4ヶ月遅れだぞチクショウ()
結界、という術式は、今現在では広い意味で使われている。
大昔は外と内を区切る境界線のことを言い、その線自体が効果を持つことで他者を阻む、という目的があった。
いつの頃か、まぁ、恐らくは漫画やゲームなどの影響ではあると思うけれど────その境界線の内側に力を充満させる、あるいは境界線の内側全域に効果を及ぼす魔法の森の瘴気のようなイメージ、というのも表れ始めた。
今私がこの船の上で行使している結界も、半分は後者の用途で展開している。
妖精達の攻撃などを防ぎ、術者の私を主とした神域として、認めたもの以外の侵入や復活を阻止する、前者の意味の結界。
主、あるいは結界内に居る存在への肉体や霊力回復促進、及び精神の安定化を支援するなど、空間として安定化する、後者の意味の結界。
他にも、西洋の魔法陣などのイメージと混ざった結果だとは思うけれど、術式展開時の陣。
あれも結界術の一部と考えれば、イメージや計算式を結界を通して、術式、弾幕として撃ち出している、と考えても良い。
……そう考えると、少女達が宙を舞う飛翔も、自身そのものが境界線として認識する術式なのかもね。範囲内の対象を重力から解き放つ術式、つってね。
まぁ、私が飛べないのは別の要因だろう。というか私そのものの体質関係が原因だとは思う。水に浮かべないとかも多分その辺りじゃないかね。
────そこ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしない。飛べないのは知ってるでしょう?
あ……泳ぎの方ね………………ええ、泳げませんとも。それが何か……?
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信じられないような顔で早苗から見られている所で、船内に続いていたであろう家屋から飛び出してくる
それに合わせて周囲を見渡してみれば、何やら進む先の空が何やら通常の空とは異なる色合いをしている。
まぁ、私の神域展開結界の所為で、境界線の向こう側は薄く赤に変色して見えてるんだけど……どうやら私の直感で見えた、あの紅と紺色のグラデーションで輝く結界だろう。
「……ようやく目的地に着いたみたいだね」
「え? ああ……あ、霊夢さんに魔理沙さん……かな?」
妖精に隠れてよく見えないが、二人が外に出てきたらしく……次の瞬間、結界に延々と撃ち続けられていた弾幕が一斉に消えた。
結界に当たって破裂する弾幕と、それを撃ち続けていた妖精がやられてことにより、ようやく船上は静かになった。
「やれやれ……よっこらせ」
防弾、防音、そして外から内部へは不可視の性質を持った結界。
それを解除し、空気へ溶けるように消えていく結界に対して身構えていた魔理沙が、私達の姿を見た途端に疲れたと言わんばかりに脱力し、大きく溜息を吐いた。
「お前らかよ……」
「酷い言い方するね。居ちゃあ悪い?」
「……早苗は兎も角として、アンタはね」
そして────腕を下げて攻撃態勢から完全に脱力している魔理沙と違って、あくまで私を妖怪側として見て、あいも変わらず殺気マシマシな、この霊夢さんは、全くもってどうしてやろうかと思う。
……いや、別にどうもしないけどさ。
「まぁ、警戒しないでよ。今回は、本当に邪魔する気はないんだ」
「信用できると思う? 地底のこと、忘れた訳じゃないわよね?」
「別に勇儀の時だって異変解決の邪魔はしてないじゃん。まぁ、疲れてる帰り際に大きな荷物としてはなっちゃったかもだけどさ」
そんな嫌っている霊夢が私を担いでいくとは思えないので、魔理沙が私を担いで、霊夢が勇儀を運んだんじゃないかと思うんだけど……。
それに、霊夢のフォローしていたであろう紫が運んだのなら、別になんの荷物にもなってないんじゃないかと、それこそまぁ、思わんでもない。
別にそこはどうでもいいけど。
と、そんな事を考えながら、両手を上げて降参のポーズ。
地底の時はそもそも天子に連れてこられたというか、異変に興味がある天子が私をダシにして紫からの許可をもぎ取り、地底での異変を観察したいがために私と来たって感じなんだ。
だから、あの時も本当はそこまで邪魔しようとは思ってなかった。
それをまぁ、萃香と紫が何でか勇儀と相対させちゃって、結果的に地底で大暴れだ。
誰が原因なのか、って話なら……まぁ、大本は私と勇儀だし、実行犯は萃香と紫だし、発端は天子からの誘いになってしまう。
結果的に勇儀とはまた、仲直りが出来た訳だし、誰かさんの思惑通りにいわゆる精算というのが出来た訳だけど……まぁ、今回はそういうのはナシに、私の直感を頼りにここまで来ただけだ。
その直感も、今回は怪しい、っていうのがなんともおかしな話になるんだけどさ。
……まぁ、別に今は良い。
勘で視えた範囲で言うなら、この船に乗っている時点で、その直感の目的は果たせている。
この船が本当にあの妖怪寺の物なのか……それが私の目的であって、勘で視えた光景には関係性が感じられなかったから、それは目的とは異なるか、もしくはあまり関係がないんだろう。多分。
……今回の勘は何やら例外があるから、この理由も正しいかどうかは怪しいけどね。
ま、そんな私の勘は、別に霊夢にとって関係なく、それこそどうでもいい話だろう。
「何も霊夢や異変解決を止めようとは思ってないさ。この船の行き先が少し気になるのと……まぁ、早苗とはその途中で逢っただけで、あー、ちょっと協力? してもらっただけだし」
「……本当? その協力って、なに?」
「弾幕ごっこでちょっと力と知恵を貸した程度だって」
操ろうとした、と言ってしまえば問答無用で退治されちゃうだろう。例え未遂であっても。
そんな感じでぼかした返答を聞いて、早苗も同じことを考えたのか少し苦笑いしてるのが、視界の端で見える。流石にここは正直には言えんよ。
「逆に、霊夢達は船内で何かあった?」
「……あったら、どうする気?」
「いんや? 手詰まってるなら手助けしてあげようかなって」
「……アンタの目的は?」
「ん、この船に乗ってるヒトが、もしかしたら私の知り合いかも、っていうだけ」
「魔界に知り合いが居る訳? ……まぁ、居そうね」
「失礼な……いや、魔理沙も早苗も頷いてんじゃないよ」
流石に魔界に住んでる人物に知り合いは居ない……居ない、筈。
あ、いや、そう言えば聖が封印された直後に聞いたっけ。封印の場所。
……助けに動かず、今になって物見遊山状態でここまで来ているのは、今更なんだ、っていう気はするけどね……。
少し落ち込んだのに気付いたのか、霊夢が更に眉を顰めていく。
「で?」
「で、って言われても……今言った事が全てだよ? 知り合いだったら嬉しい、そうじゃなかったら……まぁ、私の『勘』違いってだけさ。早苗は、言っちゃあ悪いけど、ついでで手助けしただけだし」
「詩菜さんが居なければ、普通に負けて終わりでしたからね……ありがとうございます」
「良いよ全然。私の……あ〜………………」
「? 何か?」
「いや、なんでもない」
いかん、なんかよく分からん感情が暴発してしまいそうになった。
思考回路が一瞬でグッチャグッチャになったわ。これだから困る。
頭を少し振って思考をリセットしよう……。
「あー……まぁ、別に私はこの船で何かしようとしてる訳じゃないんだって。なんなら、霊夢や魔理沙に目的があるなら、それが終わってから逢いに行くからさ」
「……また騙そうとしてない?」
「別に信じなくても良いよ。無視してくれりゃいいから」
介入せざるを得ない場合は除いて、本当に邪魔する気はないんだ。本当に。
……まぁ、聖を封印から復活させようとしているのならば、正直言えば、助けたいとは思う。
それを霊夢や、あるいは誰かが阻止する、あるいは再度封印する、というのならば、私は更にそれを阻止して、助けて開放してあげたい、とも思う。
助けたい、とは思うけれど────助ける資格がないと思う、と、言い切ることも難しい。
……この辺りが私の、よく言う所の、『精算』が出来ていない部分なんだろう。
感情論で片付けてしまえと囁く本能があれば、けれど、それを決して許さない理性もあるし、感情すら独自に動いてしまっている。
二律背反、ならぬ、三律背反だ。しかも、その数にすら収まってないかもしれない。
全く、どうしようもない奴だよ……私は。
私が動く気が一切無いのを見て取ったのか、殺意と臨戦態勢を弱めた霊夢が、念押しのように宣う。
「嘘はないでしょうね?」
「異変解決に嘘はつかないよ」
洗脳のことを誤魔化しはしたけどね。と言っちゃっても面白いかなと思う自分が居る。
本当に、今は邪魔する気は無い。
だから、今の内にさっさと異変解決に動いてくれれば良いのに。
「どちらにせよ、目的地は近いんじゃない? 私を退治しようってんなら、まぁ、抵抗するけど……そうしてる間に、船ごと魔界に着いちゃうんじゃない?」
「……本当に、何もする気がないのね? 信じるわよ?」
「────ふふっ」
博麗の巫女の、霊夢が? 私、詩菜に対して? 『信じる』?
彼女としては大真面目なんだろうけど、ちゃんちゃらおかしくて少し吹き出してしまった。
霊夢も自分で言って、自分らしくないと感じたのか、物凄い勢いで顔を顰めている。
魔理沙と早苗は揃って首を傾げているけれど……魔理沙は霊夢の様子に、早苗は私と彼女の関係に対しての疑問だろう。多分。
ふふ、私を怪しむのはまぁ、霊夢らしいとして────どことなくその部分以外の、霊夢を霊夢たらしめる、『いつもらしさ』がないように感じる。
一体どうしたんだろうね?
まぁ、別にどうでもいいけど……ははは、『信じるわよ?』かぁ……。
「良いよ。好きに信じてくれれば良いさ。霊夢の勘に任せるよ」
────どうせ、どうしたって、霊夢は私を信じ切ることが出来ないだろうから。
そう、内心で思った。
内心で思い留まっただけ成果だろう。
以前の私だったらまず間違いなく口に出していただろうから。
当の本人の紅白巫女は、その言葉を言葉通りに受け取り、少し眉をひそめた。
早苗はまだ私と霊夢の関係性を理解できてないのか首をひねったままで、魔理沙は溜息を吐いてどうしようもない、という風な顔をしている。
傍から見ている人達からすれば、私がいつもの『相手に選択肢を委ねる姿勢』をとった。
どう見てもそうとしか捉えられない、そんな場面なんだろうけれど……。
何となく、本当にぼんやりとした感触でしか無くて、いつもの直感でしかないんだけれど、────相手が勘で察した、その事が、何となく勘で分かった。
そんな時も、まぁ、極稀にある。
「……そうね。好きにさせて貰うわ」
如何にも納得してない、という風貌にも関わらず、そう告げたと思ったら、そのまま私達を無視して何処かへとふいっ、と飛んでいってしまった。
その後ろ姿へ、魔理沙が慌てて「お、おい! 霊夢!」と叫ぶも、何の反応も、一つも返事を寄越さずに、そのまま巫女は何処かへと飛んでいってしまった。
「やれやれ、素直じゃないね」
「……はぁ? ……それはお前のことじゃないのか? 詩菜」
「ふふ、何を今更」
呆然としたまま魔理沙と早苗に、そう戯けてみれば途端に睨み付けてくる普通の魔法使い。
魔理沙に対しては別に何もしてないだろうに、とは思いつつも、
『誰が似てるのよ……あんな奴に……』
そう誰にも聞こえないよう、口の中で呟きながら飛んでった巫女の様子からして────恐らく、彼女がいつもらしくない原因は、この魔女と見た。
まぁ、霊夢の黙認はもらえた訳だから、しばらくはこの船の上で待機しているとしよう。
「魔理沙は?」
「うん?」
「霊夢。追わなくて良いの? 異変解決されちゃうよ?」
「あー………………そうか。追い掛けるべきだな……早苗は?」
「私ですか? 私は……詩菜さんと共に行動しようかと」
「ん、そうか」
そんなあっさりと納得し、箒へとまたがってあっという間に飛び去ってしまった。
……霊夢が向かった先とは、若干方角が異なってるみたいなんだけど……?
追い掛けるんじゃなかったのか普通の魔法使い……。
「────それで、どうするんですか?」
「ん?」
……アァ、なんだろうなぁ。
アリスと言い……看破されると、どうしてこうも気持ち良くなっちゃうかなぁ?
「何を?」
「……何となく、霊夢さんや魔理沙さんに言ったような、待機はしないんじゃないかな、と」
それにしたって、私について何も理解していない筈の早苗に、そんな事を言われるなんて。
……あー、そうか。
私は理解してなくとも、私の前身は理解しているのか。
「どうしてそう思うの?」
「……何となくですよ。本当に……あの、私は別に止めたりするつもりはないんです、よ?」
ふふふ、そうだろうね。
『彼』の嘘の吐き方が似ていて、いつも見ていたって事なら、そりゃ分かりやすいか。
それなら仕方ない。いつものやり方がバレちゃってるんじゃあ、どうしようもない。
けど、けれども、ソレを、どうしても嬉しいって思っちゃうのは、やっぱり、
────どうしようもなく、私が壊れているからだろう。
まぁ、流石に今この場で振り切っちゃうのはしない。
本日二回目、あるいは三回目のトリップは流石に不味い。
本格的に彩目が私を止めようと動き出すかもしれないし、そうでなくとも紫にも伝達が届いているだろう。
そも、早苗に対して今日だけで二回も事を荒立てる必要はない。
いや、これは荒立てるつもりは一切ないんだけど、感情が理性を振り切っちゃってるだけであって、その方向性も早苗相手じゃなくて私相手の私という存在に対する自傷行為というか自慰行為というか、まぁ、それで発狂状態に近付いちゃってるんだから、どうしようもねぇなコイツという所なんだけど────………………いや、落ち着け私。
ふぅ……。
「………………」
「……あの、詩菜、さ……さ、様?」
「何でいきなり様付けなのさ」
「あの、ごめんなさい。私、何か怒らせるような事、言いました……?」
「いんや、私が勝手に暴走してるだけだからダイジョブ」
「はぁ、そう……いやソレ大丈夫なんですか?」
「ダイジョブヨー、ワタシウソツカナーイ」
「うわぁ、胡散臭い……」
「マァ、モチロンウソダケドー」
「前言撤回はやっ!?」
まぁ、何はともあれ、早苗の言う通り、ここで待つつもりはあんまりない。
彼女達を追って、この船の先、船首までは行ってみようかね。
異変解決組が向かう先が、船の向かう先だと言うのなら、それだけで私が逢いたいけど逢いたくない人物にだって、案内してくれるだろうさ。