「それで、これからどうするんですか?」
「……正直な所、寺での仕事は終わったから特にやる事も無い」
「はぁ……」
聖達が居なくなった寺を後にして、文と当てもなく旅をする。
紫から聞いた頼み事は『実力者と関係を作る』という事。
輝夜や永琳もかなりの実力者だし、年齢で言ってしまうのならばあまり強くない方に入るであろう文も、実力からするとそうだとも言えてしまう。
……というか妖力の総量が、既に俺と同じ位だって言うのがおかしいんだって。
ゴホン、閑話休題。
俺は各地の実力者を探しまわる旅をしようかと考えていた。
人間の里、寧ろこの時代は村や町なのか? とりあえずは人里には決して降りない感じでウロウロしようとか考えていた。たまたま遭遇してしまうのは仕方無い。なるべく気取られないように避けていく。
聖の件での怒りがいつ人間たちを皆殺しにするやら……まぁ、狂ったり怒らない限りないとは思うが……。
「ところで、なんであの寺以降ずっと志鳴徒に変化しているんですか?」
「……泣き顔」
「はい?」
「………………詩菜の泣き顔。見られたから……」
「……」
「……」
「……」
「……何か言えよ」
「いえ、随分とまぁ……容姿と合わない、可愛らしい考えをしているんですねぇ。容姿が変わっても思考は変わらないというのはどうやら本当でしたか」
「……うっさい」
ニヤニヤしながらこっちみるな! 恥ずかしいだろうが色々と!!
大体俺、生前は人間の男だし!! 言わないけどさ!!
昔も今も、心情的には人に近付きたくない。俺は所謂、人間嫌いになっている訳だ。
既に寺の一件からは数十年と経ってはいるのだが、どうにも嫌悪感は直らない。薄れてはいるのだが。
しかしながら、妖怪はどうしても人々から恐れられなければ、生きてはいけない。
更に俺が持っている神力も、元は人間からの信仰からだ。
どうやったってこれからの時代。人間と無関係に生きてはいけないのだ。
……分かっている。分かってはいるのだが……。
「あぁ~あ……嫌になるなぁ……」
「まだそんな事を言ってるんですか……」
文とのんびり旅をして数十年が経った。
その間には人々の救済や妖怪らしく襲ったりもした訳だが、聖達の件でのしこりみたいなのは未だに俺の中にあるのだ。
身勝手に好き勝手するのは妖怪の領分だろ。という訳が解らない所で怒っている自分が、全くもって意味が解りやしない。ああ腹が立つ。
いっその事、聖と逢って『人間を許して下さい』とか言われたら楽なのに。
そうなれば俺の中でも簡単に収拾、決着が着くものを……。
ああ、無情。
当の本人は魔界に封印され、俺は入る手段どころか魔力すら確認していない。
まぁ、魔界があるのなら魔力だってあるのだろうと思っているだけなのだが。
しかしてこの時代に西欧から日本まで来る輩など早々に居ないだろうし、見付からないのはある意味当たり前である。
そう考えてみるも、大陸まで行って外国語を覚えて魔術を修練するのもめんどくさい。
能力の無理矢理応用で、自身の発した言語の衝撃を変換して外国語にするという方法もあるにはあるが、如何せん理論武装すら出来ていない状態。
大陸に渡る手段も、普通であれば飛んでいくだけで済む話が、飛べない俺では船に乗るか、誰かに連れていって貰うしかない。
そもそも聖達をそこまでして助ける程の仲か? と訊かれると返答に窮してしまう訳だが。
それにこの羽を滅多に出さない天狗と共に行動し始めてから、友人等と接触した事など皆無なのだ。
最後に逢った寅丸、そしてナズーリン以外では誰も居ない。紫や天魔にすら逢ってないのだ。
……今の人間嫌いの状況で逢うと喧嘩になりそうだから、俺が意図的に避けている。というのもあるけどな。
「ヘタレですね」
「反論も出来ぬ」
「……そんな堂々と言われましても」
なんやかんやで俺についてくるこの天狗は物好きだなぁと思いつつ、恐らくは未来で東北地方と言われるべき場所を更に北上する。
因みにこの『北上』という言葉。『南下』という言葉もあるが東西はないのだろうか?
東右? 西左? 右東、左西、東左、西右、右西、左東……。
……まぁ、どうでもいいか。
「それで、どうして北上してるんですか?」
「んー……なんでだと思う?」
「……特にない。ですか?」
「大正解。御褒美にさっき見付けた松茸らしき茸を差し上げよう」
「……それ毒じゃありません? 色彩的にそんな雰囲気が……というか松茸なんですか?」
「ふむ……」
そんな時にちょうど前から歩いてきたドワーフっぽい筋肉妖怪。
因みに現在山の奥。
切り立った崖の下を歩いてきたのだが、このドワーフは宝石でも採掘していたのかねぇ?
何故こうもたまたまキノコに詳しそうな妖怪が、目の前を通るのか? 答えは簡単。
この世界は何でも何処でも御都合主義という言葉で片付けられるのだ。
要約すれば、単に偶然で済む話である。ああ無情。なんつって。
「やぁやぁ、そこのお兄さん。君の持っている筍と、この松茸を交換しないかい?」
「おう!? なんだアンタ!?」
「しがない旅妖怪ですぜぃ」
「……妖怪は旅をするもんじゃねぇと思うんだが……」
「気にしない気にしない」
気にしたら負けである。
後ろから文の視線が突き刺さっているが、気にしたら負けである。負けと言ったら負けなのだ。
「はぁ……? まぁ、俺っちとしては交換するのは吝かじゃあねぇが……なんでそんな立派な茸を交換したいんだ?」
「後ろにツレが居るだろう? ……アイツが好き嫌いの多い奴でなぁ……」
「あー……」
「……ちょっと、なんで納得してるのよ?」
気にしたら以下略。
「おし、ならその松茸をくれや。代わりにこの筍と石ころもやるよ」
「おお? この石ころはどうしたんだ?」
「俺らは洞窟に住んでてな。時たまそういう石が出てくんだ」
どう見ても宝石です。紫色に近いアメジストがキラキラと光っている。
俺の風とか衝撃で研磨したら完璧な宝石になるだろう。本当にありがとうございました。
「なんだか悪いねぇ。筍と一緒に綺麗な物まで貰っちまって」
「いやいや! 俺ぁ茸が大好きでよぉ! 代わりに筍しか見付かんなくて参ってたんだよ。それにその石ころは俺らにゃ価値が分からねぇしな」
なんと、ドワーフが宝石に興味がないとは……!
そんな事を考えていると、いきなり顔を近づけてきたドワーフさん。
「……(アンタ、この石を巧いこと綺麗にして、後ろの彼女にやってやんな! きっと喜ぶぜ!)」
「お、おう……」
いや……別に彼女という訳ではないんだが……。
まぁ、いっか。どうせ文には聞こえてないだろうし。
それにそんな事を知っているのなら何故お前が彼女とかにあげないんだ。いやまぁ、どうせ宝石は受け取るしそんな事を彼に言ったりはしないけどな。
「いやはや、ありがとうなぁ」
「良いって事よ!! じゃあな!」
「……毒かどうなのか、調べるのでは?」
そんな気前の良い妖怪と別れ、もう姿も形も声も影も見えない場所まで歩いてきた所で、ようやく文からの質問が来た。
……まぁ、確かに毒があるかどうか。そもそも松茸かどうかという話をしていたにも関わらず、物々交換の為にあっさりと相手に渡してしまったのだし。
だからと言ってそうぴりぴりしなさんなって。
「まぁまぁ、見てなさいって」
「……」
スキマを開く。覗いた先は先程の妖怪。
ちょうど自宅に帰ってきた所のようだ。
「……つまり、先程の茸を誰かに食べて貰って、様子に変化がなければ良し。と」
「そういう事だ。まぁ、食べても大丈夫ならまた見付けないといけないがな」
「そんな簡単に同じ茸が見付かるかしら?」
「その時はその時。今は検証検証!」
「やれやれ……」
呆れた視線を背中で感じつつ、スキマの中を覗き込む。
とは言え……うーん、普通にヒトの生活の覗いちゃったけど……犯罪、だよな?
いかんなぁ。普通に覗きにつかっちまってる。直さねば。
お食事中、お邪魔しまーす♪
『ぐおっ……!? 毒、か!? アイツ謀ったな……ッ!?』
「……」
「……」
何も言わずにスキマを閉めて、この場所から離れるようにそそくさと歩き始める。
……あー。
「やっちまったぜ」
「……はぁ?」
「つーことで、御褒美云々は無しという事で」
「ん? ……ああ、始めの話題に戻ったんですね……」
元々は『どうして北上しているのか』という話題にも関わらず、最終的には筍と宝石と毒キノコの話題になってしまっているのだから、恐ろしいものである。
話題のすり替え、主題から離れていく会話の繋げ方は俺の得意分野(?)である。
「さて、旅を続けますかね」
「つくづく適当ですよね」
「まぁなー」
この数十年、さっきみたいに柔和に争い事もなく終わった話(?)もあるにはあるのだが、力による強制的な解決の方が圧倒的に多い。
例えば、
「へい、そこのお嬢ちゃん達♪ 一緒に暴れまわったりしねぇかい?」
これはたまたま詩菜の時に、ナンパしてきた妖怪共の第一声だった。妖怪のナンパとは之如何に。
……過去の話なのだが、同一人物が違う口調というのは思い出すだけでも何か違和感があるので、
変化、詩菜。
「……やれやれ」
「居るんですねぇ、こういう輩って」
「まぁ……そりゃあねぇ」
「あれ? 俺ら仲間はずれ? 会話に入れてくれよぉ?」
あぁ〜、煩わしい。
無視してるって分かった時点でどうして無理だと分からないかねぇ。
「なぁ、暇でしょ? 俺らと付き合っちゃわない? この山の向こうに人里があるんだけど一緒に襲っちゃったりしない?」
「うるさいので排除でヨロシ?」
「問題ないです」
「は?」
「何ペチャクッてんのさ~? 良いから遊ぼうぜ~?」
ああ……本当にめんどくさい。
まぁ、全力でご退場願おう。
「んじゃま、頑張って生き残るこった。どうせ死ぬと思うけど。《マハザンダイン》!!」
一瞬にして辺り一帯を巻き込む竜巻が発生して、魑魅魍魎の妖怪共を上空に打ち上げていく。相変わらずのパクリ技だけど。
衝撃波が森や土を削ったりしてしているけど、そこは文の操る風で被害は最小限に。
なんやかんやで、かなりのコンビ歴を持っている私達である。まる。
ついでに雲も晴れて、清々しい日光が顔を出す。いやはや気持ちが良い。
「強制排除かんりょー」
「お疲れ様です」
「うむ。鬱憤は晴らせたけど無駄に力を使っちゃったなぁ。怒りに身を任せてやってしまった」
「……三体でしたし、もう少し弱くてもよろしかったのでは?」
「時既に遅し、光陰矢のごとし、覆水盆に返らず」
「……要は忘れてたのね」
「まぁ……良いじゃん」
「妖力が足らない~、って言って喚いていたのは誰よ?」
「……いや、なんで私の年齢の一割しか歳を取ってない文に、妖力の量が抜かれるのかなぁって……」
「ああ、もう! そんなので欝に入らないでよ!?」
「こうも世界は理不尽すぎる……そんなので、って……」
「めんどくさい!!」
私も遂に二百歳である。
予想通り二百歳を迎えた瞬間に妖力やら体調が回復して、妖力を貯めれる最大値が急に上昇した。相も変わらずのプラシーボ効果である。
にも、だ。
にも関わらず!!
文のどんどん成長していく妖力の最大貯蓄量に、普通に抜かれて負けてしまった。
何故だ!?
「急に変化したと思ったら、何を落ち込んでいるんですか? 地べたに両手までついて」
「……いんや、昔の事を急に思い出してね。無いかな? 失態を思い出して自己嫌悪しちゃうクセとか。思い出し笑いならぬ、思い出し嫌悪とか」
「無いです」
「……そうかい」
ま、まぁ、話を元に戻そう。
先程のナンパ妖怪のように、話を聞かない奴はかなり居たりする。
出逢っていきなり弾幕は、霧の湖の妖精ちゃんだけかと思っていたけど、実際にそんな生温い考えなどが妖怪相手に通る訳などありえないのであって……妖怪だからこそかね?
で、そんな回想をしたのが約三十分前。
今現在、強大な力を持つ妖怪に、話をする暇さえ貰えずに真正面から喧嘩を売られた訳である。
「さむいっ!? とぅはぁ!?」
「くっ!! これが自然に生きている妖怪のッとッ!! 自然の強さですか!?」
「ちょうど真冬だしねぇッ! 季節による追加効果は凄いだろうよ!?」
私が叫んだり、文が途切れ途切れに喋る内容からも解る(?)通り、寒くて冷たくて悲しいイメージがあったりする『雪女』が出現した。
話の通り、只今の季節は真冬でしかも私達が居る地域は豪雪地域。もう気温は零下をとっくに越しているだろう。全くもって嫌になる。
「寒いッ!」
「凍えなさい!!」
「だが断る!!」
……しかしながら、この雪女。中々に弾幕が上手い。弾幕というか、つららのような猛吹雪なのだが。
一発で吹き飛ばせるような上級の疾風魔法を準備する余裕もない。スキも与えてくれない。中々の手練れである。
弾幕を張る事すら出来ぬ私とは大違いである。
……まぁ、こんな暢気な事を考えている暇すらありはしないのだけどね!!
「文!! 囮十数秒よろしく!!」
「ええっ!? もう、分かりましたよ!! 早めにお願いします!!」
「アイサ了解!!」
文に援護を頼んで、私は弾幕が来ない所まで下がり、文は私に弾幕が来ない様に誘導する。
コンビ云々以下略。
さて、十数秒で何処まで出来るかな?
スキマを立ち上げる時間的余裕は存分にあるし、能力で竜巻を立ち上げる余裕もある。
……やりたい放題出来るんじゃね?
うし、なら合体技もどきを喰らってみな!!
「展開! 展開! 更に展開で《竜巻地獄》!!」
一つ竜巻を作ってはまた竜巻を作る。更に作って巨大竜巻。
更にスキマを竜巻の中に展開、何処かの砂漠(鳥取かエジプトかタクラマカンか)に直結させたスキマからは、砂塵がこちらへと舞い込んで来ている。
熱風と砂を喰らいなァッ!!
「ちょ!? 私ごとやらないでよ!? いだだだ!!」
「ありゃ、忘れてた」
やっちまっただぁ……ま、いっか♪
「良くありませんよ!? 痛ッって眼の中に砂がッ!?」
「おんや?」
おや、そうこうしている内に雪女は逃げちまったようですな。まぁ、いきなり気候が変わったんだもの。仕方無いよね。
……ふふ、思惑通り。
「お疲れさまで~す♪」
「……眼。見えないので川まで案内してくれません?」
「わ、分かったから、そんな怖い顔しないで! ね!? ごめんって!?」