風雲の如く   作:楠乃

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2021年10月19日 午後10:33 にTwitterで呟いた時の話。






東方眚輦船 その8

 

 

 

 目の前にある()()には、神聖さを一つも感じない。何処までも(おぞ)ましく汚れていて、今日何度も見てきた威光は、一欠片さえも見受けられない。

 ……けれども私は、『やっぱり』と思えてしまう、光景でした。

 

 記憶の片隅にある、数回見ただけの少し懐かしい記憶。

 

 旧友の決して良くない、悪いとしか言えない、膿のような癖。

 追い詰められていて、イライラしていて、逃げ出したくて……でも、こんなに苦しんでいるとアピールしているかのような、助けてくれと言っているかのようで……本人は、決して助けて欲しくないと言っている……見苦しくて、見ていられない、悪い癖。

 

 

 

 以前にも見た事があって……そして、その時も、今のように止めたのを、ハッキリと思い出した。

 

「────詩菜さん」

「……なに?」

 

 手首を横から掴んで、()()()を掴んで止めた所で────彼女のキョトンとした顔に、私は動きを止めてしまいました。

 

 いきなりどうしたの? と、心の底から不思議がっている顔に。

 邪気も悪意も、誰かへ向けていた怒気さえ一瞬の内に消え失せて、日常の疑問をただ見たような、何もおかしくない、その普段通りの顔に。

 

 

 

 私は……それで、何とも言えなくなって、視線を外してしまって、そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前腕にあった筈の、夥しい出血を伴っていた掻き傷が、完全に治癒しきっていて、

 

 悪意と殺意を感じさせる、異様に伸びた手の爪に挟まった、抉れた肉が蒸発していき、

 

 傷跡なんてもう何処にもないのに、そしてすぐにかき消されていく血の残り香に、

 

 どう見ても悪魔的で、異形としか形容できない、獣の爪が人の爪になっていくのを、

 

 

 

 

 

 

 ああ、彼女は────詩菜さんは、やはり人外なのだ、と。

 

 

 

「………………」

 

 本当に、何も言えなくなって……そのまま、私は手を離してしまいました。

 

 掴んでいた腕を離して、握られた手首を不思議そうに眺めて、血の跡が何処にもない普段通りの手を見て、更に首を傾げて────本当に一体何なんだろうと、ただただ自覚がない様子の彼女。

 

 彼の時は、確か、相対している対象、ストレスを感じる相手が分かる程に、お互いに子供で仲が良かったから……本当に血が出てしまう前に、あの時は私も助けてあげられたのですが……。

 

 

 

「どうしたのさ、急に?」

「────いえ、その……大丈夫、ですか……?」

 

 神の一柱。神奈子様と諏訪子様とお知り合いで、妖怪の山でも風神としての信仰を蒐めている超常の存在。

 幻想郷を作った賢者の式神の一人。過去から長く生きる者達からも知られている古強者。

 

 

 

 私は、見越し入道の雲山さんと一輪さんとの戦いの時に、『妖怪のようでいて人に近く、ヒトでないように見えて妖怪にも近からず』と、彼女を評しました。

 

 

 

 ────けど、これは決して、人間ではない。

 

 ────────────人間では、ありえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなのに、どうしてその瞳は、全く似ていない彼を彷彿とさせるのですか?

 

 何故……全く同じ癖を幾つも持っているのですか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 早苗に大丈夫なのかと、訊かれた。

 

 

 

 ……まぁ、精神的には、大丈夫じゃない。

 私だって何も紫……お姉ちゃんと喧嘩したい訳じゃあない。

 

 けれども、超えちゃあいけない一線っていうものが、私にもある。

 以前にもそれを限界まで我慢して、それでも尚、踏み躙られたのが神社での出来事だった。

 

 そして、その件では彼女は誠心誠意謝ってくれた、と、私は記憶している。

 

 

 

 それに対して、今度は唾を吐きかけられている気分なんだ。

 

 紫が私との関係を見直したい、というのなら、まぁ、別に良い。まだ。

 私と紫の関係を、当の本人達で再認識して、関係を改めるのだから。

 

 

 

 それなのに?

 私が今まで培った、築くことができなかった以前の過ちを?

 全く関係のない第三者の紫が、手を出さずに精算できるように道を整える?

 

 なんだそれ。

 

 いや、別に道具(マリオネット)扱いは別にいいさ。式神という概念がそもそもそうだし、私も完全には理解できないけれど、幻想郷のために奮闘している彼女の姿や、この世界を愛する思いの強さも知っているつもりだ。

 

 だから、この異変を解決するために、式神として動くことは別にどうだって良い。(やぶさ)かでもないし、協力したいとも思う。

 もし結果が、聖達を再封印する方に動いたとしても……まぁ、初めから仕事として来ていた、ということなら、まだ私も納得して動けるだろう。

 

 言ってくれれば、まだ、私も納得できる。

 

 

 

 

 

 

 それを、紫が今現在進行系で行っていることは、『ついでだから、貴女と喧嘩別れした相手と仲直りできるように、異変解決も合わせて状況を整えておいたわ』という内容だ。

 

 

 

 ああ、そりゃあ素晴らしい。

 私が思っていた、妖怪寺の面々への罪悪感も解消されて、友達にも逢えてハッピーだ。

 異変も解決して、幻想郷の人妖との間は更に埋まっていく。世界が確立されていく。

 誰も彼もが夢へと一歩前進、素晴らしいね。非常に素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時に吐き気も止まらないね。クソくらえだ。

 

 

 

 私の過去は私だけのものだ。

 私と人との関係は、その人と私だけのものだ。

 勝手に他人との過去を暴くな。第三者が関係を精算させようとするな。

 

 ああ、確かに紫からの善意もあるかもしれない。

 私がひねくれているだけで、怒りを覚える方が頭がおかしいのかもしれない。

 

 けれども……あぁ……この怒りは、何とも言葉に出来ない。

 

 私の奥底からこの湧き上がるこの感情を言葉で説明しきったとしても────理解が全くできない人種が居たり、私のこの怒りは理不尽極まりないという人も居たりするだろうとは思う。

 

 今まで私が培ってきた関係を、有耶無耶に滅茶苦茶に勝手にする、

 あるいは、この関係を次の状態へ勝手に持ち運ぼうと進ませようとする、

 又は、縁切り・絶交・離縁・義絶・勘当、

 もしくは、強制的な縁結び・人脈・交友関係の復縁、しがらみ作り。

 

 それは、私と当人の間柄で行うべきことであって────私がいつぞやに『中立妖怪』として行った仕事のように依頼されたのなら兎も角、全然関係のない第三者が勝手に行うことじゃない。

 

 

 

 そう、言うならこれは、私の問題だ。

 

 私の宿命であって、巡り合わせの結果であって、私がどうにかするものだった。

 確かに、私は『それ』から逃げ回ってきた。妹紅も、勇儀も、もっと言えば彩目や美鈴、文だって一時期そうだった。

 

 ああ、この前も、あの時も、実は誰かに手助けしてもらっているのかもしれない。

 見ていられないと、当時の関係者や、現場に居た人から助力されているかもしれない。

 

 

 

 でも、仮にそうだとしても、あからさまに助け舟を出されて、しかもそれが善意も悪意も感じないような素知らぬフリで、何でもないとでも言うかのように、当然のように状況を仕組んでいて、それでいていつまで経っても説明すらなくて、弁明や釈明をする気やしようとする様子も一切なくて、それが如何にも助け出すのが当然みたいな感じで、縁を勝手に定義して膠着させようとしてきているような感じで、そしてそれがどう見ても結果的に円満に終わる道で間違いないのが、余計に腹立たしくて、イライラして、順調なのが歯痒くて────単純に、バカにされてるようでムカつく。

 

 ああ、単純に、ムカつく。腹が立った。

 

 

 

 縞・弥野・作久の三人バカ弟子の時のような、悲しみは感じない。

 ただ、ただ、ひたすらに、全身を這い回られているような、痺れみたいな苛立ちを感じる。

 

 バカにしてんのか。

 バカにしてんだろうなぁ。

 ああ、そういう奴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから────でも……まぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……聖と寅丸達の再会を邪魔するほど、野暮じゃない。

 

 

 

 瘴気の霧を掻き分けて進む、霊夢と魔理沙、紫に、聖。

 

 最後尾に付いていた筈の彼女が、私達の乗る船を見付けて、飛翔の速度を上げて異変解決人を追い越して────そうして我先にと飛び出す彼女達と、ひしと互いを抱き締め合う。

 

 聖────逢いたかった────良かった────誰かが、いや、誰もがそう零しているのか、涙声で呟いて……互いの体温を確かめるように、あるいは二度と離れないと示すかのように絡まり、存在を確かめ合っている。

 

 

 

 ああ、良かった。

 

 少なくとも、私はこの光景が見れて、良かったと、安心できた。

 

 良かったと、素直に思えることが出来た。

 

 

 

 ────壊したいとか、吐き気がしたりとか、うんざりしたり、悪意を持ったり、しなかった。

 

 そう思えたから────まだ、多分。平常だろうと、自覚できた。

 

 

 

 隣に佇む早苗は、少しだけ涙ぐんで、満足そうに彼女達の抱擁を見ている。

 巫女としての立場は、今だけは完全に忘れているらしい。

 

 抱き合う光景の向こう側に居る魔理沙は、勝ち気な笑みで再会を眺めている。

 人情味をどちらかと言うと優先する彼女には、満足の行く結果なのだろうとは思う。

 

 その隣で腕を組んでいる霊夢は、表情を殺して彼女達から視線をそらしている。

 紅白の巫女としてはあまり似付かわしくない表情に、隣の魔女は気付かない。

 

 二の腕を掴む指に、力を強く入れているのが皺となって出ているのに、誰も気付いていない。

 見ているだけの私が、共感して痛みを感じてしまいそうな程の皺の強さなのに。

 

 

 

 

 

 

 いや……私だけを見て、視線を合わさったあの賢者なら、もしかすると気付いているのかもしれない。

 

 まぁ、あのお姉ちゃんなら────気付いていても無視する、あるいは、効率化のために切り捨てるぐらいは、割と簡単にやってみせそうだな。

 

 感動のシーンであろう妖怪寺の面々を、まるでよくある風景とばかりに無視して、対岸に居る私だけをじっと見ている、今、この瞬間のように。

 

 

 

 そう微笑まれても(にらまれても)、今の私は、聖と寅丸達の再会を邪魔するほど、野暮になるつもりはない。

 

 (衝撃)も立てずこっそりと溜め息を吐いて、右側頭部をカリカリと掻いて、紫から視線を外す。

 

 外した途端に、急に開放された気分になった。

 多分紫からの視線も外されたんだと思うけれど……どうやら彼女の視線で重圧まで感じていたらしい。

 

 

 

 あぁ、やだやだ………………その鼻っ面をへし折ってやりたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、聖と寅丸達が落ち着くまで、────悪い言い方をすれば、温かい視線で見守っていた早苗達に気が付くまで、────至って平和な時間は進んだ。

 

 恥ずかしそうな顔をしつつも、聖と寅丸が代表として、霊夢と魔理沙、それから紫へ、頭を下げて今回の件について、礼を言った。

 そして、これからの話についても、許可を求めた。

 

 

 

「よろしければ、この世界で生きていくために、────幻想郷へ、この船と私達を受け入れてはいただけないでしょうか?」

「勿論。幻想郷は全てを受け入れますわ」

 

 ただただ残酷に、無慈悲に受け入れて、内包し過ぎた結果、貴女達がパンクしても知らないふりするだろうけどね。

 

 ……って、台無しな追記をしてやろうかとも思ったけどやめた。

 いかんなぁ、どうもトゲが出てしまう。

 

 

 

 そんな事を考えている内に、感極まったらしい早苗が紫の前に飛び出て、寅丸の両手を勢い握りながら助力を申し出た。

 自身も信仰している筈の諏訪子と神奈子に手伝っていただくよう、私から出来る限りの手助けをさせていただきますと宣言している辺り、彼女自身に何か相当な思い入れが出来たのかもしれない。

 まぁ、新しい物好きなお二柱だし、なんやかんやで早苗には甘いみたいだから別に大丈夫かもしれないけど、自身が祀っている祭神がもし反対したらどうするんだと、会話に出るヒト全員を知っている身としては思わなくもない。

 

 

 

 ……そんな事を考えているけど、そのお二柱が甘くしてる娘に対して、私は洗脳失敗してるんだよなぁ……。

 

 このまま闇に葬られないかなぁ……早苗が上手いこと収めてくれれば、妖怪の山に住む神が認めたということで、妖怪寺がある程度認められたという事でもあるのだから……結論的には大団円、という所で綺麗に終わるんだけどなぁ……。

 早苗が上手く誤魔化す、あるいは、忘れて誰にも言わないで終われば、それで解決なんだけどさ。

 

 

 

 なんて、少し嫌な予感がしてどんよりとした表情をする私に、聖がようやく気付いて、驚いた顔をしている。

 

 私の事を覚えていて驚いているのか、それとも風神寄りの気質を出しているから、早苗か霊夢の巫女と神セットとして見間違えられてるか、のどちらかだと思うけど。

 ……霊夢とセットって勘違いされたらなんか殴られそうだな。霊夢に。私が。

 

 

 

 そんな事を考えつつ軽く手を振ってやれば、隣の寅丸に慌てて耳打ちをしている。

 袖で幾ら口元を隠そうとしても、この船上なら何処に居た所で(衝撃)は問答無用で感知可能なんだけどね。

 

 

 

「……星、あの方はもしや、し、詩菜さん、では……?」

「ええ! ……聖が封印されてからも、たまに来ていただいているんですよ」

 

 本当にたまに、それも数回しかないんだけどね。

 ……本当に、たった数回しか、思い出せなかった。

 思い出そうとすら……しなかった。

 

 

 

 ……その、たった数回しか訪れていないにも関わらず、いつものように、当然のように、全然足りていないのに満足そうに、十二分にあると誇るかのような、そんな風に嬉しそうに笑う寅丸の笑顔。

 

 

 

 そんな顔を見て、聖も笑みをこぼして……それを見ていた私と視線がぶつかり、軽く会釈されて、それに私も慌てて会釈を返す。

 

 私が慌てたのが見えたのか、寅丸と聖が顔を見合わせてクスクスと笑って……。

 

 

 

 ああ、彼女達を隔てていた封印は完全に取り払われたんだなと。今更にして思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでいて、私がもう少しだけ、彼女達の事を覚えていて、気にかけていれば────この光景も、少しだけ早く訪れていたのに……ここまで罪悪感を覚えなくても済んだだろうにと、思う。

 

 

 

 ……まぁ……何はともあれ……私の思いや考えは兎にも角にも置いておいて。

 寅丸達と聖は感動の再会を果たした。

 

 

 

 アリス宅で視た勘、────あるいは、何を考えているのか分からない胡散臭い笑みを浮かべているそこの賢者が見せたであろう、意図的な勘では、────この光景を映し出したりはしなかった。

 あの時見えたのは、船と魔理沙の姿だけで、寅丸達の誰かが居る事すら知らず、何も分からなかった。

 

 果たして勘、又は意図的な誘導に従った結果がこの光景なのか………………いや、そこまで考え出したら、何もかもを疑い出さなきゃいけなくなる。

 

 いかんいかん、前々からで最近は特に怪しいとは言え、それでも決定的な証拠が出ている訳ではないんだから。

 早苗の覚醒の時にも思い付いた可能性の一つに、私の思い込み過ぎっていう場合もあるんだ。

 

 ……胡散臭いはいつもの事……とは言っても、さっきの重圧と言い、一時的な式神化と言い、証拠は出揃いつつある、という所なんだけどね。

 

 

 

 気になる点は多々ありつつも、船は幻想郷に向けて出発した。

 

 

 

 彼女に対して、一発だけでもぶん殴ってやろうとは思っていたけれど、寅丸達が居る手前、反旗を翻すのはこの穏やかな時間にやるべきじゃあない。

 

 そう考えて、私は何も語らず行動を起こさず、異変解決を行った二人と聖とご主人が帰ってきてからは、一言も口を開いていない。

 喋りだして何かを言い始めたら、そのまま彼女に対して攻撃的な発言をしてしまいそうだ。

 

 それを把握しているのか早苗と魔理沙からは時たま心配そうな視線を感じるけれど、声を掛けたれたりは今の所はない。

 霊夢からは無視されている。まぁ、彼女に関して言うなら、敵意を持たれていない辺りむしろ平和だなと思わなくもないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 とは言っても、この船の主である以上、この異変解決に協力をして、船に乗っている人物である以上、彼女が私に話しかけない訳がない。

 その点に関しては、以前と同じように、私への心配とか善意とか、そういう心しかないのも、昔と変わらない。

 

「詩菜さん」

「……やあ、聖さん。千十年振り」

「ふふ、お久し振りです。そういう所は全く変わってませんね」

「聖さんこそ、昔と変わってないみたい」

 

 真正面から彼女を視て、やっぱり変わってないな、と思う。

 嫋やかな表情や仕草は全然変わっていないし、その顔にある眼差しは以前と同じ強さを宿している。

 

 あの時代に妖怪を匿い続けて、悪名ばかりの私に対しても心配する、あの時の超人僧侶と、全く変わっていない。

 

 千年と少しの間、この人は思想を変えることなく、生き続けてきた。

 

 

 

「聖さんは強いねぇ……」

「……私なんて、まだまだですよ────それより、呼び捨てで構いません」

「え?」

「昔からずっと言おうと思ってたんです。年齢も私より上でしょうし、あの時は、すぐに、お別れしてしまったので」

「……」

「星からもあの後に何度か訪れてくれたと聞いています。今回もご助力頂いたとのことですし」

 

 ……妖怪寺に訪れて、そこに泊まったのは数日間。

 その後、野暮用にて妖怪の山に急行して、その時に文を弟子に取って、妖怪寺に戻ってみれば────その時には既に、聖達が封印されてしまった後だった。

 

 たった数日、しかもその間に聖と直接話したのは数えるほどしかない。

 

 それでも、めちゃくちゃになった跡地を見て、私は強い後悔と憎しみを持った。

 

 

 

 たった数日、たった数回の会話────それでも、覚えていてくれた。

 ────私は、忘れようとすら、していたのに。

 

 は……ははは、ああ情けなや。

 

 

 

「聖は強いよ……やっぱり」

「まだまだ道の途中ですよ」

 

 そう言い切れるのが強さだよ。

 迷いに迷って、間違えては逃げて、ようやく対面したと思ったらまた迷って逃げて。

 そんなのを私は、延々と私は繰り返してきている。

 

 解決しようと思いこそすれど、その決心がつかない。行動ができていない。

 だからこそ情けない────そう思っているだけ。

 

 

 

「それに、これからは貴女方も支援してくれるのでしょう?」

「え?」

「八雲さんの式神になったんですよね?」

「まぁ、色々と順番が違ったりするけど、一応は」

 

 過去、妖怪寺を訪れた時には既に紫の式神になった後だから、正確に言うなら式神には元々なっていた。

 そして、今の所、式神という関係性については、少々疑問がある。

 

「八雲さんから、『困った事があれば詩菜に頼ってみてはいかが?』と聞いているのですが」

「はぁ……? ……ああ、なるほどね」

 

 別に私に頼るのは良いけど、八雲の権力として何かしてあげるのは難しいと思う。

 けれど、『八雲 緋菜』ではなく、『詩菜』としてなら、力は貸せると思う。

 

 聖が真似した紫の口調と台詞が、本当にそのままなら、多分そういう意味だろう。

 ……ある意味、厄介払いというか、体の良い後始末の押しつけというか……。

 

 

 

 そういう意味なら、ちゃんと私に連絡しておいてよね。

 

 

 

 ねぇ? お姉ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 そんな事を考えて、私の前に立つ聖の後ろから近付いてくる紫に、胡乱げな視線を飛ばす。

 

 

 

 真夜中にも関わらず傘を差して堂々と歩き、私の見る視線は、やっぱり意図が読み取れず、

 

 

 

 さっきまでこちらを睨んでいるかのような微笑みは影もなく、むしろ感情のないような、

 

 

 

 笑みを浮かべている筈なのに、気持ちを消しているような、けれど彼女らしくない表情。

 

 

 

 今までに、何処かで見たような────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それじゃあ、頼んだわよ────詩菜(■■■■)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……は………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その名前は────私の名前ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、『彼』の名前────でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に広がる衝撃()の広がり方で、私だけに伝えたのだというのは分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、この世界で一度も使ったことのないその名前を使って呼ぶ、意味は、何?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────つまり……宣戦布告?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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