1話の更新ペースを最低一ヶ月にしたい(二ヶ月半ぶり
そんな感じで意味もなく特訓をアリスの家でしていると、いい感じの時間になった。
つまりは、まぁ、夕方頃になった。
「夕餉は食べていくの?」
「んー、あって用意してくれるならいただくけど……そういやアリスは捨食術と捨虫術は会得してないの?」
「ああ……恥ずかしい話だけど、私も少し前に取得したばかりで、まだ食べたり寝たりしないと、何か不安になっちゃうの」
「ふぅん?」
捨食の魔法は、食事による肉体へのエネルギー補給を魔力で補うことにより、文字通り食事を捨てる術式で、捨虫の魔法は肉体の老化を非常に緩やかにする、不老長寿の魔法だ。
魔法使いとしての登竜門の一つで、人間とは比較にならない程の余生を得ることで、魔導を極めるための道を歩み始めるのだとか。
まぁ、私はそこまで極めるつもりもないし、そもそも数ヶ月ほど何も食べなくても、誰の恐怖もいただかなくても生きていけるのは、50歳頃にはもう分かっていたことだ。
理論として知っていれば、私としては習得する意味はないかなぁ、と思わなくもない。
元々人間の時から何も食べなくても平気な性格だったし、妖怪化に伴ってその部分も一緒に極まってしまったんだろう。多分。
空腹感と飢餓感、『腹が減った』と『何か食べたい』は違う感覚だというのが持論である。
ん。
「んあ、で、もなー……」
「……貴女、自分のことを見習い以下とか言っていたけど、既に捨食の魔法を会得して使用しているとかじゃないわよね?」
「御歳1447歳ですが何か?」
「……そうね、さっきも訊いたし、そもそも妖怪に訊いた私が間違ってたわ」
「まぁ、私は元の性質もそんな感じだった、っていうのもあるとは思うけどね」
と、そういうことを匂わせるようなことを言えば、これまた何とも微妙な顔をする人形遣い。
まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。
久々に、ピピッときた。
「いや、今日はやめとこう。用事を思い出した」
「思い出したって……さっきあんなことをして時間を潰してたのはそういう訳?」
「あ、いんや、そういう訳じゃないんだけどさ……」
いつも通り『その事』を話そうとして、そういや『この事』をアリスに話した記憶がないのを、思い出した。
まぁ、紫に負けて、私に不戦勝して、天魔に何故か説教されて、それでも調べようとした天子が知っているぐらいだから、彼女が知っていてもおかしくないとは思うけれど……それ以前に、夕餉の誘いに対するお断りの言葉としちゃあ落第にも程が過ぎるだろう。
そう考えながら、彼女に向かって右手を差し伸べる。
まぁ、この右手はアリスに逢った際に、『殺気剥き出し』とまで言われた程に暴走させていた訳だし、なんだったら彼女の魔術式が癒着し、刻印術として埋め込まれた右手でもある。
警戒されるのはまぁ、当然というか、予想できたことだけれども、流石に戦闘用の人形を何体か引き寄せる程に警戒されるとは正直思ってなかった。
相互扶助の関係とは一体……。
とは言え、睨まれるのはいつものことだ。
慣れちゃいかんが、既に耐性ができちゃってる。
「────何、それは?」
「ん、さっきの話の続きだよ。用事を思い出したっていう話の続き」
「……それが、なんで握手する流れになる訳? 言っておくけど、危害を加えるようなら、それまでの関係だって割り切るわよ」
「やだなぁ、私の個人的な事情を詳しく知る人物にそんな事する訳ないじゃん。秘密の共有はそれそのもので相手を縛ることが出来るものだけれど、決してそれそのものでは対価とはならないものでしょう?」
「……どうだか。貴女のその情報は、妖怪の山や八雲に相応の効果にはなるでしょう?」
「うーん、まぁ、私の居場所は狭くなるかもね」
天狗相手には、多分効果は絶大だろう。
特に今、鬼を連れ込んだとして敵愾心を集めている状態では、多分天魔の一声があったとしても簡単にはなくならないだろう。
……いや、元より私個人に対して、天魔の誘導が効果あったことも対してなかった気がするけど。
八雲に対しては、まぁ、紫は既に把握しているだろうし、藍はそもそもがライバル関係というか、そもそも一方的に嫌われてるし、橙に至っては────そもそも八雲として数えていいか悩むけど────別に知られた所でどうだ、という話になる。
そこから更に他へ言い触らされたら、また話は別かな、ぐらいだろう。多分。
そんな感じで現状を考えていた訳だけど、確かに私を縛るにしては中々の効果がある脅し文句ではある。
あるけれども……まぁ、言われたら困るから、言わないでお願い。という姿勢にしかならない訳であって……そうして欲しくないから、今手を差し伸べているわけなんだけどなー、という感じであって。
結局の所、私は隠したがりだし、喋りたがりでもある、ということだ。
「別に危害なんて加えないよ。ただもうちょっと知ってもらうだけさ」
「……これ以上、貴女の言う詳しい事情を知ってしまったらそれこそ発狂しそうだけど」
「いやいや、恩人にそんなことはしないって」
既に何度も発狂している私が、何処までの情報を伝えてしまうと常人は発狂するか、なんていうさじ加減は正直分からないけれどね。
裏でそんな事を考えつつ、何とかこう、アリスを説得できないかと考えるも、さっきの彫刻で極端に集中してたせいか、いまいち頭がうまく回り始めない。
とりあえず会話を止めないように流れに流れて話し続けてるだけなんだから、秘密の対価なんて咄嗟に考えた体の良い言い訳である。
そんなテキトーに考えながら話してるもんだから、すぐにボロが出る。
「まぁ、アレよ」
「……アレって?」
「あー……代金の前払い」
「……何に対する対価?」
「………………私の秘密に対する対価?」
「……さっき秘密の共有は対価にはならないって自分で言ってたじゃないの」
そういう人形遣いは呆れたように────どちらかと言うと、毒気を抜かれたかのように力を抜いて、私の手に手を伸ばし始めた。
「良いわ。信用する。見習い魔法使い。『Unintelligible』」
「……なんで私の秘密を看破したヒトはそんな風に呼ぶかね」
「自分で定義しなさいな。理解不能。信用してあげる。でも決して信頼はしない」
「……ふふ、まぁ、それで良いよ。元より依頼者と請負人だ」
信じることはできても、背中を預けて頼りにすることはできない、つってね。
彼女の右手が私の右手を取り、繋がった。
もちろん魔術や妖術、神力などを使う気は更々ない。
まぁ、敢えて『使う』という表現をして行動を起こすならば────
────私の類まれな【直感】を、相手に対して発動させた、とでも言うべきだろうか。
がちん。と、歯車がキチンと噛み合った音が鳴った、ような気がした。
まぁ、間違いなく私が無意識に考えた効果音的なものだろうけれど……、
……その音が鳴った(ように感じた)瞬間に、向かいのアリスの顔が一瞬にして変わったことからして、感覚としては何一つ間違ってないんだろう。多分。
ゆっくりと、彼女の右手から私の右手を離す。
気が付けば、周囲の人形はどれも行動を停止して中途半端な状態で固まってしまっている。
……まぁ、驚いて魔術が緊急停止してしまい、動作の全てがキャンセルされてしまったというのに、どの人形も浮遊も終了して床へ落下したりしていない辺りが、彼女の優秀さを証明しているよねぇ。
少なくとも私の、
防護術式が完璧というのはその下の防御力はほぼ『0』ということなんだから……まぁ、私は、だけどさ。
それでも、彼女にとっては、この程度で全動作が緊急停止するのは認められないんだろうなぁ、と思わなくもない。
んー……期せずしてアリスに関する情報を勘で読み取っちゃった。スマンな。
勘ってことで確証はないことだからさ。私の類まれな妄想だと思って、許してくれ。
……まぁ、私は100%真実だと思って行動するけどね。
何はともあれ、私が埋め込んだ刻印術と、アリスの魔力の質が非常に親和性の高い特性同士ということもあってか、私の意図した直感の発動は、見事に人形遣いに伝わって起きてくれた。
結果、彼女が何を視たのかは私には分からないけれど、人形全てが停止するぐらいだし、多分彼女にとっては劇的な何かだったんだろう。知らないけど。
「……さて、これで私は退散するよ。目的のお礼も言えたし、魔理沙を追ってみるよ」
「────そ、そう。分か、ったわ」
……予想以上に、アリスは衝撃が大きかったらしい。
衝撃を操るという能力を持っている癖に、予想以上とはこれ如何に。
春先とは言え、逢魔ヶ刻ということで周囲は既に暗くなってきている。
さっさと魔法の森を抜け、霧の湖に近付いてみてみるも、今日のお昼時にちらりと見えた弾幕ごっこは、何処にも見当たらない。
……まぁ、アレから何時間経ったと思っているんだって話だけどさ。
自身の知覚範囲を広げ、衝撃を細かく探っても、風の音に耳を澄ませてみても、分かる範囲には弾幕ごっこをしている様子はない。
……いや、弾幕ごっこはしてなくとも、妖精達の活動がやけに活発的なのが聴こえてくる。
私に対して弾幕が放たれている訳ではないけれど、この攻撃的な行動は、見覚えがある。
あれは、一年前と少し前。チルノと本気でやりあった時。
つまり、異変に近い状態。
百数メートル跳んで自由落下を始めた所で、私の進む方向の下から妖精達が現れ、何百と弾を私に放ち始める。
私に対して明確な害意を含んだ弾幕に対して、足場のない私には、衝撃を操ることも、跳ぶ方向も変えることも出来ない。
それは、生身があるからが故に、私が飛べないからだ。
変化、鎌鼬。
色取り取りの弾幕が私に触れる前に、肉体を風に変えて、私という風を弾幕に
妖精達は空に溶けていった私を見失い、右往左往と仲間の妖精と目配しあっているだけで、弾を撃つことをやめてしまった。
その間に私は悠々と通り抜けることにする。もちろん全力で妖力と気配は隠しながら。
後ろを振り返っても先程の妖精達が見えなくなった所で、また何とも言えない感覚が後頭部を通り抜けていく。
……この感覚は────本日三回目の【直感】だ。
「はぁ……またかい」
正直なところ、一日の内に数回直感が働くのは相当に珍しい。
アリスに対して起こしたものも、正直に言えばやってみたことのない事柄だった。
まぁ、地底での一件の時も、それっぽい予感は何度か働いたけど……今回のように明確なビジョンが浮かぶ程じゃあない。
アリスが完全に停止してしまった、というのも、ハッキリと感じることができて、理解できてしまう程に明瞭な何かが見えた、ということだろう。多分。
私がアリス宅で視たのは、相手の姿は一切見えないが、宙に浮かんでいるであろう背景の空模様と真下に広がる森に、家屋を無理やりくっつけたような外観の船、数百数千と飛び交っていく弾幕をくぐっていく、箒に乗って飛んでいる魔理沙の後ろ姿。
二回目は、夕日に向かって飛び続ける空船と、それを阻むかのように中空に浮かんでいる、大きく広がった紅と紺色に輝く強固な結界。
船に乗る人物や、並走する魔理沙の姿は一切見えなかった。
一回目に視えたのは、多分アリスが話してくれた宝船を追う魔理沙で間違いないだろう。異変に近い状況ならば妖精達が弾幕を撃っていると言われても納得できる。
弾幕を撃つ相手の姿が見えなかったのは、相手のことを知らないか、直感の判定外か……あるいは、私が知らないで居た方が良い相手だったか、だろう。
二回目、これは多分、宝船の向かう先があの結界の向こう側なんだろう。
……幻想郷に、あれほど強固な結界が張ってある場所があるなんて、初めて知ったけどね。
時系列は定かじゃないけど、多分どちらも今日の出来事で、一回目の後に二回目と、続いている直感のビジョンだろう。
となれば、あの船には魔理沙が乗っている可能性が非常に高い。
そして、問題は、一回目の直感で強く感じた、『行かなければならない』という思い。
……これに関しては、私の勘関連で今まで感じたことのない思いだ。
一回目の直感では、その無意識的な方向性に気付けなかったけれど、二回目の直感では全くそんな意識は起きず、だからこそ、その違和感に気付くことができた。
現在、妖怪になって生きてきた今までに、私の直感は様々な場面で働いてくれたけれど……その直感が何かをさせようという意思は感じなかった。
私が視たい、あるいは、私の行動に影響する範囲でビジョンを視させてくれる、という異能のようなものだった。
私の問いに対しての回答────という風に、あくまでも私の意志とは別に、システマチックな異能だった筈なのに、今回に限っては……私に行動せよ、とばかりに囁いてくる。
……何か、違う。
今回の直感は、今までとはまた異なる違和感がある。
そう感じていても、信じると決めた私の【直感】だ。
とりあえずは、行動だ。
まぁ……それよりもまずは、
「……なぁんで全力で隠形してるのに。感知するかね
そう叫びながら実体化して、右足の下駄を犠牲にして弾幕を踏み、爆発した際の衝撃を最大限跳躍エネルギーに変換し、もう一度勢いよく跳び出して戦線を離脱する。
そもそも、大前提として……私が鎌鼬状態で受けた攻撃や、私の力と違う質の力に触れた鎌鼬部分は、ほぼ完全に消失してしまうのが問題なんだ。
実体化した詩菜、志鳴徒にあった防御力は、今の状態だと完全に『0』になってしまっている。
結界を張ろうが術式を展開しようが、その力そのものが他者の力に侵された瞬間に、抉り取られるように蒸発していく、特殊な状態だ。
更に、鎌鼬に変化した際に、私の妖力は極端に薄くなる。
妖夢や彩目が探知しようとしなければ分からない程に、微弱で貧弱で虚弱な性質へと変貌する。
術式はまず起動すらも難しくなるし、継続し続けることなんて全くの論外になってしまうし、妖術以外の魔術に至ってはまともに使えやしない。そもそも魔力に変換することすらできなくなる。
代わりに人型では出来ない飛行が可能となるし、密閉でもされなければ基本的には何処にでも入れるようになる。空気が通れるのなら鎌鼬状態の私も通ることが出来る。
術式で封印されてたら、その密閉空間には触れも出来なくなるけどね。術の力に触れたら私が蒸発してしまうから。
また、鎌鼬化した際には、私の体積は自由に変えられる。
分散する妖力の少なさをカバーできれば、幻想郷全体を覆うことも多分出来る。
問題は、体積を増やせば増やすほど、私の妖力は薄くなり、存在感が弱くなっていくこと。
他者の力を受け、抉り取られた体積は、その体積分、実体化した肉体にそのまま返ってくる事。
いつぞや勇儀が使っていた、中央が白く輝く大型弾を、妖精達が隊列を組んで何十と撃ってきている。通常の肉体があれば、多少掠った所で問題のない弾幕だけど、今は違う。
隠密のために薄く広げていた体積を慌てて戻し、実体化しない範囲の体積のまま、何とか蠢いて弾幕の間をすり抜けていく。
消失した『体積』は、そのまま肉体へ同じ『体積のダメージ』として、フィードバックされる。
仮に幻想郷を覆う程に体積を広げれば、人間大の妖力、霊力の塊が1ミリでも動けば────いや、そのサイズの他者の力が私の鎌鼬状態の内に存在するだけで、私は問答無用で死んでしまう。
あの宝船という足場に辿り着くまでに、鎌鼬状態の私は一切の被弾は許されないし、妖力に触れることすら厳禁だ。
鎌鼬状態じゃあ、私は『ごっこ』では済まされない。
「どうしてこうなったかねぇ、っと!」
今度は無理やり妖精の頭上に移動し、詩菜に変化し、妖精を踏んづけてもう一度跳んで距離を稼ぎ、また鎌鼬に変化して西に向かって進んでいく。
既に両足の下駄は弾の爆発に巻き込まれてぶっ壊れている。
ああー、また天魔にどやされる未来が見える……。
今日は地底の件で挨拶回りして終わり、の予定なんだけどなぁ……。