魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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第四十七話 無冠の剣鬼

 

 

 

 ─────少女達が修学旅行を堪能している頃まで、時間は遡る。

 

 京都のとあるホテルの露天温泉に、本来時間をズラして入浴する筈の面々が一堂に介していた。

 即ち、教員の雪姫と所謂魔法生徒達である。

 無論、雪姫の意向ではない。

 教師としての彼女は、キチンと模範に准じていた。

 生活指導のとある老年の一般教師を、登校地獄の呪いに身を浸していた間に、彼女は素で尊敬していたのだ。

 彼の問題児犇めく麻帆良に於いて、彼の献身と労力に敬意を評していた。

 だからこそ、この現状は魔法生徒達の会合という意味合いが強く、雪姫は監視役に徹していたのだ。

 まかり間違っても、万が一無関係の住民や旅行者が阿呆共の馬鹿騒ぎに巻き込まないように。

 

「超、葉加瀬。今日も良く動いてくれた」

「いえいえ」

「我ラ、皐月王の忠実なる僕。あの方の頼みでもアルならバ、尽力するのに異は無いアルヨ」

 

 そう、皐月が幽世に滞在している間に彼女達の修学旅行の一日目は終了していた。

 こういった課外学習に於いて、大活躍するのがこの天才二人である。

 無論ドローンは少なくとも治外法権である学園の外では、ホイホイ飛ばす訳にはいかない。

 例え法律で禁止されていなかろうとも、だ。

 

「今はまだ、将来行われるというドローンへの航空法適用はされていませんが、世界樹の認識阻害外で百年後前提の技術力は軽々に晒せませんからね」

「なラ、簡単な光学迷彩で隠せば良イ。この時代画像や動画に残らなければ、基本的には無問題(モーマンタイ)ヨ。後は生徒の暴走を逐一観測、情報を区分したAIの報告を雪姫先生を筆頭に、各先生に通知するように設定するだけでイイ。簡単なオ仕事ヨ。神秘が介在しない以上、報告する先生も魔法先生に限る必要もナイ」

「マジモンのドラえもんみてぇな奴だったな、そういえばコイツ。異常が大っぴらになってねぇのを安堵すれば良いか、それを知ってる側に居るのを今更ながら恐怖すればいいのか……」

「それに付いて行ける葉加瀬殿の方が、ジッサイ傑物と言えるのではござらんか?」

 

 一応対外的には、魔法協会にとって敵地と言える京都に於いて、裏火星由来の西洋魔法を濫用する訳にはいかない。

 ならばと言うように、未来科学で対応したのは全方位に対する妙手であった。

 委員会に所属している呪術師は魔王の権威で抑えつけた上、諍いの種となる政治的要因をここまで潰せば迂闊に手が出せない。

 超という未来人と、それに喰らい付ける天才による頭脳的ゴリ押しと言えよう。

 

「結局、誰も仕掛けて来ませんでしたね」

 

 そして、警戒していた招かれざる客の存在への備えでもあった。

 

「委員会は、皐月の逆鱗に触れることを恐れている。当然だろうな。アイツは普段ソコソコ沸点が高いが、その分『手を出すなよ?』と警告したラインを超えられると即座に殺意を剥き出しにするからな」

 

 神殺しの魔王の弱みが解っていても、手を出すなど微塵も考えない。

 この数年でソレを、皐月は彼等に刻み付け続けた。

 権能が増えない程の蹂躙劇で、彼等が命を懸けてもどうにも出来ない神々やその神獣を蒸発させて来た、明確な実績と記録を用いて。

 

 であるならば、仮想敵は『民』に限られる。

 民間の術師。ある意味、明治時代に世界樹を奪われ裏火星の大分烈戦争の煽りを喰らった際、一番泣き寝入りを強いられた者達。

 政治的な恨みが強い委員会より、より直接的な憎悪を抱えている者達。

 

「──────ねぇエヴァ。ぶっちゃけ、私達ってどこまで通用するの?」

「何だ藪から棒に。折角の京都来てやる質問がソレか?」

「ウチの里帰りでみんな一緒に来とるから、新鮮味薄れとんのは否めへんなぁ」

 

 近衛木乃香の里帰り。

 それに寓けて京都観光を飽きずに六年間やって来た一行である。

 正直他の生徒と違って、観るものは既に見尽くしているのだ。

 となると自ずと別のモノに興味が向く。

 例えば、敵地とさえ表現された地での戦力査定など。

 

「以前評価したモノと変わらん。ほぼ最強クラス、その下位といった処だ」

 

 そしてそれは、人の成長曲線としては当たり前の停滞に差し掛かっていた事の、彼女達なりの焦燥の証左であった。

 

「最強クラス上位となるには、基本何等かの切っ掛けや経験値が物を言う。無論ナギといった例外は存在するがな。あの例外に成れるのはアスナかアカリか……いや、それでも難しいか。

 まぁ主人不在の従属神程度なら状況次第だが問題なく凌げるだろうな」

 

 カタログスペックで問うならば、アスナとアカリを筆頭に彼女達は間違いなく魔法世界最強クラスと呼ぶに相応しい実力者である。

 京都にて潜伏しているやもしれない術者など、本来鎧袖一触である。

 ならば自ずと仮想敵は絞られる。

 

 しかしジャック・ラカンという、理論上は極めて理想的な最強と比較してしまうと、どうしても見劣りしてしまうだろう。

 例えばアスナとタカミチが戦った場合、ポテンシャルでは確実にアスナが上だが、勝敗はタカミチに軍配が上がる。

 

 あり得たかもしれない並行未来では、超が持ち込んだタイムマシン『カシオペア』による連続短時間跳躍という反則を持ち出して尚、マトモな一撃を与えられたのは「己の生徒故に殺せない」という致命的な要因によるものだった。

 逆説タカミチはその気になれば、時間跳躍を繰り返す未来の天才少女でも殺せる可能性を持つことを意味している。

 経験値とは、それ程までに重要な要素なのだ。

 だからこそ、そんな経験値を膨大に持ちつつ他を圧倒するカタログスペックを持つジャックに拮抗した、ナギ・スプリングフィールドの異常性が目立つ。

 

 無論、それは人界でのお話。

 カタログスペックや経験値でどうしようもないのが、荒ぶる天災たるまつろわぬ神々であり、だからこそソレを矮小な人が討ち果たしたからこそ、魔王は何より例外とされるのだが。

 

「逆に聞くんやけど、ウチらが対処出来ひんレベルって、実際判る範囲でどないな人達が居るん?」

「ふむ……魔王やまつろわぬ神は論外として、地球では大騎士や剣聖、百年以上生きた異名持ちの魔女。後は────吸血鬼の貴族連中には難しいだろうな」

 

 その単語に、クエスチョンマークが複数の生徒に浮かぶ。

 

「何、吸血鬼に貴族とか有るんだ」

「ウチ等は真祖と死徒二十七祖、Y談おじさんしか知らんで」

「最後のは何だ」

 

 というより、この場に居る者でも吸血鬼を直に見たものは殆いない。

 何せ雪姫は皐月が魔王になって麻帆良に帰還したと同時に、その吸血鬼としての特性の殆どを喪っている。

 そんな有り様な彼女を吸血鬼と呼ぶのは、些か無理があった。

 となると一行古株の刹那すら、吸血鬼を見たことが無い始末である。

 

「まぁ、連中は基本この世界には顕れん。仮に顕れてもその場合吸血鬼としての体裁や強みを保てなくなるだろうからな」

 

 そこに「この世界高名な吸血鬼、エヴァ以外殆どいなくない?」という疑問の答えが提示される。

 

「基本吸血鬼の貴族なんぞ、人造の私と違って人類史が始まる前から存在してもおかしく無い連中ばかりだ。正確性は兎も角、そんな連中が人類史に刻まれて居ない訳が無いだろう」

「?」

 

「善きにしろ悪しきにしろ、歴史に刻まれて信仰を受けたのなら、それは吸血鬼ではない─────神だ」

 

 まつろわぬ神々に非ず。

 天災などに「神」を感じた人間が、畏敬の念からそれに名前と神話を与えたものは『真なる神』と呼ばれる。

 

「そうなればモノに拠るが、その性質や権能が信仰に縛られてしまう。多面性があればあるほど、当人本来の能力からかけ離れてしまうだろうなぁ。勿論、その人格を含めてな」

 

 真なる神が己の神話を逸脱する振る舞いをし、地上を彷徨う内にまつろわぬ神としての性に飲み込まれる。

 この場合は順序が逆ではあるが、そうなれば次第に原始の性質に近づき、或いは遠のき性格が大きく歪んでいき───まつろわぬ神となるのだ。

 

「バアルという、裏火星で私と敵対した吸血鬼の貴族がいる。コイツは特に典型だな」

「バアルて、聞いたことある名前やな。悪魔やなかったっけ」

「真祖バアル……ッ」

 

 夏凜が怒りを噛み締めながら、その名を呟く。

 ウガリット神話に於いて、メソポタミア北部からシリア、パレスチナにかけて信仰されていた天候神アダドと同一視。

 カナン地域を中心に各所で崇められ、その名はセム語では『主人』を意味し、父に最高神を持つ。

 嵐と雷雨、山岳と慈雨の属性により、古代オリエント世界では一般的に嵐の神とみなされていたが、乾燥している地域では農業に携わる人々から豊穣神として崇められた。

 

 そのルーツはメソポタミアの暴風神アダドに見られるとされ、ヒクソスによるエジプト第15王朝・エジプト第16王朝ではエジプト神話にも取り入れられ同じ嵐の神のセトと同一視される。

 その図像は二本角のついた山高帽や兜(神の象徴)棍棒(稲妻)(豊饒)を身につけた姿で描かれ、武装して武器を振り上げた姿をとって王権を表すという。

 またバアルには父である最高神エルを強襲し、男性機能を奪いその王権を簒奪するという逸話がある。

 これはギリシャ神話のウラノスとクロノス、そしてゼウス等に対応している神話と言えるだろう。

 

 しかし、基督教の信仰侵略によってその信仰は大きく損なわれる。

 即ち、ユダヤ教と対立した神話信仰への迫害、神々の悪魔化である。

 旧約聖書では一転、ユダヤ人を誘惑する異教の(悪魔)として描かれ、バアルに捧げられた讃歌が名前だけ挿げ替えられて聖書の神(ヤハウェ)のものに書き換えられた。

 崇高なるバアル(バアル・ゼブル)と信仰された存在が、基督教の侵略によって蝿のバアル(バアル・ゼブブ)───蠅の王(ベルゼブブ)と嘲笑されたのである。

 

「これは良くある話で、聖書に於いて悪魔や悪霊とされる存在はその大半が他神話の神々が貶められた姿だな。人類史上最も醜悪な軍隊は何だと思う? 十字軍だ。軍事力と権力を持った宗教など、野党崩れの蛮族にも劣る」

「魔女狩り経験者は言う事が違いますね……」

「へ、ヘイトスピーチ……!」

「迫害されるユダヤ人達の寄る辺となる筈の宗教ガ、歴史上最も他を迫害した側になるとハ……、そこら辺何カコメントはアルカ? カリン殿」

「ノーコメントで」

 

 グリモワールに於けるソロモン72柱では、その序列第一位のバエルとして描かれ、この悪魔の「東方を支配、東の軍勢を指揮する」という設定は、上記バアル・ハダドおよび数多のバアル神が信仰されたカナンやウガリット、バビロニアの地がキリスト教圏の東方世界に位置する為ともされている。

 

 そんなバアルが裏火星最大国家を、事実上支配していた吸血鬼の貴族。

 魔術世界には衝撃が走るだろう。

 魔法世界────裏火星の人類大国『メセンブリーナ連合』のトップを操り、一度は地球に進軍せんとした恐るべき吸血鬼の貴族。

 明確な人類の害悪であり、今のアスナ達にとっても衝突しうる敵だ。

 そして夏凜にとっては140年間封印を受け、超によって引き合わせられるまで雪姫と離ればなれになった元凶であり、忌々しい宿敵と言えよう。

 

「或いは、私や雪姫様が戦ったバアルは、既に変質していた……?」

「十分あり得る話だな。もしコイツがお前達の前に現れた場合、漏れ無く魔王である皐月の存在によって信仰を受ける神の性質に天秤が傾く。魔王と神は相互作用するからな。それがウガリット神話のソレか、聖書のソレか、グリモワールのソレか。どうなるかは霊視でしか予想は出来んだろう。奴自身にとってもな」

 

 彼女達に緊張が走るも、直ぐ様溜息と共に解かれる。

 つまり皐月案件である。

 彼女達の意気込みが繋がるのは、精々時間稼ぎが関の山───つまりいつものソレなのだから。

 

「あと二人ほど知り合いの吸血鬼の貴族は居るが、内一人(ニキティス)は生粋の引き籠りだ。大の本好きで、人類史や人間の人生を一冊の本として見ているフシさえある」

 

 雪姫の脳裡に浮かぶのは、表面上上位者面で人を舐め腐ってる様に見える、煽り耐性が嘗ての雪姫(エヴァ)並みかそれ以下のツンデレ貴族。

 そんな一見、中学生から高校生程度の少年にしか見えない吸血鬼であった。

 それこそ普通に皐月と馬鹿やってもおかしくない絵面が、易々と想像出来る程度には人類には好意的な存在である。

 

「アルみたいな?」

「人を馬鹿にするのも大概にしておけよアスナ。人には言っていい事と悪い事があるんだぞ」

「エヴァって、アルなら痰壺の如く悪口言って良いと思ってるでしょ」

「奴に痰を吐き捨てる程の価値があるとでも?」

 

 間接的、結果的とはいえ、生徒を一人死に追い遣ったかの付喪神に対する雪姫の評価はドブカスである。

 しれっとしているのどかと、そんな人物と接触してしまった己の不運を呪うも、その後の浅慮愚行に自己嫌悪で湯船に沈む夕映が居た。

 

「まぁ、本来何かに干渉するのが基本の奴だ。それを己が干渉される側になるのは御免だろう。得る神格は名前からして戦神(ヴィクトール)か、大穴で行けば架空の悪魔(ラプラス)といった所か。

 狭間の魔女(ダーナ)の場合は……何だろうな。下手すると運命神の原典となるか? 相変わらず、ジャックとは別ベクトルでぶっ飛んでいるな奴は」

「雪姫先生の知り合いが、誰も彼もえげつないのですが……」

 

 そんな中、極東最強の魔力を持つ若き媛巫女がふと呟く。

 それは、核心を突く疑問だった。

 

「……アレ? でもそれじゃあ、エヴァちゃんや夏凜ちゃんもそうなるんちゃうん?

 

 片や聖書に記されし、神の子を裏切った十二人目の弟子───イスカリオテのユダ(イシュト・カリン・オーテ)

 片や約500年生き、魔女狩りを経験し二つの星に跨って恐れられた、魔法世界の闇の福音。

 特にある時は敵対者を屠り続ける災厄として、ある時は異星からの侵略を食い止めた守護者として。そんな英雄と怪物双方の性質を有する逸話を持つ元吸血鬼。

 もし雪姫の先程までの話が事実なのだとすれば、夏凜やエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルも同様の影響を受ける筈である。

 

「ダンテの叙事詩『神曲』の地獄篇において、ユダは裏切者が葬られる地獄第九圏『地獄の最下層(コキュートス)』の中央で、共に氷に閉じ込められている魔王(サタン)に噛み締められる最重罪人として描かれている。しかし、カリンの不死は『神の恩寵』と来た。

 これは強引な解釈だが、カリンは因果律レベルで凍結されているとも取れる」

「永久凍結……」

 

 地上を穢土───地獄と形容するのなら、夏凜は今尚地上と言う名の地獄の底に不死として閉じ込められ続けているとも言えるだろう。

 強引な解釈という言葉通りだが、如何せんアマゾネスの女王が円卓最強の湖の騎士の皮を被れる世界である。

 そこまであり得ない事ではない。

 だがそれならば夏凜を真に不死から解放可能な人物は、複数の炎の権能を有しバルドルと照応・同一視されるキリストの権能の産物故に、そんなバルドルを殺したロキの権能を有する皐月だけだ。

 

「私の場合は───……どうだろうな。魔術世界なら兎も角、連中の様に神話に刻まれたとは言い難い。私が恐れられているのも、基本は裏火星だからな」

 

 だがそれでは、話の辻褄が合わない。

 雪姫───闇の福音が討たれたのは地球であり、魔王の隣に立ちつつ麻帆良学園で教師やっているのは、明らかに神話を逸脱している。

 本来ならば雪姫はとうの昔に、人々を脅かし血を啜る吸血鬼としての側面か、あるいは異星からの侵略者から人々を護る境界の守護者としての側面、その何方かに影響を受けて変質している筈である。

 

『───ははははは!!!  ただの失敗作だと思えば、これならば其処な『()()』が上天に至り『()()()』に辿り着く事も、あの()()めを退けることも出来うるやも知れぬな!! 

 

 名も知らぬ墓守の言葉が、雪姫の脳裏を過る。

 しかし誰も検証も出来ない以上、話がそれ以上進む事は出来ない。

 真なる神の成立過程とまつろわぬ神への変質行程と条件を検証など、誰にも出来ない。

 

「話を戻すが────つまりそういう連中は中長期間、地上での行動自体が致命的なリスクと成る」

 

 仮に短期間の内に敵対するにしても、そうなれば矢面に立つのは対まつろわぬ神々と変わらず、魔王たる皐月だ。

 補助は行えても、彼女達が『戦える』と形容するのは不可能だろう。

 つまり以前の想定通り、従属神か神獣が相手となる。

 相性次第で苦戦は強いられるかもしれないが、勝てない相手ではない。

 だが、もし。

 

「後は……もし敵対するなら、の話だが」

 

 まるで身に覚えがあるように、雪姫は語る。

 とある特別なものを食し、不老長寿を得たことで語られる尼と同じ境遇の男を。

 

「私達のような不死でありながら、歴史にも神話にも名が刻まれなかった無冠の強者達。お前たちが勝てないのは、そういう奴等だろうな」

 

 そして夏凜も、それを知っていた。

 百四十年続いていたバアルの封印を解き、己を解放した剣士を。

 不死としての人生を全て剣に注ぎ込んだ求道の剣鬼の存在を。

 例え結果に意味が無かったとしても、語るべきだった。

 

 

 

 

第四十七話 無冠の剣鬼

 

 

 

 

 小細工は、無かった。

 他の一般生徒を人質に取るとか、食事に毒を混ぜるとか。

 そういったものは無かった。

 修学旅行二日目、生徒達の行動が自由になったことで彼女達は京都を巡る────とはせず、正史編纂委員会の本拠地に向かった。

 それはもう木乃香の里帰りで散々廻ったからであり、それ以上に皐月との合流を優先したからだ。

 

 故に、超と葉加瀬は同行していない。

 二人、特に超は去年からの新参であり京都巡りも初である。

 葉加瀬がそれに付き合い、案内役を務めたのは彼女への義理である。

 

 そして勿論、雪姫も同様である。

 教師陣は京都巡りなど自由に出来る時間は三日目(最終日)でも無い限り無く、普通に教員会議で報告と相談会である。

 

 そして折角だからと木乃香の新たな実家に向かう事と成った。

 何せ、今までの実家は委員会の総本山だったもの。

 詠春が長役を退いた以上、それを自宅にするわけにはいかない。

 となると、木乃香の実家が新しくなるのは必然。

 明日菜たちは勿論、麻帆良学園で寮生活している木乃香にとっても新鮮な新生活の環境である。

 決して、長役を辞して絶賛自由人となった彼を揶揄いに行くとかそういった意図は無い()

 

 そんな道中─────突然、閉じ込められた。

 結界自体は簡単な、所謂「出口と入口が繋がる」堂々巡りの結界である。

 その解析は、木乃香が即座に行った。

 結界の基点となる呪符を破壊すれば、即座に破れる結界だ。

 あるいは禍払いの結界破りでも、必然突破可能。

 彼女達の能力は、並の術師が創れる程度の結界など何の障害にも成らない。

 だが、結界の解析から数分経った今でも彼女達は結界から出られなかった。

 

「───俺自身に恨みは無い。所詮は、雇われ仕事と己の求道が交わった程度。存分に恨むが良い」

 

 結界の基点を持ったソレを見て、力量に即座に意識の全てを引き千切られる。

 男が基点となる呪符を持っているか、それを精査する前に戦闘員全員が動いた。

 

 最も耐久力に長けた、不死である夏凜。

 そして魔術神秘を其々の手段で突破でき、白兵戦力が高い刹那とアカリが突貫。

 恐らく、結界に閉じ込められたと同時に発現させた『千の刃』を従剣させたアカリ。

 刹那は明らかに手が加えられた『夕凪』を抜き、同時に己の本性である白翼を展開。烏族としての血を高め、膂力各種を底上げする。

 

「オン・シチロクリ・ソワカ───」

 

 加えて様々な呪術の基礎となる結界。

 仮契約カードでの魔力パスを経由し、主たる皐月が持つ毘沙門天の権能との連結。

 毘沙門天の真言で効果を底上げしながら展開した、アーティファクト『雷上動』を弾く要たる木乃香。

 その前に、点でのアカリと異なり面での禍払い(マジックキャンセラー)が可能な明日菜が、白き大剣を携えながら陣取る。

 同時に、真名とのどかが非戦闘員を連れて限界まで距離を取った。

 

 そのまま真名は狙撃位置に付き、のどかは非戦闘員である千雨と戦闘自体にトラウマを持つ夕映の護衛を担当。

 連携速度も十二分。

 そも未熟ながら弐の太刀に至った神鳴流剣士に、異星にて異界を成した神の末裔。

 そして不死の巡礼者が即座に襲い掛かって、無事で済むものなどそうはいない。

 仮に一時凌げても、砲台として木乃香と真名が遠距離で各々の得物で喰らい付く。

 

「───あり得ない」

 

 先ず夏凜が斬られた。

 神の子の恩寵で絶対不可侵となっている彼女の玉体が、出血こそ無いが右肩から斬り落とされている。

 あり得ぬ事態に動揺する刹那を尻目に、一切視線を動かさなかったアカリがその観察眼を以て曲者の殺傷方法を探り出す。

 

「ク、ッソ」

 

 だが、アカリにとっては夏凜以上に相性が悪かった。

 あらゆる人間の殺害方法を導き出せる彼女でも、耐久でも魔法での防御でも無く、単純技量で捻じ伏せられればどうしようもない。

 咄嗟に従剣を壁にするも、純然たる格の差の一閃で全て両断。

 袈裟懸けに斬られつつも、『千の鋒』を包帯の様に変形。辛うじて胴が泣き別れる事を防いだ。

 

「嘘や……」

 

 奥義を出す隙も無く、残心しか視認できなかった刹那の翼が、胴ごと両断された。

 前衛の即時全滅に、呆然とした言葉が木乃香から零れる。

 しかし雪姫に叩き込まれた修練の時間は、結界によって成された遠隔治癒となって致命傷の三者を復元する。

 

「血と魔力を流させよ、との事だ。悪いが斬り続けさせて貰う。本来剣を振るっておきながら、相手を殺し切らぬのは些か不服だが……これも魔王を斬る機会を得るため」

「十蔵……ッ! 何故、私達を!?」

「依頼と言ったぞ。お前達は兎も角、裏火星の者等は随分怨みを買っているらしい。まぁ、それを煮え切らぬ魔王や女子供に向けるのは筋違いではあると思うが───加担している俺には、何も言えまい」

 

 血溜まりを残しつつも、全快した前衛陣が木乃香の防衛に走る。

 それを見逃しながら、十蔵と呼ばれた褐色の剣士は木乃香へ素直な尊敬の視線を向ける。

 

「近衛木乃香────その『場』は術の対象を遠隔に行うものか。聞いてはいたが、凄まじいな。復元速度は並の不死をも凌駕する。剣士相手はやや力が入ってしまうし、嬲るのは二重の意味で気が乗らなかったが……」

 

 それは彼が、人並みの倫理道徳をキチンと備えている事を意味し。

 同時に一太刀で殺さずに済ませるのが難しい程の、殺傷力が次元違いであるということ。

 剣技というより、そういう効果の魔術か魔法と説明されたほうが安堵できるほどの、後数割で千年と呼べる研鑽の果て。

 いや、堂々巡りの結界を筆頭に、周囲に一切影響を与えていない事から、その技量の高さは青天井だ。

 

「幸い、知己とその連れを殺さずに済む人材も居る。これなら心置きなく剣を振るえると云うもの。あぁ、即死だけは避けねばならないか」

「舐、めッ、る、なァ────!」

「いや、中々遣る。その域に俺が達したのは何百年目だったか……末恐ろしい才だ。

だが俺の方が強い

「シィッ─────」

 

 剣戟が火花を、しかし散らせない。

 鍔迫り合いが発生しない、異次元の斬れ味。

 木乃香の準備が出来た時点で、そして相手の殺傷力が防御の意味を無くしている以上、武器を守るためにも捨て身以外に択が無い。

 しかし幸か不幸か、その手の訓練は済んでいた。

 

「結城、情報ッ!」

 

 血溜まりと呼ぶには多過ぎる血風が撒き散らされる中、離れた場所で千雨が叫ぶ。

 流血か、将又最早家族同然の少女達が解体と復元を繰り返す光景に顔を真っ青にしながら、そんな訓練を済ませていない故に出遅れている不死の少女に呼び掛けていた。

 それしか出来ない無力感など感じる以上に、恐怖を隠さずに行動できたのは、彼女の気質だろうか。

 あるいは、隣でトラウマ直撃した夕映の状態に立ち上がらざるを得なかったからか。

 それに応え、切断面をくっつけた夏凜は、恩人である襲撃者の名を叫ぶ。

 

「っ、獅子巳十蔵! 仙丹由来の最低四百年は生きる不死よ! 再生能力は植物由来だから、そこまで速くない!! だけど、その剣技に関しては……あの方の恩寵さえ斬るなんて───」

「見たら解るでそんなん! 五行相生、木生火ッ! 急々如律令!!」

 

 権能抜きの単純技量ならば、今年遭遇した剣王を凌駕する。

 魔王をカタログスペックで語る意味は無いとは云え、それは最強クラス最上位との遭遇を意味していた。

 即座に術式を組み上げ、焔が奔る。

 無論木乃香も、それが通用するとは思っていない。

 

「目眩ましか」

「今や明日菜ぁ!」

 

 焔が瞬時に細切れになり霧散する前に、木乃香が叫ぶ。

 堂々巡りの結界さえ破壊すれば、撤退可能である。

 基点を無視し、結界自体を消滅させる。

 それが出来る人材が、この場には居た。

 木乃香の叫びに応じず、即座に言霊を紡ぐ。

 

無極而大極(トメー・アルケース・カイ・アナルキ)───」

斬る

 

堂々巡りの結界が、大剣を中心に広がる光に呑み込まれ、崩壊していく。

それに付随し、結界に隠されたもう一つの機能も問答無用で消されていった。

明日菜の意図は、あくまでこの場からの脱出。

少なくとも、非戦闘員の安全の確保を優先したもの。

だが彼女の力は、その裏に潜んでいた企みも諸共に消し去っていった。

 

 瞬間、意味不明な現象を彼女達は目撃した。

 

「魔法無効化能力を、斬った……?」

「いや、何か……解らないが、それだけじゃない筈だ。確実に何かを斬られた筈だが……ッ」

 

 アスナは己の能力の結果を斬られたという感覚に愕然とし、狙撃の為に全体を俯瞰していた真名はあり得ぬ現象に只管悪寒を感じていた。

 ()()()()()()()()()()など、真名には材料こそ見付けられても、理解出来る訳が無かった。

 

「我が剣に、斬れぬもの無し────とはまだ言わん。神と魔王を斬っていない」

「それが、この国の民間術師の企みに加担した理由ですか、十蔵……!」

「目的の人物とは巡り会えた様だな、カリン。その問い掛けの答えは是だ。神の理を斬るのに、神自身とソレを打倒した魔王を斬れずにどうする」

「ッ!」

 

 その言葉と同時に、十蔵のこめかみに寸分違わず弾丸が撃ち込まれる。

 無論弾丸は断たれ、両断された破片に込められた殺意と魔力によって後方の地面が爆散する。

 

「人の男に手を出すなよ」

「緊張感は無くなっていないな」

 

 狙撃銃を捨て、取り出した仮契約のカードが言霊と共にアーティファクトを出現させる。

 同時に真名の姿も変化が生じた。

 鮮やかな濡羽色の髪は、淡く光る白銀に。

 制服を突き破り、一対の魔族の翼が羽ばたく。

 

「イキナリ独占欲丸出しにすな」

「ちょいと狡いでその変身台詞。───準備できたで皆。ウチの魔力が尽きるまで、逆に死ねんから堪忍な。夏凜ちゃんはのどかと一緒に夕映と千雨ちゃんの護衛頼むで。知り合いみたいやし、やりにくいやろ」

「……ッ、すみません」

「『殲景』展開」

「───『来たれ(アデアット)』」

 

 大剣の柄にある火星の装飾が廻り、より白く翼刃が魔法陣と共に浮かび上がる。

 堂々巡りの結界を円に見立て、循環する機構を構築し皐月を通じて全ての繋がりがある人間を即時完全復元し続ける結界を構築。そしてその結界は堂々巡りの結界を下敷きにしたが故に、起点たる木乃香を殺すしか解除不可能。

 アカリは結界内縁限界まで、千の従剣を展開。その全てが、己が主人の敵に切っ先を向ける。

 刹那は二枚のカードを取り出し、雷と炎の双剣を携えた。

 

「『建御雷(タケミカズチ)』、『甕速日 (ミカハヤヒ)』!」

「良いぞ、来い」

 

 再び、両人が激突する。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そして、その変化は明確に現れた。

 戦場は凄惨たる有様だった。

 麗しき少女の肢体が明らかにその場に居る人数を超える数、転がっている。

 戦場から出来うる限り離れていた二人の少女は、最早胃液も出せず顔色を死体同然に蒼褪めさせていた。

 

 生中な不死さえ凌駕する木乃香の完全復元術は、戦場を血の海に変えていた。

 あるいは、時間さえ両断する剣鬼とまともな戦闘を成立させた結果と言えるだろう。

 しかし、神祖にさえ比肩しその上で自分達を閉じ込める結界さえ利用した効率化によって、無制限とさえ表現できる魔力を振るっていた。

 自分が治す事で、家族同然の友を更に傷付かせる事に成る───などといったナイーブな考えは、当の昔に捨て去っている。

 その戦いによって撒き散らされる魔力こそが、首謀の目的だとしても。

 彼女達には時間を稼ぐしかなかった。

 それが体感でどれだけ長く、或いは実際には僅か短い時間だとしても。

 希望があったからこそ、出来た事だった。

 

「! 来た‼」

「ほう」

 

 不死故に肉体には傷一つ無い────しかし、身に纏う衣服にはそこそこの損傷が見える十蔵が、感心の声を溢す。

 結界を内側から壊す事を十蔵は絶対に許さなかったが、外から結界を壊されれば千里眼など持たぬ彼ではどうしようもない。

 そういえば、渡された資料にあった甲賀中忍は何処に行ったのだろう。

 結界が砕けながらそんな思考が過ると同時に、二人の剣士が空から落ちてくる。

 

「「神鳴流奥義─────」」

「これはこれは……」

 

 やや老年に入ろうという年齢に、長年の合わぬ苦労によって刻まれた皺は引き延ばされ、オールバックに掻き上げられた髪は、額に浮かんだ青筋と怒りを隠さずにいた。

 もう一人は、般若の如し。長い黒髪と実年齢に似合わぬ若々しい美貌を怒れる冷血で冷え込ませていた。

 木乃香の父、裏火星の大戦の英雄である近衛詠春。

 そして京都神鳴流歴代最強、青山鶴子である。

 

「お父様、鶴子小母様……」

 

 神鳴流剣士筆頭、その二人が不死の剣鬼に喰らい付く。

 放たれるは魔法世界にて連綿と磨き上げられた、裏神鳴流とさえ呼ばれる不死殺しの御技。

 

「「『不死祓い、八十枉津火神』ッ!!」」

「ははッ!」

 

 放たれた技に、剣鬼が思わず笑いながら全力で回避した。

 二つの剣閃の内、一つは躱し切れないと判断し、斬り落とす。

 されど十蔵は、それが再生封じの不死殺しの類だと理解していた。

 

「裏火星の桃源神鳴流に似ているが、随分手が加えられているな。できれば存分に戦いたいが───やはり、目的は陽動か」

 

 視線の端に、一矢報いると言わんばかりに巨大な魔剣が十蔵を襲い、これを両断する。

 その余波で地形は崩れ、大量の土煙で視界が埋まる。

 その直前に、まるで空間から染み出たかのように出てきた忍の女(長瀬 楓)と共に、戦っていた少女達が離脱したのを見逃さなかった。

 どうやら、結界に閉じ込められた瞬間に既に脱出し、事態を他者に伝えていったのだろう。

 十分足らずしか経っていないだろうに、あれほどの強者を二人も呼び込んだ楓の手腕に笑みを浮かべる。

 

「幽世に渡った魔王は、未だ帰らずか───さて。俺の役割は一先ず果たした。また出直すとしよう」

 

 そして高純度の魔力を含んだ血が大量に京の大地に滲み、結界に組み込まれた機構は全ての魔力を回収した。

 こうして、皐月が帰還する前日の出来事が終結した。

 しかし、逆鱗を掻き毟られた魔王が下手人を焼き尽くすのは、暫し先と成る。

 

 神殺しの魔王の責務───即ち、まつろわぬ神の顕現である。

 

 

 

 

 

 

 




 と言うわけで、明けましておめでとうございます。
 新年早々震度七地震による被災者の方々には、心よりお悔やみ申し上げます。
 震源から随分離れてた地元でも相当揺れたけど、元旦に頭痛でぶっ倒れてたので何も覚えてない自分でした。

 という訳で三ヶ日には間に合ってたけど、約12000文字な事もあって微修正してたら過ぎちゃった次第。いつも更新遅れ大変申し訳無い。
 勿論、どれだけ遅くともエタるのだけは避けますとも。

 今回の話は珍しくクロスオーバー要素濃い目のお話。
 不死の面々はカンピオーネ世界観的にどうなん? というものでした。
 その際設定したのは「モロ影響受けてんじゃね?」というもの。
 実在する存在が神話に影響を受けてる感じですが(大体無辜の怪物)
 バアルとかいうビックネームにも拘わらず蹴散らされ方がアレ過ぎる彼女ですが、本来からブレているのでは、という独自の理由付けです。
 では夏凜(頻繁に誤字)はどうなの? というと現世という地獄に絶賛閉じ込められてる、という屁理屈で通しました。
 不変性も、凍結という突き詰めれば概念やら時間やらを止める事もできる氷属性なので、良い感じの理由にもなりましたし。
 立川のロン毛の思惑など、そこら辺はどうしようもないので良い感じにぼかして行く感じです。

 では雪姫ことエヴァンジェリンはどうなの? という問いには今後の展開で見せていければと思っています。
 ちなみに詠春達が桃源神鳴流(改)を使えたのは「魔法世界に言ってた頃に学んでるでしょ」という適当な理由ですので、深堀はご勘弁を。
 魔法世界編がほぼ消化試合で終わる都合上、この修学旅行編と悪魔襲来編、そして麻帆良祭で終わって欲しい本作。
 そこまで駆け抜けて行ければと思っています(年1回更新とかいう体たらく。というか前回去年の三月とかマ?)
 それまで、時たま思い出した時に本作とお付き合いして頂ければ幸いです。

 誤字脱字指摘ニキネキには、心からの感謝を。


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