────宮崎のどかと定義されたヒトガタ。
地水火風その何れにも定義されない完全未知な
彼女は宮崎のどかの魂を有した、喪われた宮崎のどかの生命を補完するための存在である。
そう彼女自身は考えていた。
しかしその髪は紫がかった黒からアーウェルンクス特有の白髪。
前髪によって片方が隠され、露出している片目の彩飾は灰色に近いシルバー。
本来日本人である宮崎のどかと、余りにも違いすぎている。
これをデザインしたのはアーウェルンクス・シリーズを創造した、感受性豊かすぎて盲目と成り果てた哀れな神祖であるのだが、しかして彼女の主は鋼殺しの炎王である。
「本屋ちゃーん、食材運びお願いー!」
本屋。
前回の彼女の愛称である。
本の虫の様に、書籍に食らい付いていた姿から、そして図書館探検部からの呼び名のだろう。
宮崎のどかを呼ぶ声に、応えるべきか何時も一瞬躊躇する。
これは一体何か。
度々起こるソレを、彼女自身理解できていなかった。
「大丈夫ですか?」
すると隣から金の綺麗な長髪の、アカリや楓、真名程ではないにしろ早熟な少女がのどかに声を掛ける。
「雪広様────」
「あやか、もしくは委員長と呼んでくださいまし」
雪広あやか。
雪広財閥の次女であり、のどかの主である皐月と親好厚い幼馴染みの一人。
そして千雨同様、完全な一般人でありながら裏の事情を知る者の一人である。
彼女が裏の事情を知ったのは今年。
最愛となる筈だった弟の死の真相。それを知ったあやかは、意外なほどあっさり理解を示した。
『あぁ────やっぱり』
それは当時弟の死に落ち込んでいた自身と、察しが良いとは言え些か以上に自身との距離を取っていた幼馴染みの少年の姿を思い出したからか。
それとも彼女の悪友の少女が、自分にこんな事実を秘密にしていたことへの憤慨故か。
少なくとも、彼女は人として非常に良くできた人間に育っていた。
その後の彼女は、しかし特別な変化もなく彼等と接していた。
そして裏の事情を知ったと同時に、あらかじめ雪広夫妻に渡してあった自衛用の魔法具────という名目の権能による神具同然の呪具を持っている。
つまり彼女はのどかの異常を既に察し、話してあるということである。
「貴女は────『宮崎のどか』と、どの様な関係であったのですか?」
「そう……ですね。近衛さんや綾瀬さんの様に、深い接点はありませんでした。しかし委員長として、いろいろな相談を受けていましたわ」
そう言う意味では、未だちょいちょい喧嘩────皐月曰く「微笑ましいコミュニケーション」を行う例外である明日菜を除き、あやかはクラス全員と浅く、しかし一定以上の交友を持っていた。
無論、嘗ての
「以前の宮崎さんは、とても恥ずかしがり屋さんでしたが、同時にいざという時に行動力に優れた方でした」
「……」
「ですので大停電の際、貴女が綾瀬さんを庇ったと聞いた時、素直に納得出来ました」
「……私は、宮崎のどかではありません」
「いいえ、貴女は宮崎さんですわ」
余りの躊躇のない断言に、流石ののどかも目を見開く。
その力強さを、人はカリスマと呼ぶのだろう。
「しかし私は……」
「確かに貴女は肉体と精神を失った、そう聞き及んでおりますわ。ですが同時に、魂は残っていると」
「はい、同時に人格と記憶は失われました。故に私は宮崎のどかと定義されるモノではない」
人格と記憶、果ては肉体すら掏り替わった存在、それは最早別人だ。
しかしその言葉に、あやかは否と応える。
「聞き及んでいると、言いましたわよ? ですがやはり貴女は宮崎のどかさんです」
「────」
「確かに貴女は髪も瞳も変わってしまったけれど、変わっていないものもある」
「変わっていない、もの……?」
「肉体は器。精神は記憶と蓄積。そして────魂は、本質を現す。私はそう聞き及んでおります」
本質。
それは、宮崎のどかを宮崎のどか足らしめる最も重要なモノ。
その言葉を思考の中で吟味している時、のどかの片眼を隠した前髪をあやかは翻した。
「ッ!?」
「不躾に申し訳ありません。ですがこの通り、変わらず貴女は恥ずかしがり屋でしたわ」
「貴女は……」
咄嗟に後ずさったのどかの赤面を見て、嬉しそうに笑うあやか。
あやかの言う本質は、確かに彼女の中に残っていた。
アーウェルンクスとして新生した彼女にとって、その本質は不具合以上の何物でもないはずだった。
『────────げらげらげら。善ィんじゃねぇの?アカリと色々属性被るかと思ったが、キチンと宮崎のどからしさも残ってるねぇ』
しかしその不具合の報告を愉しげに笑った主は、それを『善いもの』と断じた。
ならばそれに異は唱えまいと受け入れるなら、彼女はあやかの指摘を認めざるを得ない。
「積み重ねが失われたと言うのなら、もう一度積み上げればいい。だからこそ、貴女は此処に居るのではありませんか?」
「……私は」
「ちょっとー! いいんちょと本屋ちゃん、サボってないで手伝ってよー」
「あら、それは失敬。行きましょう、『のどか』さん」
呑気なクラスメイトの呼ぶ声が聞こえる。
「はい。今、行きま────行くね」
敬語が不自然であることは理解したが、些か慣れないものである。
無論、周囲の視線を集める大声を出すことも。
────彼女は天女のアーウェルンクス。
未だ新生した自身に戸惑う雛である。
主である魔王への報告にさえ緊張から相当の勇気を必要とする、人見知りで男性免疫の無い内気な少女の本質を見抜かれていることも知らない────そんな、少女。
第二十九話 麻帆良祭
麻帆良祭当日、凱旋門を模した校門への道に犇めき合うほどの来場者が列を成していた。
そんな様子を眺める校門の上に腰掛けた麻帆良の魔王────瑞葉皐月は不審者の有無の監視を行っていた。
こんな作業を魔王が行っているのは、他の魔術結社や正史編纂委員会が見れば目を疑う光景だが、折角の祭りを台無しにしたくないという配慮だった。
『天下ノ神殺シノ魔王ガ健気ニ見張リトハ、精ガ出ルナァ』
「茶々ゼロか」
振り返ること無く現れた人形を迎え入れた皐月は、地面に現れた波紋から一升瓶と器を取り出して彼女に渡す。
『オォ、気ガ利クナ』
「どしたいこんな所で」
『ソリャコッチノ台詞ダゼ。幾ラテメェデモ、コンナオ涙頂戴ナ些末ゴトヲ何ノ理由モ無クヤルカヨ』
酒を豪快に呷るように呑みながら、ケタケタと不気味に、しかし慣れてしまえば愛嬌を感じさせる笑い声を上げる。
「雪姐の指示か?」
『今頃戦々恐々ダ。今度ハドンナクソ神ガ顕レルンダッテナ』
「んー」
しかし茶々ゼロの問いに、皐月は珍しく返答に窮していた。
『アン? ドシタ』
「まつろわぬ神って感じじゃ無いし、かといって
感じ。
つまりは直感である。
それも、人類の代表者たるカンピオーネの直感。
即ちそれは確信と同義だ。
「強いて喩えるならこの前の『死せる従僕』かね。あれをカビ臭い土の臭いと喩えるなら、今度のは消臭効きすぎって感じ?」
『……』
「でもクソジジイ以外に自律運用できる権能持ちっていたっけか? 居ないよなぁ」
『ツッテモ、マツロワヌ神ジャネェーンダロ? ジャァ一体ナンナンダヨ』
「うーむ、どっかで。というか身近に良く似たモノを知ってる筈なんだよなぁ……、うーむ。うまく出てこねぇわ」
皐月の言葉に茶々ゼロの返答は無い。
大概が物知りの彼女をして、答えに窮していた。
「まぁ仕方無いか。茶々ゼロ、雪姐にそれとなくすぐ動けるように伝えといてくれるか?」
『小娘ドモニハ伝エネーノカ?』
「折角の祭りだ。そんな情報入れれば楽しめねーでしょうが」
『オイオイ……』
ではお前はどうなのだ、と。
人形使いである自分の主人や彼の幼馴染みの少女たちが居れば「また悪癖か」と吐き捨て、どやされるだろうに。
「っと、もうこんな時間か。スマン茶々ゼロ、俺行くわ」
『流石ニズット監視ナンテデキネーカ』
「意外とスケジュールパンパンなのよ俺」
しかし皐月も麻帆良学園の学生、勿論忙しいのだ。
加えて彼を慕う少女達の存在を思えば、予定の多さは必然と言える。
「それに運営側の依頼もあるからのぅ」
『ヘェ?』
「俺もちゃんと楽しませてもらうさ」
◆
麻帆良学園はこの三日間のみ、学園祭という名の一大テーマパークの様相を呈していた。
開催期間中である現在、バイタリティ溢れまくった学生達による技術と熱意が溢れ常識を外れた、ある種頭おかしいんじゃねぇのと言わんばかりに突き抜けたイベントやアトラクションが各地で開かれている。
そんな噂、何よりここ十数年で商業化した各クラブの宣伝などで来場した関西圏からの観客達は、遊園地宜しく家族連れを中心に数多く訪れていた。
一説には一日でニ億六千万もの大金が動くとさえ言われている。
正しく、一大商業と化していた。
「しかし、まさか最初のパートナーが拙者とは。主殿は拙者ごときでは、とんと見通すことの出来ぬ御方でござる」
「別荘で鍛えてるみたいだけど、何故か俺とは最近あんまり会ってなかったじゃん」
「秘密の鍛錬、でござるからな。とはいえ、流石に主殿が就寝中でなければ話になりませぬが」
空を駆ける騎空艇や、行列の中を闊歩する工業クラブ肝煎りの数世代程技術革新をやらかした恐竜ロボなど。
某夢の国やジュラ期的遊園地を超える迫力とクオリティ。学園祭期間中
学生服を来た皐月と、忍装束で身を包んだ長瀬楓だった。
「拙者はてっきり、真名や明日菜殿達と回るものとばかり」
「放課後は基本一緒に居るからな。まぁ尤も、今回の学園祭でアイツ等と一緒に回る予定が無かったり」
「なんと」
あれほど好き好きアピールをハチ公の様に振り撒いていたと言うのに、この一大イベントでそんな選択を取るなど、何が起きたと言うのか。
「何でも、世界樹の何十年に一度の大発光が早まるってのも有るらしくて来年に賭けるんだとよ。今回はそのための作戦会議するんだって」
「作戦……あぁ成程」
「納得するのか(驚愕)」
劇画チックに驚愕する皐月の姿に、楓がクスリと笑う。
その様子は娘の気持ちを察する事の出来ない父親の様だ。
「という感想がすぐに出ること自体が、明日菜殿達に危機感を抱かせたのでござろうな。というか今更……」
「?」
「要は、おなごとして扱って欲しいのに妹御のように扱われるのが、明日菜殿達は不満なのでござるよ」
「…………ふむ」
皐月は腕を組んでむっつり口をしゃくれさせる。こればっかりは一朝一夕で解決できないと言うように。
元々、皐月の精神年齢は生誕時より成人のソレ。
それから中学生にまで成長すれば、更に加算される。
そんな彼にとって明日菜達は幼い頃から見守って来た妹や娘同然────というのは、嘗ての認識である。
「確かに。刹那やこのかは兎も角、明日菜や千雨は中学生としては発育が早い。アカリやマナ、楓にあやか辺りは中学生に見えないのも確か。ぶっちゃけお前らエロすぎだろ」
「ふむ、おなごとして魅力的と言われているのか、老けていると貶されているのか」
「贅沢な悩みだな。昔の雪姐なら憤死してたぞ?」
「雪姫殿が?」
「不死の術式のせいで肉体年齢10歳だったからな。そう言えば、
何を贅沢な、とパレードから離れ落ち着いた高台に歩を進め、手頃なベンチに腰掛ける。
「でもな、例え垂涎モンの良い女つってもお前らは14其処らの中学生。俺のこれは倫理観の問題だ」
「主殿は平時は本当に常識的でござるな。中学生男児なら色々と抑制が効かぬと聞くでござるが」
「幾らキチガイでも、一端の倫理観ぐらいあらぁ」
時代錯誤の戦狂いに、ガチモンの仙人。考え無しの剣術馬鹿に、コスプレヒーロー。強盗マッドに、悪意の無い分魔性菩薩顔負けの糞袋。
そして麻帆良の壊れ火力の二重人格キレ児。
これらをキチガイと呼ばずになんと言う。
「転生者、というのも難儀なモノでござるなぁ」
皐月が何等かの理由で前世、あるいは別人の記憶を有している事は彼の身内中では周知の事実である。
そして魔術世界において、それは多少珍しくはあるが先祖帰りや様々な先例が存在する以上、たいして稀有な事ではなかった。
「生憎とその手の同類には会ったことが無くてな。アジアなら兎も角、そもそも基督教が要因でヨーロッパには輪廻転生云々の概念が薄い。居てもその手の不死者か神祖ぐらいだ」
前者はそもそも居るか怪しく、後者は立場上基本的に敵対している。腰を落ち着けて話すのは中々難しいのだ。
「それに、中でも
「異物、とは?」
「そればっかりは墓まで持ってくつもりでね、雪姐にも言うつもりは無い」
例え転生できる神祖やそういう不死者と出会ったとしても、原作知識などという観測世界出身の転生者など居るわけがない。
「一人ぐらい、同郷の友人が欲しいモンだよ」
◆
「────ハックショイッッ!!」
「おお、豪快」
「ゆーな風邪?」
所変わって女子中等部校舎の2-A教室。
そこではメイド喫茶による行列が形成されていた。
「うーむ、誰かが私の噂をしているとか?」
「最近あのむすめっこ乳がでかくなってんよー、的な?」
「なん、やて? 嘘やん桜子。まさかゆーなが……」
「え、えへへへ。最近ブラの買い替え激しいので困ってます」
「畳んじまえこのホルスタインめがッ」
「何をやっていますのあなた達!」
元より選りすぐりと言わんばかりな程容姿の優れた少女たち。
その彼女達が各々精一杯接客する姿に魅了され、そんな客の噂に更なる客が集まっていく。
必然極めて忙しくなるものの、初日担当の2-Aの面々は、しかしそれでも賑やかにしていた。
「ぶつぶつぶつぶつ」
「……何をやっていますの明日菜さん」
「作戦会議の結果『既成事実を作る、一発シケ込んで一線超えるのが一番。されど力ずくが一番難易度高い』という結論が出てもうてな?」
「即ち不可能ということです」
学園祭初日。
一先ずは、在り来たりで尊い平和が形成されていた。
という訳で、久方ぶりの連日投稿。
実はパソコンのハードとくっついてるタイプのディスプレイが原因不明の消灯により投稿できなかった分を更新しているだけだったり。
ひとまずは穏やかでにぎやかな学園祭が開幕。
出来るだけ展開を巻いていきたいけれど、このエピソードで普段主人公と絡まなかったり、実は恋慕までは行っていないキャラとの絡みを描きたかったり。
そして感想欄でのバレバレ感と主人公の評価の酷さに盛大に笑ったりと楽しませてもらってます。
ケアレスミスの酷さに傷心しつつも、数多くの誤字報告に深い感謝を。
指摘して頂いた箇所の修正は随時行っていきます。
今年中にもう一度会えればと祈りつつ、今回はこれまで。
次回にまたお会いしましょう。