風雲の如く   作:楠乃

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 十ヶ月ぶり(ちなみに書き溜めなので実際にこの話を書いたのは2020年8月ごろ)






東方眚輦船 その5

 

 

 

 既に日が落ちてかけている時間の筈だけど、周囲は赤い雲とも結界とも、何とも言えない模様で空は埋め尽くされている。

 妖気も魔法の森と同じように満ちていて、私の残り少ない妖力を蝕んでいく。

 

 そんな中、船の鼻先、船首へ二人して歩けば、まぁ、それほど大きくないというのに妖精が何処からともなく集まってきては弾幕を放ってくる。

 

 私一人なら全部避けるか、もしくは緋色玉でもぶん投げて爆殺するんだけど、早苗が居る手前、人外レベルの高速移動は早苗がついて行けないだろうし、緋色玉の威力を早苗が軽減してノーダメージでやり過ごせるとは思えない。

 

 ……いや、どうだろうな。

 私の教えを受けてレベルアップした早苗なら、もしかすると出来なくもないのかもしれない。

 うーん、回避や飛行能力だけ見るなら確かに天狗レベルまで上昇してるとは思うけど、弾幕そのものは私もそこまで知識と実力が無いからなぁ……。

 さっきの授業の際に、知識のお話だけじゃなくて結界の技術力も見とけば良かったかな。

 

 

 

 閑話休題。

 そういう訳で、私は広範囲技を使わずに物理(殴る・蹴る・斬る)で妖精を撃破し、早苗は早苗で弾幕で、私が狙えない遠くの敵を倒すという流れがいつの間にか出来上がり、こうして船首までやってきた。

 

 垣立、船の縁の向こう、大空で星やレーザー、良く分からない菱形の石や札が飛び交っているのが見える。

 魔理沙と霊夢、別々の方向に飛んでいったのに結局行き着く先はおんなじっていうんだから、本当、異変解決組の人間は良く分かんねぇなぁ……。

 

 

 

 何はともあれ、よくよく見てみると、彼女達人間が戦っている相手は………

 ────どうやら、寅丸と、ナズーリンらしい。

 

 

 

 以前に逢ってから、大体七九〇年ぐらいかね。それならさっき戦った雲山と一輪は、更に千年も昔の話か。

 金の髪に彩度が高めの服を着た寅丸と、打って変わって、グレーの髪にダークグレーのスカートとモノトーン調のナズーリン。神々しい毘沙門天に紅白の巫女、人食いネズミには黒白の魔法使いのマッチングか。

 

「おーおー、やってるねぇ」

「……そうですね」

 

 ………………。

 

「いや、参加する気はないよ?」

「……本当ですか?」

「信用ないなぁ……」

 

 旧友が久々に見れて、そして必死にあの人間を倒そうと頑張っている。

 

 

 

 その姿を見て、まぁ、何か思わない訳もない。

 けれども、彼女達に対して今更手助けを行うというのも、何だか馬鹿みたいというか。

 ……いや、実際に今まで手助けを何も行わなかったんだから、そりゃあ馬鹿だろうという話なんだけど。

 

 正直言えば、自分で決めれない。

 流れで決まってしまうのなら、その流れに逆らわない範囲で、精算してしまいたい。

 彼女達の隣で戦ってしまうのは……何か、私の気持ちや、その偽善どころか、彼女達も裏切ってしまっているような気がする。

 

 

 

 だから、今は、眺めていたい。傍観するという罪の意識が私を苛むけれど。

 

 手を出してしまえば、それ以上に罪を重ねるような気がするから。

 

 

 

 

 

 

 何とも言えない気分で弾幕ごっこを眺めるのは、少女たちの遊びを観る者としてはどうなのか、と思わなくもない。

 縁に腰掛け、足を船外に向けてブラブラと垂らし、何をするでもなく眺めている。

 

 行動をしてないからか、それとも少女たちの弾幕ごっこの余波の影響下にあるのか、さっきまで殺到していた妖精たちの姿は何処にもない。

 

 縦横無尽に走るレーザーと、走った直後に弾幕としてバラけていく小弾を放つ寅丸に、それらを何ともないような顔ですり抜けて霊夢。

 外の世界のサーカスなんて目じゃない程の曲芸と、それを覆い隠す花火以上に光る弾幕。

 

 こんな状況じゃなきゃあ興奮しちゃうんだろうなと、そう思いつつも、彼女達を見ているとどうにも気分が持ち上がらない。

 

 

 

 まぁ、早苗を手助けした時やその直前の発狂一歩手前とか、鬱を反転したみたいなテンションでないのは、彩目からすれば落ち着いているのだから良いことで、躁よりも欝の方がまだマシだろ、と言われてしまいそうな気もしないでもない。

 

 波立たない自分の感情(衝撃)を感じながら眺めてみれば、霊夢の針が寅丸に突き刺さり彼女を守る結界を打ち破った。

 ……弾幕ごっこの終わり、かな?

 

 

 

 船から霊夢達までの距離は遠く、顔の表情までは分からない筈の距離だ。

 とは言え、見える範囲程度なら十二分に(衝撃)は拾えるし、なんだったらこっちからの声を届かせる事も当たり前にできる。

 

 

「素晴らしい。その飛宝を集められるだけの事はあるわ」

「……今日は妖怪に褒められてばっかね」

「貴方は飛倉の破片を集めて、聖を復活させる手伝いをしているのですから」

「手伝いをしている気は無いんだけどね」

「さあ、封印を解く準備を始めましょう」

「……そいつって、あそこに居る奴の知り合い、なのよね?」

 

 そう言って、やる気がでないというか、うんざりした口調で、私達の居る船を指す紅白の巫女。

 

「……奴、とは?」

 

 気付けばナズーリンと魔理沙の弾幕ごっこも終わっていたのか、霊夢達の元へと飛んできている二人もその指の先にへと視線を移す。

 

 霊夢は腕組みをして知らんふりをしてるつもりなのか、こっちを見ようともしない。

 

 

 

 そうして、数百年ぶりに視線を交わす、私と、寅丸とナズーリン。

 

「「詩菜さん!?」」

「……やっほ、おひさ」

 

 そう(衝撃)を届かせてのんびりと手を振れば、急いでこちらに来る二人。

 

 寅丸は凄く嬉しそうな顔で、ナズーリンは大慌てなご主人を見て自分の慌てっぷりを自覚したのか、少し照れたように速度を落として飛んできている。

 

 

 

 ……七〇〇年以上も昔だと言うのに、覚えていてくれたんだ。

 私は忘れていた、または、思い出さない、もしくは、気にしないようにしていたというのに。

 

 そんな勝手な心なんか一切知らず、そして私の手を取って喜んでくれるもんだから……こっちも暗澹とした気持ちも少しずつ晴れていってしまう。

 

 何とも独り善がりで自分勝手な奴だな、と思うけれども────晴れていってしまうのだから、これはどうしようもないのだ。

 如何にこの感情の動き方に対してクソッタレと思おうとも。

 

 

 

「お久し振りです!! お元気でしたか?」

「うん、寅丸も、元気そうで」

 

 船の縁に座る私と、船の外から浮いている寅丸で手を繋いで喜び合うというのも、何やら不思議な感覚だ。

 そう思いながら、ブンブンと振られる両手で感じる確かな暖かさを感じていると、船の内側にゆっくりとナズーリンが降り立った。

 

「詩菜さんもこちらに来ていたとはね」

「ナズーリンも、おひさしぶり」

 

 ちらりと早苗の方を見たのに気付いたけど、私の連れという認識にしたのか、彼女もまた嬉しそうに微笑んでくれる。

 

 

 

 ……ああ、そういえば、聖達が封印がされた時も、こんな感じだった。

 あの時は酷い勘違いをしていたけれども……もしかすると、今回も、実は私の取り越し苦労なのかもしれない。

 

 それでも、何とも思わなかった、または、何も行えなかった、という思いをやめてはいけないと、そう思う。

 

 

 

「村紗達とはもう逢ったのかい?」

「いんや、一輪と雲山だけ。覚えてくれてなかったのか、彼女と一緒に戦っちゃったけど」

「あ、どうも。『東風谷(こちや) 早苗(さなえ)』と申します……」

 

 おどおど、という感じで、早苗が自己紹介を行った。

 妖怪相手に何やら巫女らしくない行動をしている……。

 

 幻想郷に来る前の早苗なら、問答無用で妖怪退治、というような感じだったと思うんだけど……あれから今日までで、何か心境の変化があったのかね?

 ……まぁ、それと言うなら、私が操ろうとした時も、転機と言えば転機か。

 

「東風谷さん、ですね。失礼ながら、彼女……あの紅白の巫女と同じ巫女、でよろしいでしょうか?」

「違う神社よ。同業者で競争相手、ね」

 

 のんびりと飛んできていた霊夢と魔理沙がようやくここで合流。

 

 ……まぁ、彼女達と知り合いだという事を証明しても、霊夢が私を見る態度は変わってないようだけど。

 

「それで、霊夢達はどうするの?」

「……どうするって」

「結界を解いて、封印されてる奴がどんなのかを確かめるんじゃないのか?」

「ああ、そうでした。あなた方の持つ飛倉と、私の持つ宝塔が揃えば、この魔界を覆う封印を解くことができます」

 

 そう言う寅丸の左手にある、宝塔が少しばかし輝いた。

 

 ……ふむん?

 

 

 

「飛倉は……三人がそれぞれ持っているようだね。渡してくれないか?」

「……妖怪が崇める聖女の復活、ね」

「────霊夢?」

 

  魔理沙と早苗はあっさりとナズーリンに渡しているのに、何やら意味深に呟き、手に持った秘宝を寅丸に渡そうとしない霊夢。

 普通の木片の見た目で、とんでもない霊力を持っているのは分かるんだけど……それ以外にも何か変な気配を感じる。

 

 ……ふむ?

 

「……詩菜は、どう思ってるの?」

「うん? 何の話?」

「その聖って奴、どうなの?」

「どうなの、って言われてもねぇ……まぁ、古い知り合いだし、助けてあげたいとは思うよ」

「……そう」

 

 ……本当、霊夢は一体どうしたんだろう?

 魔理沙とかなら兎も角、私の意見を聞いて考えるなんて、空に浮く彼女らしくない。

 

 知り合って間もない私がそう思うんだから、魔理沙なんて更にそう感じているんだろう。彼女も眉を顰めて霊夢を見ている。

 

 

 

 そう考えていると、更に霊夢は訊いてきた。────割と予想外な方面から。

 

「それじゃあ……『八雲 緋菜(ひな)』、としては?」

「……なんで一回しか名乗ってないのに覚えてるかね……」

 

 しかも、別に今は式神としては一切行動してないし、それに何だったら紫との関係も今はややこしい状態だって言うのに……。

 

 えぇ……? 八雲的な思考で、聖という人物がどういう人物か……?

 

 ……うーん。

 

 

 

 仮に助けたとして、彼女が幻想郷に定住するとするならば、それを八雲的な思考で考えると、────まぁ、幻想郷に新たな風を取り入れる事にはなるだろう。

 

 単純に人間を妖怪から守る、担い手側に居る博麗の巫女。それと共に居る魔法使いの少女。

 

 それとはまた別に、妖怪の山に神様が顕れたけれども、あれは人間を守るという表向きの顔もありつつ、妖怪側に技術や力を貸して人外からの信仰も取り入れているから、完全に人間側とは言えない部分もある。

 

 人間へは人間として側面、妖怪へは妖怪としての側面を見せておき、決してそれを破綻させはしないのが山の方の神社だ。

 

 

 

 博麗の巫女や、山の方の神社に比べ、この妖怪寺の面々はどうだろうか。

 少なくとも、人間と妖怪を繋ぐ橋渡し役になるのは間違いない。

 

 今後もし、聖が助かったとして、幻想郷にあの妖怪寺が再建されるとして、その建物のトップはまず間違いなく聖か、あるいは寅丸だろう。

 人間をやめた僧侶。片や、毘沙門天の代理の妖怪。

 

 

 

 守矢神社のように人妖と完全に分断するかどうかは分からないけれど……少なくとも、あの当時に紫が語っていた、共存共栄を望む一派なのは間違いない。

 人間も受け入れて妖怪も受け入れてくれる、そういった土壌にはなってくれるだろう。

 

 ……封印されていた聖が人間に幻滅しきっていたり、どうしようもなく反転してしまっていたなら、今後どうなるかは分からないけれど、ね。

 例え、聖がそうなっていたとしても、寅丸だけでも信仰は集めることができる。

 例え、その心が病んでいたとしても。居るだけでも信仰の対象になることができる。

 彼女は……そう望まれて、そうあり続けた、毘沙門天の代理だ。

 

 

 

 そういう意味でも、助けられるなら助けるべきだと思うし、幻想郷に居て損はない人物、あるいは一派、な筈だ。

 

 ……果たしてこれが、この思考回路が、紫の考え方に沿っているかは分からないけれど、

 そして、過去の聖が今も変わらないという過程の上での、今後の展望でしかないけれど、

 

 

 

 

 

 

「────救うべき、です。彼女達によって生まれる、新たな風を幻想郷に招く為に」

 

「……そう。分かった」

 

 思考している内にいつの間にか閉じてしまっていたらしい目蓋を開き、霊夢をしっかりと見て言い切ると、それで彼女は納得したのか、何の躊躇いもなく秘宝を寅丸に渡した。

 

 

 うーん……。

 ……何でいきなりそんな信用されてるのかなぁ……? なんか勘で読み取った? 一切の躊躇が見当たらないんだけど……。

 

 

 

 その謎に少しばかり首を傾げていると、秘宝を受け取った筈の寅丸が困惑と驚愕の表情を浮かべていた。

 

 私に対して。

 

 ……うん?

 

「どうしたの、寅丸?」

「え? あれ? あ、いや……」

 

 気が付けば、ナズーリンと早苗も似たような顔色でこちらを見ていて、魔理沙はどちらかと言うと呆れ顔で、霊夢に至っては完全にこちらを無視して、魔界の空の向こうを睨みつけている。

 

 ……え? 何? 私、考え事している間に何かしてた?

 

 

 

「……ほら、お前、式神が憑いてる時、雰囲気とか、口調、変わるだろ?」

 

 

 

 ……ああ………………。

 

 

 

 

 

 

 ………………ええぇ……?

 

 そういうこと……する……?

 

 

 

 

 


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