風雲の如く   作:楠乃

234 / 267
東方地鬼伝 その2

 

 

 

 交戦開始から、おおよそ十数分。

 

 承知した、とばかりに勇儀は肉体に寄る攻撃を中心に襲ってきていた。

 まぁ、そのどれもが私の完全反射のできない、勇儀の怪力乱神、暴力的なまでの熱量を持つ妖力を纏った肉体なもんだから、回避中心になるのは致し方ない。

 

 とは言え、その妖力だって、操っている勇儀から守るための防御術式が間にあるからこそ、勇儀からの攻撃として成り立っている訳であって、

 

「そっ、こだ!!」

「ッ、ちぃ!」

 

 事前に弾幕で私の逃げる場所を包囲し、鬼の爪を立てて炎を纏った右手を私に振り下ろしてきた所を、回避せずに受け止め、強く弾き返す。

 

 私がどれだけ妖力や魔術で防御陣を組んだ所で、勇儀の攻撃を防ぎ切ることは恐らく出来ないので、────荒れ狂う妖力の火炎渦を完全に見抜き、右の人差し指のみで手首を突き返すとかいう、離れ業を披露する羽目になったけれど。

 数センチほど伸びた爪がグジュルと肉を貫いた所で、ようやく指先が勇儀の腕に当たり、その際の衝撃で腕から全身を吹き飛ばす。

 衝撃の計算が終わった瞬間に即座に腕を引き返し、勇儀の身を守る怪力乱神の妖力から回避する────も、少しばかり熱にやられて腕が焦げた。阿呆な、

 

 振り下ろす、というか完全に殺し切るつもりだったのだろう鬼の爪を、手首に風穴を空けて弾き返し、操ってやろうとした動揺もそれほどなく、弾かれた勢いのまま奮ってきた右足の前蹴りを、胸を思い切り反らすことで何とか躱す。

 そのまま勢いのまま振り切ってバク宙でもしようとしたのか、軸足となった左足から地面に力が入ってヒビが入り始めた所を、身を反らした勢いのまま膝の力を抜いて身体を落とし、地面を蹴って土から離れそうな勇儀の左足首を、右足で横から蹴り砕く。

 

 メギッ、と関節を砕いた音が聴こえ、私から離れる方向へのバク宙の力の方向が変わり、その場で私から見て横回転の宙返りに変わった。

 無理な体勢で蹴った為にバランスを崩した私が、衝撃を操ろうと右手を地面に伸ばし、────その右手が付く直前に、方向を急展開させたにも関わらず、それを予期したかのように妖力の集められた勇儀の右手が、先に地面に突き刺さった。

 

 私の右手がようやく地面に付き、衝撃操作で私を取り囲んでいた弾幕が薄くなった後ろへ大きく跳び出した瞬間に、天地逆さまで宙に浮いた勇儀の右手刀が地面へ突き刺さり、そしてほぼ同時に、私と砕いた地面が後ろへと弾き飛んだ。

 ご丁寧にも、地面を砕く際に爆炎を撒き散らし、妖力を纏った天然の弾幕まで張ってるんだから、即座に地面を叩いて方向を変換しなけりゃならない。

 触れ続けているだけでも、間近に居るだけで重度の火傷をする弾幕とか、本当に止めていただきたい、

 

 右手で地面を砕いた際に私が蹴り砕いた際の衝撃を完全に流しきったのか、そのまま片方の手で側転の方向を元のバク転の方向に戻し、彼女の両足が地面に付いた瞬間に、私の方へと鬼が砲弾のように突貫してきた。

 火の付いた岩石の群れからようやく抜け出していた私へ迷いなく振るわれた右手を、地面を蹴って左へ跳んで大きく避けると同時に、砕いた地面をそのまま勇儀にぶつける。

 まぁ、それも、彼女が奮った右拳から放たれた爆熱で全て溶け切ってしまったけれど。

 

 と、いうか……あんにゃろうめ。さっき空けてやった右手首の風穴、もう埋まりつつあるぞ。

 ヒトの事なんて言えないけど、どんだけの回復力持ってんだ。

 

 放たれた爆熱がまだ残っている地面に、体ごとを空中で回転させた左裏拳を、そのまま逃げた私の方向へと振り払い、また岩石を飛ばしてきた。

 あっという間もなく辿り着くであろう高速の岩石を前に、右手を魔力の流れを意識して前に伸ばせば、人形達が一斉に前に出てきて、隊列を展開していく。

 岩石が到達する前に、バックアップの魔女達に術式が渡り切り、瞬時に彼女達経由の魔術が発動、構築されていく。

 人形達の両手の先にある魔法陣から、私の操る緋色のどす黒く紅い風の壁が現れて、岩石を瞬時に砕いて粉砕していく。

 

 一息付く余裕もなく、大きく右手の方向へと跳ねれば、立ち上げた暴風を超える高さから勇儀が現れ、青白く電撃を纏った勇儀よりも大きい弾を、強く腕を振って投げ落としてきた。

 飛びながらも人形を退避させ、更に距離を取った所で青白い弾が地面に触れて爆散し、大型の玉を周囲へと解き放った。

 

 一部の大型弾は地面へと当たれば、半分埋まるようにして地面に沿って流れて、

 一部の大型弾は、地面や術式を起動し終えた竜巻の残りに触れた瞬間に、爆発を起こしている。

 

 ────大昔に見た、あの弾幕と良く似ている。

 

 

 

 そんな感慨に浸らせる暇もなく、宙に浮いた勇儀が次々と青白い弾を次々と放ってくる。

 ジグザグと地面を叩いて蹴って、方向を瞬時に変えてはフェイントも混ぜつつ、全て避けていく。同時に人形達が先程放った紅い衝撃刃を弾幕として勇儀に撃ってくれているけれど、そのどれもが相殺されてしまっている。

 どうやら昔と同じく、着弾して爆発した際に周囲を無関係に弾き飛ばしていくものと、私をある程度狙って弾き飛んでくるタイプの、二つの大玉があるらしい。

 狙ってくるタイプの方がまだ対応が簡単で、これで更に追尾機能があったら末恐ろしい弾幕になっていただろうと思う。まぁ、人形達が大半を撃ち落としてくれるからまだ良い。

 問題は無差別に弾き飛んでくる大玉の方で、これがまた厄介な事に弾速が早く、密度が高く、そして大本の勇儀が上空から投げている青白い弾の生産が非常に早いのが問題だった。

 

 恐らく風穴は既に完治しているのだろう右腕が振り降ろされ、その勢いのまま一回転した頃には既に右手にまた青白い弾が準備し終えており、一呼吸入れる間もなくまた投げられてくる。

 ある程度の方向性があるとは言え、私のフェイントも大体は看破しきっているのか、結構な精度で私を狙って投げ落としてくるものだから、これまた回避が難しい。

 

 人形達に退避の命令を出し、瞬時に高速移動を開始して大きく跳び出す。

 ちょっとした小山に辿り着き、瞬時に方向を変えては爆散する大玉の衝撃波を受け流しては次の岩壁に跳び移り、誘導弾を着地の際の衝撃で弾き飛ばした岩石で爆発させて、何とか通り道を作っていく。

 私が取るであろう逃走経路の予想までしているのか、尽く嫌な所に弾幕を張ってくれる。

 

 気付けばこの辺りで小高い崖の上に居て、少し離れた崖の先で、勇儀が浮いている。

 そのもっと向こうにさっきまで居た古都が見えて、そこから延々とここの足元までに爆心地のように荒れた大地が続いている。

 

 

 

 飛んできていた弾幕もいつの間にか終わっていた事に気付いて、足を止めてみれば頭上が急に明るくなった。

 

「……懐かしい光景だね」

「……そうだな。状況は、まるで違うが」

 

 宙へ浮かぶ勇儀を見てみれば、いつぞやと同じ状態の勇儀が見える。

 ああ、非常に懐かしい光景だ。

 

 飛行を止めて左手を上に掲げ、その真上に力を集めてかなりの量の大玉を作っていく。

 その大玉は彼女の左手から放出された後は上空で止まっていて、後で一気に落とすつもりなのだろう。

 まだ攻撃は放たれていないけれど、彼女の周囲では弾幕を作る為に集まっていく妖力の流れが目に見える程だ。

 

 私には到底出来ない真似だね。恐ろしや。

 

 

 

 『私』には、ね。

 

 

 

【解析、変換、共に完了。いつでも行けるわ】

 

「……あん?」

 

 唐突に響くパチュリーの声に、勇儀の表情が変わる。

 

「言ったでしょ? ────今回ばかりは、逃げないってね」

 

 ヒュンと左腕を振って広げれば、魔術糸の先の人形が素早く私の後ろで隊列を整えていく。

 全員が既に爆風や熱によって焦げたりダメージを負っていたりしているけれど、術式を動かす分には支障は一切ない。

 

【良くこんな無茶な術式を創り上げるわね……ここまで馬鹿だとは……】

「馬鹿とは酷いな。数千年前から考えている私のロマンだよアリス?」

【……ああ、馬鹿だったわ】

「失礼な」

 

 手を貸してくれているにも関わらず、心底呆れたとでも言うかのような七色の魔女が、酷く呆れた声を人形越しに伝えてくる。冷たい。

 

 まぁ、何はともあれ、準備は整った。

 

 妖力を強く活性化させる。

 流石にもう可視化させたり、左手の内を隠したりする筆毛もない。

 純粋に、妖力を体内で活性化させて、私の回転率を上げていく。

 

 いやぁ、きつかった。

 上手く着色した妖力で全体的に動きを隠して、適度に攻撃、適度に回避して、勇儀に決してバレないように、────左手内で新たな魔術を構築していくなんて。

 

 アリスの言う通り、確かに我ながら馬鹿じゃないのかと思わなくもないけれど。

 

 出来てしまえばこちらの勝ち、無理難題も通せば道理だろう?

 さぁて、魔術式起動開始。

 

「なるほど。道理で左手を一切使ってなかった訳だ」

「……ま、やっぱりバレてたか」

「アンタと何年やりあってると思ってるんだい? アンタの癖なんて大体知ってるさ」

 

「ふふ、みたいだね。────それじゃあ、昔じゃあ出来なかったこと。やろうか勇儀」

「……ああ。見せてみな!」

 

 ガチン、と歯車が嵌まる感覚。

 熱せられた妖力が、動き始めた歯車と歯車の間を、血のように染み渡っていく感覚。

 溶けた血が鉄の潤滑剤になって、私の中の回転をどんどんと早めていく。

 

 それと同時に、隊列を組んでいた人形達が私の前へと出てきた、

 皆一様に、両手を前に差し出して、────人形達の表面に、私の色ではない、青白いラインが走っていくのが見える。

 

 それとほぼ同時に、勇儀が腕を振り下ろし、山颪が墜ちてきた。

 

「《力業『大江山颪(おおえやまおろし)』》!!」

「……狙え」

 

 可視作用設定、変換式設定、作用位置設定。

 変換開始、作用開始、物理判定開始。

 心技式継続設定、開始。

 

 

 

 ────さぁ、勇儀。持っていくが良いさ。

 私の、今しか使えない────唯一の『弾幕』だ。

 

 

 

「《心技『ビクシオマ』》!!」

 

 宣言した瞬間に、人形達の手の先から、周囲を真っ白に染め上げる程の光が発生していく。

 墜ちて来ている勇儀の光弾も、その光によって全く見えなくなる。

 勇儀が左手で顔を覆ったのが一瞬見えてから、自分の瞼を閉じ、術式を開始する。

 

 

 

 そして、開いた瞬間に私の視界そのものが切り替わっていく。

 全ての物体が数字によって理論化されていく。勇儀の落とす光弾が、私を始点にしてどの位置にあるか、どのような行動をしているか、どのような働きを持っているか、全てが数字として脳内に産まれていく。

 

 一秒も経たずその光景に慣れ、術式を今度こそ回し始める。

 

 人形達の出す光は次第に収縮し、私の視界から得た計算式によって、彼女達の手の先から『レーザー』が一筋放たれた。

 狙い違わず、最も私に近付いていた勇儀の光弾にレーザーは命中し、共に光を放って消滅した、

 爆発後の周囲に飛び散る弾幕もなく、完全に対消滅をしている────

 

 

 

 ────けれど、そんなものを見ている余裕など、今の私には一切なく。

 

 悠長に眺めている間にも、勇儀は何千何万と大玉を作り出し、次々と落としていく。

 人形達は私が生み出す術式と計算を元に、レーザーを休みなく撃ち続けていく。

 

 私は目まぐるしく視線を動かし、次々と、延々と墜ちて来ている光弾全てに、私の視線による『ロックオン』の演算をしなければならない。

 狙うのはあくまでも私、穿つ光の槍は魔女達の手先によるもの。

 

 飛んでくる光弾を目視で位置情報を計測し、おおよその運動量を計算し弾道をある程度予想した時点で計算結果を、人形越しに魔女達に送る。

 魔力へと変換した妖力を同時に送れば、解析・高効率化の演算までしてくれたパチュリーが、私の作った術式に力を通して回転させ、そしてアリスが指定通りの位置へと魔術を発動させてくれる。

 

 私は、この二つの瞳で、全ての光弾を視認し、四つの砲門から100以上のレーザーを、制御しきらなければならない。

 妖力の残りを気にする余裕もない。この力がなくなれば次は神力を変換しなければならない。

 変換式そのものは前に作ったきりで手をつけていないし、パチュリーには神力から魔力に変換した、その超高密度の力を更にぶっつけ本番で、私じゃあ取り扱えないレーザー用の魔力に圧縮して貰わなければならない。

 

 ────けれど、そんな段取りを考え、伝える余裕すら、無い。

 

 

 

 計算式で頭がひび割れてしまいそうだ。眼球の奥が加熱していく。

 

 そんな考えをしている間も大玉は殺到し、それに対しての計算式を作り向こうへと送らなければならない。作業で、考え事も消えていってしまう。

 

 

 

 鼻の奥から鉄の匂いがする。鼻血が出ているらしいが、そんなものを気にしている余裕はない。

 ここから更に、この山颪を越えて、勇儀にまでこのレーザーを届かせなければならない。

 

 その為にはまず、目の前にある全ての弾幕を、レーザーで撃ち落とさなければならない。

 

 まだ、足りない。

 

 

 

 

 

 

 こんな思考をしている余裕なんて、

 

 ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────おおぅ、凄いなぁ」

 

 勇儀と詩菜が居た小山から遠く離れた古都の上空。

 霧雨魔理沙は、彼女達の弾幕に見惚れていた。

 

 遠くからでもハッキリと見えると程の大玉、それが何百何千とそれを覆い尽くしている光景。

 一気に小山に向かって流れ落ち、地上で次々と炸裂している様子。

 

 そして、時間と共に大玉の爆発の位置が、地上から上空へと上がっていっている。

 

 爆発位置を押し返しているのは、地上から出ている無数のレーザーで、

 それらが、地上の四つの位置から、無数に出て生きていることを。

 

 

 

「……そうか。完成させたのか」

【あれが、詩菜が作ろうとしてた術?】

「そうだな。精度が非常に高く、何処までも曲がって追い続けるレーザー、目視によるロックオン……レーザーを創り出すのが無理って話だったんだが、二人が協力してるんだろうな」

 

 いつぞや、霧雨魔理沙と共に創ろうとし、そして挫折したホーミングレーザーの術式。

 七曜、七色の魔女達の力を借りて、ようやく成し遂げた弾幕だった。

 

【……綺麗だね】

「ああ……真っ正面には、立ちたくないが」

 

 河城にとりの言葉にそう返し、振り返れば遠くから飛翔してくる紅白が見える。

 

 

 

「遅かったな。その様子だと、異変も解決したか?」

「とっくに終わらせたわよ。それより……アレは何?」

 

 機嫌の悪そうな博麗霊夢が御幣を勢い良く指した先は、やはり先程から弾幕が炸裂し続けている、小山の上。

 異変を解決したと言い切る割には不機嫌そうなのは、苦手としている彼女の妖力が遠く離れていても分かるほど発散されているからか。

 

「見ての通り、古き妖怪達の大喧嘩だ。詳しい話を知っている奴なら、『そっち』に居るだろ?」

【あら、ばれちゃった】

「ばれちゃった、って」

 

 陰陽玉越しに聴こえる八雲紫の声に、何とぼけているんだか、とばかりに呆れたポーズをしながら巫女の視線を先を辿ってみれば、遂にレーザーが大玉を追い返し、ちょうど中間まで競り合ってきていた所だった。

 力が足りないだろうに、良くもまぁ無理をするなぁ……と、そう霧雨魔理沙は思った。

 

「異変と関係あるなら、両方共まとめて退治するわよ」

「……流石霊夢だな」

「何よ。魔理沙、逆にアンタはアンタらしくないんじゃない? 異変とお祭りは大好物じゃなかったかしら?」

「はっ、私はアレに突っ込んで死ぬつもりはないんでな。まずは自分の命優先だ。花火は綺麗だが、爆弾持ったまま空に打ち上がりたくはない」

 

 アレは、とても自分では止めれるものではない。彼女は間近で観た者として、そう直感していた。

 一対一ならまだしも────いや、それよりも、話を全て聴いた訳でもないが、それでも感じた『両者の因縁』に、茶々を入れるべきでないと、そう強く思った。

 

 これは、人間が手を貸すとか、間に誰が仲裁に入るとか、そういう話でなく、本人同士じゃないと到底解決に進まない、問題だ、と。

 

 

 

「……まぁ、そうだな……詩菜の友人として────」

 

 だからこそ、魔女は巫女から離れるように飛翔する。

 

 弾幕がせめぎ合っている景色を、背中に隠すように、巫女の前へと。

 

 

 

「アレを止めて退治する、ってのなら────先に私を倒してからにするんだな」

 

 未だに反応のない人形は隠しながらも、八卦炉を構えて、明確に博麗霊夢を狙う。

 

 

 




 








 唐突にぶっこまれるネタ。ごめんなさい。
 でもね? 数年前から一番やりたかったんです。ハイ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。