知ってる? 壇ノ浦って潮の流れが逆になった事で勝敗が決まったとも言われてるんだって!
その潮の流れって結構急に変わるもので、正午には安定していたのに夕刻には正反対になってたりもするんだって!
……ま、そんな事はどうでもいい。
結論としては、戦の決定的瞬間を私が見過ごしたってだけなのだから。
「……どうでもいいと言っている割には、随分と落ち込んでるようだが?」
「そっとしておいて……」
あゝ、かの有名な『ヨシツネの八艘飛び』が見れなかった……。
歴史の八艘飛びは回避・逃走の技だと知っていても、見たかった……。
▼▼▼▼▼▼
何はともあれ、壇ノ浦の合戦が終結した。
源氏側が勝ち、平氏側は負けた。鎌倉時代の幕開けである。
「……文に逢いに行かないのか?」
「どうして我が娘はそれほど私を謝らせたいのかしらねぇ……」
都から妖怪の山へと帰ってきて、今現在自宅の中で会話する親子の会話。
内容は……まぁ、親子にしてはいささか物騒というか、なんというか、アレな内容になっているが。
「それに急に山へと帰ってきたのも分からない。あの戦闘を見るのが目的だったにしては、その、途中で高揚していたみたいだがあっさり諦めていたようだし……」
「うむうむ、中々に鋭い着眼点」
「……答える気はどうやらなさそうだな」
そう言って柱へと寄り掛かる彩目。まぁ、確かに答える気はないんだけどね─。
あくまで私は傍観者として歴史には触れていきたい訳であって……まぁ、生きてる時点で傍観者なんて無理なんだけどさ。
だから、未来の情報も幾らかは使えるとしてもあまり公言はしたくない……既にそう言った情報を私が知っている事を知っている人物も多少はいるんだけどね。輝夜とか紫とか。
「とは言え、彩目には流石に忠告みたいな事をしないといけないかね」
「? 忠告?」
「そう。暫くは出掛けない方が良いよ。具体的には全国行脚は特に避けた方がいい」
「……理由は?」
「私が簡単に教えるとでも?」
と、そんな自信満々に返したのがまずかったのか。
彩目は私のドヤ顔を見て、ニヤリと笑ってこう返してきた。
「ほう? その情報は興味深いが、まさに全国行脚をしている文にその情報を教えなくていいのか?」
「……」
こう返されては、私は黙るしか無い。
大事な情報で、理由が話せない。それなのに、その情報を教えるべき人物には情報を言わない。
それは教えるべき人物には何かが起こるという事を示唆している。そう受け取れる行動という訳だ。
やられた。
彩目のくせに、してやられてしまった。
「……ふん、どうやら文が関係している事は確かなようだな」
「くっ……彩目に見透かされるとは……」
「そんなに悔しいか……? まぁ、ここのところお前の行動は不審点が多いしな。深く考えもするさ」
そう言いながら立って台所へと向かう。恐らくはお茶でも淹れようとしているのだろう。
不審な点……ね。
まぁ、確かにその通りだろう。私はこの後、ヨシツネがどうなるかという歴史を知っている。
それを知っておきながら、師弟という関係を結んでしまった文には何も言わずに、ただ傍観している。
……まぁ、刀を売るという関与はしたかもしれないが。
あくまで傍観という位置を保とうとしている癖に、これから起こる歴史を知っているからこそ助言が出来てしまい、更に助言が出来てしまう理由を相手に話さないから相手に不可解、不快感を与えてしまう。
誠に不審者極まりない。我ながら怪しすぎる。
「……やれやれ」
源平合戦を見ていて気分が高揚してしまった時にも、『やれやれ』と呟いていたような気がする。
いかんなぁ、私の口癖は『どうでもいい』とか、『めんどくさい』とか、そういったアンニュイ系キャラで行こうとか決めた筈だ。今。たった今。
決めた筈だ、というか、今決めた。そうだ、アンニュイ系で行こう。
「あやめー、私にお茶も一杯をご所望する─」
「文章がめちゃくちゃになってるぞ……それに元々淹れる気だ」
「そりゃよかったー」
「……また変な方向に思考でも飛んだか……?」
彩目よ。この家の中なら何処に居ようが、そなたの呟きは聴こえているのだぞ。
内容については一切否定はしないけどな。
▼▼▼▼▼▼
と、まぁ、
あんな事を彩目に言っておいて、
『しばらくの間、全国行脚は絶対に止めた方が良い』とか言っておいて、
当の本人はしばらく経つと家から居なくなっているのだから、助言の意味が無い。
いやまぁ、意味がないとは言わないけど、信頼性がなくなるという物である。
因みにその当の本人である彩目は、今頃自宅で呑気にお茶でも啜っているであろう。もうそろそろ私が出掛けているという事に気付くかもしれないが。
「……」
ふよふよと雲の上を鎌鼬状態で浮きながら、遥か下の様子を眺める。
地面との距離がこれぐらいなら誰も気付きはしない。探ろうと思ったら探れるかもしれないけど。
今現在、この雲の下ではヨシツネが裏切られている。
兄と戦争になった為に少年時代を過ごした恩師の元へと逃げ、数年間は安心して穏やかな生活を過ごす事が出来たものの、その恩師が亡くなってしまった事により、バランスは崩れてしまった。
恩師の後継者は頼朝の脅迫に耐えれなくなって、ヨシツネを裏切り彼等を襲撃した。
私の下では、その襲撃事件が起きている。
文の姿は見えない。
見えているのは有名な武蔵坊弁慶が獅子奮迅の活躍をしている姿ぐらいだ。
そして他のヨシツネの部下が、そこらじゅうで倒れている。
「……嘆かわしいねぇ」
そんな独り言をぼそっと呟く。思ってもない事を呟いたが聴こえていないのも当然で、それはむしろ聴こえないように呟いている訳で、つまり意味なんて無いのに呟く。というか意味がない。
矢を何十本も受けて血を大量に流していてもまだ倒れない。まさしく妖怪のような体力の持ち主だ。
……まぁ、私もそろそろ行くかね。
変化、詩菜。
空中で実体化し、そのまま体勢を維持出来ずに地上へと落ちていく。まぁ、落ちるのが目的なのでどうという事はないのだが。
どんどん落ちる速度が加速していく。感じる風はまるで私の服や皮膚を斬り裂くように冷たく、また私の心もどんどん冷たくなるような感覚が走る。
いつもの感覚、鬱になりそうな予兆だ。
地面へ到着。
更に着地時の衝撃を操って、襲撃者共を遠くまで吹き飛ばす。しばらくの間は引っ込んでいて貰いたいので。
まぁ、弁慶には何も影響を与えないように衝撃を操作したつもりだけど……。
もうそろそろ動かなくなってしまいそうな雰囲気でもある。
「……きさま、何者?」
「ヨシツネの師匠……の、師匠って言ったら分かる?」
「ほう。天狗様の師匠か?」
「そう」
遠くから見ていたから知ってはいたが、随分と大きな巨体だ。彩目よりも大きいのではなかろうかと無駄な思考をしてみる。
しかしまぁ、流石はヨシツネと弁慶の間柄というか、伝記通りの信頼関係というか、師匠の事まで知っているとはね。
文もヨシツネ以外に存在を知られてはならないとか、天魔に言われたのではなかったのだろうか……まぁ、どうでもいいかな。
今から妖怪とか化物にでもならない限り、彼も死ぬのだろうし。
「噂は天狗様からかねがね承っておる。中々に奇々怪々な性格だとな……こんな少女だとは思わなかったが」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「はっはっは、よせよせ。ワシは義経様にも天狗様にも敵わぬ者だ。その師匠がそのような態度では……いや、それがお主の性格なのか」
「まぁ、大体そんな感じかな」
そう言って、後ろの帯から扇子を取り出して無造作に風を起こす。
扇子で起こした竜巻が、遠くから私達を狙っていた弓兵を巻き込んで上空へと打ち上げる。
……まぁ、力加減を故意に間違えたから十中八九、地面に落ちる前に粉砕して粉のように消え去るだろう。
それを見ても、まだ笑う弁慶。もう死にゆく覚悟とやらは十全に整っている様子。
「ははは! 流石は天狗様の師匠。人間なんぞ本当に赤子の手を
「それ、『
「くくく、どうやら長く生きて教養もあるようだ。いやはや妖怪には到底叶わぬな」
どうやら中々に陽気な人の様子。実に分かり合えそうな気がする。
鬱でない時なら美味しく語り合えたりもしたのかもしれないが……如何せん、時期も悪ければ容態も悪いし、腹の虫の居所も悪いと来た。
「最期に一つ訊くが……お主は、何故今頃になって来た? いや、何故来た?」
「別に何も。私は私が興味のある人間が、最期にどのような旅路をしてきたか聴きに来ただけだよ」
別に私は、ヨシツネを助けようなんて思っちゃいない。
壮絶な人生を過ごしたという歴史の人物に逢って、貴方の人生はどんなものだったかを、聴いてみたいだけだ。
そこに彼を助けようとする意志はないし、文なんて全く関係ない。
私は私の為だけに行動して目の前の人物を歴史の人物としてしか見ない、卑怯で非道な人物なのだから。
「……くっくっく、やはり妖怪は妖怪か」
「当たり前でしょ? ああ、でも人間は喰わない主義だから安心して」
「ふふん、それに何を安心しろというのだ。ワシとしてはあの敵を喰ってもらいたい所だがな」
「喰わないよ。戦いに来た訳でもないしね。まぁ、邪魔するなら殺すけど」
「妖怪らしいが妖怪らしくない、なるほど天狗様の言う通りだ」
そう笑って持っていた薙刀を地面へと叩き付ける。
地面へと石突きが深々と刺さる。まだまだこの弁慶は健在だと、また集まりだした兵に対する威嚇か、それともまた『別の意味』があるのか。
まぁ、私としてはその『別の意味』でしか、彼の行動を捉える事が出来ないのだけれど……。
「通るよ。ヨシツネに逢ってくる」
「おう行け行け。人間の強さをワシが見せてやる」
「はは」
軽く笑い流し、弁慶の横を通り過ぎる。
私は何もしない。奇跡を起こすのは弁慶であり、通りすがりの妖怪である私は通るだけだ。
「……それにしても」
「ん?」
「やはり我が主に仕えて正解であった。単なる刀集めよりもよほど面白き人生だ」
「そう……貴方の旅路は良き主君に出逢えた事で、素晴らしい旅路へとなったのね」
「──────」
「……あら、もう死んでいるの?」
その言葉に振り向いて声を掛けるも返答は無く、心の臓から聴こえる筈の衝撃音も途絶えている。
彼は敵陣を睨んだまま、今にも飛び出して一騎当千の活躍をしそうな程の迫力を出しながら、死んでいる。
これこそまさに、弁慶の立往生。
「……」
彼の言葉に反応して、彼の旅路に返答する事で何かのスイッチが入ったらしく、一気に精神が平坦になっていく。
言葉遣いもいつの間にやら紫のような口調になり、妖力が抑えられて神力が活発になり、力が溢れてくる。
……やれやれ。
内部へと入り、奥へと進む。
いつの間にか奥からは燃えるような音と匂いが漂ってきている。どうやら史実通り炎の中で自殺する様子。
それ以外にも妖怪の……文の気配があったけど、私が中へ入ると逆に遠ざかって行った。
逃げたのか、それとも外の兵へと攻撃する為に外へ出たのか……。
まぁ、良かった。
今の気分だと、出逢っても喧嘩にしかならないと思うし。
襖を開けて広間へと入る。
部屋の中にはヨシツネだけ。妻子が居るかと思ったけど、居なかった。
「……そなたが、師匠の師匠か?」
「その通り。文は何か言っていた?」
「私の妻子を連れて逃げるまで、ずっとそなたの来る方向を睨んでいた」
「……ま、そうでしょうね」
当然、怒ってるか。
やれやれ、また顔を合わす時が怖いねぇ。
そんな後の事は後で考えるとして、今は向かい合っているこの英雄とのお話だ。
よくよく見てみれば既に甲冑は脱いでおり、目の前には納刀された小刀だけ。
……その小刀は、どうやら『鼬塚』の作った小刀ではないようだけどね。
「天狗から既に聴いているかもしれませんが……実はわたくし、旅の神様をしていまして」
「……ほう、急な話だな」
「文が気に入った人間という事で、一つ聴いてみたいのです」
「そのためにわざわざここまで来られたか。それで、その質問とは?」
我ながら意味不明な質問だとは思う。
けれどもこういった事を質問してみたいという思いは、昔からあった。
それこそ、妖怪として生まれ変わる前。
人間だった時から、この質問は心の奥底にあった。
「貴方の人生の旅路は、どのようなものでした?」
「ふむ? 旅を司っている神様が、旅はどのようなものであったかと質問されるのか?」
「旅とはその人が歩んできた道のりの事。私が司るのはその道程における『運』だけです。どのような道を選ぶか、選んでしまうのか、その際の補助のような力添えだけしか私には出来ません。そしてその人が旅路によって得た経験は誰にも否定は出来ないし、無かった事には出来ない」
「……」
だからこそ、私は誰かとの繋がりを否定する行為というのは嫌いだ。
戒めとして昔の事を忘れないようにしているのも、そういう想いから来ているとだと思う。
「故に、私は私以外の生命が進んだ旅路というものを知ってみたい。興味ある生命ならばそれも尚更」
「……」
予想以上に炎の勢いが増してきた。
今はまだ話すほどの余裕があるけれども、ヨシツネから話を聴いている暇も案外無いかもしれない。
少しばかり彼は考えて、それからポツポツと話し始めた。
「私は……私の思うままに生きてきただけ。兄とは喧嘩別れとなってしまいこのような結末になってしまったが、後悔はない」
「……思い残す事はないと?」
彼の話を聴いて正直な感想を言うと、驚いたの一言になる。
私としては、平氏を倒して大団円と行きそうな所を鎌倉すらも入れずに恨んでいるかと思っていたのだが。
この恨みは深いぞとか、腰越から去る時に言ってたような記録があったような気がするんだけど……。
ま、これも歴史の違う所という事なのか……それとも、教科書にはない事実だったのか……はたまた両方か。
「ええ。こうなるのも運命だと」
「……ふぅん?」
運命……ね。
実際の歴史というのを知っている私としては、納得してしまう言葉ではあるが……。
「運命、というのは……気に食わないですね」
「……そうか」
「私個人として──神様の考え方ではないでしょうが──運命は切り開くものと考えておりますので」
とか言っておいて、実際には切り開く意志すら失せてしまった事も多々ある訳だが。美鈴の時とかね。
やはり神様という性質が肌に合わないような気がする。
屋敷が燃える音の向こうで、兵士達の雄叫びが聴こえてきた。
恐らくは立ち往生が倒れたのだろう。馬に蹴られて倒れたという話だけど、真相は如何なものやら。まぁ、どうでもいいけど。
「……時間ですかな?」
「時間のようです」
後ろを振り返り、音が聴こえてきた方向へと視線を巡らすも、視界に入るのは炎で燃えていくものばかり。
既に私達二人は炎に囲まれていて、逃げ場は何処にもない。
……人間にとっては、なのだろうけど。
「弁慶は、『面白き人生だった』と言って逝きました。──────貴方は、どうですか?」
「……私は……縁を信じて生きてきた。縁とは恨みもあれば恋慕もある。関係も運命も情も、一つの縁だと、私は思っている」
「こうして最後に神様とも出逢えたというのなら、それは私が信じる縁の一つの答えなのだろう。やはり私が信じたものは間違ってなかった」
「……」
いよいよ火災がひどくなり、上から木材が落ちてきている。
私は彼の言葉を受けて、そして何も返さずに来た道を引き返す。既に覚悟を決めた人に掛ける言葉はないし、もう時間が来ている。
ほら、私って気まぐれだし。と意味もなく内心で誰かに言い訳してみる。
炎に身体が包まれ、メラメラと服と身体が焼けていく。とは言えそれほど火力も強くないのであんまり大したダメージにはならないので無視である。それこそどうでもいい事実というものだ。多分。
そんな私の背後、まだ延焼が広がってない場所から小刀が抜き放たれる音が聴こえてきた。
……ああ、そうそう。
「貴方の旅路。文にちゃんと伝えておくよ。師匠の縁を忘れはしないってね」
「……ふふ、人の遺言を勝手に作るでない。師匠には『縁は忘れぬ』と伝えておけ」
家屋が燃える音で聴こえないかと考えていたけども、案外私の言葉は届いていたようで、それに関する返信もちゃんと受け取った。
鎌鼬に変化し、姿と気配を消す。
兵どもが内部へと消火しながら突っ込んで来ているのを最後に見て、腹を裂いた音だけを最後に能力で拾って、私はこの場所を去った。
タイトルを改変。2013/06/10 午前0時15分
決着 → 最期