「……なぁーんでいるのかなー? 八雲紫さーん?」
「前にも言ったじゃない。友人同士が歪み合うのなんて見てられないわ。それに……」
「それに?」
「貴女、色々とおかしいわよ。何があったの?」
瀕死の鬼、星熊勇儀。
それを守るようにして立つ妖怪、八雲紫。
そして瀕死の鬼を助ける為に肩を貸す鬼、伊吹萃香。
その三人の妖怪に相対するように立つ妖怪、詩菜。
「単に気分が高揚してるだけだよ? ふふふ」
「……気が狂ったの?」
「気が狂ったって表現はおかしいって思うんだよね。結局はさ? 考えに従って行動してるんだからさ、思考の方向はおかしいのかも知れないけど、理知的とも言えるんじゃないかな? そこら辺はどう思うよ、妖怪の大賢者さん?」
「……さぁ? 私に狂った妖怪の思考は分からないわ……今すぐ治してあげるわよ」
「その内元に戻るよ。今すぐいつもに戻るかも知れないし、いきなりテンションが上がったりするかもね♪ まぁ、どうでもいいんだけどね」
彩目の時と同じ事が、今の彼女には起きていた。
詩菜は楽しくなって、どうでもいいという心境で。
八雲は友人の変化に
「そういえばさ? 紫と正面から戦った事ってないよねぇ?」
「……そうね。出逢った時は追い掛けあっていて、直接は戦ってないわね」
「まぁ、今でも紫や幽香には勝てないと思うけどさ♪ いっちょ殺り合わない?」
それはお茶にでも誘うかのように、随分と楽しそうに訊いてきた。
心の底から、楽しそうに。
「……戦いたくは、ないわね。でもこのまま貴女を見過ごせも出来ないわ」
「上等上等♪ んじゃ、始めますか!! あ、勇儀はもう良いよ? 私は戦えて満足だし」
「……あたしは負けて、更には、どうでもいい……だと?」
それは、それこそ、鬼のプライドを無視して踏み潰している言葉。
無意識に、されどそれこそ選んだかのように、鬼の矜持を傷付ける。
「ふざけるなッ!! 貴様は許さん! 絶対にあたしが殺す!!」
「あっちゃあ。まーた恨まれちゃったよ。せっかく最近彩目とは仲直り出来たのに」
「……また? ……彩目って貴女が……」
「さ、場外はどうでもいいから無視して。殺ろうか紫。せめてこの高揚を続かせてよ?」
「キサマ……ッ!!」
「……シッ!!」
八雲は友人、勇儀の言葉に答えずに攻撃を開始する。
それは無論、弾幕攻撃である。物理攻撃が彼女に効果が無い事は、先程の勇儀との戦いでもう知っている。
弾幕は『衝撃反射』では跳ね返せない。故に詩菜は避けるか防御するしか出来ない。
八雲の能力も『境界を操る程度の能力』で、これも詩菜とは相性が悪い。『衝撃』と『境界』は無関係と言っても良い。
更には、弾幕もろくに撃てない詩菜だ。既に不利なのは本人も分かっている。
だが、今の詩菜にとっては、それこそどうでもいい事。
詩菜は接近して物理攻撃を、たまに衝撃刃を放っては竜巻を起こして八雲が行動出来る範囲を狭め、
八雲は弾幕を撃ちつつも、接近した詩菜をスキマや持っていた扇子等で流し距離を取り続け、
弾幕が上手く創れない詩菜は自然の物、つまり石や木の枝を衝撃で浮かし、衝撃で撃つ事で弾幕とし、
八雲は能力を使い通り過ぎた弾幕を、スキマに通して再利用する事で、トリッキーな弾幕を産み出した。
一進一退の攻防。
だがもともと妖力の少ない詩菜は、先程の勇儀の戦いも含めてかなりの長時間戦っている。戦闘が長引けば、それだけ気力と妖力を消耗する。
疲れは確実に詩菜の身体に溜まっていき、彼女の動きを鈍くしていった。
避ける事が得意な詩菜でも当たるモノは当たるし、能力が衝撃を反射してもダメージは蓄積していく。
八雲は何も完全に詩菜という妖怪を消滅させようとは思っていない。彼女にとって詩菜は既に知り合いで力のある妖怪。
考え方や在り方が他の妖怪とは異なり、彼女の考える理想郷には出来れば居て欲しい存在。力となってくれる存在だからだ。
だから今、何とか彼女に触れて、詩菜の理性と感情の境界を弄くり、正気に戻そうとしている。
だが、付き合いが長いのは詩菜も同じ。当然八雲がそのような事を企んでいるのは気付いている。
だから、わざとそのような事が出来るように、隙を見せた。
何故そんな事をしたのか。八雲も……もしかしたら詩菜すらもそれは分からない。
詩菜の移動速度は能力を使えば確かに速い。だがそれも言ってしまえば1つの線になってしまう。
そして八雲は違う。彼女の移動方法はスキマを使った瞬間移動であり、こちらは点と点を移動している。
詩菜がよろけ、八雲を視界から外した時にスキマを開けば、詩菜には移動した事も分からず、簡単に後ろを取る事が出来る。
そう八雲は考え、行動に移した。思考能力と計算能力が高い、一人一種族の妖怪の力である。
いきなり自身の感情・想いがあやふやになれば当然心に負荷が掛かり、気絶する者や、そこまではいかなくとも必ずや動きが止まる。
だが、詩菜の頭に置かれた扇子とそれを伝って発動した筈の能力は、いつまで経っても八雲に実感を与えてはくれない。
詩菜の境界を操り気絶させ、成功したという実感が。
「残念でした。『私の心にかかる負荷・衝撃を無効化』させて頂いたよ」
「なっ!?」
「精神攻撃は効かないよ。紫」
「ッ……そう、そこまで予想済み。という訳ね……!」
「でもまぁ。この姿勢から私は動けないし? 私の負けかな?」
そう言われて詩菜を良く見てみれば、確かに全身汗だくで脚は痙攣しており、和服は勇儀や八雲の攻撃でボロボロとなっている。
今の今まで、彼女がそれほど疲労困憊の状態だと気付けなかった。彼女がそれほど速く、それほど疲労を感じさせない程の笑顔で居たから。
それでもやはりまだ、彼女の高揚はまだ終わってはいないようで、顔は笑っている。楽しげに。面白そうに。
「……貴女、そこまでして何がやりたかったのよ?」
「別に何も? ハハハ。強いて言うなら『面白くならないかなぁ』って」
八雲は思う。その言葉を聞いて、心の底からこう思う。
この子はやはり、理解出来ない。
妖怪らしくないのは前から思っていたけど、人間どころじゃなくて何かもっと違う所で狂ってる。
この狂っている彼女。もし彼女が私の予想に反してこれほどまでに狂った状態が本性ならば、もっと計画を変えるべき所が幾つか出てしまう……。
「貴女のそれが、本性だったの……?」
「妖怪に裏表なんてあるの? ……私ならいざ知らず」
「……どういう事よ?」
その言葉は、詩菜が『自分は生粋の妖怪でない』という事を初めて八雲に吐露した。という意味。
信頼しているから話すのか。それともどうでもいいから喋るのか。
「私はね。もともと人間だったんだよ? ああ、彩目とは色々と違う類の妖怪化だったけどね」
「なッ!? 貴女が……ッ!?」
「そこまで驚くような事じゃないでしょ? 散々幽香と一緒に『人間臭い』とか言ってた癖にさぁ? ふふ」
確かに彼女達は詩菜を人間臭いと言っていたが、それは彼女が完璧な妖怪だからである。
彩目のように強制的に妖怪になったものや、自身から妖怪になったとしても必ず『人間的特徴』が残ってしまう。
彩目であれば、妖怪にも関わらず妖力霊力共に扱える所がそうだ。
しかし、それが詩菜にはない。
神力も妖怪では珍しいとは言えるが、持つ者はちゃんといる。
故に詩菜が『元は人間』だという言葉は、八雲にとってまさに寝耳に水、という訳だった。
幽香もその事を知ってはいたが、あり得ない事も起こりうる可能性を考えて、あれほど詰問したのだ。
呆然とする八雲を押し退け、なんとか立つ詩菜。
視線に八雲は入っておらず、眼に見えているのは伊吹萃香に支えられた星熊勇儀だった。
「勇儀……さっきはごめん。鬼の矜恃を考えてなかったね」
「……本気で謝っているのか? ……嘘なら殺すよ」
「嘘だと言う証拠はないね、私にしか分からないから……代わりに何か腕とか捧げようか?」
「……いらん。そんなものは」
「そっか。じゃあ何か他に私に出来る事、ってあるかな?」
「……もう一度、あたしと勝負しな。今度こそあたしが勝って、アンタを喰らってやるよ」
「おお怖い。まぁ、殺される気はないから、私も頑張らないとね」
「……皆、引き揚げるよ」
その言葉で鬼達は引き揚げ始めた。
ほとんどが詩菜を睨むか、勝負してみたそうな顔をしていたが、四天王の言葉に従い、山奥へ姿を消した。
最後に四天王の二人と、詩菜・八雲が残った。
「……詩菜……いや『鬼ごろし』だね。あたしは確かにアンタに敗けたよ」
「うん? いきなり何かな?」
「依頼はあたし達の同胞の腕なり頭なり持っていきな。アンタは正々堂々と戦って討ち取った。性格は置いといても、それは事実だ」
「そっか……ありがとう」
「……アンタはあたし『星熊勇儀』がブチのめす」
「幾ら来ても同じかもよ? まぁ、それまでは」
「死ぬなよ?」 「死なないでよ?」
「フフッ、じゃあな詩菜」
「じゃあね、勇儀」
鬼達は引き揚げた。
大将があの様子ならば、迂闊に山を降りては来ないし、都には鬼の四天王から『鬼殺し』と言われた詩菜・志鳴徒がいる。
鬼達は都まで来て『人攫い』をしようとはしないだろう。
志鳴徒が受けた依頼は達成されたのだ。志鳴徒以外の人間は全滅してしまったという形で。
もうすぐ、日が昇る。鬼の討伐が終わり、妖怪の時間が終わる。
「さて、紫。どうするの?」
残ったのは、詩菜と八雲だけ。
八雲はほぼ無傷だが、詩菜はよれよれのボロボロの状態で、口調はしっかりしているが今にも倒れそうな程である。
「……どうする、って……」
「1つ、友人の勇儀には悪いが今すぐ私を危険人物で友人ではないとして殺す。
2つ、両者とも見過ごせないから何とかして和解して貰う。お願いする。
3つ、人間との共存の為には私はいらないと断ずる。殺す。
4つ、絶交、もう詩菜には声も掛けない。完璧に無視する。私なんて居なかった。
5つ、勇儀を無視して彼女こそ要らない者、亡き者とする。鬼なんて居なかった。
6つ、いっその事今まで培ってきた友好関係を白紙にする。何者も居なかった。
7つ、私みたいに狂って大妖怪の名を欲しいがままにする。何も要らなかった。
8つ、自害。全てから逃げる。何もかもがどうでもいい。
9つ……はもう作れないかな? まぁ『その他』って事で」
「……何よ。その選択肢は……」
「まぁ、これは冗談だよ。でも、あながち間違ってないと思うけどさ?」
八雲は優しい。友人には、だが。
そしてその友人同士が殺し合っている。優しい彼女はどうするのか?
今の詩菜は勇儀と戦うにしても、既に殺す気はない。答えは単純、勇儀を気に入ったからだ。
鬼退治の依頼達成に必要な物も揃い、既に詩菜はここに用はない。
だが、詩菜にとっても大切な『八雲紫』という存在がいる。
そして、ここでの八雲の返答で詩菜も八雲との付き合いを変えようかな。とも思っていた。
大切かどうかは、相手に委ねる。
なんともまぁ自分勝手な話だ。と考える詩菜。
「それで? どうするのかな?」
「……貴女は、何者なの?」
「ん? うーん…志鳴徒に変化した時もそうだったけどさ、結局は私だよ? 戻る戻らないとか、そんなの問題にすらならないからね?」
「……」
「まぁ、確証が欲しいのなら、どうぞ私の境界を弄くって下さいな」
「……神妙な貴女も、なんだか新鮮ね……途中から演技でしょう?」
「ありゃ……バレてた?」
舌を出す詩菜。つられてクスクス笑う八雲。
本音と建前の境界を区別する大妖怪。彼女の本音は恐らく『笑えない』だろう。
確かに詩菜の能力ならば『衝撃』は防ぐ事が出来る。
だが、それは衝撃だけであって『能力』までは範囲に入っていない。
心にかかる負荷は防げても、境界を弄られるのは防げなかったのだ。
それに八雲が気付いたのは、詩菜が勇儀に謝った時の事。
あれほどどうでもいいと断言し、果てには無視していたのが、あっさり謝り始めた。
何かの機転があった、としか考えられない。
そして口調も、顔は終始笑ってはいたが、楽しげではなくなった。
故に『この詩菜は正気に戻っている』という事になる。
それが結論。でも大妖怪の彼女は、まだ不安が心の何処かに残っているのを感じていた。
しかし、それを指摘するのは今ではないと、何かしらの勘を信じて、彼女は何も言わない。
「ま、正気なんてあってないような物だよ」
「……」
「さて……ゴメン、紫。ちょっと良いかな?」
「何かしら? ……またご飯とかっていうのじゃ、無いわよね?」
「……ちょいと、幽香さんからハーブティーを御裾分けしてくれないか、訊いて欲しいなぁ……なんて」
「対価が『私の式神になる』なら受けるわよ?」
「なんてこったい……それはご依頼できないなぁ……」
「残念ね」
「まぁ、お昼まで寝ておけば変化出来るだけの妖力も溜まるでしょ」
地平線から太陽が出始めた。
鬼退治が始まる前は鬱蒼とした森であった筈が、詩菜の鎌鼬や勇儀の三歩必殺により斜面がかなり抉られ、都まで見通す事が出来る程の空地となっていた。
「紫、昼まで私、寝るから」
「それよりも鬼の身体、集めなくて良いのかしら? 野犬に食べられちゃうわよ?」
「……寝る前の一仕事かぁ……八雲さ~ん?」
「手伝わないわよ」
「……ちくせう」
依頼『鬼の退治』
・討伐
討伐対象
・鬼。証拠として『鬼だと分かる肉片』を持ってくる事。
討伐隊人数
・五十九名(飛び入り一名)
・内訳
武士 三十五名
陰陽師 二十三名
民間退治師 十名
+ 飛び入り 民間退治師 一名
・総勢 六十名
死傷者
・五十九名 全員死亡
生存者
・一名 志鳴徒
鬼を退治した数
・志鳴徒が持ち帰った量によると『十三人分』。本人によれば、まだ落ちてたが持ち帰れなかった。との事。
報酬
・飛び入りの条件として『活躍次第』との約束であったので、貴族に値する位を授けようとしたが拒否。代わりに本人の志望により『陰陽師』の位を授ける。これにより正式に彼を公式の陰陽師とする。
保留点
鬼の腕や足に『喰い千切った』痕が残っていた。
志鳴徒の能力では切断しか出来ないにも関わらず、このような痕が残っていた。
野犬や妖怪に喰われるような失態を、志鳴徒が犯すとも思えない。
……今後とも、彼を注意人物とする事を提案する───。