風雲の如く   作:楠乃

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 半年ぶりぃ()











祟られもすれば呪いもする

 

 

 

 聖輦船は人里近くに着陸し、底から少し離れた所に穀倉として元の姿に戻った。

 

 そこから、過去の妖怪寺のように────そして、以前の過ちを繰り返さぬように、名前を『命蓮寺』へと変えて、新たなスタートを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その始まりを聖達と眺めて、和やかなムードで元妖怪寺の面々と別れて────諏訪子と早苗と、彼女達について適当に駄弁りながら妖怪の山へと向かい、最後まで背負いっぱなしだった神様を降ろして────そうして……ようやく、妖怪の山の裏手の、自宅に付いた。

 

 

 

 

 

 

「……た、だいま……」

「おか────おい、どうした!?」

 

 まぁ、付いた、と言うか、ギリギリで行き倒れた、というか。

 

 

 

 最後の力を振り絞って、玄関まで辿り着いたけれど、そこで力尽きた、というのが正しい。

 

 

 

 全身がガクガクと震え、脂汗が大量に湧き出ている。全身は寒いのに手足の末端が異常に熱い。

 

 力なんて何処にも入らない。倒れた時に腹を玄関の縁に思い切り打ち付けたけど、衝撃はいつもどおり無効化出来て、ただ、そこから立ち上がったり姿勢を変えたりする力が出ない。

 

 視界なんてさっきからグルングルリと二重に見えたり回転して見えたりする。別に呼吸が苦しかったり、酸素が足りないような感覚はない。まぁ、元々異常な程の肺活量があるからかね?

 

 これが仮に急性の症状を引き起こす何かしらの病気だとしても、病状をそれなりに冷静に判断できていると思うし、思考が躁鬱の時のように極端な結果を弾き出してもせず、いつぞやみたいに

茹だったりしてないのは────ていうか、まぁ……。

 

 

 

 

 

 

 こんな深く考えなくても、どう見てもついさっき受けた、『祟り』の影響だ。

 

 

 

「詩菜!? お前一体、熱ッッ!?」

「……ぁぇ……」

 

 ああ、だめだ。喋る元気も出やしない。

 

 彩目が私の手に握った瞬間に、熱湯に触れたかのように手を離した。

 叫ぶぐらいの熱を、彩目は私の肉体から感じた、という訳だ。

 それを認識した所で、喋ろうとしても肺が思うように動かせない。動かせられない。

 

 ……これが諏訪子の考える、罪に対する罰、なんだろうな。

 

 まぁ……それだけのことをやりかねた、という事だ。

 

 

 

【喋る元気がないので念話で失礼】

「はぁ!?」

 

 ……。

 いや……念話で話し掛けてんのに、そんな勢いで驚愕されて素っ頓狂な声を出されても。

 

 ………………いや、そんな状況か。傍目から見れば。

 

 

 

【こないだ問題未遂で黙っていれば、って話してた奴。駄目でした】

「へ? は?」

【それで正式に謝りまして、一応は許されました、が、情状酌量ということで祟りを背負ってきました】

「……いや、意味が分からんぞ?」

【次はないとのことです】

「うん、いやそうじゃなくてな?」

 

 何とか頭だけでも動かし、彩目の表情を見ようとした所で、視界もボヤケていたことを思い出す。

 ようやく視線が合ったと思った時には随分と近い位置に顔があった。

 

 ああ……判断は正常にできても、判断する為の情報を取得できない状態じゃあ、結局の所、意味がないんだな。

 十数センチ先に顔があるのに今気付けるって、本当に私の思考は正常かコレ?

 

 

 

そんな事を考えていたら、急に背中に冷たい物が触れる。

 

【うぃひい!? えっ、冷たっ、何!?】

「……詩菜、今、私が首に触れている感覚はあるか?」

【んん? いや、普通にあるけど……?】

「……そうか」

 

 

 

【……全身に酷い締め痕が付いているが、コレが祟りか?】

【ああ……だろうね】

 

 急に繋げられた彩目からの念話にて伝えられた、私の全身に付いているらしい締め痕は、まぁ、予想通りというか何というか。

 何にせよ諏訪子からの呪いだ。蛇に絡まれる呪いとかそこらへんかな?

 

 簡単に解呪出来るものじゃないだろうし、そもそも躍起になって解呪をやろうとするのは……何か反省とは違うような気がする。

 

 

 

【ん? ってことは今、彩目は締め痕部分に触れてるってこと?】

【ああ……異常な熱さだが、触れなくはない……だが、痕を付けている実体やその原因には触れそうもないな】

【……良くもまぁ触れるね? 私が狙いとは言え、呪いが流入するかもしれないのに】

【触らなくてどう看病する気だっ、っと!】

 

 視界がブレる、世界が溶けて流れて回る。

 

「ぅぶ」

「おっと、大丈夫か?」

 

 圧迫される感覚で息を吐きだして、そして気付けばいつの間にかやたらと高い位置から廊下を見下ろしている。

 

 ピントが合うのが遅すぎるせいで、水の底から見てんのかなと一瞬思ったけど。

 

 ……ていうか高いな!? いっつも彩目はこんな視点なのか?

 明らかにいつもより倍以上の高さから景色が見えている気がするんだけど……。

 

【……今コレ、私どういう姿勢?】

「米俵担ぎ」

【……彩目さん、身長高いね】

「今言うことか、それ……?」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 グラグラと揺れ動く視界の中、気が付けば二階の私の部屋に寝かされていた。

 音だけを聴くに、色々と看病の用意を彩目が準備しているのが分かる。

 

 布団は初めは冷えていて気持ちよかったけれども、しばらくもしない内に私の熱で一気に温められてしまった。

 冷や汗は止まらず、身体の節々は痛くまともに動かせず、視界もうまいこと定まらないときた。

 寒いのに熱くて、冷えていないのに、暑くて汗が止まらない。

 

 目を閉じて意識を集中すれば、自分の身体を覆う諏訪子の神力が分かる。

 真っ黒なモヤのようで、時々締め付けるように蠢いているソレは、目で見てなくとも神々しさはあまり感じられない存在だけど……まぁ、荒御魂と和御魂、諏訪子の純粋な祟りの力なんだろう。

 

 

 

「……ぁ……」

 

 溜め息を吐こうとしても、長く細い吐息が出るだけで、肺やお腹を膨らませるような動きができない。

 

 変わろうと思っていても、変わっていなくちゃ意味がない。

 諏訪子の言う通り、今まで何とかなったし何とかなると思っている、というのも指摘されてみれば無いとは言い切れないと思う。

 どうにも詰めが甘いというか、精神的に徹底できていないというか……いや、徹底できているなら早苗への洗脳は躊躇せずに完了させてたか。

 

 

 

「落ち着いたか?」

【溜め息を吐けない程度には】

【……落ち着いてるのか、それは?】

 

 私の細い息を聞きつけたのか、洗面器と布を持って彩目が部屋に入ってきながらそう聞いてきた。身体を拭いてくれるらしい。

 いつもなら誰にだってあんまり裸を見せたくはないけれど……こうも身体が不調で動かせないとなると、逆に羞恥心がなくなるのか、割とどうだって良くなるのは何でだろうね。

 いやまぁ、看病されてる身でそんな事を考えるな、という感じだけれど。

 

 

 

 そんなことをぼんやりと考えつつ、彼女のなすがまま、足や腕が拭かれていく。

 

「お前を看病するのも、この間の風邪の時以来か」

【……逆に、それと今回以外であったっけ?】

【……まぁ、大怪我を負って、それをいつの間に荒療治して帰ってくるのが大半か。いつも心配させておいて、勝手に治っているのがいつもだな】

【あ、あはは……】

 

 面目ない、とまでは言わないけれど、看病させているのは珍しいことか。

 前回は前回で、文とかも居たし……あ、待って。違う恥ずかしいこと思い出しそうだから無し。無しでーす。

 

 ゴホン。兎に角、完全に動けない状態で我が家に居る、と言うのは中々に珍しい状況という訳だ。

 

 

 

 何にせよ、自分が犯した罪の罰を受けている状態とは言え、適度の温水でゆっくり拭かれていくと、そこから強張りが溶けていくかのように、少しずつ楽になっていく。

 

「……ん、体温が少しずつ下がってきているのか?」

【どうだろう……そんな簡単に許すような呪いじゃないと思うんだけど……】

「一体お前は何をしでかしたんだ……?」

【んー、まぁ……他所様に怒られるようなこと】

「……はぁ、やれやれ……」

 

 今回の早苗、諏訪子との件についてを、彩目に話す気はない。

 

 極論を言えば恥ずかして怒られたくないからで、極端に言えば彼女を怒らせたくないから。

 

 

 

 喧嘩して、彼女が離れていってほしくなくて、家族を手放したくないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、まぁ、そうね。

 

 

 

 あの時────あの出遭い方からすれば、今の状況はまごうことなく、『奇跡』か。

 

 

 

【────彩音、ありがとうね】

「……なんだ、いきなり?」

【ん〜ん、日頃の感謝】

「……ハッ、どうせ熱が冷めた時に恥ずかしくなるだけだぞ」

【ふふ、大丈夫】

 

 もう十二分に恥ずかしい。

 

 

 

 それに私は、この関係を────友人が持つこんな関係を、崩壊させようとしてしまった訳だ。

 

 そんな奴は、馬に蹴られてどころじゃなく、死んだ方が良い。

 もし死にたくないのならば、それこそ、死ぬつもりで直せ。そういうことだ。

 

 

 

 まぁ、そんな私が他のヒトの事は言えないとは言え……、

 大きくそれを越えてきた奴には、ムカつきを超える感情を覚えてしまうねぇ?

 

 

 

 


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