風雲の如く   作:楠乃

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短篇集 その二

 

 

 

「仮にさぁ?」

「ん? 何じゃ?」

「私がこのまま冬眠するかの如く、八百年位封印されたらどうする?」

 

 

 

 久々に天魔が私の新しい家に遊びに来た。

 新しい家とは、あの巨大な古木を材料にした私の新たな住居である。

 鬼や天狗達と共に造って貰ったのだ。これがホントの古民家再生!!

 

 ……まぁ、完成した瞬間に宴会が始まったのはいつもの事である。

 鬼だもの。天狗だもの。鎌鼬だもの(?)。

 

 前の巨木の中みたいに、蒸し暑くもなく寒すぎる事もなく、実に快適な我が家である。

 前から比べたらだけど兎に角広い!! 

 いやはや、建築に携わった山の妖怪達には、本当に感謝し尽くしても足りない。とは言え私も木材の加工とかで手伝ったんだけどね。

 

 

 

 閑話休題。

 

 そんな新築の匂いを存分に堪能しつつ、天魔にとある質問を投げ掛けてみる。

 現在、十二世紀中頃。

 私もいつの間にやら五百歳超え。大妖怪だと誇れる年齢にもなってきていた。

 ……身長や体格は全くと言っていい程、変わってないけどね……妖力神力は普通に増えていくのになぁ……。

 

 そんな中、共に長い時間を生きてきたと言える友人にちょいと質問してみる。

 

「……どういう意味じゃ。それは」

「いやね? 最近なにも面白く感じないなぁ、って」

 

 いつぞや幽香が言っていた事を思い出す。

 彼女は『何百年も生きている大妖怪にとって、一番の天敵は《退屈》なのよ?』と言っていたような気がする。

 確かにそうなのかも知れない。と最近になってふと思い始めてきたのだ。

 

 今でもふらっと旅に出掛ける事もあるし、鬼や天狗と喧嘩したりする事もあるんだけど……。

 やっぱり既視感というか何というか、繰り返しの生活になっているような気がしてならない。

 彩目や文と特に意味もない雑談を交わしたり、

 萃香とか鬼と連日酒盛りをしたり、

 勇儀や天魔と力比べをしてみたり、

 反乱をしようとした鬼共を再教育してやったり、

 紫と無駄に胡散臭い笑みを交わしあったり……。

 

 

 

 ……まぁ、遊んで暮らしているような感じなんだけど……やっぱり何か面白くない。

 これが、こういうのが大妖怪の宿命みたいな物なのだとしたら、

 私が天魔に愚痴っている事はそれすなわち、

 

「……甘え、かな?」

「甘えじゃな。ふむ……その辺りが『元人間』の弱さかも知れぬな」

「ああ、そういう考え方もあるのか……」

 

 私は確かに元人間だけどさ……やっぱ甘えか。断言されちゃったし。

 でも紫の式神になった時に、この境界を曖昧にして貰った筈なんだけどなぁ……?

 案外年月が経ったら『地が出る』みたいな感じで、元に戻っちゃう感じなのかな? それとも一度の操作だけでは根本的には治らない的な。

 ……慢性的な病気じゃあるまいに。

 

「……で、もしお主が封印されたらどうするか? じゃったか?」

「え、あ、質問の内容? まぁ、そんな感じだけど……?」

「ふむ……『封印させた奴を葬る』じゃな」

「怖ッ!?」

 

 ……質問としては『詩菜が自分で自分を封印したら、残された貴方はどうする?』みたいな感じだったんだけど……。

 ま、まぁ! するつもりもないし!

 したらどうなるかも分かっちゃったから、やらないけどね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 『太陽の畑』はちょうど満開の時期を迎えていた。

 妖怪とはいえ元は人間。私としてはうんざりする程に太陽が照りつける中に出て行きたくはないが、それでも彼女はご機嫌で花に水を上げている。因みに私は彼女の家の日陰部分でそれを眺めている。

 外に出掛けるのは良いが、太陽には当たりたくない。なんて矛盾。

 

 ふむ。それにしても久々に幽香の元へ訪れるような気がする。

 いつの間にかハーブティーを飲まずに『緋色玉』や『ベクターキャノン』、つまりは大技を使えるようになったしね。あまり妖力回復薬のお世話にならなくなったのである。

 そんな回復薬にお世話になるという事が妖怪にとっては赤っ恥なのかもしれないけど、そんな事は私にとってどうでもいいのである。

 

 ……まぁ、お世話にならなくなったというのは良い事なんだろうけどね。

 それでも幽香の所に行かなくなったのは、確かな事なんだな……。

 

 

 

 今年の夏は相も変わらずのうだるような熱さだけども、それほど夏バテする事もなく、比較的リズム正しい生活を送る事が出来ている。

 しかし、妖怪にとって『リズム正しい生活』とは夜に起きて昼は寝る生活なんじゃないかな? と、思わなくもない。

 基本的に私は人間と同じような生活リズムで日々を過ごしている。まぁ、欝とかハイテンションになったらそうじゃない時の方が多いけど。

 そう考えてみると、基本的に日中を活動時間としていそうな妖怪は結構少ないのではと思う。

 とは言え人間に歩み寄っていた聖達とか、二十一世紀並みの組織的社会を築いている妖怪の山の面々とかは普通に人間のように過ごしているんだけどね。

 そこまで考えた所で、そういえばたった一人で人間と似たような行動をしている知り合いが一人居たなと思いだして、この『太陽の畑』まで来た………………というのは嘘です。

 

 はい、ここに来て幽香の後ろ姿を見ていて思い付いただけです。

 という訳で、何の脈絡もなく質問してみよう。『妖怪にとってのちゃんとした正しい生活リズムとはなんぞや?』。

 

「そこら辺どう思うよお姉ちゃん」

「……相変わらず深く考えているんだか良く分からない質問するわね」

「まぁまぁ。花と共に生活する妖怪は、そこら辺どうお考えになります?」

「そうねぇ……私は彼女達(ひまわり)が元気なのは日中だから、結果的に人間と同じ様に生活しているの。他の誰かが唱える『リズム正しい生活』なんて知らないわ」

「……うん、まぁ、予想通りの解答だね……」

 

 やっぱ『花妖怪』は花が大好きだからこそ花妖怪なんだなぁ。等と考えながら向日葵に水をやる幽香を眺める。

 日傘をクルクル回しながら花に水をやる幽香は、やはりとても幸せな表情をしている。

 

 ……とある大妖怪は、趣味を見付けて熱心に取り組む事で『退屈』を取り除いている……と。

 私が『趣味』を見出だすとするなら……やっぱ、読書かな?

 ……そんな大図書館なんて、この時代に存在しないよ……この前本を書いて、それっきりだよ文章なんて……。

 

 何処かの海外なら活版印刷も産まれてるかも知れないけど、そもそも本が産まれているかどうか……。

 

 

 

「……それで、貴女は何の用なの?」

「ん? いや、特にないけど? さっきの雑談も思い付いただけだし」

「……」

 

 強いていうなら、取材?

 テーマとしては……、

 うん……『老後の生活について』かな(笑)

 

「弾けろ!! 『マスタースパーク』!!」

「来いやぁ!! 『ベクターキャノン』!」

 

 ……あれ? 押し負けt――――――――――――――――――――――――────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 妖精は何も変わらない。

 自然体のままに生きていくのが妖精だ。

 『自然の権化』である妖精が変わってしまうと、それはその『環境』そのものが変わってしまうという事で……二十一世紀の現代社会には、一体どれぐらい妖精が生き残っているのだろうか……。

 

 ……とまぁ、何と無くセンチメンタルな気分になった所で、

 

 

 

「『霧の湖・氷像祭り』開催ィーッ!!」

「イェーイッ!!」

「わ、わーい……?」

「……!!」

 

 参加者、私・チルノ・大妖精・妖精ちゃん。以上四名。

 本家本元には遠く及ばない哀しい参加人数だけど、テンションだけは勝つ!! 勝ってみせる!! あゝ無駄なテンション!!

 

「さぁ氷山を造り出すのだチルノよ!!」

「ラジャー!!」

 

 

 

 

 

 

 ・・・Now Loading・・・。

 

 

 

 

 

 

 チルノが氷山を造り上げたのが、祭りを開催してから八時間後。

 つまり、現在、夜の真っ直中。午前一時。

 そんな時間までテンションが長続きなどする筈もなく、センチメンタルな気分に戻ってしまった。

 

 妖精ちゃんは九時になった途端に寝てしまったし、大ちゃんは必死に寝ないでチルノを応援していたけど、十一時を過ぎた辺りで堪えきれずに寝てしまった。

 私は妖怪であるからかどうかは解らないけど、試した範囲で言うなら一週間は寝ないでもいけるからどうって事はない。

 

「ッ……でっ、出来た……ッ!!」

「……お疲れ様」

 

 湖の中心に、それは見事な『氷山』が出来ている。

 まさしく、タイタニック号が激突した氷山の様である。

 ……いやまぁ、そこまで詳しいつもりでもないけどさ。映画も見た事ないし、話として知ってるだけで全く内容も知らないし。

 

 何にせよ、本当にチルノは頑張ったよ。

 ……迂闊にチルノを囃し立てるのは止めよう。冗談が冗談で済まなくなっちゃったし……反省反省。私の悪い癖になりそうだ。

 

 とまぁ、呆然と氷山を眺めていると、チルノがふらふらと落ちかけている。

 あたかも机に向かってはいるが眠気に勝てず、うつらうつらとする学生のよう……ま、それも当然か。

 

「大丈夫……な、訳ないよね」

「へへへ、どうって事ないよ……あたしって、凄い……?」

「うん、凄い。いや……凄いって言葉しか出ない」

「はは、やったぁ……」

 

 と、そんな言葉を呟いて遂に羽ばたきも止まって崩れ落ちたチルノ。危ないので落ちる前に掴まえて抱え、近くの木陰まで移動する。

 既に木陰の元には大ちゃんと妖精ちゃんがスヤスヤと寝ている。

 ……いや、大ちゃんは妖精ちゃんが上にのし掛かっているから、ちょっと苦しそうに見えなくもない。

 その隣に冷たいチルノをそっと寝かす。正直に言うと触っていた肌が冷たくてちょっと痛い程だった。

 まぁ、触らなければ分からなかったし、酷い寝相でもなければ恐らくは妖精達がぶつかったりはしない筈。移動していた妖精ちゃんがちょっと不安だけど。

 

 チルノが静かな呼吸をし始めたのを確認し、湖の方へと振り向いてみると例の氷山はどんどん溶け始めていた。

 能力で集まっていた冷気が放出されているんだろうか。抱えていた時にチルノから感じた冷気とはまた別に、冷たい風が湖から流れてくる。

 季節外れの氷山。辺りには霧まで漂い始めた。

 

 ……私も何だか眠くなってきた。妖怪なのに何故か眠くなる。

 妖精達の寝顔をちょいと見て、樹の上へと跳ぶ。無論、音などという衝撃は出さない。

 鎌鼬は鎌鼬らしく、樹の枝に寄り掛かりながら寝るとしましょう……。

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 目蓋を上げた瞬間、視界全体に広がる三人の妖精達の顔。

 

「うわわっ!?」

「あはははは!!」

「ご、ごめんなさい!」

「……! ……!!」

 

 身体を跳ね上げ、周囲を見渡す。

 羽根を羽ばたかせ、空中に浮いている妖精達。私は寝返りを打って樹から転がり落ちたりもせず、ちゃんと枝の上で寝起きできた。

 

 ああ~………………あ?

 何で皆して私の顔を覗き込んでいるの?

 

 そう考えた所で、頬に何かの違和感。

 左頬を触れてみる事にする。

 手にはベチョリ、という感覚。

 

 ……成る程、どうやら顔に泥を塗られたらしい。

 イタズラされたのね。ふむふむ。

 

 

 

 ふむ……。

 

「うりゃ」

「わーっ!?」

 

 バッシャーン!!

 

 明らかに私がやりました。って顔をしていたチルノを湖にぶん投げる。

 私も顔を洗うために、浅瀬へとジャンプして、顔を洗いつつチルノへと津波をぶつける。

 誤字ではない。能力を使った津波である。大人気ない? 大人じゃありませんもの。

 とは言え流石は氷の妖精。津波があっという間に芸術に。何処の立体画?

 あ、やめて、氷柱飛ばさないで!! 刺さるから止めて!! 謝る! 謝るから、って何で私が謝ってんだ。初めにやったのチルノでしょうが!! 仕返しじゃちくしょー!

 

 

 

 ま、皆して水遊びになっちゃったし、これはこれで良かったのである。多分

 二日間も遊んだのだ。イイハナシダナー。

 『霧の湖氷像祭り』? 何それ? 美味しいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寺に、来てみた。

 何の事はない、単なる暇潰し……って訳でもないつもりだが……なるほど、文の言う通り、荒れ果てているようだ。

 

 俺が紫の式となって、始めての仕事で来た、聖の仲間達の通称『妖怪寺』に来てみた。

 

 あの時に訪れた妖怪退治の受付。これまた無駄に格好つけてミスをしてしまい、追い掛けられる原因になった場所。

 あの女性が対応してくれた小屋は、儚くも潰れてしまっている。というか、更地になっている。

 階段や本堂の場所から考えて此処にあった筈なんだが……草や木が生えてしまって何の面影もない。たかだか数百年でこうも……。

 こうも……荒れるか。荒れてしまうのか。

 

 

 

「……どなたですか?」

 

 そう声を掛けられ、無意識に足音やら衣擦れやらの『音』(衝撃)を拾う筈の能力が止まっているのを自覚して、苦笑しながら振り返る。

 掛けられた声で分かってはいるけど、『寅丸(とらまる) (しょう)』発見。

 

「以前、有名だった『妖怪寺』に興味が湧いてね。久々にお邪魔したのさ」

 

 別に妖力を隠したりもしていないが周りに人間も居ないからか、寅丸は妖怪である俺を追い出したりもせずに招き入れてくれた。昔も今も此処は来る者拒まず、か。

 そして『以前、有名』と言った所でやはり複雑な顔を見せる寅丸。前よりも神格は低くなっているようだし、顔もどことなく暗い。

 

「そうですか……あまりおもてなしも出来ませんが、ゆっくりしていって下さい」

「ん、お邪魔する」

 

 

 

 そう言って、本堂へと案内する寅丸。優しそうな雰囲気が少しばかり薄くなってはいるが、性格もどうやら変わってない様子。

 

 ……何だかなぁ。

 昔はもっと色々ドジっ娘で可愛かったのになぁ……と、本人にとっては色々と酷い事を考える始末。

 そんな性格で色々と思い出した瞬間。

 

 

 

「きゃあ!? ふぎゅ!?」

 

 彼女がが階段に引っ掛かって転んだ。普通に転んだ。

 そのまま板張りの廊下に思い切り顔をぶつける。誰も居ない寺に響き渡る、やけにグロい音。

 

「……だ、大丈夫?」

「……ふぁ、は、はい」

 

 そう言ってこっちへと振り向く寅丸さん。

 実に真っ赤なお鼻。鼻血が出ないのは美少女だからですかそうですか。

 

 

 

 とかまぁ、そんな事を考えて必死に笑いを抑えつつ、本堂へと案内された。

 そしてその結果。

 

「……はい。どうぞ」

「うん、どうも……」

「……」

「……」

「……」

 

 あー、気まずい沈黙……。

 

 

 

 会話を続けるべく、先程から姿が見えない『彼女』の事を訊く事にする。決して未だに赤い鼻をさすっている彼女を見ないようにするためではない。

 

「……そういえば、ナズーリンはどうしたんだ?」

「ああ……彼女はちょっとある物を探しに……」

 

 ふーん。

 ……『ある物』ってのは、聖の封印を解くような物かね?

 

「恐らくもうすぐ帰ってくるかと……あの、彼女に何か?」

「いや、君達二人が『あの後』どうしたのかなーってね」

「……?」

 

 女の言葉遣いになってしまうと、遂にニヤニヤが隠しきれなくなった。

 こういう所で無駄な演出をするから私は『理解不能』とか言われるのである。

 まぁ、治す気もないけどね!!

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 

 

「ッ!? 詩菜さん!?」

「やっほ、久し振り」

 

 えーっと、大体百年振りかな?

 

 何はともあれ、寅丸が私を覚えていてくれたのは嬉しい。

 寺に侵入した事になった志鳴徒は覚えていなかったみたいだし、この姿を忘れてたらどうしようかって思ってたよ。いやホント。

 

 

 

「……し……じな、ざぁん!!」

「えっ、ちょっ、なんでいきなり泣くの!?」

「ッッうわあああぁぁぁ!!」

 

 あ~あ……ガチで泣いてるし……赤かった鼻が目立たない位に流れ出る涙に赤い眼。

 ……まぁ、とりあえず……寅丸が落ち着くまで背中を叩いて抱き締めてあげますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

「はい……すみません、ちょっと取り乱してしまって……」

「いや、まぁ……ね」

 

 良く考えてみれば、寅丸とナズーリンはたった二人でこの寺を護り続けていたのだろう。

 それはどれほど寂しいものか。

 百年も二人で護る事が、どれほど辛いものなのか。

 私は絶対に耐えきれないだろう。断言出来る。私にそんな強い心はない。

 

 そう考えれば、さっきの茶化すような事を考えた私など、不謹慎極まりないという事に思い至ったのでちょっと反省。相も変わらずの馬鹿さ加減の私である。

 

 

 

「頑張った……いや、頑張ってるんだね」

「はい……でも、詩菜さんが来てくれた事で、ちょっと元気が湧いてきました」

 

 やめろよ、なんか……惚れるでしょうが。唯でさえ褒められるなんて生前ぐらいにしか記憶が無いのに。

 

「あれ? そういえば詩菜さんは何の用で此方に?」

「……あ~、ちょっとね」

 

 ……流石に、こんな時に『気分で』とかふざけた事は言わない。

 言う奴は鬼畜か鬼か人外か。

 ……ハッ!! 私妖怪じゃん!! 

 とかまぁ、そんなどうでもいい自己決着型の茶番は放って置いといて。

 

「まぁ、ナズーリンももうすぐ帰ってくるんでしょ? 宴会でもやらない?」

「お、お酒……ですか……?」

「……オイ毘沙門天代理……まさか寺院内で飲む気……?」

「ハッ!? いえいえ!! そんな事は!!」

 

 だったらしょんぼりしないの!!

 酒って言った瞬間、明らかに眼が輝いていたし!!

 

「……大体、寅丸は酒に弱そうだからダメ」

「いや、その、記憶はないんですけど、それほど弱くはないそうですよ? 寧ろ蟒蛇だとか」

「……」

 

 うん。

 余計にダメ!!

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で、半分以上が食糧庫と化しているスキマから材料を取り出し、寅丸の力も借りて豪華な料理を造る。

 一応仏教だから、殺生しない範囲で材料を用意した。『妖怪は厳密には生きていない』とかいう戯れ言は黙殺する。というかそもそも生物に値すると言っても色々と条件があってだね以下略。

 

 肉や魚がなくとも、材料に拘って味に力を注げば美味しいものが出来るのだ。

 味噌とか醤油とか味の濃いもの!! それが王道である!! 私的には!!

 ……いやしかし、この時代は味付けの薄いのが好まれたりするのかな?

 ああ……こんな所で転生の弊害が……まぁ、いいか。

 別にもう五百年も昔の味付けだ。覚えているという方が嘘に近い。

 

 

 

 まぁ、兎にも角にも野菜がメインディッシュの料理を造っていく。

 造っていく途中に、どうでもいい小話をひとつ。別に『兎にも角にも』で思い出した訳ではない。

 

「知ってる? 昔の坊主はウサギを『鳥』と考えて、兎鍋を食べてたんだってさ~」

「へぇ、そうなんですか?」

「だからウサギは一匹二匹って数えないで、一羽二羽って数える。『鳥の仲間』だからね」

「ああ! 確かにそうですね!!」

 

 ここで、まさか爆弾発言が、出た。

 

 

 

「……今から捕ってきます?」

「………………良いの?」

「………………今日は、無礼講、という事で……」

「……寅丸よ……お主も悪だのぅ……!」

「……いえいえ、お代官様程では……!」

 

 

 

 ……という事で。

 

 

 

「鯨肉投下ー!! 今日は鍋だヒャッハーッ!!」

「わぁー♪」

 

 と、まぁ、そんな事になってしまった。

 そうして宗教的には完全にアウトな料理が完成した、その丁度のタイミングでナズーリンが帰宅した。タイミングが悪いのか良いのか……。

 

「あ、帰ってきたようです!!」

「そりゃちょうど良かった」

 

「すまない御主人様!! 今料理を……ッ!?」

「おーっす、おかえりー♪」

「おかえりなさい!」

 

 ナズーリンが帰ってくると、そこには何処かで見た変人と笑顔の御主人が。

 

 と、意味もなくナレーションを入れてみる。というかそれほどの時間があるほどにナズーリンが停止していた。

 

「……いや、流石にキミの事は忘れないさ。久し振りだね詩菜さん」

 

 扉を急いで開け放った時のナズーリンは、『本当に大丈夫なの?』って言う感じの切羽詰まって疲れた顔だったけど、

 

「うん、久し振り。夜御飯出来てるよ?」

「……ああ、いただくとしよう」

 

 ほら、笑った。

 何事も、疲れは笑って吹き飛ばさないとね。

 

 

 

「……これ……肉が……」

「ナズ、今日は無礼講なのですよ!!」

「宴会なんだわさ!!」

「……どうしてこうなった……?」

 

 運命という奴である。ナズーリンよ、諦めるのだな。

 まぁ、その料理造ったのは私だけどな!!

 

「詩菜さん!! お酒は!?」

「「駄目」だ!!」

「……くぅ……」

 

 今のナズーリンの慌てようから見るに、寅丸は酔ったら相当危ないようなので、やはり渡さなくて良かったと確信する。

 蟒蛇で、まさか暴れちゃうタイプ……? いや、周り(ナズーリン)に迷惑を掛けるようなのだから……泣き上戸とか大虎?

 ……あり得る……。

 

 

 

 まぁ、そんな杞憂をする間にも宴会と時間は過ぎていき、いつの間にやら寅丸が寝てしまい、ナズーリンも船を漕いでいる。

 

「まったく。天狗の酒を呑んだ訳でもあるまいに……ナズーリン、起きてよ」

「ん……ぅ? ……くあぁ……どうした……?」

「いくらなんでも、このまま寝たら風邪ひくよ? 寅丸も運びたいんだけど、場所が解らないし」

「……ああ、なら私が運ぼう……ふわ……詩菜さんは、皿とかを片付けて貰えると助かるな」

「大丈夫なの? 運べる?」

「キミには言われたくないな……」

「……ああ、今の体格ならね……でもまぁ、私が運ぶより場所を知っているヒトが運んだ方が早いか」

「? ……まぁ、とりあえず片付けを、頼むっ、っと」

 

 ナズーリンはそのまま危なげ無く、寅丸を寝室に運んでいった。

 見た目に見合わず怪力の妖怪。まぁ、既に常識っちゃあ常識。

 

 ……ま、私も片付けますかね。

 うーん……鬼の宴会とは量も汚さも大違いだなぁ……。

 なんとまぁ綺麗な宴会場だった事……。

 

 

 

 そんな片付けもあっさり終わり、スキマから取り出した(寅丸には秘密の)酒を、先程の料理で使用した椀に注ぐ。無論片付けをした後なので洗った後の器である。

 季節も時間もバッチリ、襖を開けると見事な中秋の名月。

 ……輝夜は何してるのかね。何処を逃げているのやら。まぁ、私なんかに見付けられるとは思えないけどねぇ。

 

 

 

「私にも注いでくれるかい?」

「あれ、寝たんじゃなかったの?」

「運ぶ内に眼が冴えてしまってね。や、有り難う」

 

 縁側に酒を注ぐトクトクという音が響く。

 注がれた酒を躊躇なく飲み干すナズーリンさん。

 

 ……えっと……ここって、寺院ですよね?

 既に呑んでる私が言う事じゃないけどさ? 酒を注いだ私が言う事じゃないけどさ?

 

「……はぁ……久し振りの味だ」

「そうかい……」

 

 ……まぁ、見なかった事にしよう。

 

 

 

「……なんでまた、この寺に訪れたんだい?」

「なんでって……」

「……この、もう私達以外に誰も居ない、何もないこの寺院に……」

「何もなくても、思い出はある。つってね」

 

 そんな事を言ってると、私も怒るよ?

 『この場所を護るって言ったのは誰さ』って。

 

「……」

「ま、何かあったら私達が住んでる妖怪の山近くにおいで。『幻想郷』は何でも受け入れる」

「……そうか。考えておくよ」

 

 『そしてそれはとても残酷な事』

 なんて、作ろうとしている本人は言っていたけどね。

 

 

 

「綺麗だねぇ、月……」

「そうだな。『中秋の名月』か……」

 

 

 

 『侘寂(わびさび)』……って言ったらブラックユーモアが過ぎるけど、寂れた建物で静かに酒を呑むのも良いものだ。

 ……寺院だから、本当は御法度なんだけどね。ま、そこは無礼講って事で。

 

「久々の再会と、今後の私達の健康を祈って」

「なんだいそりゃあ……相変わらずだねぇ」

「私だもの。ま、そゆ事で」

 

「「乾杯!」」

 

 

 







 2013/03/20 21:14
 年齢を訂正。

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