風雲の如く   作:楠乃

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 れっつ、脳内オセロ。



隔離空間内

 

 

 

 スキマなう。

 つまり、アルシエルから逃げてきたスキマ内で一晩明かした訳である。

 

「……こりゃあ、夜は外出禁止だな……闇がそこら中にあるだろうし、何処に出ても見付かりそうだ」

「暗い部分がそのまま索敵範囲になるとしたら……逃げ場なんてありませんね」

 

 あるとすれば、地球の反対側で日光が出ている所か、空間そのものが違うとかだろうな。つまりはスキマ。

 彼女が闇を操り暗黒が仲間で、夜の時間が彼女の時間ならば、夜に外に出れば間違いなく狙われるだろう。

 

 逆に強者特有の『弱者なんぞ興味もない』っていう思い上がりがあれば……無いだろうなぁ……あの怒りようを見ると。

 

 最後の『万物流転』は幾らアルシエルでも大ダメージを喰らう筈だ。もし幽香みたいな感じのバトルジャンキーだったら、確実に俺を付け狙うだろうな。うむ。

 ……ああ、イヤだイヤだ。めんどくさいったらありゃしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……暇ですね」

「……暇だな」

 

 付け狙われているかも知れないというにも関わらず、安全な場所に居ると、ほんっとうに気が抜ける。

 いや……このスキマだって紫が俺との式神の契約を切ったり、あり得ないだろうけど紫が死んだりしたら、俺の力じゃスキマ自体保ち続けれないんだし。

 後は空間操作系の能力者が見えないスキマの入り口を見付けて干渉、抉じ開けられたりしたら終わるな。うん。

 

 ……まぁ、そうそうそんな事は無いだろ。うん。フラグではないからな?

 

 

 

「……暇だな。今スキマ内で出来る簡単な遊びと言えば……ま、オセロでもするか」

「? おせろ、とは?」

 

 ……なんか、凄いデジャブが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国際的には『リバーシ』の呼び方の方が一般的だとされている『オセロ(Othello)

 元々はチェス盤を使ってやっていたらしく、だから8×8のます目なんだそうだ。

 それぞれのますにも、将棋や囲碁のように呼び方があって、

 左上から下に、12345678。

 左上から右に、a b c d e f g h。

 と呼ぶそうである……だと思う。記憶違いでなければだが……。

 ……まぁ、こんな無駄なトリビアは至極どうでもいいとして。

 

 

 

「んで……まぁ、後は実践あるのみだな」

「ふむふむ……なかなか奥が深そうですね」

「曰く『覚えるのは十分、極めるのは一生』……だったかな?」

「盤や石はあるんですか?」

「そこらにほったらかしになってないか?」

「……片付けましょうよ」

「元々が色んなモノを適当にぶちこんだ倉庫だしな」

「……はぁ」

「おっ、あったあった。石もちゃんとある……な」

 

 

 

 妹紅にオセロを教え、アイツが「やろうぜ!」って言ってきて、もうすぐ三百年が経つ。

 その時に造った、盤も石も全てが木製のオセロ盤。

 

 なんとなく、もう三百年経ったのかと爺むさい事を感傷的に思ってみる。

 人間の人生で言えば、既に十世代も昔の話か……ははは。

 

 

 

「志鳴徒さん?」

「ん? ……ああ、悪い悪い」

 

 卓袱台の上に盤を置いて、文と俺に平等に石を分ける。

 

 d4・e5に白い石を、d5・e4に黒い石を、置く。

 

「先攻後攻、どうします?」

「将棋と違って、これは一概にどちらが有利かって分からないそうだ。どちらでも良いぞ」

「では、私が後攻で」

「了解、俺が先攻だな」

 

 c4に黒を置いて、隣の白を引っくり返す。

 

「……先攻が黒なんですか?」

「どうだったかなぁ? まぁ、別に公式試合って訳でもないんだし、どちらでも良いんじゃないか?」

「……ふむ」

 

 d3に白。

 ……俺から見て右隣りには白、左下には黒がある。

 どう見ても裏返せる石など何処にもない。

 

「その位置には置けないぞ」

「あややや……なるほどなるほど、対岸に私の石があれば良いんですね?」

「……お前、ヒトの説明聞いてた?」

「いえいえ、聞いてましたよ? ちゃんと」

 

 d3の白をずらして、e3の白。

 

「……いや、自分で引っくり返せよ」

「おっと、そうでした」

 

 ……こいつ、大丈夫か?

 妹紅よりも酷い結果になりそうな気がする……。

 いや、でもオセロで詰み状態よりも酷い状態って……?

 

 

 

 そんなよく分からない焦燥感を覚えながら、f5に黒。

 文がそれを見て無言で石を持ち、e6に白。

 今度はちゃんと石を返している。

 その間、文は何一つ喋らずに盤をじっと見て考え込んでいる。

 

 いつになく集中してるなぁ……ま、アルシエルとか雪女の時も集中してたけど。

 

 俺、f4に黒。

 文、c5に白。

 

 妹紅の時は幾らか手加減していたが、別に今は良いだろうと思い、いつも通りに打つ。

 種族天狗の頭脳かそれとも元々の頭の回転か、何にせよ文は思考能力が非常に高い。

 文が相手のパターン特徴、それを読み取って対抗策を生み出す。

 俺はその策に従って動き、時たま何かとんでもない策を思い付く。

 以上、やむを得ない戦闘時のコンビネーション。

 

 ……ま、そんな事はどうでもいいか。

 

「志鳴徒さんですよ」

「お?」

「……なにやらオセロが話題に出てから上の空ですねぇ」

「そうだな……いかんいかん」

 

 d6に黒。

 c6に白。

 

 ……ノータイムで打ってきやがった。

 ま、まぁ序盤だし当たり前……か? それとも流石は天狗の頭脳ってか?

 

 c3に黒。

 

「何か……このオセロ盤に思い入れでもあるんですか?」

「……訊いてどうするんだ?」

「別に何もしませんよ? 単に興味です」

 

 そう言って、g5に白を置く。

 

 

 

 ……ま、色々と踏ん切りもついたような物だし、話しても良いか。

 

「……大分昔にな、どこぞの貴族の娘に戦闘に関する稽古をつけてやったんだ。人間のふりをしてな」

「ほぉ」

 

 f6に黒。

 

「その時に暇潰しに弟子と将棋で戦ったんだが、どうにも勝てない」

「あ~、弱そうな雰囲気ありますね」

「おいこらどういう事だ」

「そのままですよ」

 

 g6に白。

 

「……将棋は苦手なんだよ」

「このオセロは得意なんですか?」

「将棋みたいに先を視なくて良いからな」

「それはそれでどうかと思いますが……」

 

 d7に黒。

 

 トレーディングカードも苦手だったな。

 友人から色々カードを譲ってもらい、友人曰く『巧くやれば大会にも行ける』っていうデッキを作って貰ったにも関わらず、巧く扱えなくて一勝する事もなく終わっていった。

 結局あのデッキはどこかの荷物の中に押し込まれて、そのままお陀仏になったような……。

 ……まぁ、いい。どうせ前世の話だ。思い出しても意味が無い。

 

「それでそのお嬢さんとどうされたんですか?」

「んー……」

 

 f3に白、

 

「告白された」

「はぁ!?」

 

 を置けなかった。

 弾かれた石は盤の上から転がり、卓袱台の下にコロコロ転がっていった。

 

「人間と妖怪、あり得ないよなぁ」

「えっ、ちょっ……ええー!?」

「……なんでそんな驚いてんだ?」

「そんな物好きもいるものなのね……」

 

 物好きはお前もだろ。

 という言葉をグッと抑え、転がっていった石の代わりに、f3に白を置く。

 俺のターン。c7に黒。

 

「ま、三百年前の話だ」

「そういえば五百歳でしたっけ」

「正確には四六七歳な……お前、なんか急に俺に冷たくなってないか? なぁ?」

「気のせいですよ」

 

 文のターン。d3に白。

 置いて、卓袱台に潜って石を取る。

 やれやれ、普通は落とした奴が取るのは当然だろうに……。

 ……取れない場合は兎も角。

 

「んで、その時に造ったのが」

「……この木製の盤と石、ですか?」

「そういう事だ」

 

 拾った石を持ち上げながら正解を答えた文に対して、g4の黒。

 磁石でもないし石を纏めるケースもない。あるのは小型の盤と袋詰めされたたくさんの石。

 

「……その方は、結局どうなったんですか?」

 

 h5に白。

 

「さぁな。何処かの墓にいるだろうよ。場合によっちゃあ詩菜を恨みながら死んでったかもな」

「……ああ、志鳴徒の姿でしか逢わなかったんですか」

 

 h3に黒。

 

「詩菜の姿で行ってたらこういう話も起きなかっただろうさ」

「……」

 

 まぁ、その前に『妖怪』とばらす必要が出るだろうけどな。

 

d8に白。

 

 ……輝夜も恨まれてるだろうな。

 親父殿を殺したようなものの妖怪と、親父殿と意中のヒトを奪った月人。

 どちらが恨まれているか……いや、やめた。こんな思考は無駄な事だ。

 

 

 

 g3に黒。

 

「……随分と辛そうな顔をしてますよ」

「えっ?」

 

 d2に白。

 

「未だにその事を引き摺ってるみたいですね」

「……まぁ、そうだな」

 

 踏ん切りもついたって、アホか俺は。

 何を強がってんだか……今でも時たま夢に見て魘されかけているというのに。

 

 

 e1に黒。

 d1に白。

 

「……もしかしたら」

「ん?」

「もしかしたら、その人は妖怪になって追い掛けたりしてくるかも知れませんよ? 怨みと恋慕で」

「……そんな事をしたら、ぶっ殺す」

 

 e7に黒を勢い良く叩き付ける。

 

「……受け入れないので?」

「犠牲者は一人で良いのさ」

「はい?」

「……こんな奴に惚れるのが間違ってる。もっと人間らしい生き方をして欲しいね」

 

 ……妖力があるから多少は長生きしているかも知れないがな。それでも三百年も生きれたりはしないだろう。

 生きていたとしても、逢う気はない。

 

 h4に白。

 

 

 

「……この話は終わりだ。やめやめ」

「はぁ……せっかく面白そうな恋の話が聴けると思ったのに」

「女子高校生かおのれは」

「じょ……? なんて言いました?」

「ん、いや。なんでもない」

 

 ま、これ以上未来のお話はすべきではない。

 そんな事を考えつつ、6に黒。

 

「あややや、潰されましたか」

「当たり前だろ」

「むぅ……」

 

 それからは殆ど無言で打つ俺等。

 

 f1に白。

 c2に黒。

 c8に白。

 f7に黒。

 c1に白。

 b6に黒。

 e2に白。

 

「そういえば、これって打てなくなる事ってあるんですか?」

「あるぞ? 中でも一番酷いのが空いてる升目があるのに、全ての石が一色の状態」

「……詰んでますね」

「さっきの弟子がそうだった」

「……話は終わったのでは?」

「思い出しただけだ……気にすんな」

 

 e8に黒。

 f8に白。

 f2に黒。

 a6に白。

 b3に黒。

 

 

 

「……ん~、負けそうな感じですねぇ」

「嘘つけ」

「いやいや、勝負というものは分からない物ですよ?」

 

 

 

 g1に白。

 b4に黒。

 a3に白。

 b5に黒。

 a4に白。

 a5に黒。

 

 

 

「明らかに俺が負けてるだろ」

「まだまだ分かりませんよ? ほら」

 

 g2に白。

 

「……それの何処が『ほら』なのか教えてくれ」

 

 角に打てねぇじゃねぇか……。

 ……ん?

 

 h2に黒。

 自分の石を置く場所は既に決まっていたが、置く場所以外で疑問点が出るというのは珍しい。

 

「……私は初めてやりますが、ここまで来て双方が角に打てない。というのは珍しくない事なのですか?」

「いや、かなり珍しい部類……に入ると思う……」

「あややや……仕方ありませんねぇ」

 

 g7に白。

 

 

 

「……なんとなくですが、分かりかけてきた気がします」

「そりゃ良かった。ほい角取り」

 

 h8に黒。角取り。

 h7に白。

 

「……む」

 

 やられた。角を取られた。

 いやまぁ、取られるというのは既に何手か前に分かっていた事ではあるが。

 

「フフ、一筋の光が見えてきましたよ」

「……負けたかな。こりゃあ」

 

 g8に黒。

 

「では、ありがたくいただきましょう」

 

 h1に白。角取り。

 

 

 

 あー……。

 何というか……初めて知った癖に勝ちやがったよコイツ…。

 

 b8に黒。

 b7に白。

 a8に黒。角取り。

 a7に白。

 

「……私の勝ち、ね」

「はいはい、繰り返さなくてもいいから。言わなくても分かってるからそういう自慢はよしましょうね」

「なに子供扱いしてるんですか。怒りますよ」

 

 b2に黒。

 b1に白。

 a1に黒。角取り。

 ラスト、a2に白。

 

 結果。

 射命丸、白。37。

 志鳴徒、黒。27。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、負けた……」

 

 くそ、なんでこんな思考能力高いんだこいつ……。

 

「あやややや……励ますつもりがつい熱中してしまいました」

「……へ? 励ます?」

 

 なんじゃそら?

 

「……オセロ自体は楽しんでやっていたように見えましたが、随分と暗い表情でしたよ?」

 

 ……まぁ、どうしてかなのかは先程の話で想像がつきますがね。との文からのお言葉。

 どうやら、いつの間にやら随分と心配をかけてしまったようで。

 

「……すまん」

「いえいえ、貴方が暗いと私としてもつまらないので。もっといつもみたいに笑ってくださいよ」

 

 ……励ましてるのか? それは。

 

「励ましてるんです♪」

「……そうかい」

 

 まぁ、すまん。そしてありがとう。

 

 

 




 


 名前を直してないのを変更 2012/12/24 22:47

 誤字修正 2016/07/08
 事態 → 自体

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