本編開始まで、後一話。
「ん? 誰か向かってくるぞ?」
「……また人間か。今日は何かお祭りでもあったかね?」
「上はお祭り騒ぎだ。私としてもそっちに行きたいんだがな」
【にとり、知り合い?】
【この方は、私達……河童や天狗、要は山の大ボスの、鬼さ】
【鬼……!】
「へぇ、萃香と似たようなのか」
「……萃香を知ってるってことは、やっぱりお前も地上から地底に来てるのか」
「お前も、って事はやっぱり霊夢が先に来てるんだな?」
「……巫女装束を着た奴なら、さっき通っていったよ。私は案内してやれないが……
この先にある『地霊殿』って所に向かった。
────間欠泉とやらをどうにかしたいなら、向かうべきだろうね」
「ああ。代わりにちょいと一つ訊きたいんだが」
「鬼が戦闘の代わりに話し合いを、ってのもなんだか不思議な話だな。
答えれる範囲でなら答えるぜ?」
「アイツ────詩菜を、知ってるかい?」
▼▼▼▼▼▼
天子の誘いに乗り、博麗神社へと向かう道中。
ぬこは危険なために留守番を頼んできた。
そして、私は飛べないために、天子が飛ぶ後を追って木々や地面を蹴って追う形になっているという。
天子も要石に乗って飛ぶことも出来るんだし、それをしてくれれば私もこんな疲れるやり方で動かないくて良いんだけどなぁ……。
まぁ、そんな事を言うなら、私がスキマを使えば一番なんだけどね。線移動より点移動の方が早いのは当たり前なんだし。
でもまぁ、紫が天子にスキマを使わせてあげるかどうかは、正直な所未だに分からない部分でもある訳で……それも一度試してみれば良いだけなんだけどね。
私の前を優雅に飛んでいる天子は、それなりに楽しそうな表情をしている。
これから天敵……というか、紫から一度ブチ切れられたというのに、そういうような恐れは全く感じない辺り、まぁ、やっぱり何かあったんだろうな、と言うか何と言うか。
さてさて、私が事実を言葉にして伝えていないように、彼女だってその事、その詳細を伝えないのは……多分、理由もあったりするんだろう。多分。
その楽しげな天子に対して、私は、まぁ……異変、かどうかも怪しいこの間欠泉騒動に、あまり加わりたくはない、というのが本音だったりする。
霊夢といざこざをまた起こしたくはないし、またボコボコにされたくもない。
にも関わらず、どうしてこう天子に付き合って、博麗神社に向かっているかと言えば、まぁ……有り体に言えば単純な勘だったりもするけれど……。
────彼女が多分、私に遭いたがっている。
そんな事をつらつらと考えながら、天子に合わせてぴょんぴょん跳びながら神社に向かっていれば、隣から遂に鼻歌らしき曲が聴こえてくる。
……しばらく聴いてみたけれど、少なくともミスチーと歌いあった時に聴いた曲ではなかった。
まぁ、神妙な顔して一緒に行動するよりかは良いけどさぁ……。
「……ていうかさ。天子は地下に行けない、って知ってるの?」
「え? 行けないの?」
「基本的には、幻想郷とその地下は行き来が禁止されてるよ。人間と共生を望まない、或いは人間に悪意しかなく、人間に遭いたくもない妖怪が地下で生きているから。交流はほぼない」
「ふぅん? その割には詩菜の所に行く前、地下に続いてそうな大穴に霊夢が飛んでいって、中に入っていったのが見えてたけど……」
「だから、間欠泉と共に湧いた怨霊を鎮めるために向かったんじゃない?」
まぁ、多分やる気なのは妖怪側の文や紫であって、霊夢の方はそんなやる気ないんじゃないかなぁ、とも思わなくもないけど。
温泉だけを見れば、位置的にも博麗神社に恩恵がある位置みたいだし……。
だからと言って、言われたから動くというだけの人形という訳でもないだろうから、彼女なりに幻想郷視点でも何か考える事でもあったんだろうとは思うけれど。
ようやく神社に続く階段に着いた。
これから天辺まで登らないといけない訳だけれども……ふと視線を脇へそらしてみれば、木々の向こうに勢い良く吹き出す蒸気が見える。
石階段を蹴って、横の木々の枝を更に爪先で蹴れば、天子が飛ぶ高度のおおよそ四倍の高さまで上昇し……そして石階段に落ちて、また蹴って階段を登っていく、
「今見えたアレが、その間欠泉?」
「……そうだけど……っていうか、よくそんな上下に動いているのに気付いたわね」
「視界は広いんでね」
「いや、それじゃ意味が通じないと思うんだけど……?」
天子みたいにずっとふよふよ浮けないから、視界が常時動いていても、常に視界を確保するような術を気付けば身に付けていた、ってだけなんだけどねぇ?
っていうか、天子だって剣術を一応嗜んでいるんだし、相手の行動から決して目を離さない、みたいな視界の確保の仕方を身に着けていると思うんだけどさ。
何はともあれ、そろそろ博麗神社が見えてきた。
気配は、三つ────いや、二つ。
どれもが、良く知っている存在だ。
▼▼▼▼▼▼
「ほら、出番よ詩菜」
「そんな簡単な話じゃないでしょうに……」
とか、ウダウダ言いながら跳ぶのを止めて、博麗神社の前で明らかに私達を待っていた二人の元へと、天子が私について来る形で歩き出す。
腕を組みながら、見下すような笑みを向けてくる鬼が一人。
扇子で口を隠しつつも、妖艶な笑みを浮かべた眼尻で見続けてくる上司が一人。
いやぁ……アレだ。
幻想郷が出来る前────彼女達とまだ仲良くなかった頃を思い出す。
「やっほ。お迎えとは凄いね?」
「そうねぇ、まさか本当に来るとは思ってなかったから」
「私だってまさか来るとは思わなかったさ」
なんて、軽いジャブを紫とし合えば、隣の天子から驚愕した感情を感じ取ったけど、まぁ、無視無視。
そんな腹の探り合いとすら言えないお遊びをしていれば、フン、と鼻を鳴らした萃香が不機嫌そうに訊いてくる。
「それで? 天子は分かるけど、詩菜は何の用で来たんだい?」
「ん、別に? こっちが紫との交渉に使われなさいよ、ってお願いしてきたから」
「んな言い方してないでしょ……まぁ、異変解決するなら間近で見てみたいってのはあるけど」
まだ私は嘘はついていない。まだ。
そんな顔にすら出さない駆け引きをやり過ごせば、それすらも知っていたかのように紫は私をじっと見てくる。
口を開いて……天子に向かって喋っているのに、視線は一度も、私の顔から外れていない。
「あら、ちょっかいは駄目よ? 地底と上の幻想郷の契約があるのだから」
「ほらね? だから難しいって言ったじゃん」
「だから、それをどうにかしなさいよ」
「無茶な……神社の奥から霊夢と文の声が聞こえるし、あれでも観察してれば良いじゃん」
予想通りの答えと返答に、やれやれと腕を上げてポージングをしながら、コレ以上は無理でしょ、という言い方をすれば、天子が恨めしそうにこちらを睨みつけて、
────扇子に隠された紫の笑みが、更に濃くなったのが視界の端で見えた。
「でも、詩菜────貴女は別だわ」
「………………へぇ?」
つい、挑発的な笑みを浮かべて、紫に問いかけてしまう。
掲げていた腕を下ろし、腕を組み直して改めて紫を視線を合わせる。
言葉尻をそのまま捉えれば……どうやら私は地下に行って欲しいというような意味に聴こえる。
私はその地底との契約の締結に詳しく関わっていないから、果たしてその地下にどういった妖怪が住んでいるのか、実際は詳しく知らない。
また、どういった契約になっているのかも知らず、上下界の移動は禁じられており、互いに関係を持たず持たないようにすること……そんな程度の認識しかない。
まぁ……そんな地底に住んでいて、尚且つ私に関係のあるような人物といえば、
────大体予想は付く訳であって。
『────詩菜』
「……やぁ、勇儀。何年振りかな?」
うにょる、と多分、私と紫だけがスキマが設置された場所を特定できたと思う。
視界の端で、天子が少し身動ぎをしたのが分かる。私がじっと見ている視線の先を見て、ようやくそこの部分、紫と萃香の立つ間にある見えないスキマを感じ取ったようだ。
そして、その場に合わない彼女の微かな動きに、微塵も興味を示さずこちらをただ見てくる、鬼とスキマ妖怪。
愉しげに、冷徹に、私の一挙一動を観察してきている。
……まぁ、どちらも、その理由は分かるけど、さ。
その眼で確認できない線状のスキマ。
あちらとこちらの景色を繋げはしないようにしている辺りが……スキマ妖怪としての悪意を感じてしまう。
そして、その向こうから……決して私と顔を合わせないようにしても、それでもあの時の怒りは、言葉だけでも滲み出ているのが分かる。
どうやら、やっぱりまだ許されていないらしい。
そう考えると……少し気が楽になってしまうのが、実に私らしいとも、思う。
『百数年って所か。そういうのはアンタの得意分野だろう?』
「まぁ、それもそうかもね」
『……』
そう言って乾いた笑いをしてみた所で、向こう側は何も笑ってくれない。
萃香は腕組をしたまま動かず、遂に顰め面のまま目も閉じてしまった。
紫は何が面白いのか────いやまぁ、最高に面白いんだろうけど、────相も変わらず顔を扇子で隠したまま笑っている。
天子は何がどうなっているのか、少ししか分かっていないのだろうけれど……とりあえず静観すべき場であるとは分かっているのか、ただこちらをじっと見ている。
三者三様の中、それでも────これが一昔前だったら、多分、こうはいかなかったんだろう、とは、思う。
だから、口火を切るのは、私からだ。
「────勇儀は変わってなさそうだね」
『……あ?』
「変わってないようで、安心したよ」
『何だいそりゃあ……まるで自分は変わったとでも言いたげだね?』
「変わった……と思うよ? 少なくとも、昔のままだったら……多分、こうして話すことはなかったと思うから」
多分、それこそこんなお膳立てすらされず、唐突に出遭って始まってしまうって感じだったと思う。
助けてくれる人は、多分居ないままだっただろう。
「勇儀の……その眼の前に居る人達は、多分私が変われたから、そこに居るんじゃない?」
『……物音立てた覚えは一つもないんだがな?』
『【というか、私達の存在すら聴こえてたってどういう聴覚……?】』
『【いやぁ、ついこの間、山一つと滝を隔てた位置から会話を盗み聞きされたぐらいだし……】』
『【……本当、予想を軽々と超えてくれるわね】』
そんな魔女と河童の会話が聴こえてくる。
萃香や天子が聴こえているのは、多分魔理沙の声までで、アリスやにとりの声は流石に聞き取れないと思うけど。
そして、一人黙っている魔女が一人。
もし、私が『彼』に出逢えず、逃げ続けるままだったなら。
「多分……逃げ続けたままだったのなら、吸血鬼からも逃げるままだったと思うよ」
『【……そう。安心したわ】』
『お? どうした?』
そう呟く魔術の師匠の、ふと力を抜いた笑みを簡単に想像できちゃう辺り、多分ここいらが成長したのだろうとも思う。
まぁ、だからといって、彼女に対して結果を示さないことには、意味がないのだけれど。
『へぇ……どうやら、嘘じゃあないようだね』
「まぁね」
『……でも、アンタのことだ。それすらも嘘だって可能性もある。だろう?』
「かもね。私は私自身すら騙しきっているのかもしれない」
『ッ……おい詩──
「そう答えれば、勇儀は怒るでしょ?」
──……は?』
ああ、確かに私は、少しは変われる事が出来ただろう。
昔から変われなかったら、レミリアを怒らせたままにして、向こうから襲ってこない限り相手にしなかっただろう。
美鈴が来て仲介しようとも、掛かってきなよとばかりに挑発して拗らせたかもしれない。
それどころか、レミリアと文の仲の良さに気付いた所で、それを指摘して子供のように嫉妬を覆い隠すように嘲笑ったかもしれない。
少なくとも、こちらから譲歩したり、対等になってから始めたり、あるいは寧ろ下克上をする気のない反乱の立場で居続けたかもしれない。
神社倒壊の際の霊夢の怒りに対して、例え紫から命令されたとしても、一切抵抗をせずに真摯に謝るということはしなかっただろう。形だけのなあなあに済ませて、逃げていたかもしれない。
私が確かに悪いけど、だから何だ、とばかりに開き直って、妖怪退治されてそのままお陀仏になっていても、昔の私ならおかしくはなかったかもしれない。
変われなかったら、多分、妹紅とは殺し合って、そして私の方が死んで、この場には存在すらしていなかっただろう。
今のように、少しずつ歩み寄りを始めることすらなく、互いに拒絶しあって終わっていただろう。
だから、少しは、多分、変わることが出来たと思う。
でも、それが勇儀の望む変化だとは、限らないだろうさ。
「ねぇ勇儀……仲直り、しない?」
『……』
「数百年ぶりの旧友なんだ。積もる話もあるでしょ」
『……』
「どうやら紫の許可もあるみたいだし、今からそっちに行くよ」
『……』
「握手でもして、仲直りしよう?」
『……』
「ねぇ、勇儀?」
「昔の事は水に流そうじゃないか?」
『────その言葉だけは嘘だろ』
「大正解♪」