ま、正体が分かったとはいえ、接触するつもりもないのでどうとも思わないのだが。
いや、どうとも思わないってのはおかしいか。大体が『まぁ、予想通りだな』ぐらいだ。
大体ヨシツネってある意味英雄じゃないですか。たかだか妖怪と神の自分に勝てる訳がないじゃないですか。さっきは不意を突けたけどな。
そういう訳で、じゃあ接触するつもりのない俺達は一体何をしているのかって事になるのだが、ここ最近はちょいと商売を始めていたりする。まぁ、舌が治ってからの話だけどな。
何を売っているんですかって、そりゃあアンタ。戦が始まり武士の世界になろうとしているこの時代で何が売れると思うよ?
「はいいらっしゃいいらっしゃい。良い切れ味の太刀を売ってるよ。最高で五つ胴が売ってるかもだよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦」
「やる気のない宣伝だな……」
「彩目もやらんかい。職人が宣伝しなくてどうすんだ」
「いや確かに造ったのは私かもしれないがな?」
彩目の能力によって創られた刀を売り捌く商売である。
簡単に言ってしまえば、彼女の『刃物を操る程度の能力』によって創られた日本刀を売るだけである。
労力や費用としては彩目が精神的に疲れるだけで、言ってしまえば元手は実質上タダ。実においしい商売である。
しかも本人がその気になれば想像上の物である筈の、なんでも斬れる斬鉄剣が創れるというのだから恐ろしいものである。
まぁ、流石にそんな事をすれば自分の身も危ういし歴史が確実に崩壊するので止めたけどな。
とは言え、
「なぁ、あんちゃん。これ横手が入っていない珍しい太刀だが、これを打った刀匠の名は何と言う?」
「え?」
「おい兄ちゃん、これ反りがねぇよな? 直刀にしては無茶苦茶なげぇが……」
「あ、ああ、それは」
「見付けたぞ! 違法で武器を売り捌く商人どもだ!!」
「やべっ! 皆様またどこかで!! 行くぞ!」
「やれやれ……ちゃんと許可を取れば良かろうに」
「面倒くさいから嫌!!」
このようにいつも検非違使から逃げながら商売をしている状態である。
当たり前だよなぁ。刀工どころか職人の手助けを一切受けずに刀を創っては売り捌く。しかも戦があればどちらの軍にも売り捌くものだから、御上には相当嫌われているであろう。
しかもよくよく見てみればどこかで見た事があるような刀の作りばかり。そりゃあ彩目は見た刃物を思い出して創造するのであって、自作の作品というのは殆ど無いのだから。
「い、いや、最近は独自の刀も一応創れるぞ?」
「
そんな感じで、なんとか逃げ切って拠点へと戻って来ました。
道中で何となく詩菜に変化したけど、いつもの如く理由はナッシング。
現状の私達は、適当にお借りした廃屋で生活する日々である。とはいえさっきみたいに追われる事もあるから、拠点は結構な頻度で変えてるけどね。
私はスキマから食材を取り出しながら今日の夕食を作り、彩目はその間に売り物となる刀を作る。最近の生活は大体がこんな調子だ。
この数カ月で舌も治って普通に喋れるようになったしね。とは言え若干の違和感を感じなくもない。気の所為だと言われたら気の所為になるとは思うけど。
「じゃあ私達の刀でも創ってみます? 創れるっていうんならさ」
「……私達、独自の武器か?」
「そ。太刀の名前も自分達で考えてね」
まぁ、この商売を考えた時からこの発想、実はあったりするんだけどね。
彩目職人が作り出す、鎌鼬一族の伝統の太刀って奴? いやーロマンだね。心躍るわ─。
「彩目が自作の太刀を作れるって言ったんでしょう? じゃあやらないとねぇ……?」
「なんでそう悪だくみをしているような笑顔なんだ……まぁ、別に私は構わないが」
「あらそう。ん〜、ノリが悪いなぁ」
ま、彩目もやっぱり女の子だし、そこらは分からないかね。
そう言う私だって今は女だけどね。生前(男だった時)は日本刀に憧れを抱いたものである。
そんな会話をしている内に料理が完成。牡丹汁。正確には、イノシシ鍋。
今日の騒動からトンズラする時に、私達に遭遇してしまった哀れイノシシちゃんである。
大きい器に二人分を盛り、彩目の待つ居間へと向かう。
……というか私の器、ちょっと欠けてるな。この家にあったのを使ったから当たり前っちゃあ当たり前だけど……まぁ、明日新しいのを何処かから盗ってこよ。
「あいよ。おまちどおさん」
「……また大量に作ったな」
「そりゃあんなでかい猪一匹を二人で分けるとなるとこうなるでしょ」
巨大猪を傷一つなく殺した為に、食料は一週間位持ちそうな予感。その頃には腐っちゃってるかもだけど。
何故イノシシを牡丹と呼ぶのかは知らないけど、牡丹というとこの前の死神になった子を思い出す。とはいえこの前って言っても大分昔だけどねぇ。
ま、それは置いといて。
「で、どうよ?」
「ん? むぐ、さっきも言ったが別に構わないぞ。贋作師と言われるのも嫌だしな」
「……何ですか。贋作をやれと言った私を責めてるんですか」
「いいや、別に」
「むぅ……」
別にと言っておきながらその口元の微笑みは何だし。
まぁ、いいさ。ちくしょう。
「それで、新しい流派の武具を創れるとしてどんな感じになる?」
「(流派?)……別に前とそれほど変わらないぞ。母親殿の想像に合わして私が色々と調整して、それに銘を切るだけだ」
「ふぅん」
食事が終わったので場所が変わる。風が吹けば桶屋が儲かる、的な。
心底どーでもいいな。
別に何にもない土間だけど気分的に工房と呼んでいる場所で、彩目の創造する刃物を見ながら調整をしつつ会話する。
いつもこんな感じで私達二人の一日は終わる。
まぁ、追われている間に日付が変わる事もあるけど、今日は比較的簡単に逃げ切れたから良かった。色々と余裕が出る。
「それで? 名前はどうするんだ?」
「そうだねぇ……」
刀や薙刀が次々と創られ、それを彩目が確かめているのを見ている時に彼女が訊いてきた。
集中する対象が複数あっても集中し続ける事が出来るというのは、何か私の血脈として彩目に受け継がれているのだろうか、とか思った。
……まぁ、私と彩目の間にそんな風に血縁の繋がりはあっても、名前で縛るとか言う、そう言った繋がりはないので、実際こういう名付けとか関係を言葉以外で示す時に困ったりする。
何と言うか、今のこの状態で私は満足している訳だが、名前というのを作ると彩目を縛るのが更に強固になるような気がしてなぁ。と思う。思ってしまう。
要は、刀工の名というのを創るにあたってその『銘』が私達の名字になりそうというのが何だかなと、思っちゃうのである。私は。
いや……恐らくはそれが名字に近い感じになるだろう。一族の名前に、必ずなってしまう。
「……私は別に構わないぞ」
「へっ?」
そんな事を考えている内に、どうやら彩目は刀を予定数作り終えていた様子。
視線を戻してみれば刀を束にしており、それを紐で纏めながらこちらを見ていた。
「大方、私を名前で余計に縛るかもしれないとか、そういう事を考えていたんだろう?」
「うっ……なんで私はそういう所を見通されちゃうのかなぁ」
なんで、紫とか、幽香とか、天魔とかはさ。
どうしてそう私の性格に追い付けない癖に看破出来るんだ。出来ちゃうんだ。くそぅ。
「大体は予想付くしな。お前ならすぐに思い付きそうな事なのに深く考えていたし」
「……そんなもんかねぇ」
「そんなもんだ。別に、家名はお前の好きにしろ」
実際に看破されちゃった彩目に言われているのだから、そうなのだろう。スッゴイ複雑な気分だけど。
紐を縛り終え、再度刀の本数を数えて予定と合っているかを確かめる彼女。テキトーに纏めるであろう私とは大違いである。
家名は好きにしろ、ねぇ……。
何気に現代と名字の意味とかつけ方が違うから何気に大変なんだよなぁ……まぁ、いいや。
元々思い付いていた奴もあるし、彩目からの許可も出たし……許可が出たからって良いってもんでもないと思うけど。
それに、私とは違って彩目には『生みの親』というのがある。私だって生前の親というのがいるけれど、それに比べて彼女の場合はもっと繋がりがある筈なのだ。
それでもいい……と、そう言える彼女は私とは大違いだ。
「……本当にいいのね?」
「ああ」
「了解……まぁ、元々考えていたけどね」
「なんだ、考えていたのか?」
「家名じゃなくて、銘をね」
「……」
やはり、私個人として誰かを縛りたくないという思いがある。始めは強制的に彩目を縛り付けておいて、その態度は何だと我ながら思うけど。
なのでそう言った縛りはしない。繋がりにはなるかもしれないけど、縛り付ける縄にするつもりはない。
「ま、その名前を彫るのは私がやるよ。明日商売に出す刀にはすべて入れておく」
「……そうか。なら私はもう寝ていて良いか?」
「うん。見張りも私がやるし」
「了解した。では、おやすみ」
「おやすみなさい」
彩目にそう返答し、束の刀を掴んで表へと出て屋根に登る。
振り返れば彼女も
既に日付は変わって、真上には月が綺麗に輝いている。
満月に近い形なので明かりがなくとも手元が分かる。まぁ、別に妖怪だから無くても分かるんだけどね。
「さて、と……」
そう誰に言う訳でもなく呟き、中途半端に開いたスキマへ刀の束を挿して支え、一本だけ取り出して膝の上に置く。
分解して
まぁ、あれは小さなノミみたいにコツコツと叩いて切っていくんだけどね。私の場合はそれよりも切れ味がいいからもっと効率が良い訳であって。
昔から言っている事だけど、どんだけ性能が良いんだ妖怪は。
名前の由来はない。その時のテンションで決めた。言うなればその時の気分だけど、気に入ってはいる。
今ここにある五十本、全ての刀に『それ』を掘っていく。
『
作者名・刀工の名前ではなく、この太刀全員の名前。って感じかね。