妹紅を担いで、藤原氏の家に戻る。
妹紅は肋骨が折れ、服もぼろぼろ。土まみれで貴族の娘とは思えない状態。
無論俺も泥だらけだし、切り傷や擦り傷が所々ある。
もうすぐ、夜が明ける。妹紅を背負っている内に、そんな時間になってしまった。
……しばらくは、妹紅に逢わないようにしよう。
少なくとも、コイツの肋骨が治るまでは。
「志鳴徒!? 妹紅!? どうしたのじゃ!?」
藤原の家に辿り着き、戸を叩く。
演技の始まりである。幽香で鍛えたポーカーフェイス、出番だぜ。
「起きてたか! 良かった……フゥ……」
「何が起きたのじゃ!? おぬしがここまでの怪我を負うなど……!?」
「ああ、詩菜に襲われてな……イテテ」
「なんと!? あの『中立妖怪』にか!?」
……ま、まぁ、自分からも名乗った事があるし、広まってるのはどうこう言おうとは思わないが…。
流石に目の前で違うヒトとして言われると、何だか恥ずかしいな……。
「なんとか逃げたが……妹紅が重傷だ。肋骨が折れてる」
「ッ!?」
「……すまん。守りきれなかった……」
「……生きておるよな?」
「ああ……頭を打って多少、記憶が混濁してるかも知れん……いつ起きるかもわからない」
「そうか……」
妹紅を布団に寝かせて、居間へ移動する。
妹紅は隠し子であり、迂闊に医者には見せられない。
その為に、色々と知識のある俺がレクチャーしてやる。
……とは言っても、俺もそんな詳しい訳でもないがな。
「一ヶ月は家から出すな。庭に出すのも避けろ。激しい運動どころか、家庭内の仕事もさせるな」
「……わしは何を食えば?」
「自分で作れ。妹紅の為にも、お粥とかな」
「わ、わかった。他には?」
「そうだな……俺はしばらくここに来ない。妹紅を動かしちゃ悪いしな」
「うむ」
「あとは多分、記憶が消えてる部分があると思う。そういった記憶は無理に思い出させようとするな」
安全策として、父親殿にお願いしておく。
いくら《衝撃》で記憶を飛ばしたとしても、それは確実に消すという意味ではない。
思い出そうとすれば出来る。思い出す事は簡単にはいかないが出来る。きっかけがあれば、だが。
「……わかった」
「多分、それくらいだな」
「おぬしらは、何を慌てて飛び出していったのじゃ?」
失敗から学ぶ事を知らない奴を、人は愚者という。
とは言っても、嘘を喋るとしても辻褄が合わないとなぁ……。
……まぁ、それでも妹紅を騙していた。それは事実で俺の罪だ。
彼女の記憶は消したが、それを俺は忘れてはならない。
ん……よし。
「ちょいと妖怪退治に、な」
「なんじゃと!?」
「ああ、親の許可を取らずに行ったのは謝る。妹紅の実力はそれぐらいあるからな……だが……」
「……出遭ったのが『詩菜』じゃった、と……」
「本当にすまない……」
色々な意味と想いを込めて、心の底から謝る。
「なんなら、この一年間の依頼……あと半年だが、それも無効にしたっていい」
「……既に半年じゃ。取り消す訳にもいかんじゃろ」
藤原氏の苦笑い。
……許してくれたのか?
……まぁ、いっそのこと、ここで縁を切られた方が俺としては気が楽だが…。
「……じゃ、俺は行くよ」
「傷は大丈夫なのか?」
「ああ、それほど深い物もないしな……」
実際に防いでばっかりだったしな。
鋭いものも幾つかあったが……妖怪だとバレたし妖力を纏えば普通の攻撃は簡単に防げる。
「一ヶ月、ちょいと故郷にでも帰ってみるよ」
「……そうか。まぁ、お主の娘にもよろしくのぅ」
……。
娘、ね……。
「いやぁ……そりゃ無理だな」
「何でじゃ!?」
「お前に逢わすとろくな事にならなそうだ」
「酷い!?」
「ハッハッハッ。じゃ、またな」
「……おぅ。気を付けて行け」
「さーて、里帰りしよう!」
「藪から棒にだな」
「久々に天魔に逢いに行こうと思ってね」
……ま、逃げたいから。ってのが本心だけどね。
ゆったり彩目と歩きながら、天狗の里に向かう。
雪道だし、現在も降っているけど、まぁ別に悪影響もでない妖怪の身体。いつものイキイキファッションさ!
詩菜に身を変え、志鳴徒としての変装もバッチリさ!!
「……そういえば、口調は何だったんだ?」
「ん~、私にも分からない。何かしらの反作用か何かだと思うんだけど……ね」
「分からないまま、か」
「……ハァ~、最近溜め息ばかりな気がしてならないよ……」
「ま、まぁ! その為に里帰りをしていると考えれば良いんじゃないか?」
「そーだねー。天魔に娘を紹介するのも、面白そうだし♪」
「……(私の心配は一体何処に……)」
「いやいや、してくれてるだけでもお母さん嬉しいよ~?」
「……母さんッ!」
「我が子よッ!」
……ヒソヒソ
ヒソヒソ…ヒソヒソ
……ヒソヒソヒソ……ヒソヒソ
「止めよう。人目や妖怪がいる所でするべき事じゃないや」
「だな」
「……それにしても、彩目も変わったよね」
ネタが分かってくれる。
……いや、ノってくれるのが、ね。
「……ああ。自分もそう思う」
「何があったらこうなるのさ?」
「こう、何て言えば良いのか……お前を見てると、何か湧いてくる物が」
「……近親相姦!?」
「ちッ! 違う!! 断じて違うッ!!」
「うん。そう信じてる。よしんば何かの契約の悪影響だとしても、そんな深い感情が起こされてありませんようにっ!!」
「……ちょっとした心の病になってるな」
「トラウマだね……本当に、妹紅の呪いかな」
そんな事を話しながら山道を登っていると、足音が辺りから聴こえてくる。
地面を叩く衝撃が付近の草むらから聴こえてくる。能力の恩恵だね。
魔物が現れた!
魔物は彩目に注目している……。
……彩目に襲い掛かってきた!!
「なんで私じゃねぇぇんだあぁぁ!?」
「なんだその逆ギレは!?」
「……ま、ちょうどいいし。彩目の実力を見せて貰おうか」
場所はそれほど深くもない山の中。足場も悪いという訳でもない。雪が多少積もってるだけ。
敵は野獣数体。名前を付けるのなら《サーベルタイガー》
あれ? ……日本に虎なんていたっけ?
……まぁ、いっか。
私は樹の上から観戦しよっと。
「逃げる気か!?」
「大丈夫大丈夫。危なかったら援護するから」
「うわっ!? っと!」
「私なりの、教育術さ♪ 頑張ってね~」
彩目は霊力も妖力も使え、能力も持っている。
能力は《刃物を扱う程度の能力》だ。
刃物を自由自在に取り扱う姿は、曲芸師か何かに見えなくもない。
私が知っているネタ武器。
《心渡》とか《エクスカリバー》とか《アルテマウェポン》とか《斬鉄剣》とか《ライトセイバー》とかとか《ジャジャン拳のチー》とか、色々教えれば全部復元出来るんじゃない?
刃があれば良いんだから、私の《衝撃刃》も操れる訳だ。
ていうか、刃がついていれば槍だって手裏剣だって良いんだし……もう何でもありだな……。
手始めにル○ン三世に出てくる斬鉄剣を教えてみようかな…?
とか、考えてる内に終わったみたいだ。
どの猛獣もバラバラになってるし。
うーん、グロい!!
「私の能力よりもえげつないよねぇ。彩目の能力」
「……ああ。言われると思った」
「ま、斬れないように、なまくら刀を考えて創造するとか、やりようはいくらでもあるし? そんな気張らない気張らない」
「……フゥ、そうだな……所で、貴様は何をしているんだ?」
「死体処理」
サイコロステーキのように斬られた妖怪達の肉片を、都で買った風呂敷に包んでいく。
血糊がべっとり。う〜ん、気持ち悪い。どうしようもないけど。
「……集めて風呂敷に入れてるようにしか見えないが?」
「妖怪なりたての彩目には悪いけど、食糧がないので、妖怪の血肉を食べてこの先進みます」
「……正直いやなんだが…それを食べて妖怪に近付いたり、しないのか?」
「ん、ちゃんと調理して妖力が消えれば大丈夫。代わりに妖力は増えないけどね」
妖力が残っている生に近い妖怪を食べれば、その何割かが自身の妖力に変換される。妖力が増えるし腹も膨れる。
妖力が残っていない調理した妖怪を食べれば、腹は膨れる。妖力は増えない。
「……詳しいな。調べたのか?」
「一時期、早急に妖力を増やさないといけない事があってね? ……それに、元人間だって言ったでしょ? ……初めては誰だってキツいさ」
「……元人間のわりには、詩菜には霊力が無さそうだが?」
「才能がなくてね。神力はあるんだけどね~? ……ホラ、焼けた」
そんなこんなで野宿。火を起こしてキャンプファイアー。
周囲に能力で警戒範囲を作って、ゆったりと落ち着けるスペースを作った。
まぁ、結界すら張っていないし、一般人から見れば、落ち着けるどころか危険なスペースだけどね。
「食べないと身が持たないよ? いくら彩目でも半分は人間なんだし」
「……ハグッ」
「おぉ、良い噛み付きっぷり」
「うん……まぁ、不味くはないな」
「素直に美味いって言えば良いのに……」
「……(やっぱりこれ、美味しいって感じていたのか……)」
何か彩目が変な事を考えているような気がするけど、まぁ、いいや。
太陽が出ていた時に大量にいた通行人はいない。
何も抵抗の術を持たない商人は、野宿をすれば野獣に身体を捧げてるようなものだからだ。
抵抗出来る私達は良いのさ。
「……彩目。三時の方向。四足歩行の獣一体」
「衝撃音を聞き取れるのって便利だな……ホラよっ!! っと、どうだ?」
「お見事。脳天かな? 彩目も気配を探れるようになってきたかな?」
「遠距離攻撃が出来なくて広い範囲を探れる詩菜と、遠距離攻撃が出来て近距離戦闘が得意な私か?」
「近距離が得意なのは両方でしょ? ただ遠距離が得意か不得意かだけだよ」
刀を投げて、私が指定した方向へぶん投げる彩目さん。その直後に地面へと何か大きいものが倒れる衝撃音。
ちなみに槍もあっさり創れた彩目さん。親を越える日は近い。
私も遠距離は迎撃しようと思ったら出来るよ?
ただ、その分範囲が広くなって草木を無駄に薙ぎ倒しちゃうからね。
《マハ~》系統は使いずらいわ~…。
「……しかし」
「ん?」
「普通は交代で見張りとか、するのが普通じゃないか?」
「……それもそうか」
「オイ」
仕方無いじゃん。ツレがいる状態での旅なんて初めてなんだし。
護衛任務も受けた事はあるけど、大半が一日間だけだったし?
見も知らずの退治屋に、長期間の護衛を頼むのもおかしいでしょ? 知り合いならいざ知らずさ。
「つまり貴様は知り合いとも言える人物が居ない訳だ」
「……」
「……オ、オイ。黙るなよ」
「……」
喰らえ、涙目プレッシャー攻撃。
「……悪かったから。わかった。スマン!ええい!泣くな!?」
「くそぅ……」
「ああ、もう……(可愛いなクソッ)」
……衝撃で小さな音も簡単に拾えるという事を、この娘は忘れてしまったのだろうか……。
……ハッ!!
「ねぇ? 百合っちゃう?」
「……やめろ、誘うな」
「だが断る! レッツパーリィィ!!」
「うわああぁぁぁぁ!?」
それからは草木も眠らない爛れた二人の愛が───
───なんて事もなく、
「う~ん。こういう身体にベタベタくっ付ける環境! 最高!!」
「ちょ! あっ!? ッッ!? どこ
「違う。
「同じだ馬鹿!!」
すまん。前言撤回の前言撤回だわ。
ある意味、デロデロしてる。
「もっふ~……あ~、女の子の香り~」
「……ほんっとうに、オッサンだな……」
「でも、彩目も拒絶しないよね~?」
「……フン! その姿ならまだしも、志鳴徒になってみろ。その場でソレを叩き斬る」
「イ、イェスマイロード! しないしない! 絶対にしない!!」
流石にそれはないわ……いやぁないわ…。
……うん、ないわぁ……。
まぁ、そんな冗談は置いといて。
「あぁ~、でも結構温かいな~…」
ちょっとした寝袋みたいなものに、二人で入っている状況。
彩目は身長が(異常な程に)高いが少し痩せた体型だし、私なんていわずもがな、なので寝袋にぎゅうぎゅう詰めになって入ってます。
周りには結界を張り終えてる。天気が変わって雨や雪が降っても私達に当たりはしない、頑丈な奴をね。
そしてそれは私の神力も使ってある。
この天国を邪魔した奴は、誰が誰だろうと、ブチ殺す。
今決めた。そう決めた。
「ブチ殺すって……」
彩目がなにか言ってるけど無視である。
「今が冬で良かったな。夏だったら」
「夏でも私が望んだら、彩目は拒否はしないと思うけどねぇ?」
「……そうかも」
「このツンデレめ。むしろツンドロめ」
「……ハァ、予想は付いてるが……意味は何だ?」
「最初は仲が悪くてキツいのに、仲良くなるとベタ惚れしたり、皆の前では冷たいのに、二人きりになるとベッタリ」
「それは前に聞いた。ちょっと自覚もした……が後半はなんだ?」
「ベッタリし過ぎてむしろドロドロな液体な程の状態。人目を憚らないかも知れない」
「いや、流石に人目は……気にするなぁ」
「じゃあツンデレけってー♪」
「……ああ、もう。好きにしろ」
「頬が赤いよ~? うりうり」
「……うっさい」
……彩目ちゃんまじ可愛い。
あれが夏の大三角形、ってね。
まぁ、季節は逆なんだけどねー? あれ歌の内容と話は夏だけど、今は冬だしね。
……あの小説、結局続編を読まずに転生しちゃったけど、続きはどんなのだったんだろうなぁ……。
「星が綺麗だねー」
「ん……晴れたのか」
「冬の方が星は綺麗に見えるんだよー? 空気が澄みきってるからねー」
「ふぅん」
「大陸とかだと星の名前がちゃんと付けてあるんだー」
「……物知りだな」
「まぁねー、伊達に長く生きてないよー?」
長生きで説明出来ないのもあるけどねー?
というか妖怪で長生きって言ったらー、1000歳は超えないと言えないと思うんだけどなー?
「……ちなみに、その語尾を伸ばすのはなんなんだ?」
「可愛いかなー?」
「……まぁ、志鳴徒の時にやられたら、吐くな」
「いや、そりゃあ……ねぇ? 私も志鳴徒の時にわざわざやろうとは思わないけど……どうよ?」
「………………………可愛い」
「……えへへへへ」
「だっかっらっ! 触るな!?」
「むにゅ、おやすみー♪」
「……ハァ、おやすみ」