るのは以前納得したが、まさかこの迎撃艦隊そのものを率いるとか聞いていないぞ。まったく、一体全体何がどうなっているんだ?」

 

 バルカス男爵は周囲の光景に緊張しつつも、息子がファンオース公国軍本隊迎撃艦隊総司令官になっている現実に驚きしか表せなかった。

 

 「ノリと勢いで総司令官になってしまいました」

 

 「なれるかよ! 普通に考えて何でなれるんだよ」

 

 バルカス男爵は意味不明だとでも言うように頭を抱えだした。

 

 「ミレーヌ様にお願いしてみた。それにリックは防衛艦隊司令官を押し付けられてたよ」

 

 「は? 何でお前が王妃陛下と懇意にしてるんだよ…… 彼の場合は実績があるとはいえ改めて思うが、王宮は子供に責任押し付けて何をやってんだか…… リオン、敵艦五隻が更に王宮に奇襲を仕掛けているぞ。こちらの艦を回さなくてもいいのか?」

 

 広範囲に雲が掛かって目視しづらいが、先程遠目に王宮直上防衛艦隊の再編艦隊が動き出すのがリオンにも確認できていた。

 

 「……こちらの足並みも悪いし、王国軍領主軍の合同艦隊だから尚更臨機応変に動かせない。あっちも強襲別動艦隊三十隻を撃破している。申し訳ないけど相手が五隻なら、そのまま任せたいのが本音かな」

 

 リオンは普段と異なるルクシオンの反応速度の差に不安も抱いている。及び腰であるのにもそれが一因となっていた。

 総司令官という立場もあり、編成や配置命令及び接敵後の艦隊行動の確認など報告を上げてくる者の相手もしなければならない。リオンとて暇では無いのである。

 父親と弟のやり取りを半ば諦めた表情をしながらニックスはリオンに尋ねる。

 

 「それで、どうやって公国軍に勝つんだよ。偵察艇に乗り込んで遠目から確認してきたけど、あんな馬鹿でかいモンスターを本当に倒せるのか?」

 

 リオンは王国軍艦隊中央に浮かぶ輝く白い船、ヴァイスを見てニックスに答えた。

 

 「勝てない戦いはしない主義だ。ちゃんと切り札は用意したよ」

 

 「アンジェリカ様とオリヴィアちゃんか? お前、あの二人を戦場に出すのは駄目だろぉ。それはいくら何でも…… お前はあの二人の事が好きだろう?」

 

 バルカス男爵はリオンを諭すように言ってくるが、リオンも心中に苦しいものがある。

 

 (……それ以上言わないでくれ)

 

 「どうしても、あの二人が必要になる」

 

 リオンの硬い表情を伺ったバルカス男爵は納得出来ないまでも諦めるより他はなかった。

 

 「絶対に守れよ。ここで二人が死んだら、お前は一生後悔するぞ」

 

 ニックスも心配そうにリオンを見ている。

 

 (言われなくても理解しているさ)

 

 「分かっているよ」

 

 リオンは父と兄にしっかりと頷いて答えるのであった。

 

 バルトファルト一家が話している所に甲高い女の子の声が割り込んできた。

 

 「待って!? 何であたしがこの船に乗るのよ!」

 

 首を横に振り必死に嫌だと身体全体を使って主張しているマリエが甲板上に現れた。

 

 「当たり前だろうが。パルトナーを先頭に敵に突撃するんだ。お前はバリア代わりだから、しっかり働けよ」

 

 マリエを戦場に引っ張り出すことを前提とし、リオンは神殿から無理矢理聖女の装備を借り受けている。

 放って置いたら極刑になる身のマリエである。せめて戦場で働かせないと、どっちにしろ彼女の身に待ち受けているのは死だ。

 

 「この人は誰だ? どこかで見たような気がするな。親父、知ってる?」

 

 「俺は知らんぞ。リオン、この子は誰だ?」

 

 ニックスとバルカス男爵は疑問を浮かべながらマリエを見ている。

 

 「こいつ? 聖女様だよ。突撃する時の盾にしようかなって」

 

 リオンのあっけらかんとした物言いに、事情を詳しく知らない二人はドン引きした。

 

 「女の子を盾にするなんて、お前の父親として情けないぞ」

 

 男としての矜持も多分にはあるが、女性至上主義が魂に刻みこまれているバルカス男爵の言葉に、同じように魂に刻みこまれているニックスも、さも当然というように頷いている。

 

 「五月蝿い! 俺は使えるものは親だろうが何だろうが使う主義だ。こいつも当然こき使ってやる」

 

 「オリヴィアのほうの船って言ったじゃない! あんた最低ね!」

 

 喚くマリエの頭を小突いてリオンは真剣な目で見据える。

 

 「以前リックにも言われただろうが、お前の極刑を覆すには実績がいる。この船がモンスターに対する最前線だから命懸けで働け。そうすればお前の助命にも俺は協力してやる」

 

 叩かれた頭を涙目で抑えながらリオンに反抗する。

 

 「は、話が違うじゃない!? ここで死んだらそもそも意味がないじゃないのよっ!」

 

 「んなもん俺が知るか! お前は意地でも責任を取れ。逃げたら俺が殺す。地の果てまでも追いかけて殺すからな」

 

 マリエはリオンの剣幕と気迫に気圧されてしまうが、リオンとしてもマリエの助命にはこれ以外思いつかない。負ければ死ぬ。運よく生き残っても神殿が処刑する。命懸けで戦い勝って生き残って初めて恩赦に期待するしかないのだ。

 マリエがリオンの言葉を噛み締めながら俯いていると、甲板の上に随分と派手な色をした鎧達が舞い降りてきた。

 

 「マリエ、不安そうにするな」

 

 派手な鎧達とその声を聞いたマリエは、胸中に複雑な念を抱きつつも心細さが薄れていくのを感じるのであった。

 




次話は今月中に投稿します。

ネタを入れないと、なんか真面目なだけな雰囲気になってしまいますよねぇ(汗)

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