魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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第二十一話 半魔とニンジャと付喪神

 この世界には魔族と呼ばれる存在が居る。

 魔と表現されるように、彼等は西洋の神話や伝承に描かれる妖精、悪魔の姿とよく似通っている。

 

 基本的には魔法世界産の魔法によって、別位相に存在する彼等に擬似的な肉体、仮初めの生命を形成させ契約によって使役する。

 これは日本の式神召喚にも通じており、鬼や天狗の様な姿の者達も同様である。

 

 故に召喚された彼等は殺したところで、彼等の世界に住む本体は痛くも痒くも無いのだ。

 勿論、そんな彼等を完全に滅する魔法も、極めて高等魔法で修得には至難を極めるが、確かに存在はするのだ。

 そんな彼等だが、その本体が此方の世界に存在する場合もある。

 

 そう、魔法世界だ。

 元々彼等は、世界に顕現したまつろわぬ神の末裔。別位相に存在するのも、人々の迫害から逃れる為のもの。

 

 では何故迫害されるか。

 それは勿論、彼等が異形だからだ。

 

 翼が生えている者、腕が複数存在する者、角が生えている者、はたまた肉体が骨だけの者だって存在する。

 ただ肌の色が違うだけで────いや、魔女狩りの時代では気に入らない、妬ましいというだけで迫害されることもあっただろう。それこそ、理由は二の次で。

 

 しかし魔法世界では、魔族は亜人の一種に過ぎない。

 勿論人間とはそれなりに対立はあるだろうし、その鬱憤の蓄積の果てが大分烈戦争だ。

 

 そんな魔法世界に渡った魔族達は、他の魔法世界人とは違い当然に地球にも訪れることが出来る。

 尤も、それはあまり推奨できる事ではない。

 

 先述した通り、彼等は西洋の神話や伝承に描かれる悪魔や妖精に酷く姿が似通っている。

 それはその悪魔や妖精がまつろわぬ神として顕現し、そのまつろわぬ神と人との間に生まれた末裔が彼等だからに他ならない。

 

 そして彼等を悪魔達と同一視し迫害、又は退治しようとする者達にしてみれば───特に世界三大宗派の内、一神教の二つの宗教にしてみれば格好の獲物でしかないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話 半魔とニンジャと付喪神

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────で、お前は何だ?」

 

 放心した皐月を連れて、瑞葉家であるログハウスに帰宅した魔王一行。

 魔王を放心させた下手人に対して詰問をしていた。

 

 内心混乱の極みにいる刹那に、想い人の唇を不意打ちで奪われやや不機嫌であることと、しかし友人が増えそうな事に対する喜びが同居しているこのか。

 そして何時も通り何を考えているのか解らない明日菜と、一般人が浴びれば失神不可避の殺気を隠そうともしないアカリ。

 彼女達は下手人の中学生離れした褐色美女を囲んでいたが、エヴァンジェリン─────雪姫と向かい合うようにソファーに座る下手人、水原真名はそれでも飄々としていた。 

 

 何かおかしいことをすれば、即座に喉と四肢を切り落とされるというのに。

 そして、彼女は己の正体を簡潔に説明する。

 

「水原真名─────旧名はマナ・アルカナだが、皐月兄さんの義理の妹だよ」

『─────!』

 

 驚きで数人が息を呑む。

 成程、義理というネックはあるものの家族と呼んで良い関係だ。

 身内を優先する皐月が、予測できない行動だとしても避けようとする筈がない。

 

「義理の妹で褐色巨乳……!」

「しかも身長と色気的に姉プレイも可能やで明日菜!」

「お前達はもう黙っていろ」

 

 中学生離れの長身と豊満な肢体の彼女が皐月と並べば、成る程義理とは言え妹と思う人間はいないだろう。

 それを言うなら、現在戸籍上皐月の妹となっているアカリの凹凸も、真名に勝るとも劣らないのだが。

 

「成る程。以前皐月が言っていた半魔の娘とは貴様か」

「おや、私の話題が兄さんの口から出たことがあるのか。嬉しいな」

 

 嘗て、皐月が神殺しを為す切っ掛けとなった事件。

 魔族のハーフの少女─────マナを北欧にて保護したが故に、十字教の狂信者によって襲われた事件だ。

 

 十字教の外れ者だけではない。

 生け贄、神輿、実験材料────魔族を狙う理由や邪教と呼べる魔術結社は幾らでもある。

 しかも当時の真名は子供。これ幸いと実行に移す者も居る訳だ。

 

 如何に警察官とその妻とはいえ、神秘を一切知らない彼等に、一時とは言えバチカンという巨大な組織に所属していたであろう存在に対し為す術など無かった。

 それでも、雪姫の修行の甲斐もあってかまだ唯の人の身でありながら、そんな襲撃者達を何とか退けることが出来たのだ。

 尤もそれで、かの少年の箍が外れた原因とするならば─────。

 

 神殺しを為した直後。それこそ数日後にその襲撃者達は又もや襲ってきた。

 今度は子供相手と油断していた前回の襲撃とは違い、それなりの手練れを用意して。

 

 その結果は、怒り狂った魔王によって形成された阿鼻叫喚であったが。

 

「つまり貴様は、その時皐月の家族に助けられて養子となったと」

「養子というよりも、兄さんの後釜と言った方が良いかな。要は戸籍上だけなら水原家には子供は私だけだ。自分の戸籍を私に渡すことで、私が半魔族ということも隠そうとしたんだろう」

 

 皐月の両親は純人間。魔族が生まれる可能性は皆無に等しい。

 褐色の肌も、外国で長年過ごしていたと幾らでも言い訳が出来る。

 

 鏡のような竜と表現された皐月だが……何の事はない。

 身内に優しく他人には徹底的に冷たく、そして一度キレれば際限なく暴走し止まることを知らない─────典型的な日本人というだけのお話である。

 

 しかし女、マナ・アルカナにとって、他人の幸せを、それも恩人である少年の居場所を奪い甘受することは堪えられなかった。

 

「私は護られるだけなのは御免だった。そもそも兄さんが神殺しをしたのも、極論私が原因だしね」

 

 最も優れた魔法は何かと訊かれれば、真名は迷わず認識阻害と答えるだろう。

 真名はただの子供として過ごすことが出来たが、彼女は力を求めた。

 

 彼女は日本で数ヵ月過ごした後に、タカミチという伝手でNGOに所属。

 強くなるため、何より居場所を奪ってしまった義理の兄に対する罪悪感からの贖罪のように、戦場に己を晒し続けた。

 

「あれ? それやったら、何でつっくんあんな驚いとったん?」

「NGOに所属していたと言ったが、ここ数年は傭兵職でな。中々父さんや母さん、兄さんにも会えなかったんだよ。そしてここ数年で随分背も胸も大きくなった」

「つまり、ロリキャラがイキナリ爆乳キャラになって仰天してたと」

「つまり皐月はロリコンだった……?」

「年上趣味って言ってたよ?」

「つまり合法ロリを……?」

「いえ、皐月様はスタイルの良い方を好まれます」

「喧しいわッ!」

 

 最初に皐月が驚いていた理由がそれである。

 忘れがちだが、この場に居る人間全員が別荘を使用しており、戸籍年齢である中学一年生より成長している。

 特にアカリは他の面々より遥かに長く別荘にいたことに加え、皐月の権能も使って現在の姿に成長している。

 

 だが、真名の場合は話は別である。

 半魔であることが何らかの要因である可能性があるが、しかし明日菜達のクラスには大人びているという点ならば真名以上の那波千鶴という猛者が存在しているのだ。

 一概に半魔であることが要因とは言えない。

 

「という訳だ。いい加減私への敵性判断は止めてもらえないか? えー……と、瑞葉燈くん?」

「……まだ、あの方の唇を奪った理由を聞いていないのですが」

「はっはっは。何だそういうことか」

 

 口だけで笑うという器用な真似をしている真名に、全員の視線が集まる。

 

「兄さんとはここ数年会っていないと言ったろう? やや感極まっただけさ。君達だって年単位で兄さんと会わずに居たらああなるだろう」

「納得」

「納得やね」

「……」

「納得するな馬鹿筆頭三人」

 

 デヘヘ、と満面の笑み、または無表情で舌を出すこのかと明日菜。 

 そして無言の納得をしたアカリがソッポを向く。

 

「私が連絡係───橋渡し役に選ばれたのも、それが理由だ」

 

 対外的には魔王と無関係の傭兵であり、その実身内というとんだ間者ではあるが、知られなければ問題はない。

 それに近右衛門としては、警備として派遣する者を通じて魔王一行とも交遊を深めて欲しいという下心もあった。

 

「しかし、なら皐月さんはどうして倒れてしまったんでしょうか……」

「ソコはテクやでせっちゃん」

「いや、流石にそれは……」

「あぁ、舌を絡めた時に魔法薬――――睡眠薬を仕込んだから当然さ」

「はぁ!?」

 

 飄々と己の所業を口にする処は兄譲りだと、少年の保護者は頭を抱え。

 悪戯が成功した子供のように心身ともに大人びた少女は笑う。

 

「あの人を出し抜けた。私も成長を自覚できたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義理の妹襲撃事件の後日。

 本来象すら数時間は容易く眠らせる睡眠薬だったが三十分ほどで目を覚まし、しかしその時には真名は姿を消していた。

 

 そして明くる日の昼下がり。

 麻帆良の敷地内に存在する、何の変哲も無いSTARBOOKSという名の喫茶店。

 しかし普段多くの学生や大人が利用するその店は静寂に包まれるほどに人が居らず、そんな中で皐月はとある一席に座る男と向かい合っていた。

 

「いやぁ、お久しぶりです皐月王」

「甘粕さんも。確か何処ぞの神獣を爆撃した時以来でしたっけ?」

「あんな風な処理のされ方をした神獣見たの、初めてでしたねぇ」

「情けないよなぁ。レーヴァテイン一発で沈みやがって」

 

 疲れたサラリーマンのような風体のスーツ姿の男だ。

 彼の名前は甘粕冬馬。

 正史編纂委員会のエージェントであり、忍の技と、陰陽術および修験道が混淆した呪術を得意とする甲賀忍者でもある。優秀でない訳がない。

 何故なら彼はニンジャだからだ。

 

「というか、この場を設けるためにスタバ独占たぁ……売り上げ大丈夫なん?」

「ここの出資は委員会ですから、この程度の融通は効くんですよ。本来、羅刹王を招くなら専用の場所を造るのが良いのですが……」

「便所で話しても良いのよ?」

「それはそれでロマンですよねぇ」

 

 また癖のある性格であり、上司の命令にも「給料以上は働かない」と危険な任務に就きたがらないという困った人材であった。

 そんな中、とある灼熱の魔王に「だったら任務の度にボーナスを出そう、倍プッシュだ。その分存分に働いてくれや」「アイエエエエエ!?」と目を付けられた被害者でもある。

 

「んで? 関西の方はどうよ。具体的に言うと、新しい長役は」

「頑張っていますよ。というか、先代が元気ですね。『鈍った身体を鍛え直します』と言って」

「ストレス貯まってたろうなぁ。その鬱憤で魔法世界のサムライマスター復活か?」

 

 皐月と委員会との橋渡しを主に行っているのが彼だ。個人としても、肩肘張らずに気軽に会話出来る部下、という皐月からしても貴重な人材である。

 

 そして関西呪術協会───正史編纂委員会の内情は変化してた。

 

 先ずトップの変動。

 事実上の傀儡である近衛詠春の退陣である。

 元より詠春は娘があらゆる意味で利用される事から護るために、本来向かない長役などに納まったのだ。

 それを羅刹王という埒外のカードが解決した。

 神殺しの魔王が娘を護ってくれる。

 それで詠春の長役で居続ける理由がなくなった。

 詠春は清々しい顔で、大手を振って長役を辞した。

 新しく長役に就いたのは、何を隠そう目の前の甘粕の直属の上司だ。

 

 沙耶宮馨。

 沙耶宮家の次期頭首にて、名門女子校に通う現役高校一年生。

 皐月自身数回しか会ったことが無いが、一見すると少女漫画に出てくるような男装の麗人である。

 

「それで今回の件ですが─────」

「そっちの娘ですかね?」

 

 本題を切り出そうとしている甘粕を遮り、虚空を見据えながら問い掛けた。

 それに虚空から息を呑む気配が広がり、それに甘粕は諦めるように溜め息を吐いた。

 

「一応、甲賀(ウチ)の期待の新人なんですがね……」

 

 すると甘粕の隣に、虚空から滲み出るように一人の少女が現れた。

 

「いやはや、拙者の隠形など筒抜けでござったか」

「いやいや、貴女の隠形は完璧でしたよ。この人が異常なだけです」

「げらげらげら」

 

 知覚に特化した権能を持つ皐月の目を誤魔化したければ、それこそ摩利支天でなければ不可能だろう。

 人の業の域を越えられなければ、神殺しには遠く及ばない処か次元が違う。

 この魔王から隠れるならば、異空間に逃げ込まなければ話にならない。

 

「紹介しますね。彼女の名前は長瀬楓さん。私の代わりに委員会との連絡役を勤めて貰う娘ですね」

「連絡役ね……」

「? どうかしましたか?」

「いや、別に……」

 

 つい先日醜態を晒した原因とも呼べる愛妹を思い出す。

 ことスタイルに於いて、外国人モデルの如き肢体を連想させる人物が僅かな期間に二人も現れた。

「魔王って業が深いなぁ」と呟き、それに楓はキョトンと首を傾げる。

 

「改めて自己紹介をば。拙者の名は長瀬楓。まほら中等部にて、このか殿や明日菜殿達とクラスメイトをさせて貰っているでござる。好きに呼んで欲しいので御座るよ、主殿」

「…………何か、魔族か妖怪か妖精のハーフとかの設定は?」

「無いでござるなぁ」

「天然か……壊れるなぁ」 

 

 外見上だけなら真名やアカリ、目の前の楓は皐月の好みではあるが、如何せん彼女達は中学生。

 彼女達を異性として見るのは皐月のなけなしの倫理観が許さなかった。

 

「一応、彼女の所属は委員会ってことで良いんですか? 甘粕さん」

「正確には甲賀所属で派遣として委員会のエージェント、と言った形でしたが、今より総帥(あなた)専属ですよ」

「手足としてコキ使うのも、捨て駒の肉壁として使うも、性玩具として貪るのも御自由にでござる」

「俺がそういうの嫌いなの知ってて言わせてるでしょ。性犯罪や少年兵は基本的にはノーですぜ」

 

 勿論、例外はある。

 明日菜やこのか、アカリ等の自衛が必要不可欠な人間は徹底的に鍛え上げる。

 尤も、少年兵のように戦場に向かわせる様なことは断じてしないので、そういう意味では決して嘘ではない。

 現状としては、彼女達自身が戦場に突っ込んで行ってしまうのだが。

 

「少なくとも、気紛れで塩の柱にしたり、目と耳を削ぎ落としたりしないと信用はしていますよ」

 

 偉大なる先人達の傍若無人っぷりは呆れ果てるレベルであるが、それをどうこう言う資格は皐月にはない。

 それでも越えられない一線というものは存在するのだ。

 

「拙者、忍としてその手の知識は最低限書物で知っておりますが、房中術の類いは修得していないでござるからなぁ。無様を晒さずに済んで、実は安心したでござった」

「よかったよかった。甲賀に教育問題でカチ込みしなきゃいけない所だった」

「一応甲賀のまとめ役、私なんですけどねぇ」

 

 甲賀忍者壊滅。

 そんな文字が脳裏に過った甘粕は、ダキニ関連の術の教育を禁じたのが正しかったと、心から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───さて」

 

 そんな呟きが木霊したのは、図書館島最深部。 大瀑布に囲まれた凄まじい景色の中に築かれた場所だ。

 呟いた本人は、紅茶を片手に知人ならば「胡散臭い」と形容する笑みを浮かべていた。

 

「アカリ君も随分強くなったみたいですし、これは息子の方にも期待できそうですね。これで貴方との約束を果たせそうです、ナギ」

 

 アルビレオ・イマ。

 他者の人生を収集する魔導書の付喪神は、一年後にやって来るであろう戦友の息子の到来に十年前にした約束事が完遂できる事を予感していた。

 ネギ・スプリングフィールド。

 英雄を父親に持つ彼は現在魔法学校に通い、飛び級に飛び級を重ね、本来もっと長い在学期間を縮め卒業試験まであと一年となっていた。

 偏に彼の才能と、そして周囲から来る期待によって。

 

 魔法世界の本国───メセンブリーナ連合の傘下にある魔法学校は、卒業の際に様々な場所に赴いて指示された内容を熟すという修行と称した最終課題を与えられる。

 

 そしてネギ・スプリングフィールドの場合は行き先が決定していた。

 

 魔法世界に轟く英雄の息子の修行先。

 そこに政治的判断が入っていない訳がない。

 ネギは彼を利用しようとするメガロメセンブリア元老院の傀儡にされぬよう、元老院が納得し影響が出来うる限り低く、且つ彼をフォロー出来る環境に行かなければならない。

 

 そんな都合の良い場所は、麻帆良学園以外にあり得ないのだ。

 

 勿論、懸念要素はある。

 妖精の判断に材料は用意できるが、どの様な形で麻帆良学園に来るかは分からないからだ。

 

 しかしあくまで形だけの卒業試験。

 仮に試験に失敗しようとも、彼等彼女等が目指す『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』に成れなくなる訳ではない。

 

「何せ、現代の『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』の象徴とも言える人物が、魔法学校中退の不良ですからね」

 

 話に聞くところによると、破天荒だったナギの息子と思えないほど真面目な性格らしい。

 キチンと試験を突破できるだろう。出来なくともきっと父親に並ぶ魔法使いに成れるだろう、というのが近右衛門の予想であり期待。そして願望だ。

 

 確かに英雄の息子の経歴が汚れることを本国上層部(メガロメセンブリア元老院)は嫌うかも知れないが、彼等の寿命など後三年も無い。

 あの心優しき灼熱の魔王の逆鱗を狙い続ける限り───いや、目障りと思われている時点で滅びは必定だ。

 

「魔法世界は荒れるでしょうが、魔王とはそういうものですから。はたまた魔王を討たんとする英雄の出現もあり得るかもしれませんが───いや、無いですね」

 

 アルビレオはかの英雄との契約カードを撫でながら、懐かしさに静かに目を細める。

 

 本音を言うと、仮にこの地で卒業試験に落ちようが構わない。

 

 彼の目的は人生の収集。

 友人である英雄との約束も重要だが、その人生がどの様な物だろうとも『面白い』のならば構わない。

 黄昏の姫御子、英雄やその子に手を貸そうと思うのは、そこで終わっては『面白くない』だけであって。

 

 その点に於いては、あの魔王の下に居るのは最上に近い。

 己が安全を確保する最も手っ取り早い方策は、魔王の身内、友人になること。

 そしてあの心優しき少年はどの様な手段を用いようとも己の宝石を護ろうとするだろう。

 

 あの魔王自身が動けば物語がメアリー・スーのように片付いてしまいそうだが、しかし皐月が全てを救う事が出来ないのはカグツチでの一戦で把握済み。

 

 魔王は絶対勝利者ではあるが、救世主ではないのだ。

 

「ふ、フフフ」

 

 そして何よりの楽しみは、純粋培養で魔法使いの光に照らされ続けたとも言えるネギと、魔法使いの闇を見続けたアカリが再会した時に。

 両親の遺した業が、あの兄妹の前に現れた時に一体どんな物語を紡ぐのか。

 

 それが楽しみでならないのだ。

 

「現段階ではアカリ君が瞬殺して終わるでしょうが、今のアカリ君はそもそもネギ君など眼中に無いでしょうから直ぐ様殺し合いにはならないでしょう」

 

 ならばそれまでに彼が強くなれば良い。間に合うかどうかは分からないが、どちらにせよ指導者が必要だろう。

 

「そして私が師匠役に納まれば、なるほどこれ程美味しいポジショニングは無いでしょうね」

 

 そうなれば自分は特等席で物語を楽しめる――――10年前の様に、と。

  

 共感しよう。

 友愛も感じよう。

 親愛も感じよう。

 まるで本の登場人物にのめり込むように。

 その付喪神の表情は、期待の本を楽しみにしている子供の様だった。

 

 そしてその趣味の対象は───決して少なくない。

 ここにも、そんな物語の収集対象が変化を見せた。

 

「確か───綾瀬夕映君、でしたね」

 

 図書館島の司書でもある男は、その超越した視線で己のテリトリーである図書館島内部で、とある魔法に関する書物を偶然手にして呆然とする、黄昏の姫御子と同じクラスの少女が居た。

 

「君は、どんな物語を私に見せてくれるのですか?」

 

 結論を述べるなら──────それは、悲劇だった。

 

 

 




本当にお久し振りです(白目) 超難産でした。いやしかし五か月近くは……。


まず今回の話は真名と楓、そして変態司書のお話でした。

真名は正直数話の過去編を最初は予定していたのですが、更新速度がどんどん落ちてきたので今回の話に纏まりました。
カンピオーネ原作、イタリアとイギリス多すぎで、且つ十字教のお話が少なすぎなんで、かなりそこら辺は適当です。

次にニンジャ。
甘粕さんさ正確には甲賀と明言された訳ではなく、独自設定です。楓の上司と言うので余りに都合が良かったからですな。
なので原作とは違い、楓は神秘の存在を知っています。つまり三巻イベントは起きぬ。

そして最後に変態古本。
彼についてはかなりオリジナルをここでぶちこみました。主に人格面が独自設定ですね。
というか原作でも紅き翼結成については語られていませんし、独自設定になっちゃいます。
彼の人格のモデルというか元ネタはfateのマーリンですね。昆虫レベルではありませんが、かなり観測者として内心冷徹な部分を設定しました。
そしてナギやネギ達に加担する理由は作中であった通りです。

図書館島のゆえ吉を知覚出来た理由なんですが、原作でアーニャの再現できている事から相当な範囲知覚出来てるって事ですよね。まぁ間接的な何かが必要だとは思いますが。
そして何より、今後この設定が生かされるかどうか……。


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