聖を迎えに行く船旅の途中、一輪と雲山、そして早苗も交えて談笑していた。
そうして、気が付いてみれば村紗がやってきていて、いつの間にか彼女もまた会話に混じっていた。
話すことは、特になんでもない話……まぁ、人間の早苗には少し遠い話かもしれないけれど、地底の話だったり、
狂気が鳴りを潜めている状態の、本当に、特になんでもない雑談。
早苗という人間が居るからか、妖怪側へ傾くような話もなかったのも原因の一つだろうけれど────穏やかな話をすればするほどに、一輪達と戦った時に、胸の内で荒れ狂っていた激情は、少しずつ収まっていく。
のんびりと話し込んでいる内に、そのまま寅丸とナズーリンまで来た。
空や周囲は相変わらず魔界の瘴気に満ち溢れていて、その中を進むこの船上も、その霧の中を進んでいる。まだ目的地には着いていない。
ふと、思い立って、一歩下がってみる。
完全なる妖怪であるナズーリンや村紗、一輪、雲山は兎も角として……寅丸や私、半神半人みたいな早苗であっても、この魔素に満ちている状態では、気分も悪くなるのではないだろうか?
そういう事を思い付き、早苗の調子を探ってみても、彼女は特に何も感じていないようだった。
特に何も気負わずに、妖怪寺の面々と談笑している。
人間が、妖怪が、特に何を思うでもなく、隣人と話すかのように。
どこかの誰かが、望んだ光景。
生粋の人間、という存在が居ないのが、まだまだ経過途中、発展途上というような感じだけれども……。
救いに行こうとしている最中に、こんな光景が広がってちゃ、聖人君子でも嫉妬してしまいそうなものだなと、ふと笑ってしまう。
「……どうかしたのかい?」
「いんや……人神妖が揃い踏みだなって」
「ああ、なるほどね……」
ナズーリンが私がクスッと笑ったのを見て、こっそり尋ねてきたのを小声で返してみれば、私が感じていた事を把握したらしく、より眼尻を下げて優しく微笑んだ。
視線の先には、少し距離開けて誰かさんの未来の光景が広がっている。
場所は魔界の上空で、今一時だけの協力関係だとしても……腹の中が例え妖怪としての飢えや欲求、悪意が少なからずあったとしても。
見た者の誰もが、仲良くしていると言ってしまいそうな程に、優しい光景。
そんな風景は少しだけ離れて、会話をするにも不自然ではない程度に、離れて見るに限る。
ゆっくりと後ろ向きに歩いて、船の縁に寄り掛かってみれば、隣に居たナズーリンもつられたように同じように縁に寄り掛かった。
私とナズーリン、同じ方向を見ているのは、彼女の顔を見なくても分かる。
「……眩しいと思うかい?」
「……そうね」
まぁ……彼女達を忘れていたと、自覚している身分としては、眩しすぎるかな。
負い目がある私が、多少外から眺めているのは仕方ない……これは決して自分で言うもんじゃないと思うけど、仕方ないとして。
そんな、決して純真な気持ちではない私に、意地悪するかのように訊いてくるナズーリンこそ、半歩未満ほど離れてみている彼女は、果たしてどうなんだろうかとも思う。
「ナズーリンこそ、どうなのさ?」
「そう、だね……私も、こんな立場じゃなければ、と思うことはあるよ」
ナズーリンの立場、ね……。
まぁ、聖は呼び捨てにして、毘沙門天代行の寅丸を主人として扱っている立場というのが、一体どういうものなのか、よくよく考えればなんとなく予想はできなくもない。
一枚岩の組織なんて何処にもない、なんて何処かの誰が言ったやら。
紅魔館に住む吸血鬼姉妹然り、私が式神として所属している八雲紫一派然り。
……いや、まぁ、八雲紫一派を不安定にしているのはどう考えても私が原因だろうけどさ。
私の性格が天の邪鬼すぎたために藍から嫌われているのは、まぁ、どう考えても私の所為というか原因なんだけどさ。
そんな感じに、少し落ち着いた気分でちょっと脱線したことを考えて、なんだかなぁ、思っていれば、唐突にナズーリンに声を掛けられた。
「ようやく調子が戻ってきたかい?」
「……一輪もそうだったけど、久々に逢ったのによく分かるね」
「一輪も? ……むしろそれは、一輪よりも雲山だったりしないか?」
「ああ……それはあるかも」
一輪を悪く言う訳じゃないけど、あんな頑固親父という相貌で繊細でシャイなのが雲山という人物だから、私の雰囲気に気付くというのなら寧ろそちらかもしれない。
まぁ、別にどちらでもどうでもよくて、重要なのはあのコンビには筒抜けだったということで、その件についてをさっき再会した時に、早苗にも訊かれたということであって……。
何はともあれ、やたらと最近顔色を察せられているような気がする。
それも、長く逢っていなかった筈の妖怪寺の面々に。なんでかね……?
「……まぁ、私だって怒ることはある、って話さ」
「ふぅん……? 彼女達が封印された時は、人間を心底憎んでいたように見えたけど、アレとはまた違うのかい?」
「アレは……アレとは違うよ。人にうんざりして人間嫌いになっただけで、別に今は何ともないから。怒ったっていうか……どっちかって言うと、自分に嫌気が差したっていうか……」
「妖怪が自分に嫌気が差して手の平に爪を差し込んで、しかも気が付かないとはね」
「言わないでよ……自分でもおかしいとは思うさ」
人間や妖獣などの肉体に比重を置いた存在でないのならば、自殺を行おうと考える時点で、精神側に存在の比重が傾いている妖怪としては死んでいるも同然、というお話。
まぁ……妖怪寺の時以外にも死のうとしたことは割とあるし、それで死んでいないのなら、肉体側に比重が大きい存在なんじゃないかって話にもなるんだけど────紅魔館の地下で頭半分以上ふっ飛ばされても生きてるんだよなぁ、私……。
そんなことを言い始めたら、地底での勇儀との一戦だって、多分身体の内部が半分以上融解してたんじゃないかとも思うし……一体何なんだ私と思わなくもない。
……まぁ、その地底での事で、色々な人に地底でのお礼参りする筈が、なんでこんな魔界上空に居るんだって話なんだけどさ。
パチュリーに挨拶して、アリスに挨拶して、魔理沙に挨拶しようとしたら魔法の森に居ないみたいだから、のんびりと人形遣いの家で過ごしていた筈なのに。
急に直感が働いたと思えば、更に連続で直感が働いて。
苦手でしかない空中で妖精達から逃げ切り、上空で早苗と共闘して。
雲山と一輪に再会して、
異変を解決する妖怪寺の面々と再会して、昔のように受け入れてもらえて、
これから彼女達はどうするのかを観察していたら────
────気付けば八雲の一式神として動いている。
彼女がどのような事を考えて、私を動かしているのかは分からない。
地底の時のように、私の過去の罪と罰を勝手に精算しようとしているのかもしれない。
何にせよ、早苗の対応によって思い直したことは、決定的に覆されている。
────私が自身の直感で視えたと思っていた光景は、作為的な物だった。
姉、妹と互いに呼ぶ間柄で、上司と部下、主とその式神でもあった関係だ。
一歩間違えれば、その関係は崩れると、互いに知っている筈なのに。
さてさて……ほんっとーに、どうしてやろうかね。
「……詩菜?」
「……どうやら終わったみたいだね」
私の顔を覗き込んで、怪訝な表情を浮かべるナズーリンを無視して、船首へと向かう。
弾幕ごっこの音が聞こえなくなり、会話しながらこちらへと空を切って飛ぶ音が聞こえる。
飛ぶ音は、四人分。
「異変が解決したみたい」
「っそうなのか!? 村紗!!」
ナズーリンの逸らせる声を背中に、腕を組んで瘴気の向こう側を見る。
霧に阻まれて見ることは出来ないけれど、確実にこの方向から彼女達はこちらへ向かってきている。
「……どうかしましたか?」
そんな私に、早苗が声を掛けてくる。
妖怪寺の面々は期待に声を弾ませて、船上をわちゃわちゃと動き回っている。
「準備、って所かな」
「……何を、する気ですか……?」
巫女に返事を返すことなく、腕を上に伸ばして肩を左右にズラして関節を鳴らす。
本当に……『今の所は』というだけだったんだ。
どんな返事をしてくれるのか。どんな言い訳をしてくれるのか。
腕を下ろし、手を背中側で組んで、掌を下に向けながらそのまま肩ごと上へズラして肩を鳴らす。
今度はお腹の前で手を組んで、そのまま胸を突き出しながら下腹に組んだ手を押し付けて、背骨を反らして関節を鳴らしていく。
最後に全ての指を反らしながら、親指の第一関節を外側から曲げて骨を鳴らし、そのまま人差し指の爪の側面を押して人差し指の第二関節を横方向に鳴らす。そのまま今度は人差し指の逆側から押してまた横方向に鳴らす。親指を元に戻して人差し指の第二関節を上から押さえ付けて、付け根の関節を鳴らす。最後に適度に開いて付け根からの関節を曲げないように意識して、人差し指の第一関節だけを曲げて鳴らす。
最後に、左手首を顎で抑えて肘を引っ張りながら上へあげようとして肘の関節を鳴らす。
……これを鳴らすのも久々だな。机に頬杖を付いてないと中々難しいから。
まぁ────何はともあれ、一発だけでもぶん殴ろうとは思う。