魔王の封印。
剣王ドニに対する内側からという、完全慮外からの封印劇。
それはかつて、京都に訪れた『紅き翼』がその総力を掛けて成した、とあるまつろわぬ神の封印劇と同等。
いや、彼等が
その場に立ち合ったタカミチに去来した感情は───疑問であった。
(アレは……誰だ?)
雪姫改め、エヴァンジェリンは魔法世界最強の魔法使いである。
ナギ・スプリングフィールドやその相剋上、行動そのものが封じられる魔法世界の神たる造物主を除けば、魔法使いとしての総合戦闘能力で彼女を越えるものは居ないだろう。
そんな彼女の力量について、一時期彼女に師事していたタカミチは良く知っている。
だが、幾らタカミチが注意を惹き付けていたからと云って。
万全の仕込みを行うことが出来たからと云って。
(魔王をこうも容易く封印出来るほど、埒外だった訳じゃない……!)
変化が起きている。
何時からか分からないし、善悪や好嫌さえも判断はつかない。
だが、致命的なまでの変貌が雪姫に起こっていることは事実だった。
第四十話 通信機器は人類の叡智
懸念を巡らせているタカミチを尻目に、硬直したドニに近付くと手を翳した。
「────────
「ちょっ」
内側からの凍結によるものか、白く染まったドニを中心に雪姫の魔法で氷柱が幾つも花開く。
内側からだけでなく、外側からの二重封印である。
死体蹴りの如き雪姫の応酬に、タカミチが眼を丸くした。
「神獣程度なら、ここで封印ごと砕くのが定石だが……相手が魔王ではな」
「と、いうと?」
「封印直前に『
「『断罪の剣』────は、火力不足かな? しかし、随分剣王の権能に詳しいんだね」
「あぁ、超の奴が知っていたのもあるが……。それに加えて、以前コイツと皐月が戦ったことがある」
「……このか君が拉致された事件かい?」
魔王の狂宴。
去年の屍の兵を此処に差し向けた狼王と、身内を拐かされ死ぬ危険がある儀式の生け贄にされて怒り狂った皐月。
そして面白半分丸出しで乱入した、この剣王の三つ巴の殺し合い。
最終的に皐月が負担無視の三重権能行使による『神殺しの核炎』を解禁し、周囲一体を消し飛ばしたことで終幕した。
「奴はそれに対して、即座に権能の二重行使をして全身を鋼の硬度を上乗せした銀腕へと変え、核を切り裂きながら耐えきった」
直撃ではない。
ドニではなく狼王へ向けられた攻撃による、怒気と共に撒き散らされた余波。
しかし余波だけで半端なまつろわぬ神を殺し尽くす皐月の火力を、ドニは凌ぎ切り爆心地から逃げ仰せた。
「え? ……いや、そんな事が……可能なのかい?」
「私は到底不可能。仮に詠春に剣王のカタログスペックを与えても不可能だろうな」
その権能故に痛覚を遮断できず、激痛にまみれながら狂嗤を浮かべ数多の『鋼』を溶かし散らした皐月の様に。
魔王とは不可能を踏破する、埓外の先駆者。
殺すことなど、魔王やまつろわぬ神ならぬ身では不可能。
「故に、殺し切れんのなら封印する。まつろわぬ神共と何ら変わらん」
そして、ドニにとってのタイムリミットは皐月が帰還するまで。
皐月が帰ってくれば、己の学舎を侵さんとした剣王は確実に蒸発するだろう。
少なくとも、封印され身動きが出来ないままでは、その死は不可避である。
その前に
凄まじい賠償と制約が課されるだろうが、命だけはもぎ取れるだろう。
「学園側の後始末は任せたぞタカミチ」
「君は?」
「封印を重ね掛けする。この状態ではまず無理だろうが、万が一鎧ではなく魔剣で対応されれば術式ごと封印が斬られるだろうからな」
そして、魔王はその万が一を確実に行う事を、彼女は良く理解している。
しかし、タカミチは即座に答えられなかった。
雪姫の変貌を感じ取った彼は、魔王という世界に於いてもイレギュラーを二人きりにするのは、躊躇があった。
そんな一瞬の逡巡の間に、三者の傍らに魔法陣が輝く。
その光の中から、見知った顔が幾つも出てきた。
「あ、タカミチ帰ってたんだ」
「明日菜君に、みんなも!?」
「あ、エヴァちゃんもおるやん」
ぞろぞろと、魔法陣から見知った生徒が現れる。
魔王一行、神獣狩りを言い訳に公欠が目的で京都へ向かった少女たちである(一部巻き添え)。
しかし、その場に魔王たる少年はいない。
「皐月は?」
「封印を破り顕現したまつろわぬ孫悟空と交戦、先程撃破しました」
真っ先に前に出て、雪姫に跪いた夏凜は京都で起こった戦いを報告する。
その内容に後ろのアスナとアカリが顔をしかめた。
自分達の力を利用されたのだ。憤慨は当然だろう。
しかし、その脅威を皐月は見事退けた。
というか、相性が頗る良かった。
まつろわぬ孫悟空。
最高峰の混淆神は伊達ではなく、その心眼で神速を見切り、自らも黄金の雲を使って神速で飛行しながら如意金箍棒を縦横無尽に使いこなす鋼の英雄神。
更に、巨猿型の神獣を召喚し、巨大化をはじめとする変身術や奇門遁甲、身外身の術など様々な魔術を使いこなした神仙術の極意を得た神通無限の魔術神でもある。
片や近接もクソもない、敵への殺意の塊のような
周囲さえ気にしなければ、狂嗤を浮かべながら孫悟空諸共破壊を撒き散らすだろう。
『────お前がッ! 消し炭になるまでッ、殴るのをやめないッッ!!』
結果、筋斗雲に乗り虚空を神仙術を操りながら縦横無尽に駆けた孫悟空を、高空全域への対空爆撃によって撃墜し、墜ちても変わり身の余地を与えず間髪入れずに、
そこに一切の容赦はなく、観測するものにまるで現代戦の極地とさえ錯覚させた。
無論、仮にそこを逃せば話は別だったろう。
如何に皐月といえど、孫悟空の本領は苦戦必至だろう。
寧ろそんな展開の果てに、皐月が孫悟空を寸毫の接戦で辛勝するのを期待していたのが、
尤も、そんなことは皐月が一番理解している。
しかし彼には、そんな『たられば』は存在しない。
ヘイムダルから簒奪した権能『
未来視を成立させる知覚と情報処理能力は、そんな可能性を微塵も残しはしない。
封印から解放された喜びで、調子に乗って空に飛び上がり挑発を繰り返した時点で、すでに皐月は確殺の準備を済ましていた。
人間を困らせることが大好きのひょうきんな性格が仇となったのだ。
結果まさしく機械的なまでの火力の暴力によって見事、無残なまでにまつろわぬ孫悟空は討伐された。
「おぉ」
感嘆の声が、そういった惨状を見ていないタカミチから漏れる。
そもそも皐月は『鋼』への特効とも言える存在。
如何にまつろわぬ孫悟空とはいえ、
鋼殺しの面目躍如であった。
だったのだが、
「直後、乱入した羅濠教主を名乗る魔王と皐月が交戦。私達は転移で戦いから逃れました」
「…………」
羅濠教主。
当代二人目の神殺しにして、カンピオーネとなって二百有余年の最古参の神殺しの1人である。
何故中国の魔王が京都に、という疑問が雪姫とタカミチの脳裏を過ったが、そんな彼らの疑問に答える声があった。
『アイヤ、『五嶽聖教』の教主たる『
「────超!」
その場に姿を現したドローンから、この場を観察していた未来人の声が響く。
未来にて対魔王の時代の人間である天才、超鈴音。
この時代では人前に現れず配下に情報を漏らすことを禁じているため、性別・出生などの基本的な個人情報すら不明とされている魔王も、魔王と世界が対した時代の超ならば話は別である。
雪姫やタカミチは知らないが、実はまつろわぬ孫悟空と因縁があった。
『現在から百年程前に封印が解かれた時ネ。まつろわぬ孫悟空は東京に出現した地竜を倒し、余った時間で『
時間制限故の不完全燃焼極まりない引き分け。
それはメンドクサイ事に非常に誇り高く負けず嫌いで見栄っ張りな彼女にとって、再び相まみえることを誓った宿敵といえるだろう。
故に斉天大聖を完全復活させて再戦する機会を、百年間虎視眈々と窺っていたのだ。
そんなまつろわぬ孫悟空が復活した処か、彼女の重んじる武とかけ離れ、寧ろ嫌悪する近代思想マシマシの戦術的ゴリ押しを以て、百年定めた宿敵を横から掠め取られれば(彼女視点)、どうなるか。
結果として、現在皐月と交戦状態に陥っていた。
そんな羅濠教主には、『自身の姿を見た者、自身が許可した者以外には配下であろうとその姿や声を見聞きした場合、その両目や耳を削ぎ落し償いとする非情を強いる』という逸話がある。
己が宿敵と定めた孫悟空を討ち滅ぼした皐月という、同格の魔王なら兎も角。
彼女にとっては魔王の側仕以下でしかないアスナ達に、どんなイチャモン付けられるか分からないからだ。
「より正確には私の持つ転移符だけどね。長距離転移のは高いんだ、後で委員会に請求しないと」
夏凜の報告に補足するよう、真名が口を挟む。
そんな褐色の美女に、アスナとこのかの不服そうな視線が注がれる。
皐月を残したのが不満なのだろうが、事態は魔王と魔王の抗争。
彼女が口に出さないのは、魔王の脅威を知っている為の力不足を知るが故か。
特に、このかの視線が強いのは彼女は治療という役割があると自負するが故か。
「羅濠教主……現存する魔王、その最古参の一人か。全くこんな時に面倒な」
「見るからに、此方も難題の様だ。それとも、もう解決したのかな?」
真名は、氷柱の中に閉じ込められるドニを見ながら問い掛ける。
アスナとアカリは興味深げだ。
「気を抜くな馬鹿娘共。いや、丁度良い。このか、魔力を貸せ。封印を強化・重複させるのに必要だ」
そう雪姫がこのかに向って手を差し伸べた瞬間────────地面に、音も無く巨大な傷痕が刻まれた。
「…………………………は?」
その言葉が一体誰の物だったか。
土煙が晴れると同時に、異変が露となる。
動かないドニを覆う氷柱が、徐々に先鋭な刃へと研ぎ澄まされるように変貌していた。
『
『銀の腕』と化した右手で握った物体を万物切り裂く魔剣に変える権能だが、その対象は自身の肉体も含まれる。
では、周囲に存在する封印魔法は?
少なくとも隕石や地面そのものさえ対象とするその権能に、触れた魔法を剣には出来ない、などといった縛りは存在しない。
出来るか否か。
それはドニ自身の認識による。
成る程、雪姫は見事にドニを封印した。
今や彼は一歩たりとも動くことは叶わない。
だが、動く必要はないのだ。
否、動かないからこそ出来たことだった。
何故なら彼の剣気さえも、其れは地上のすべてを斬り裂く刃故に。
いの一番に、その異変を感知したのは、やはり経験豊富なタカミチと雪姫だった。
タカミチは抱えられるだけの者達を抱えて大きく飛び退き、雪姫はその影を広げて転移門とし残りの者を逃がす。
「エヴァ!」
「もうやっている!」
封印術式の解除。
術を行使した雪姫本人ならば容易い筈のそれは、しかし既に彼女の制御を離れていた。
剣王は、もう先程とその脅威度はまるで違う。
タカミチの無音拳は、刃そのものである氷の封印外殼が防いでいる。
押し留める事さえ出来はしない。
剣気を斬撃として周囲に撒き散らす剣そのもの。
「クソッタレめ、皐月がいない時にこうも私にとって相性の悪い奴が……ッ!」
雪姫にとってドニの相性は頗る悪いと言える。
即座に封印を行ったのは正しく最適解に等しい。
しかし、封印自体を魔剣とされるのは想定外だった。
悪態を吐く雪姫に、タカミチは歯噛みする。
こうなってしまえば、雪姫の手札は本気で限られるからだ。
精神攻撃と言える闇系の魔法など、不撓不屈の精神を持つキチガイサイコパスの魔王に効くとは思えない。
というか実際、皐月にはまるで効かなかった。
であるならば封印に長けた氷系はどうか?
語るまでも無く、現在見事封印した後に封印自体を魔剣にされている。
雪姫の得意とする二つの属性が見事封じられてしまった。
無論彼女の技能はこんなものではないが、人形スキルや体術は剣王の『鋼の加護』を突破するには火力が足りない。
残るは彼女の切り札『闇の魔法』だが─────────。
かといってタカミチ自身の攻撃手段は彼女の豊富な其れの足元にも及ばない、無音拳のみ。
最大出力は『大槍』が存在するが、彼の魔剣に切り裂かれるのは自明。
だからこそ弾幕で対抗したのだ。
しかし弾幕では『鋼の加護』は勿論、魔剣と化した氷刃さえも突破できまい。
そして、頼みの綱の炎の王は羅濠教主との戦いの只中。
周囲をキチンと知覚できないのか、新しい剣の調子を確かめるように近くの物に斬撃を放ち続ける。
その有様は触れるもの皆傷付ける、まさに魔剣そのもの。
本格的に詰みである。
最早、斬れぬものなど無いと知らしめるように、新しい玩具に目を輝かせる童のような表情を、筋一筋さえ動けない筈の氷の封印の中でドニは浮かべていた。
それにタカミチは、留守を預けてくれた皐月への陳謝を抱く。
教え子一人いないだけで、大人が何たる様だと。
そしてそれは
「─────────おのれ」
ピシリ、と卵の殻が内側から破られんとする音が響いた。
時間が止まったかのように世界が静止する錯覚に包まれたタカミチは、その方向へ視線を向けることができない。
歴戦の戦士としての経験から来る直感が、悲鳴を上げる。
だめだ。
だが、まるで旧友が失われてしまう喪失感に、無意識に手を伸ばそうと──────────
『───────────────何をやっているこの大馬鹿野郎がぁあああああああああァァッッッ!!!!!』
しかして、何事にも機というものは存在し。
何物にもストッパーというのは存在するものだ。
先程から滞空していた超のドローンから轟く怒声に、撒き散らされる剣気は断たれたのであった。
親に悪戯がバレて観念する子供の様に。
徹底して主人公を映していかないスタイル()
実は雪姫はドニの封印自体は出来てたり。
魔剣に変わろうが斬撃撒き散らそうが、封印は封印のまま。
ドニ自身は動けもしない上斬撃云々も無意識だったり。
斬撃出てるのは無空拳ならぬ無空剣だからですね(天上天下13巻参照)。
なのでヴォバンならどうしようもありません。
逆に言えば教主なら同じことを拳気とかでしそう(小並感)