風雲の如く   作:楠乃

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まったくもうこれだから娘って奴は

 

 

 

 私のそんな暴露を聴いて、彩目は何をとち狂ったのか、

 

「かっ、っっ、詩菜は渡さん!!」

 

 とか真っ赤な顔で叫びながら炬燵を飛び出して、こいしに向かって刃物を創り出して斬り掛かった。馬鹿なの?

 それに対して透明になりながらいつの間にか回避するという、謎の方法で余裕で避けきったこいしもこいしで、

 

「弾幕ごっこ!? 良いよ! 遊ぼう!!」

 

 とか光が見えない眼と満面の笑みを浮かべながら、障子戸を蹴り飛ばして庭へと飛んでいった。

 

 勇儀はぽかーんとした顔を浮かべ、萃香は腹を抱えて大爆笑していた。

 この子鬼はそのまま笑い死ねば良いのに、と心底思った。

 

 

 

「……ハァ……んじゃ、わたしゃ寝るよ」

「お、おう……詩菜、彩目はいいのかい……?」

「知らんよあんな娘……その内に冷静になるでしょ」

 

 深い溜め息を吐きながら勇儀にそう答え、使っていた湯呑みを台所の流し場へと置く。

 

 それから、障子戸が吹き飛んで庭から室内が丸見え状態なのは如何せん危険なので、庭へと出て吹き飛んだ戸を回収する。

 上を見れば真夜中にも関わらず、光弾と花弁のような弾幕と鋭く光る金属が飛び交っている……ホント、元気だねぇ……。

 

 いや、さぁ……綺麗で見惚れるような弾幕ごっこをするのは良いんだけどさぁ……。

 その根本的な原因がさぁ……彩目ぇ……何なの……。

 

 

 

 そんな感じで黄昏て呆然としていると、ぐい、と引きずっていた戸を引っ張られる感覚。

 

 あっという間に取られて視線を戻してみれば、勇儀がつまむようにして障子戸を持ち上げて室内へと入っていく。

 慌てて追い掛けて横顔をチラリと覗いてみれば面白くなさそうな顔をしている。

 一応は大昔に自分が建てたというのもあって、戸を吹き飛ばされたのには少しイラッとしたらしく、眉を顰めて元の位置へと嵌め込んでいく。

 

「……ありがと」

「どうってことないさ。人の家を壊しておいて、堂々とその家主の目の前で遊ぶこいしちゃんには、私から後で言っておくから、さ……」

「……あ〜、程々にね……?」

 

 訂正。少しどころではなく結構カチンと来ていたらしい。

 

 

 

「はぁ、はぁ、ひひっ、あー、笑い死ぬ……げほっ、ぷっ、くくくっ……」

 

 私は寧ろ未だに笑い続けているこの子鬼にカチンとくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず居間と客間で好きに過ごせばいい。服や布団とかも(文が勝手に置いていった物が)あるから、それも使ってくれて構わないと勇儀に伝え、私は自室へと帰った。

 

 

 

 耳を澄まさなくても、敷地内の音は意識せずとも全て拾える。

 弾幕の弾ける音、刃物が土や木に刺さる音、荒い呼吸音と未だに漏れ続けている含み笑い。

 

 

 

「詩菜の何がダメなの? 別に取って食ったりしないよ〜? 妖怪同士だし」

「そっ、そういう意味じゃない!?」

「えぇ? じゃあどういう意味?」

「それはっ……ほら、詩菜がっ……」

「んん? ああ、恋愛的な? 別に親が勝手に恋愛しても良いでしょ〜?」

 

「だって、好みって……とう……志鳴徒が……とか……」

「? 誰それ?」

 

 ……彩目……もう良いから黙って……。

 

 勝手に勘違いしているお前を聴き続けるのは、父さんお母さんも非常に辛いよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 脳内で『チュンチュン、チュンチュン、ピーチクピーチクボボボボ』がリフレインしながら自室の襖を開ける。

 

 居間へと出てみれば、意外にも炬燵で寝ている者は誰も居なかった。

 何やらイビキが聞こえてくる客間の襖をそっと開けて見れば、萃香も勇儀も……まぁ、布団やら寝間着を肌蹴たり蹴っ飛ばしたりはしていたが、正しく寝ては居た。

 

 見ている範囲では酒を一滴も呑んでいない勇儀は兎も角として、萃香は炬燵で寝ているかとも考えていたというのが本音で、だからこそ客間の説明は勇儀にしかせず、笑い続けていた萃香は完璧に無視していたんだけど。

 

 ……まぁ、非常に珍しく勇儀が地上に居るってことで、寝る前にあーだこーだ話してたのかね。

 

 ていうか君たち二人共本当に相変わらずイビキうるさいな。

 鬼とは言え女性としてどうなんだそれ。いや鬼だもんな仕方ないか。

 勇儀は永遠亭の時はまだ凄い静かに寝ていただろうに……。

 

 

 

 

 

 

 ま、どちらにせよ、と考えた所で、 スーッ、と襖が開く。

 

「……」

「おはよう」

「……」

 

 ──タン、と、何も言われずに襖が閉まる。

 

 

 

「……おい親の顔見て何も言わずに戸を閉めるとは何だバカ娘」

「いっ、いや、今はちょっとっ!」

 

 こうも面倒になった娘の面倒臭い相手の方が本当もうめんどくさい。

 

 というか……ああ、もう、めんどくさい。

 

 

 

 

 

 

 目線があった一瞬で顔を真っ赤にするって思春期の子供かよ、とか思う21歳年下の1426歳の娘に対して、まぁ、別にどうもこうもせずに無視して朝食を作り始める。

 

 昨日作った鍋は鬼の胃袋に全て呑み込まれたので、さっと作れる朝食を新たに料理せにゃならん。まだ米はあるけれど、おかずがあと二品、三品欲しい。

 適当に冷蔵庫を開けてメニューを考えながら、ふと脳裏に掠めていく記憶は、彩目と初めて出遭った時のこと。まぁ……言い繕わずに言うなら、初めて発狂していた時のこと。

 

 

 

 人間の時から壊れているという自覚はあって、あそこまで壊れてしまうのが私であって、あれだけ壊れてしまったからこそ、今の今まで生きてこられているという自覚もある訳であって。

 

 まぁ、その一歩、自壊に進んだ時に出遭ってしまった彩目には、後ろめたい気持ちがない訳もなく────ていうか、ここまで長生きさせているのも、私の血の影響だろうし。

 

 

 

 そう考えると────いつぞや買ってきた納豆のパックを出し、鬼が居るから食えないのを思い出して、泣く泣く仕舞う。

 完全に口がTKG(卵かけご飯)だったんだけどなぁ。

 

 仕方なしに、野菜室を閉めて冷蔵庫を再度開けて、卵をある分すべて取り出す。オムレツで良かろう。

 この人数、一人二つと考えてもかなりの量だ。フライの容量的にも二回に分けて作らにゃいかん。

 

 河童による謎技術なコンロに水を張った鍋を二つ熱して……さぁ、味噌汁はワカメとネギで適当に作るとして、あと野菜でもう一品が欲しい所だ。

 さっきも見ていた筈の野菜室を開いて、もう一度何があるかを考えよう────とした所で、襖がゆっくりと開く音が聴こえた。

 

 

 

 そんな私に物音を聞こえないように注意した所で、音そのものを私に届く前に消し去らさっていないのだから、私は容易に探知が出来てしまうと昔から知っているだろうに。

 

「顔洗うならさっさと行ってきなよ」

「……うう」

 

 そう言ってやれば、吹っ切れたかのように……いや、アレは未だに頭の中が茹だってるな……。

 まぁ、長年共に住んでいる私でなくとも分かりような程に恥ずかしがった顔の彩目が、居間と台所の間の廊下を通り抜けて洗面所へと駆け込んでいった。

 

 なぁにをそんな恥ずかしがっているのかね、とは思いつつも、そういえば、まぁ、初対面の時……さっき思い出していた光景は、その彼女を辱めている、言うなればレイ○してた時の記憶であって────朝から何というものを思い出しているんだと、思う。

 

 それが、今じゃあこんな家族になっているもんなんだから、人生どうなるか分からないというか、そもそもこんな感想を考える前に、その事実は忘れちゃダメでしょ、って話なんだけどね。

 でも、そんな関係から始まって、互いに考えあって、いつの間にか親子になっているんだから、本当、どうしてこうなっているんだろうね、と、思わなくもない。

 

 それを、今度は妹紅とすり合わせなければならない。

 ……いや、なければならない、って考えている時点でもう終わっていると思うけど、さ……。

 

 

 

 とりあえず、天狗の街で格安で売ってるキュウリを乱切りにして、鰹節と醤油で混ぜて一品。

 

 あとはドレッシング作って、ベーコン炒めて、適当にレタスとトマトを切って盛り付けて、上からベーコンをドレッシングごと載せて、まぁ、完成。くっそ適当だけど。

 こんなもので良かろう。少々にんにくが強いかもしれんが。

 

 

 

 適当に盛り付けて卓袱台に持っていく。

 どうやら鬼の二人は未だに寝ているらしく、未だにイビキがうるさい。

 

 料理を全て卓袱台に持っていった所で、ようやく彩目が洗面所から出てきた。

 一切私と視線を合わせず、無表情でいつもの席に座る────未だに顔は赤い。

 

 

 

 やれやれと思いつつも、客間の襖を開き、畳を右足裏で叩く、

 

「「おっ、わぁああ!?」」

「……起きろ、飯だ」

 

 衝撃で二人の鬼が布団ごと1m程宙に吹っ飛び、そしてそのまま畳に落ちる。

 この光景も大昔によく見たデジャブだなぁ……。

 

「うぅ、この起こされ方、凄い懐かしい……」

「さっさと顔洗ってきなよ。今日から工事するんじゃないの?」

「え、ああ、そうだった」

 

 二人して並びながら洗面所に向かっていくのを見送り、そのままいつもの位置に着席して、合掌……していると、何とも言えない目で見てくる娘が一人。顔はもう赤くない。

 

「ん?」

「いや……懐かしい光景だな、と」

「昔から変わってくれない、っていうのはありがたくもあるよね」

 

 辛い時もあるけど、なんて事までは言わないけれど、その部分も分かっているのか、苦笑して同じように合掌して箸を動かし始めた。

 

 

 

 そして今日、彩目が洗顔に掛けた時間のおよそ十分の一の時間で、鬼の二人がさっぱりした顔で居間に戻ってきた。

 鬼は二人して縁側の方に座ろうとして、明らかに狭すぎて座れないであろうスペースに、二人して同じ場所に無理やり腰掛けようとして────ようやく違和感に全員が気付く。

 

 

 

「……彩目、こいしは?」

「────いや、知らない」

「そこであからさまに赤面されると何かあったとしか思えないんだけど?」

 

 おっと、赤面にツッコむつもりはなかったのに、ツッコんでしまった。

 

 そんな彩目に向かって生暖かい目をした鬼達がようやくそれぞれが違う席に座り、卓袱台に向かって食事しはじめた。

 非常に懐かしんでいるような雰囲気で食事をしている勇儀を見るのは、正直嬉しいけれど、そこはまぁ、置いといて。

 

「いっ、いや、本当に知らないんだ! あの後、弾幕ごっこで私が負けて、それで私が部屋に戻った後は、萃香達とこいしが話し始めていたのしか……」

「こいしはいつの間にか来て、いつの間にか居なくなる奴だよ。そんな気にしなくても良い」

「……あらそう」

 

 そんな彩目が慌てて言い訳している所に、ようやく口を開いた萃香がそんなことを言う。

 どう見ても不機嫌な様子に、私としてもどう反応したものやら。

 

 ……まぁ、多分、その怒りはこいしとの関係によるものだろうから、迂闊に突っ込んじゃいけない部分なんだろう。

 

 ただ苛立ち紛れにオムレツに箸を突き刺すのは止めて頂きたい。作っている身からして何とも言えない気分になる。

 

 

 

 そんな風にしか返せない私と、相変わらず思い出して箸が止まっている彩目と、仏頂面になった萃香を見て、「変わってないねぇアンタ達……」とか言い出す勇儀。

 

「こいしは少し事情があってね。私が話すような事でもないし、多分こいし本人に聴けば簡単に教えてくれることだが……まぁ、簡単な話、こいしは影が薄いんだ。それも自分からそうしている」

「……つまり?」

「視界に入っていなかったり、会話に挙がっていなかったり……つまり、意識されていなければ、本人を忘れられてしまう、ような能力持ち、って所かな」

 

「へぇ……能力じゃなくて、『ような能力持ち』、ね」

「……私から語らせないでくれよ?」

「分かってるって」

 

 笑顔のまま圧力を加えるのは止めていただけませんか……?

 

 

 

 まぁ、昨日の夜の会話をようやく思い出してみれば、神奈子の策略に何か巻き込まれたみたいだし、私が力を授けるような神でもないと分かっただろうし、そうそうまたここを訪れることもないだろう。多分。

 

 さて────食事が終われば引っ越しの準備だ。

 スキマに荷物ぶち込むだけだけどね。

 

 

 




 


 アトリエオンラインしてたら遅れました。すまん()




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